73 / 105
第三章 トロピカル・カタストロフィー
第28話 黒い水を追って
しおりを挟む
閉ざされていた扉の向こうから現れたのは感染者と化した警官隊の面々だった。
恋華は目の前で警官隊の拳銃が火を噴くのを目の当たりにし、激しい発砲音と衝撃にほんのわずかな間、意識が飛んでしまう。
2~3秒程度の時間を経てすぐに意識を取り戻した恋華は、目の前の衝撃的な光景に思わず声を上げた。
「ええっ?」
恋華を射殺しようとしていた警官隊の5人は全員が足元をすくわれてその場に転倒していた。
そのため彼らの放った銃弾は狙いを外れ、天井を削り、跳ね返って壁や床で硬い音を立てた。
「く、黒い……水?」
銃撃を免れることの出来た恋華は、警官隊が全員、足元に広がる黒くてドロドロした液体に足を取られている様子をマジマジと見つめる。
彼らは皆、黒い液体に沈み込んで腰までつかっている。
その異様な光景に、恋華はすぐに思い至った。
「ア、アマタローくんだわ!」
目の前の不思議な現象が甘太郎の力によるものだということに気付いた恋華の顔喜色を帯びてパッと輝きを放つ。
警官隊はすでに体のほとんどを黒い液体に捕らわれて成す術なく沈んでいき、すぐに全員が姿を消した。
「た、助かった……。もうダメかと思ったよ。アマタローくん」
甘太郎に助けられたのだという思いか恋華は喜び勇んだが、すぐにその顔を曇らせた。
恋華は周囲を見回すが、甘太郎の姿はどこにも見えない。
彼がいればすぐに恋華に駆け寄ってきてくれるはずだ。
「アマタローくんはここにはいない」
冷静になって考えてみれば、先ほどの黒い水については甘太郎が普通に能力を使ったとは考えにくい。
恋華は途端に不安を覚えた。
「アマタローくん。まさかまたあの黒い薬を……」
恋華の脳裏に浮かぶのは新宮総合病院での一件だった。
恋華は直接その場面を目にしたわけではないが、甘太郎は黒い池のような巨大な闇穴を作り出して多くの感染者らを一網打尽にした。
だが、そうした力を振るうために体に大きな負担がかかると知りながら魔気を誘発する錠剤を飲んだ。
その代償として甘太郎は肉体に大きなダメージを負ってしまったのだった。
「もしまたそんな|無茶をしているんだとしたら……」
それは甘太郎がそうせざるを得ないほど追い詰められているということだ。
恋華はそう推測し、思わず唇を噛んだ。
恋華が悪い予感に立ち尽くしている間も、警官隊を飲み込んだ黒い水は範囲を広げて恋華に迫ろうとしていた。
「あ……」
恋華はハッと我に返ると、黒い水に飲み込まれないよう慌てて後ろへ下がろうとする。
だが、黒い水は恋華から1メートルほどのところで不意にその進行を止めた。
そして数秒の間を置いて、今度は恋華から下がって行こうとする。
「……ど、どういうこと?」
恋華は思わず黒い水を追う様に足を二歩三歩と踏み出す。
すると黒い水は彼女から一定の間を置くようにしてさらに下がっていく。
まるで黒い水が恋華を認識し、巻き込まないようにしてくれたかのように恋華には思えた。
「こ、これって……」
その黒い水には人の意思のようなものが感じられ、恋華は直感的にそれがやはり甘太郎の力によるものだと感じ取れた。
あれを追えば甘太郎の元へたどり着けるかもしれない。
そう思った恋華は黒い水を追って駆け出した。
恋華が足を早めると、黒い水はそれに呼応するかのようにより早く引いていく。
「アマタローくん。すぐに行くから待っててね」
恋華は決然とそう言うと、地下道を進み続ける。
彼女が進む先、黒い水が引いた後には感染者の姿は一切なく、恋華は何者にも邪魔されることなくただひたすらに黒い水を追っていった。
甘太郎の窮地に駆けつけたいという逸る気持ちと、黒い水によって感染者らが一掃されたと思しき廊下を快走する心地よさが、恋華の心に一瞬の隙を生み出した。
「えっ……?」
追う恋華と追われる黒い水との間に、突如として大きな黒い溝が生じたのだ。
それは突然、地面を引き裂く地割れのようであり、恋華は眼前に唐突に現れた1メートルほどの長さのその溝を咄嗟に飛び越えた。
だがその瞬間、溝の中から出し抜けに人の手が伸びてきて、恋華の足首を掴んだのだ。
「きゃっ!」
予想だにしなかったことに恋華はバランスを崩し、それが誰の手であるのかを確かめる間もなく、溝の中に引きずり込まれてしまった。
恋華を飲み込んだ黒い溝は、すぐにその口を閉じて、やがて消え去っていった。
恋華は目の前で警官隊の拳銃が火を噴くのを目の当たりにし、激しい発砲音と衝撃にほんのわずかな間、意識が飛んでしまう。
2~3秒程度の時間を経てすぐに意識を取り戻した恋華は、目の前の衝撃的な光景に思わず声を上げた。
「ええっ?」
恋華を射殺しようとしていた警官隊の5人は全員が足元をすくわれてその場に転倒していた。
そのため彼らの放った銃弾は狙いを外れ、天井を削り、跳ね返って壁や床で硬い音を立てた。
「く、黒い……水?」
銃撃を免れることの出来た恋華は、警官隊が全員、足元に広がる黒くてドロドロした液体に足を取られている様子をマジマジと見つめる。
彼らは皆、黒い液体に沈み込んで腰までつかっている。
その異様な光景に、恋華はすぐに思い至った。
「ア、アマタローくんだわ!」
目の前の不思議な現象が甘太郎の力によるものだということに気付いた恋華の顔喜色を帯びてパッと輝きを放つ。
警官隊はすでに体のほとんどを黒い液体に捕らわれて成す術なく沈んでいき、すぐに全員が姿を消した。
「た、助かった……。もうダメかと思ったよ。アマタローくん」
甘太郎に助けられたのだという思いか恋華は喜び勇んだが、すぐにその顔を曇らせた。
恋華は周囲を見回すが、甘太郎の姿はどこにも見えない。
彼がいればすぐに恋華に駆け寄ってきてくれるはずだ。
「アマタローくんはここにはいない」
冷静になって考えてみれば、先ほどの黒い水については甘太郎が普通に能力を使ったとは考えにくい。
恋華は途端に不安を覚えた。
「アマタローくん。まさかまたあの黒い薬を……」
恋華の脳裏に浮かぶのは新宮総合病院での一件だった。
恋華は直接その場面を目にしたわけではないが、甘太郎は黒い池のような巨大な闇穴を作り出して多くの感染者らを一網打尽にした。
だが、そうした力を振るうために体に大きな負担がかかると知りながら魔気を誘発する錠剤を飲んだ。
その代償として甘太郎は肉体に大きなダメージを負ってしまったのだった。
「もしまたそんな|無茶をしているんだとしたら……」
それは甘太郎がそうせざるを得ないほど追い詰められているということだ。
恋華はそう推測し、思わず唇を噛んだ。
恋華が悪い予感に立ち尽くしている間も、警官隊を飲み込んだ黒い水は範囲を広げて恋華に迫ろうとしていた。
「あ……」
恋華はハッと我に返ると、黒い水に飲み込まれないよう慌てて後ろへ下がろうとする。
だが、黒い水は恋華から1メートルほどのところで不意にその進行を止めた。
そして数秒の間を置いて、今度は恋華から下がって行こうとする。
「……ど、どういうこと?」
恋華は思わず黒い水を追う様に足を二歩三歩と踏み出す。
すると黒い水は彼女から一定の間を置くようにしてさらに下がっていく。
まるで黒い水が恋華を認識し、巻き込まないようにしてくれたかのように恋華には思えた。
「こ、これって……」
その黒い水には人の意思のようなものが感じられ、恋華は直感的にそれがやはり甘太郎の力によるものだと感じ取れた。
あれを追えば甘太郎の元へたどり着けるかもしれない。
そう思った恋華は黒い水を追って駆け出した。
恋華が足を早めると、黒い水はそれに呼応するかのようにより早く引いていく。
「アマタローくん。すぐに行くから待っててね」
恋華は決然とそう言うと、地下道を進み続ける。
彼女が進む先、黒い水が引いた後には感染者の姿は一切なく、恋華は何者にも邪魔されることなくただひたすらに黒い水を追っていった。
甘太郎の窮地に駆けつけたいという逸る気持ちと、黒い水によって感染者らが一掃されたと思しき廊下を快走する心地よさが、恋華の心に一瞬の隙を生み出した。
「えっ……?」
追う恋華と追われる黒い水との間に、突如として大きな黒い溝が生じたのだ。
それは突然、地面を引き裂く地割れのようであり、恋華は眼前に唐突に現れた1メートルほどの長さのその溝を咄嗟に飛び越えた。
だがその瞬間、溝の中から出し抜けに人の手が伸びてきて、恋華の足首を掴んだのだ。
「きゃっ!」
予想だにしなかったことに恋華はバランスを崩し、それが誰の手であるのかを確かめる間もなく、溝の中に引きずり込まれてしまった。
恋華を飲み込んだ黒い溝は、すぐにその口を閉じて、やがて消え去っていった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる