甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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第三章 トロピカル・カタストロフィー

第16話 守衛室にて

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 地下道に降り立った甘太郎あまたろうは立ち止まって周囲を見渡した。
 さわがしい地上とは打って変わり、地下はしんと静まり返っている。

恋華れんかさんと早く合流しないとな」

 地下街は周辺にアリののように地下道を張りめぐらせていて、パンフレットの見取り図によれば、いま甘太郎あまたろうがいるこの場所はそのはしに当たる。
 だが、いずれの道も地下街のセンター通りに通じていて、まっすぐに進んで行けば、やがて恋華れんかと合流することになる。
 甘太郎あまたろうは運転手を背負ったまま、非常灯ひじょうとうの明かりを頼りに、腹側にかけているザックの中から懐中かいちゅう電灯でんとうを取り出した。
 それで辺りを照らしながら見渡すと、まだ稼動かどうしてない自動販売機や設置途中とちゅうのオブジェなどが光に浮かび上がって見える。

(この中にも感染者がいるはずだ。用心しないと)

 甘太郎あまたろうは五感のすべてをませ、辺りの様子を慎重しんちょううかがっていく。

「おっさんを連れて行くのは危険だな。自分で歩けるならまだしも、この状態だと守ることも出来ない」

 そう言いながら懐中かいちゅう電灯でんとうの明かりを向けた先にドアのようなものが見えて甘太郎あまたろうは手を止めた。
 十数メートル先に部屋が見える。
 それはとびらのすぐ横にガラスりの大きな見張みはり窓がもうけられていて、見たところ守衛室しゅえいしつのようだった。
 甘太郎あまたろうはそれを見ると口元を引きめた。

おにが出るかじゃが出るか。行ってみるか」
 
 そう言うと甘太郎あまたろうは運転手をおぶったまま守衛室しゅえいしつへと向かった。
 部屋の前に着くと、甘太郎あまたろうはそっととびらに耳をつけ、中の様子をうかがう。
 物音はしない。
 次にとびらの横についているガラス窓から部屋の中の様子をのぞき見た。
 非常灯ひじょうとうの明かりによって室内はほのかに明るく、甘太郎あまたろうはそこから出来る限り部屋の中を見回して、動くものがないかチェックする。
 そして中にだれもいないことを確信すると、甘太郎あまたろうはドアノブを握った。
 幸いにして施錠せじょうはされておらず、甘太郎あまたろう慎重しんちょうにノブを回すととびらは音も立てずにあっさり開いた。
 甘太郎あまたろうは出来る限り物音を立てないようゆっくりと足をみ入れる。
 そして室内で運転手を降ろすと、とびらを静かに閉めて施錠せじょうした。
 静かな空間の中でカチャリという音がひびき、後は元通りの静寂せいじゃくが訪れる。

「はぁ……しんどかった」

 運転手を背負い続けていたために、かなり体力を消耗しょうもうしてしまい、甘太郎あまたろうは小声でそうらした。
 一息ついて部屋の中をゆっくりと見回すと、そこは確かに守衛室しゅえいしつであることがうかがえた。
 部屋の中には配電盤はいでんばんが設置されていて甘太郎あまたろうは試しにいくつかのスイッチを押してみた。
 すると部屋の中だけでなく、フロア全体に明かりがともっていく。

(おわっ!)

 あわててガラス窓の下に身をかくしながら、甘太郎あまたろうはじっと息をひそめた。
 地下道は相変わらず静寂せいじゃくが保たれていた。
 甘太郎あまたろうはホッと息をついてむねで下ろす。

「ほぇぇ。怖っ。けどこれで照明は確保できたな」

 心臓しんぞうの高鳴りをゆっくりと落ちるかせると、甘太郎あまたろうは天井を見つめてつぶやいた。

恋華れんかさんは一人で大丈夫だろうか」

 そう言うと甘太郎あまたろうはもう一度パンフレットを広げ、この先の道順を確認し始めた。
 その時だった。
 ふいに奥の部屋からガタッと物音がしたのを聞き、ビクッとして甘太郎あまたろうは背後を振り返る。
 彼の視線の先、守衛室しゅえいしつの奥には引き戸があり、半開きのそこからは一台のベッドが見えている。
 甘太郎あまたろう警戒けいかいしながらそっと奥の部屋に近づき、とびらかげから部屋の中をうかがった。
 どうやらそこは、ここの警備員らが宿直しゅくちょくに使うとおぼしき仮眠室のようだった。
 二台のベッドにはまだシーツもけられていないが、おそらく地下街のオープンと同時にここも稼動かどうし始めるのだろう。
 甘太郎あまたろうはいつでも闇穴やみあなを発生させられるよう気持ちを集中させながら、部屋の中にハッキリと聞こえるよう声をかけた。

だれかいますか?」

 だが、部屋の中から返事はない。
 物音ひとつしない。
 甘太郎あまたろうは頭をなやませた。

だれかいる? って英語で何て言うんだったっけ。もう少しマジメに勉強しとくべきだったな)

 甘太郎あまたろうがそんなふうに思考しこうを頭の中でこねくり回していると、ベッドの下から突然、一人の人物が転がり出てきた。
 反射的に甘太郎あまたろうは両手でいんを組んだ。
 だが、ゆっくりと起き上がるその人物を見ると、甘太郎あまたろうはわずかにまゆを上げる。
 そこに立っているのは初老の西洋人男性であり、神父の格好かっこうをしていた。
 甘太郎はその顔に見覚えがあったが、目の前の人物は彼が知っている人相よりもずっとせこけており、口の横に痛々いたいたしい青アザを作っていた。

「……フ、フー・アー・ユー?」

 念を押すようにたどたどしい英語でそう言うと、神父の格好かっこうをした初老の男性はしゃがれた声で自分の名を口にした。

「ジミー・マッケイガン」

 そう。
 そこに立っていたのは甘太郎あまたろうらがこの国に着いてから探し続けてきたジミー・マッケイガン神父その人だった。

「ま、マッケイガン神父」

 そう言って目を丸くすると、甘太郎あまたろうはそそくさとシャツのポケットに手を入れる。
 甘太郎あまたろうふところから何かを取り出そうとしているのを見て、マッケイガン神父はわずかに警戒けいかいの表情を浮かべたが、甘太郎あまたろうはゆっくりと愛想笑いを浮かべて名刺めいしを取り出した。

「あ、あぶないもんじゃないよ。ネ、ネームカード」

 そう言うと甘太郎あまたろう名刺めいしをマッケイガン神父が見えるように手で持って見せ、たどたどしい英語で自己紹介をしてみせる。

「ア、アイ・アム・アマタロウ・シスイ」

 それを見たマッケイガン神父は得心した表情を浮かべる。

「オー。アマタロウ」

 その顔からは先ほどまでの警戒心けいかいしんうすれていた。

「イエス。ナイス・トゥ・ミーチュー」

 そう言うと甘太郎あまたろうは手を差し出して神父と握手あくしゅわした。
 ようやく笑顔を見せるマッケイガン神父の手は年を重ねたシワだらけの手だったが、とても温かい。
 そこで甘太郎あまたろうはここに来る前に日本で八重子やえこから便利なツールをもらっていたことをハッと思い出した。

「ジャ、ジャスト・ア・モーメント。プリーズ」

 そう言うと甘太郎あまたろうはポケットからケータイを取り出した。
 そしてそれを操作しながら甘太郎あまたろうはケータイに向かって話しかけた。

「いつもありがとうございます。お会いできてうれしいです」
 
 ケータイが甘太郎あまたろうの日本語を聞き取り、それを英語に翻訳ほんやくして神父に伝える。
 神父はやわらかな笑みを浮かべた。

『こちらこそ。あなたの的確な商品手配のおかげで助かってますよ。それにしてもこんなにお若い方だとはおどろきです』
 
 神父の言葉は翻訳ほんやくされ、甘太郎あまたろうはホッとむねで下ろした。

「よし。これなら通じる。もっと早く思い出せばよかったぜ」

 そう言うと甘太郎あまたろうは再びケータイに向かってぎこちなくしゃべる。

「何かトラブルですか? 空港や教会でお会いできなかったので心配していました」
『ご心配をおかけして申し訳ない。どうやら私とあなた方が接触せっしょくすることを良く思わない者がいるようです』

 神父は自分が見舞みまわれたトラブルのこと、あらかじめイクリシアの手紙でブレイン・クラッキングのことを伝えられていたことを甘太郎あまたろうに話して聞かせた。
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