甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター

第6話 怒りのフランチェスカ

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 恋華れんか不意ふいを突かれて神気じんき濃縮のうしゅくされた青いきりびたフランチェスカは、ようやく自分の体が元にもどるのを感じていた。
 神気じんき
 フランチェスカにとってそれは自分に不快かつ苦痛を否応いやおうなしに与える忌避きひすべき空気だった。

窮鼠きゅうそ猫をむ、か。少し遊びが過ぎたわね」

 そう言うとフランチェスカは苦痛のやわらいできた頭を振って、足元に広がる光景に目をやった。
 そこには先ほどまで存在しなかった地面が生まれていて、その上に奇妙な建造物けんぞうぶつが姿を現していた。
 それはいくつもの店舗てんぽが立ちならぶ商店街であり、天井てんじょうには一部がガラス張りとなっている屋根がかけられていた。
 そのガラスを通して、商店街の中に梓川あずさがわ恋華れんかの姿が見える。

「これはどういうことかしら。あの小娘の力……ではなさそうね」

 そう言うとフランチェスカは翼をはためかせ、商店街に向かって降下していく。
 商店街は屋根とかべ隙間すきまなくさえぎられ、ざっと見たところ中に入るための入り口も見当たらない。
 侵入口しんにゅうぐちを探すのもわずらわしく、フランチェスカはガラス張りの屋根に取り付いた。

「こんなもの」

 そう言うとフランチェスカはするどつめを振るってガラスをたたき割ろうとした。
 しかし、ガツンと硬質こうしつな音をたててガラスは振動しんどうするものの、割れるどころかヒビひとつ入らない。

「チッ! 忌々いまいましい!」

 フランチェスカは舌打ちをすると連続でうでを振り下ろしてガラスを破壊しにかかる。
 しかしどれだけなぐりつけても一向いっこうに割れることのないガラスを見て、フランチェスカは違和感いわかんを覚えた。

「この建物……いったい何で出来ているのかしら。普通のガラスじゃない」

 フランチェスカは商店街を見渡した。
 アーケードの屋根は切れ目なく、黒いきりけむる中、100メートルほど先まで続いている。

「やっぱり。ここは純然たる中間世界ではないようね」

 自分の理解の範疇はんちゅうえる現象に、フランチェスカは憤然ふんぜんとした表情を浮かべた。
 ガラスの向こう側に見える商店街の通路には、今も恋華れんかの姿が見える。
 手のとどく場所に獲物えものの姿を見ながら、そのつめで引きいてやれないもどかしさにフランチェスカは苛立いらだった。
 しかし視線をめぐらせた彼女の目がふいにあるものをとらえ、それにともなってフランチェスカの表情がいびつな笑みをたたえた。

「……ああ。なるほど。そういうこと。やってくれたわね」

 フランチェスカが目にしたのは、商店街の細い路地をけ抜けていく小さな子供の姿と、それを見送ってやみの中へと消えていく初老の男の姿だった。
 フランチェスカにとってこの世でもっともきらうその男の姿に、彼女は嫌悪感けんおかんあらわにき捨てた。

「かつての同胞どうほうの亡霊に邪魔じゃまされるなんて、私もコケにされたものね」

 そう言うフランチェスカの顔はみをたたえていたが、その目にはギラギラとしたするどい眼光が宿っていた。

「私をここに引きずり込んだことを後悔こうかいさせてやるわ」

 そう言うとフランチェスカは自らの漆黒しっこくの翼を大きく広げた。

『破壊の本性に今再び身をゆだねるとしようか』

 そう言った彼女の声は、それまでのつややかな女の声ではなかった。
 深く暗く重い、地の底からい上がってくるような、おぞましい声だった。
 途端とたん渦巻うずま魔気まきがフランチェスカの体を取り込んでいく。
 それは竜巻たつまきのように大きくき上がり、辺りの空気をかき乱した。
 猛烈な風を周囲にき散らし、轟音ごうおんが鳴りひびく。
 そして……魔気まきあらし雲散霧消うんさんむしょうして塵芥ちりあくたと化した後、その場にいたのは修道女しゅうどうじょではなかった。
 漆黒しっこくの羽、血の様に赤いクチバシ、そしてマグマのように燃えさかつめを持つ、巨大な鳥の姿がそこにはあった。
 羽を広げたその姿は、両翼りょうよくが10メートル以上にもなろうかという巨大な怪鳥かいちょうだった。

『全てを破壊しくしてやる』

 そう言うと怪鳥かいちょうと化したフランチェスカは商店街の屋根に猛然もうぜんと体当たりをびせる。
 あまりの衝撃しょうげきに屋根の鉄骨てっこつくだけ散り、フランチェスカが燃えさかつめを突き立てると、先ほどまでビクともしなかったガラス張りの屋根は一瞬にして溶解ようかいしてしまう。
 強固で堅守けんしゅほこっていた商店街の屋根は、あまりにもあっさりと瓦解がかいした。

『さあ。引きずり出してハラワタを喰ろうてくれるわ。梓川あずさがわ恋華れんか

 怨嗟えんさのような声でそう言うと怪鳥かいちょうフランチェスカは商店街の中へと侵入しんにゅうしていった。
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