51 / 101
第50話 心残り
「ねえジュード。姉様はワタシのこと……忘れちゃったのかな」
わずか6歳のチェルシーに唐突にそう尋ねられ、13歳のジュードはすぐに答えることが出来なかった。
チェルシーのことはまだ彼女が歩き始めたばかりの頃から知っている。
彼女の母である先代クローディアの下で暮らしていたジュードを初めとする黒髪の子供たちは皆、交代でチェルシーの遊び相手になってきたからだ。
それはチェルシーの両親である先代クローディアと前国王が亡くなった後でも変わらなかった。
むしろ両親を失ったチェルシーが寂しがらぬよう、ショーナを中心とする黒髪の者達で毎日手厚く相手をしていたのだ。
中には幼子の相手をすることを疎ましく思う者もいたが、ジュードはチェルシーの相手をすることは嫌いではなかった。
身寄りのない彼には幼いチェルシーがどこか妹のように思えたのだ。
だからこそそんなチェルシーを置いて自分もこの場所から出て行こうとしていることに罪悪感を覚えていた。
もちろん自分がチェルシーに兄のように慕われているなどと自惚れるつもりはないが、それでもチェルシーは傷付くかもしれない。
姉に会いたくても会えない彼女の心はもう十分に傷付いているというのに。
そのことを思うと心苦しかったが、それでもジュードはすでに心に決めていた。
この腐った場所を出て行くと。
「お姉さんがチェルシーのことを忘れるはずはないと思うよ。きっと忙しくてお手紙を書けないんじゃないかな」
ジュードがそう言うとチェルシーは残念そうに目を伏せる。
そんな様子にジュードはズキリと胸が痛んだ。
チェルシーの姉である当代のクローディアは王国と決別して出て行ったのだ。
王国から見れば裏切り者だった。
もう戻ってくることはないだろう。
そのくらいはまだ13歳のジュードにも分かる。
きっとチェルシーもいずれそのことを理解するだろう。
その時にチェルシーがどのような受け止め方をするのかは分からないが、自分に出来ることは何もない。
ジュードは己の選択を胸の内でチェルシーに詫びるのだった。
☆☆☆☆☆☆
(チェルシー……)
幼かったチェルシーの面影がどうしても脳裏から離れない。
だがジャスティーナの言った通り、あの幼子はもういない。
今、彼女は公国を侵略する王国軍のチェルシー将軍なのだ。
今さら会わせる顔もなければ、かける言葉もない。
心残りを振り払うように短い追憶から意識を引き戻し、ジュードは夕食後の後片付けを済ませる。
ジャスティーナはその間、小川で汲んできた水で歯磨きを済ませ、寝藁に寝転んだ。
「先に寝るぞ。2時間で起こしてくれ」
「了解」
それから1分もしないうちにジャスティーナは寝息を立て始める。
そんな彼女を見てジュードは苦笑した。
ジャスティーナはいつでもどこでもああしてすぐに寝入ることが出来るのだ。
そのくせ何かあればサッと目を覚ます。
聞いたところによると若い頃に師である戦士からそう訓練をされたので、身に染み付いているらしい。
(あの特技は俺も欲しいんだが、なかなか身につかないな)
そのうちプリシラとエミルが歯磨きを終えて小屋に戻ってきた。
そしてジャスティーナがすでに寝ているのを見ると、プリシラは気を使って声を潜める。
「もう寝たんだね。ジャスティーナ」
「ああ。今夜は俺とジャスティーナが交代で見張りをするから、2人は先に寝てくれ」
「そんな。アタシも見張りをするわ。野営訓練で見張り役もやったことがあるから大丈夫よ。2人だけに任せるわけにはいかないわ」
そう言うプリシラを見てジュードは微笑んだ。
(根がまっすぐな子だな。きっといい女王になる)
王族には良い印象がまったくないジュードだが、まだ出会って1日足らずのプリシラの性根の正しさに好感を覚えていた。
「分かった。じゃあジャスティーナと一緒に2時間後に起こすから、すぐに寝たほうがいい。もうエミルは寝ているみたいだけどな」
プリシラの隣でエミルはすでに立ったままコックリコックリと船を漕いでいた。
そんな弟に苦笑しつつ、プリシラはエミルを連れて寝藁に横たわる。
寝心地がいいとは決して言えなかったが、寝藁はしっかりと天日干しをされているようで、良い香りがした。
すでに隣で寝入っている弟を見つめながら、心身の疲労が蓄積していたプリシラもすぐに眠りに落ちていったのだった。
☆☆☆☆☆☆
エミルは夢を見ていた。
母の夢でもなければ父の夢でもない。
自分が水の底でうずくまっている夢だ。
そして目の前には……彼女がいる。
【坊や……困ったことになっているみたいね】
黒い髪の女はそう言うとエミルの両頬を手で包み込み、面白がるようにクスクスと笑った。
【あなたを狙う不埒な輩もいるみたい……ワタクシのかわいい坊や。気をつけないと誰かに食べられちゃうわよ】
「……えっ?」
その言葉にエミルは戸惑った。
そんなエミルの黒髪をゆっくりと手で撫でながら黒髪の女は目を細めて笑う。
【ふふふ。大丈夫。しつこい相手には……ワタクシが怒っておいてあげるから】
そう言う黒髪の女の口元が冷酷に歪み、その禍々しさにエミルはゾクリとした恐怖を覚えるのだった。
わずか6歳のチェルシーに唐突にそう尋ねられ、13歳のジュードはすぐに答えることが出来なかった。
チェルシーのことはまだ彼女が歩き始めたばかりの頃から知っている。
彼女の母である先代クローディアの下で暮らしていたジュードを初めとする黒髪の子供たちは皆、交代でチェルシーの遊び相手になってきたからだ。
それはチェルシーの両親である先代クローディアと前国王が亡くなった後でも変わらなかった。
むしろ両親を失ったチェルシーが寂しがらぬよう、ショーナを中心とする黒髪の者達で毎日手厚く相手をしていたのだ。
中には幼子の相手をすることを疎ましく思う者もいたが、ジュードはチェルシーの相手をすることは嫌いではなかった。
身寄りのない彼には幼いチェルシーがどこか妹のように思えたのだ。
だからこそそんなチェルシーを置いて自分もこの場所から出て行こうとしていることに罪悪感を覚えていた。
もちろん自分がチェルシーに兄のように慕われているなどと自惚れるつもりはないが、それでもチェルシーは傷付くかもしれない。
姉に会いたくても会えない彼女の心はもう十分に傷付いているというのに。
そのことを思うと心苦しかったが、それでもジュードはすでに心に決めていた。
この腐った場所を出て行くと。
「お姉さんがチェルシーのことを忘れるはずはないと思うよ。きっと忙しくてお手紙を書けないんじゃないかな」
ジュードがそう言うとチェルシーは残念そうに目を伏せる。
そんな様子にジュードはズキリと胸が痛んだ。
チェルシーの姉である当代のクローディアは王国と決別して出て行ったのだ。
王国から見れば裏切り者だった。
もう戻ってくることはないだろう。
そのくらいはまだ13歳のジュードにも分かる。
きっとチェルシーもいずれそのことを理解するだろう。
その時にチェルシーがどのような受け止め方をするのかは分からないが、自分に出来ることは何もない。
ジュードは己の選択を胸の内でチェルシーに詫びるのだった。
☆☆☆☆☆☆
(チェルシー……)
幼かったチェルシーの面影がどうしても脳裏から離れない。
だがジャスティーナの言った通り、あの幼子はもういない。
今、彼女は公国を侵略する王国軍のチェルシー将軍なのだ。
今さら会わせる顔もなければ、かける言葉もない。
心残りを振り払うように短い追憶から意識を引き戻し、ジュードは夕食後の後片付けを済ませる。
ジャスティーナはその間、小川で汲んできた水で歯磨きを済ませ、寝藁に寝転んだ。
「先に寝るぞ。2時間で起こしてくれ」
「了解」
それから1分もしないうちにジャスティーナは寝息を立て始める。
そんな彼女を見てジュードは苦笑した。
ジャスティーナはいつでもどこでもああしてすぐに寝入ることが出来るのだ。
そのくせ何かあればサッと目を覚ます。
聞いたところによると若い頃に師である戦士からそう訓練をされたので、身に染み付いているらしい。
(あの特技は俺も欲しいんだが、なかなか身につかないな)
そのうちプリシラとエミルが歯磨きを終えて小屋に戻ってきた。
そしてジャスティーナがすでに寝ているのを見ると、プリシラは気を使って声を潜める。
「もう寝たんだね。ジャスティーナ」
「ああ。今夜は俺とジャスティーナが交代で見張りをするから、2人は先に寝てくれ」
「そんな。アタシも見張りをするわ。野営訓練で見張り役もやったことがあるから大丈夫よ。2人だけに任せるわけにはいかないわ」
そう言うプリシラを見てジュードは微笑んだ。
(根がまっすぐな子だな。きっといい女王になる)
王族には良い印象がまったくないジュードだが、まだ出会って1日足らずのプリシラの性根の正しさに好感を覚えていた。
「分かった。じゃあジャスティーナと一緒に2時間後に起こすから、すぐに寝たほうがいい。もうエミルは寝ているみたいだけどな」
プリシラの隣でエミルはすでに立ったままコックリコックリと船を漕いでいた。
そんな弟に苦笑しつつ、プリシラはエミルを連れて寝藁に横たわる。
寝心地がいいとは決して言えなかったが、寝藁はしっかりと天日干しをされているようで、良い香りがした。
すでに隣で寝入っている弟を見つめながら、心身の疲労が蓄積していたプリシラもすぐに眠りに落ちていったのだった。
☆☆☆☆☆☆
エミルは夢を見ていた。
母の夢でもなければ父の夢でもない。
自分が水の底でうずくまっている夢だ。
そして目の前には……彼女がいる。
【坊や……困ったことになっているみたいね】
黒い髪の女はそう言うとエミルの両頬を手で包み込み、面白がるようにクスクスと笑った。
【あなたを狙う不埒な輩もいるみたい……ワタクシのかわいい坊や。気をつけないと誰かに食べられちゃうわよ】
「……えっ?」
その言葉にエミルは戸惑った。
そんなエミルの黒髪をゆっくりと手で撫でながら黒髪の女は目を細めて笑う。
【ふふふ。大丈夫。しつこい相手には……ワタクシが怒っておいてあげるから】
そう言う黒髪の女の口元が冷酷に歪み、その禍々しさにエミルはゾクリとした恐怖を覚えるのだった。
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。