甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

文字の大きさ
72 / 105
第三章 トロピカル・カタストロフィー

第27話 明確な意思

しおりを挟む
 ポルタス・レオニスの地下街。
 守衛室しゅえいしつに身をかくしていたジミー・マッケイガン神父しんぷは身に差しせまる明らかな異変を感じ取っていた。
 守衛室しゅえいしつの中には彼の他に、甘太郎あまたろうが連れてきた運転手の男がベッドに横たわっている。
 先ほどから守衛室しゅえいしつの外では感染者らが上げるさけび声や、彼らがあばれている騒音そうおんが聞こえてくるものの、さいわいにして神父らが守衛室しゅえいしつの中にかくれていることは気づかれていないらしく、中にみ込まれることはなかった。
 だが、神父の顔色はすぐれなかった。
 むしろ焦燥感しょうそうかんいろどられているほどだ。

魔気まきが……異常な魔気まき膨張ぼうちょうしている」

 カントルムの一員である彼は確かに感じ取っていた。
 今いる場所からわずかにはなれた位置より深く強くい異常な魔気まきが近づいてくることに。
 今こうしている時でさえ、空間の中で徐々じょじょ濃度のうどを増していく魔気まきはだあぶり、神父は全身の毛が逆立さかだつような感覚を覚えている。
 その感覚は一呼吸こきゅうごとに強くなり、そして異変は静かに、だが確実に彼の眼前まで差しせまってきた。
 不意ふい守衛室しゅえいしつの外の様子が変わった。
 外にいる感染者たちの声が徐々じょじょに聞こえなくなっていく。
 彼らがわめきたてていた騒々そうぞうしさが消え去っていく。

「ち、近づいてくる!」

 神父は緊張きんちょう面持おももちで身構みがまえた。
 静寂せいじゃくが辺りを支配した。
 1秒……5秒……10秒と息苦しい時間がぎていき、唐突とうとつ守衛室しゅえいしつかべが黒くまった。
 そして黒い液体がみ出すようにして、ゆか一面を黒くめていく。
 まるで浸水しんすいのように部屋をおかしていく。

「ま、魔気まきの……水?」

 神父は驚愕きょうがくの表情で後ずさった。
 ゆからしながら神父にせまってくるその黒い水は、部屋に置かれている備品の小型ロッカーやパイプ椅子いすなどを次々と飲み込んでいく。

「ぶ、物質が飲み込まれていく」

 神父は目の前の奇怪きかいな様子に息を飲んで立ちくした。
 魔気まきの水によって黒くまったゆかは、それ自体が底なしぬまのようになってゆかの上に置かれたものを次々と飲み込んでいく。
 神父として数々の悪魔と対峙たいじしてきたマッケイガンだったが、その彼をもってしても初めて見る超常現象を前にして、おのれの無力をさとらざるを得なかった。

「神よ。これが悪魔の力なのですか。神の御心みこころれる身でありながら、隣人りんじんを助けることもままならず天にされることが無念ですが、これも我が運命」

 そう言うと神父はチラリと後ろを振り返り、ベッドに横になる運転手を見て申し訳無さそうに目をせた。

「この方だけでも助けたかったが、力およばず申し訳ない」

 そう言うと神父は横たわる運転手を守るようにして、彼の前に毅然きぜんと立った。
 それが全てを飲み込む黒い水の前ではまったくの無意味であると知りながら。
 そして神父は両手を組み合わせていのりの姿勢しせいのまま、最後の時をむかえようとしていた。
 黒い水は神父の足元にせまり、その身を飲み込もうとした。

「……?」

 死の瞬間を待つマッケイガン神父だったが、その顔が意外なおどろきの色にまった。
 黒い水は神父の足先で不意ふいに進行をに止めたのだ。
 そしてしばらくその場でとどまると、まるでしおが引くように後ろへと下がっていく。

「ど、どういうことでしょうか」

 神父は自らの命が助かったことの安堵あんどよりも、眼前の光景を信じがたい思いが強く、その目をしばたかせていた。
 全てを飲み込む不条理ふじょうりな水だと思っていたそれは、神父を前にして引き下がっていったのだ。
 まるで黒い水それ自身が明確な意思を持っているかのように。
 マッケイガン神父は呆然ぼうぜんつぶやきをらす。

「我が神よ……まだ、この老体にはすべきことが残っているということでしょうか」

 戸惑とまどいの中にも再び生きる活力をその目に宿し、マッケイガン神父は固く両手を組み合わせておのれが信じる神にいのりをささげるのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...