蛮族女王の娘

枕崎 純之助

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第14話 助けを呼ぶ声

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 プリシラがガックリと項垂うなだれるのを見たエミルは、恐怖で震え出した。
 あの強くて気丈な姉が、団長から奇妙な液体のにおいをがされた途端とたんに、力を失ってしまったのだ。
 姉のそんな姿を見るのは初めてだったので、エミルは大きな衝撃を受けた。

「姉様! 姉様!」

 口を布でおおわれた状態でエミルは必死に姉に呼びかけるが、プリシラは苦しげにうめくばかりで体に力も入らない様子だ。
 そんな彼女の様子を見た団長は安堵あんどの表情を浮かべた。 

「さすがにこいつは効くみたいだな。さて、ゆっくりと話をしようじゃねえか」

 そう言うと団長はプリシラに近付き、彼女の美しい金髪の一房ひとふさに手を触れる。

「ほう。良く手入れされた髪だ。こりゃいい」

 そう言う団長の顔がいやらしくゆがむのを見たエミルは、怒りと恐怖で息が苦しくなるのを感じて必死にいのる。

(姉様が……母様……父様……姉様を助けて……誰か……誰か助けて)

 エミルはつめが手の平に食い込むほど強く拳を握りしめ、必死のいのりを繰り返すのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「国の北部は戦火に見舞われているってのに、この街は呑気のんきなものだな」

 大通りに繰り出すアリアドの街の人々のにぎやかな様子を見ながら、ジャスティーナはあきれたようにそう言った。
 酒場でのどうるおした彼女は相棒のジュードと共に宿屋街に向かっていた。
 今夜の寝床を確保するためだ。
 そんな彼女のとなりを歩きながら、ジュードは別の感想を持っていた。

「そうでもないさ。今この街には不安が渦巻うずまいている。だけど自分達の日常が壊れることを人は簡単に受け入れられないからな。だから皆それにあらがうようにいつも通りに振る舞っているんだ」

 黒髪術者ダークネスのジュードは人々の不安をその肌でひしひしと感じ取っていた。
 祖国が他国から武力進攻を受けている。
 今は遠く離れた北部地方の話だが、それがいつこの中央部のアリアドに波及してくるか分からない。
 そうした不安は街に住む誰の胸にもあった。

「いつこの街にも戦火が及んでもおかしくない。明日の朝には街をつべきだ。おまえのお仲間とやらはそれまでに見つかりそうかい?」
「そうだな……」

 ジャスティーナに言葉を返そうとしたところでジュードはふいに立ち止まり、口を閉ざした。
 急に両足首を誰かの手につかまれたような気がしたのだ。
 もちろん足元を見ても誰の手もかけられていない。
 だが、ジュードはそこから一歩も動けなくなった。
 そして彼の耳に何者かの声が飛び込んでくる。

(誰か……誰か助けて)

 それは聞く者の胸を締め付けるような、苦しくて悲しい切なるいのりだった。
 ジュードのただならぬ様子にジャスティーナはまゆを潜める。

「どうした?」
「……聞こえて来た。助けを求める声だ」

 その声の主が誰かは分からない。
 だがジュードが明確に分かっていることは、その相手が自分と同じ黒髪術者ダークネスであるということだ。
 そしてその声がどこから自分を呼ぶのか、強烈なその感情の波によってジュードには手に取るように分かった。

「ジャスティーナ……こっちだ」

 ジュードは弾かれたように人の波をかき分けて走り出し、ジャスティーナはその後を追う。
 2人は夜の街を街外れに向けて駆け抜けるのだった。
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