蛮族女王の娘《プリンセス》 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第21話 黒髪の者たち

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「よし。開いた」

 ジュードはそう言うとプリシラの手枷てかせを外した。
 自由になったプリシラは足元に捨て置かれた解錠かいじょう済みの足枷あしかせを見て、それからジュードを見やる。
 黒髮のこの青年は2本の針金を使い、器用に手枷てかせ足枷あしかせを外してみせたのだ。
 ものの1分もかからぬ早業はやわざだった。

「あなた……盗賊とうぞくでもやっていたの?」

 歯に衣着せぬプリシラの感想にジュードは思わず笑い出す。

「ハハハ。盗賊とうぞくか。この技術で人の物を盗んだりはしていないよ。まあ、これでも旅暮らしが長くてね。道中で色々覚えたのさ。俺はジャスティーナのように腕っぷしでは生きていけないから、その代わりに技術や知識を会得してそれを生きるかてにしているんだ」

 そう笑うジュードのとなりでエミルは申し訳なさそうに下を向いている。
 わずか10歳の彼は責任を感じていた。
 もし姉1人だったら、あんな男たちは軽く倒せたはずだし、捕まることはなかった。
 姉が痛くて悔しい思いをしたのは自分のせいなのだ。

「姉様……ごめん。僕のせいで」

 消え入りそうな声でそう言うエミルの姿をプリシラは静かに見つめる。
 そして彼に近付き、震える弟の体をそっと抱きしめた。

「いいのよ。元はと言えばアタシがあなたを無理やり曲芸団サーカスに連れて行ったせいだもの。あなたが無事で良かった。エミル」

 捕まった時はエミルの弱さをうとましく思ったが、それでもこうして弟の無事な姿を見てプリシラは心から安堵あんどしていた。
 そしてプリシラはエミルの体をそっと放すと、ジャスティーナとジュードに向き直る。

「あらためて御礼を言うわ。アタシと弟を助けてくれてありがとう。今は何も謝礼は出来ないけれど……」
「謝礼の話は後でいい。それより本当にダニアのプリシラとエミルなんだね。なぜ奴隷どれい商人なんかに捕まっていた?」

 ジュードにそうたずねられプリシラは手枷てかせをハメられていたせいでアザになっている手首をさすりながら、これまでのことを説明した。
 母と共に共和国のビバルデにいたこと。
 そこで曲芸団サーカスの見世物を観たこと。
 曲芸団サーカスが裏で奴隷どれい商売をしていたこと。
 その現場に出くわし、不覚を取って捕らえられ、ここまで連れて来られたこと。

「なるほどね。ま、ツキがなかったといえばそうだが、余計なことに首を突っ込んで、その首になわをかけられたってわけか」

 神妙に話を聞くジュードとは対照的にジャスティーナは子供の悪戯いたずらを鼻で笑うように言った。
 そんなジャスティーナの物言いにプリシラは少々ムッとして言葉を返す。

「そうね。でも見ず知らずのアタシたちを助けるなんて、あなたたちも余計なことに首を突っ込んだんじゃない? あの奴隷どれい商人にうらまれるわよ」

 勝ち気なプリシラの言葉にジャスティーナはフンと鼻を鳴らした。

「かもねぇ。けど私らは自分のケツは自分でけるから心配ご無用さ。お嬢ちゃん」

 ジャスティーナの言葉は腹立たしいものだったが、その通りだと思った。
 エミルを危険に巻き込んだ以上、姉として責任を持って弟を無事に連れ帰らなければならない。
 そのためには今、目の前にいる者たちに頼るほかないのだ。
 まだ幼さの残る子供ではあるが、プリシラには姉としての自覚が備わっている。

(だけど……変な感じね)

 ジャスティーナの不躾ぶしつけな言葉は、女王の娘として普段から敬意を払われているプリシラには耳慣れぬものだったが、不思議ふしぎと不快ではなかった。
 こんな風に気楽に接してくれるのは母の友であるベラやソニアくらいのものだ。
 母と同じく、自分にも気安く話しかけてきてくれるベラとソニアがプリシラは好きだった。
 だからプリシラはジャスティーナの言葉にも思わず笑みを浮かべる。

「確かに。アタシたちはまだ子供だわ。だからお願いしたいことがある。ビバルデに戻りたいの。でも公国内を自分たちだけで移動したことがないから迷ってしまうかもしれない。だからあなたたちにそこまでアタシたちを連れて行ってほしい。報酬ほうしゅうは……アタシが支払うわ」

 その言葉にジャスティーナは怪訝けげんな表情を見せる。

「あんたの金は親の金だろ? まあ、別に親に払ってもらってもこちらは構わないんだがね」
「……今回のことはアタシが親の目を盗んで勝手にしたこと。尻拭しりぬぐいはしてもらいたくないの。だから……これからアタシが自分でかせいだお金で支払うわ。少し……時間がかかるかもしれないけれど」

 プリシラは自分で金をかぜいだことはない。
 ビバルデで曲芸団サーカスに支払った入場料は親からもらった小遣こづかいだ。
 だが、ここで自分たちを連れて行って欲しいが報酬は親が払う、とは言いたくなかった。

「アタシも自分のケツくらいは自分できたいから」
 
 めずらしく言葉使いの悪い姉にエミルは目を丸くするが、ジャスティーナはニヤリと笑った。
 そしてジュードに視線を送ると、彼は是非ぜひもなく言った。

「では街に戻って2人の食糧や水も買わないとな。ビバルデまでは丸一日かかる」

 ジュードのその言葉にプリシラとエミルの顔が明るくなった。
 ジャスティーナはそんな2人に言う。

「決まりだな。ただ、慈善じぜん事業じゃないから、金はきっちりともらうぞ。どんな形でもな」

 そう言うとジャスティーナはジュードに声をかける。

「私とこの子らは面が割れている。街中でさっきのクソ野郎と出くわすと面倒だ。ジュード。おまえがサッと行って物資を調達してきてくれ。必要最低限でいい」

 ジュードはうなづき、すぐさま街へ向かおうとして不意に足を止め、エミルに視線を送った。

【……俺の声が聞こえるかい? 困ったら俺を呼ぶんだ】

 心の中にすべり込んできたその声にエミルはおどろいてジュードを見る。
 それは故郷であるダニアの都で父からよく聞かされていた、耳ではなく心で聴く声だったのだ。
 ジュードは笑顔を浮かべて街へ戻っていく。
 エミルはその姿を見送りながら、ジュードの優しい心の声に父のボルドを思い出して心が落ち着くのを感じるのだった。
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