蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第一部【ブリジットの章】

枕崎 純之助

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第98話 天の兵士

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 ボルドが自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
 ブリジットはハッと目を開ける。
 体中が焼けるように痛み、ブリジットは起き上がろうとして顔をしかめた。
 特に背中の痛みが強く、少し動くだけで激痛が走る。

 おそらくほんの一瞬だが自分が気を失っていたことを悟ったブリジットは、まだ揺らぐ視界の中で懸命けんめいに思考を整理した。
 剣で切断したバーサの義手が爆発した。
 おそらく中に火薬のたぐいが仕込まれていて、剣撃で生じた火花がそれに引火したのだろう。
 そして爆発が起きた。

 ブリジットは苦々しげにくちびるむ。
 危うく死ぬところだった。
 自分が今なお生きているのは幸運だったのだろう。
 そこでブリジットはハッと目を開ける。

(ボルドは……)

 そんな彼女が首をめぐらせると、すぐ近くに剣でのどを貫かれて死んでいる黒熊狼ベアウルフが横たわっている。
 それが自分の剣だとすぐに悟るが、黒熊狼ベアウルフを刺し殺した覚えはない。
 そのまま顔を上げたブリジットは、目線の先にボルドの姿を見て思わず声を上げる。

「ボルド!」

 だが、そのボルドの目の前にはバーサの姿があった。

邪魔じゃまを……するな」

 ブリジットが何かを言う間もなくバーサはボルドの肩をつかみ、彼を強引に投げ飛ばした。

「うわっ!」
「ボルド!」

 飛ばされたボルドは処刑台の奥の支柱にぶつかって倒れる。
 それを見たブリジットは怒りに燃えて痛みも忘れ立ち上がった。

「おのれ……バーサ!」

 ブリジットがすぐ近くで横たわる黒熊狼ベアウルフ死骸しがいから剣を引き抜くひまもなく、バーサがうなり声を上げて飛びかかってきた。

「ブリジットォォォォ!」

 ブリジットは仕方なくこれを素手で迎え撃ち、バーサを押さえ込もうとする。
 だがバーサもすさまじい力で組み付いてきた。
 しかもバーサの胴や足にはまだ炎がくすぶっていて、それがブリジットの肌を焼く。

「ぐううううっ……」

 ブリジットはこれを耐えてバーサを地面に引き倒した。
 そしてそのままバーサの背後からその首を両腕で強烈にめ上げる。
 バーサはすでに半狂乱でまともな状態ではなかったが、呼吸がままならなければさすがに息を失うだろう。
 そう思ったブリジットだったが、ふいに左足に強烈な痛みを覚え、バーサから手を放して地面に転がった。

「ぐあああああっ!」

 見ると左足の甲にくつを貫いてバーサの短剣が突き刺さっていた。
 首をめられながらバーサが反撃に出たのだ。
 そして今度はブリジットにバーサがのしかかってきた。

「死ね! ブリジット!」

 そう言うとバーサは渾身こんしんの力を込め、残された左手でブリジットの首をめ上げる。
 ブリジットはこれを振り解こうとするが態勢が悪く、足の痛みも相まって力が入らない。
 彼女はこの状況になって初めて気付いたが、刺された左足のみならず右足までズキズキと痛み始めた。

 おそらく爆発で吹き飛ばされた際に、足を痛めたのだろう。
 力が入らずにバーサを押し返すことも出来ず、ブリジットは徐々に意識が遠くなっていく。

(まずい……このままでは)

 自分が殺される。
 そしてそうなればボルドを助けるすべは無くなる。
 ふいにブリジットの脳裏のうりにボルドの顔が浮かんだ。
 その顔は……悲しげな表情をしていた。
 ブリジットは胸が締め付けられ、頭を振る。

(ダメだ。このまま……このまま終わってたまるか!)

 ブリジットは歯を食いしばると、懸命けんめいに左手に力を入れ、痛む左足のひざを折り曲げて、足の甲を手の近くに引き寄せる。
 そして必死に左手を伸ばして左足の甲に刺さっている短剣をつかんだ。

「ぐぅぅぅぅっ!」

 ブリジットは激痛に叫び出しそうになりながらそれを力いっぱい引き抜くと、そのままその短剣でバーサの左腕を突き刺した。

「うぐっ!」

 反射的にバーサの腕の力が弱まり、ブリジットは必死にこれを振り解いた。
 途端とたんに首への圧迫感が消え、吸い込んだ酸素が肺に満ちていく。
 頭がクラクラとして強い頭痛に襲われるが、ブリジットはそれをかえりみずに思い切り腹筋に力を入れて体をね起こした。
 そして自分に馬乗りになっていたバーサに頭突きを食らわせる。

「くはっ!」

 たまらずバーサは後方にひっくり返る。
 そのすきにブリジットはうようにしてかたわらの黒熊狼ベアウルフの死骸から自分の剣を抜き放った。

「ぬううっ!」

 そして足の激痛をこらえ、歯を食いしばり立ち上がる。
 一方のバーサは自分の左腕に刺さった短剣の柄に口で喰らいつくと、それをんで抜き放った。

「があっ! くっ……」

 そして傷ついた左腕でそれでも短剣を握る。
 その目はすでに焦点しょうてんが合わず、それでもブリジットをにらみつけていた。
 そんなバーサを見据みすえ、ブリジットは大きく深呼吸をすると言う。

「……バーサ。おまえの意地は見事なものだ。ここは戦場。ダニアの流儀によっておまえを天の兵士としてやろう。このブリジットの名にかけて」

 天の兵士。
 それは戦場で戦死したダニアの戦士がたまわる称号だった。
 命を落とし、天へと昇って未来永劫に栄誉えいよある兵士となる。
 それは本家でも分家でも同じ習わしだった。

「ブリジット……ワタシは負けぬ。死ぬのは……おまえだぁぁぁぁ!」

 バーサは鬼の形相ぎょうそうで短剣を手に突っ込んでくる。
 ブリジットは剣を握り締め、全ての力を振りしぼり、最後の一振りを一閃いっせんさせた。
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