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第4話 苦しむ人々
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プリシラは青ざめた顔のエミルの手をきつく握り締めたまま、曲芸団の天幕の隣に張られた小さめの天幕へと駆け込んでいった。
するとそこはぐるりと天幕の外周に沿って椅子が円状に並べられていて、身なりの良い男女がゆったりとした様子で座っている。
彼らの前には上等な小型の円卓が置かれ、良い香りのする茶が湯気を立てていた。
そしてその男女らに囲まれるようにして天幕の中心には、鎖で体を縛られた者たちの姿がある。
「やっぱり……そういうことね」
プリシラは怒りに顔を赤く染め、天幕の中心を見やる。
そこには先ほどここに入って行くのを見かけた、手枷足枷をはめられた若い男女数名の姿があった。
エミルが怯えた表情でその者たちを指差す。
「姉様……苦しんでいるのはあの人たちだよ」
見ると腰に鎖を巻かれて拘束されている者たちは皆若いが、四肢のどこかが欠損していたり、目が見えないようで目を閉じたままの者もいる。
そして一様に抜け殻のような空虚な表情を浮かべていた。
まるで苦痛の果てに生きることを諦めてしまった者の顔だ。
そんな者たちを繋いだ鎖を握るのは数名の屈強な男たちだ。
曲芸団の用心棒らだろう。
プリシラは怒りのままに彼らを睨みつける。
すると背後で天幕の戸布をめくり上げて先ほどの受付の男が入って来た。
「どうですか? お嬢さん。1人連れて帰ります? まあ、あんな連中ですから、まともな給仕は出来ないかと思いやすが……」
プリシラは即座に踵を返し、受付の男に食ってかかった。
「人身売買は違法行為よ!」
共和国では奴隷制度は前大統領の時代に廃止され、奴隷という身分は姿を消した。
それに伴って人身売買は厳しく取り締まられ、厳罰に処されることになる。
だが男はそんなことは百も承知とばかりに肩をすくめて見せた。
「人身売買だなんて、とんでもない。あいつらはあの体のせいでどこにも雇ってもらえない。我々はそんな半端者たちの働き口を見つけてやってるんですよ。慈善事業みたいなもんですわ」
そう言う男の横にはいつの間にか小さな人影があった。
それは先ほど隣の天幕で客を笑わせていた小人症の老人だ。
受付の男はその老人の隣にしゃがみ込むと、その肩に手をかけた。
「おまえからも何か言ってやれ。この正義感に燃えるお嬢さんに」
「へえ。お嬢さん。わしらはこんな体じゃから、働ける場所は無い。ここで雇ってもらえてお給金ももらえて助かっておる。それにあそこにいる若いのは、その中でも一際幸せなほうなんじゃよ。お金持ちの旦那やご婦人に雇ってもらえて、そこで悪くない給金をもらいながら働かせてもらえるんじゃから。わしもあそこに混ざりたいが、この通り年を取り過ぎているからのう」
そう言う老人にプリシラは困惑し唇を噛んだ。
そして振り返り、鎖で繋がれた若者たちの姿をもう一度見て首を横に振った。
彼らはとても幸せには見えない。
生きる希望を失った者たちの顔だ。
何よりエミルが彼らの不幸な心を感じ取っているのだ。
「あれが幸せ? そうは見えないわ。それにただの職の斡旋なら、鎖で繋ぐ必要なんて……」
そう言いかけたその時、プリシラは突然後ろから麻袋をスッポリと顔に被せられ、視界を塞がれる。
そして背後から太い腕に組み付かれた。
麻袋のカビ臭さと男のそれと思しき腕が体に絡みつくのを感じたプリシラは、気持ち悪さと怒りでカッとなって男の腕を強引に振りほどいた。
「放して!」
「うおっ!」
思わぬプリシラの力強さに振りほどかれた男が尻もちをつくのと同時に、プリシラは顔に被せられた麻布を取り払って踵を返す。
するとプリシラよりも背の高い屈強な男が目を丸くして驚きの表情を浮かべていた。
まさか女に振りほどかれるとは思わなかったのだろう。
だが男は知らない。
プリシラがダニアの女王ブリジットの娘であることを。
その体には女王の系譜に脈々と受け継がれる異常に発達した筋力が備わっている。
まだ13歳でありながら、その腕力はすでに同じダニアの女戦士らですら凌駕するのだ。
いかに屈強とは言え、並の男に抑えられるはずがない。
「アタシに触るな!」
プリシラは怒りのままに男の顔面を蹴飛ばした。
「ブホォッ!」
男は鼻血を撒き散らしながら天幕の戸布を突き破って外まで吹っ飛んだ。
それを見た受付の男は表情を凍りつかせ、小人症の老人は真っ青な顔で天幕の外へ逃げ出していく。
「ひゃあああ!」
その騒ぎに何事かと奥にいる富裕な身なりの男女らからどよめきが上がった。
受付の男が声を荒げる。
「おい! その娘をとっ捕まえろ! 何か分からねえが妙に力が強いから用心するんだぞ!」
受付の男の怒声に呼応して、天幕の中心で拘束されている若い男女の鎖を握る数名の屈強な男らが鎖を手放してプリシラを取り囲んだ。
プリシラはエミルを背中に守りながら、男たちを睨みつける。
男たちを目の前にしても臆した様子は微塵もない。
「この共和国で汚い商売して、イライアス大統領が黙っていないわよ」
そう言い放つプリシラに男らの魔の手が伸びるのだった。
するとそこはぐるりと天幕の外周に沿って椅子が円状に並べられていて、身なりの良い男女がゆったりとした様子で座っている。
彼らの前には上等な小型の円卓が置かれ、良い香りのする茶が湯気を立てていた。
そしてその男女らに囲まれるようにして天幕の中心には、鎖で体を縛られた者たちの姿がある。
「やっぱり……そういうことね」
プリシラは怒りに顔を赤く染め、天幕の中心を見やる。
そこには先ほどここに入って行くのを見かけた、手枷足枷をはめられた若い男女数名の姿があった。
エミルが怯えた表情でその者たちを指差す。
「姉様……苦しんでいるのはあの人たちだよ」
見ると腰に鎖を巻かれて拘束されている者たちは皆若いが、四肢のどこかが欠損していたり、目が見えないようで目を閉じたままの者もいる。
そして一様に抜け殻のような空虚な表情を浮かべていた。
まるで苦痛の果てに生きることを諦めてしまった者の顔だ。
そんな者たちを繋いだ鎖を握るのは数名の屈強な男たちだ。
曲芸団の用心棒らだろう。
プリシラは怒りのままに彼らを睨みつける。
すると背後で天幕の戸布をめくり上げて先ほどの受付の男が入って来た。
「どうですか? お嬢さん。1人連れて帰ります? まあ、あんな連中ですから、まともな給仕は出来ないかと思いやすが……」
プリシラは即座に踵を返し、受付の男に食ってかかった。
「人身売買は違法行為よ!」
共和国では奴隷制度は前大統領の時代に廃止され、奴隷という身分は姿を消した。
それに伴って人身売買は厳しく取り締まられ、厳罰に処されることになる。
だが男はそんなことは百も承知とばかりに肩をすくめて見せた。
「人身売買だなんて、とんでもない。あいつらはあの体のせいでどこにも雇ってもらえない。我々はそんな半端者たちの働き口を見つけてやってるんですよ。慈善事業みたいなもんですわ」
そう言う男の横にはいつの間にか小さな人影があった。
それは先ほど隣の天幕で客を笑わせていた小人症の老人だ。
受付の男はその老人の隣にしゃがみ込むと、その肩に手をかけた。
「おまえからも何か言ってやれ。この正義感に燃えるお嬢さんに」
「へえ。お嬢さん。わしらはこんな体じゃから、働ける場所は無い。ここで雇ってもらえてお給金ももらえて助かっておる。それにあそこにいる若いのは、その中でも一際幸せなほうなんじゃよ。お金持ちの旦那やご婦人に雇ってもらえて、そこで悪くない給金をもらいながら働かせてもらえるんじゃから。わしもあそこに混ざりたいが、この通り年を取り過ぎているからのう」
そう言う老人にプリシラは困惑し唇を噛んだ。
そして振り返り、鎖で繋がれた若者たちの姿をもう一度見て首を横に振った。
彼らはとても幸せには見えない。
生きる希望を失った者たちの顔だ。
何よりエミルが彼らの不幸な心を感じ取っているのだ。
「あれが幸せ? そうは見えないわ。それにただの職の斡旋なら、鎖で繋ぐ必要なんて……」
そう言いかけたその時、プリシラは突然後ろから麻袋をスッポリと顔に被せられ、視界を塞がれる。
そして背後から太い腕に組み付かれた。
麻袋のカビ臭さと男のそれと思しき腕が体に絡みつくのを感じたプリシラは、気持ち悪さと怒りでカッとなって男の腕を強引に振りほどいた。
「放して!」
「うおっ!」
思わぬプリシラの力強さに振りほどかれた男が尻もちをつくのと同時に、プリシラは顔に被せられた麻布を取り払って踵を返す。
するとプリシラよりも背の高い屈強な男が目を丸くして驚きの表情を浮かべていた。
まさか女に振りほどかれるとは思わなかったのだろう。
だが男は知らない。
プリシラがダニアの女王ブリジットの娘であることを。
その体には女王の系譜に脈々と受け継がれる異常に発達した筋力が備わっている。
まだ13歳でありながら、その腕力はすでに同じダニアの女戦士らですら凌駕するのだ。
いかに屈強とは言え、並の男に抑えられるはずがない。
「アタシに触るな!」
プリシラは怒りのままに男の顔面を蹴飛ばした。
「ブホォッ!」
男は鼻血を撒き散らしながら天幕の戸布を突き破って外まで吹っ飛んだ。
それを見た受付の男は表情を凍りつかせ、小人症の老人は真っ青な顔で天幕の外へ逃げ出していく。
「ひゃあああ!」
その騒ぎに何事かと奥にいる富裕な身なりの男女らからどよめきが上がった。
受付の男が声を荒げる。
「おい! その娘をとっ捕まえろ! 何か分からねえが妙に力が強いから用心するんだぞ!」
受付の男の怒声に呼応して、天幕の中心で拘束されている若い男女の鎖を握る数名の屈強な男らが鎖を手放してプリシラを取り囲んだ。
プリシラはエミルを背中に守りながら、男たちを睨みつける。
男たちを目の前にしても臆した様子は微塵もない。
「この共和国で汚い商売して、イライアス大統領が黙っていないわよ」
そう言い放つプリシラに男らの魔の手が伸びるのだった。
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