蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第307話 復讐の刃

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 王城のバルコニーで15年ぶりに再会を果たした姉妹はたがいに視線を合わせながら対峙たいじしていた。
 姉は愛情と悲しみに満ちた目を、妹は怒りと憎しみに満ちた目をたがいに向けている。
 だが剣を構えるチェルシーに対してクローディアは腰帯のさやに手を触れようともしない。
 そんな姉にチェルシーは苛立いらだちをあらわにした。

「どうしたの? そのままだまって斬られるつもり? それなら遠慮なく斬るけれど」

 そう言うとチェルシーは1歩2歩とクローディアに近付いていく。
 そこでようやくクローディアはさやから剣を抜いた。
 だが妹を見つめるその顔には一切の闘志が感じられない。
 クローディアはその顔に悲しみの色をたたえながらも泰然とした口調で言った。

「あなたに申し訳ない気持ちは消えないけれど、だからといって斬られるわけにはいかないの」
「フンッ。命は惜しいものね」
「……ええ。今は母であり、妻であるから。そして……姉でもあるから」

 姉という言葉にチェルシーは苛立いらだった。

「よくも姉などと言えるわね。15年も会わずにいた相手に対して。その図々しさにはあきれるわ。そういう傲慢ごうまんさがあるから母や妹、そして国を平然と捨てることが出来たのね」
「……あなたは怒るだろうけれどワタシはずっとあなたを妹として思ってきた。それは今も変わらない」
だまりなさい!」
  
 チェルシーは鋭くクローディアに斬りかかった。
 クローディアは落ち着いた表情でこれを剣で受け止める。
 鋭く刃がひらめき、ぶつかり合った。

 そこからチェルシーは連続でクローディアに斬りかかる。
 クローディアも激しい乱打戦に的確に応じた。
 そんな2人の戦いを少し離れた場所から見守るブライズは冷静に戦況を見つめていた。

(チェルシー。赤ん坊の頃しか見たことないが、若い頃のクローディアに戦い方がそっくりだな。不思議ふしぎなもんだ。ほとんど一緒にいることはなかったのに、姉妹でそういうところは似るのか)

 そう思いながらブライズは思わず心に痛みを感じた。
 銀の女王の血を引く者はわずかしかいない。
 先代クローディアは死に、その妹ベアトリスもすでにこの世にはいない。
 そしてブライズの姉であるバーサはブリジットとの戦いに敗れて他界している。
 
 ダニアの女王の血筋は短命の宿命さだめだ。
 それだけに同じ銀の女王の血を引く者同士のきずなとうといと思ってきた。
 本来ならばチェルシーも姉クローディアに寄り添って欲しいところだ。
 ブライズと同様にクローディアももう残り10年ほどしか生きられないのだから。
 チェルシーとのことを心残りにしたままクローディアにって欲しくはなかった。
 
(先代……あんたの娘たちが争っているよ。どうにかならないか? この2人が和解する道はないのか……)

 チェルシーはまだ16歳という若さの割に剣の腕は完成されつつあった。
 早熟なところもクローディアに似ている。
 クローディアはその豊富な経験でチェルシーの剣を完全に受け切っていたが、やはり勢いは若いチェルシーの方が上だ。
 このまま戦い続ければいずれは体力に勝るチェルシーの方が有利だろう。

 もちろんクローディアにはそうなる前に決着をつける技量がある。
 だが、クローディアは攻勢に出ることはなかった。
 チェルシーの怒りやうらみを全て受け止めるつもりなのだ。
 ブライズの予想した通りだった。

(クローディア。そりゃそうだよな。おまえは妹に剣を向けられる奴じゃないよな)
 
 ブライズは2人の戦いから目をらさず、いつでも割って入れるように心身の準備をしておく。
 いざとなったらクローディアの身代わりとなってでもチェルシーの剣を受けるつもりだ。
 クローディアは共和国にとってもダニアにとってもまだまだ必要な英雄なのだ。
 死ぬならクローディアではなく自分だとブライズは思っていた。

 そしてもう1人。
 この場には息を飲んで戦況を見つめる者がいた。
 ショーナだ。

(チェルシー様。私はあきらめていません。あなたが幸せになる道を。たとえあなたが自分自身の幸福を放棄していたとしても、私は私の自分勝手な思いであなたが幸せになる道を追求し続けます) 

 ショーナはいのる思いでクローディアに期待した。
 銀の女王がその武勇をもってチェルシーを制圧してくれることに。
 そして……妹を共和国へと連れて行ってくれることを。

(チェルシー様。あなたはずっと辛い思いをしてきました。これから姉妹一緒に仲むつまじく暮らすべきです)

 目の前の戦いに夢中になっているショーナは気付いていなかった。
 自分をじっと見つめる不穏ふおんな視線に。

 ☆☆☆☆☆☆

「見つけたぞ……ショーナ」

 黒帯隊ダーク・ベルト副隊長のヴィンスは上階の階段のおどり場からバルコニーを見下ろしていた。
 その視線がとらえているのはバルコニーに集まった数人の女たちの姿だ。

「それにしても銀髪の女が何人かいるな。あのチェルシーと戦っている女はまさかクローディアか? ダニアの銀の女王自ら乗り込んでくるとは……」

 そこでヴィンスはハッとしてショーナに目を向けた。

「そうか……ショーナが手引きをしてこの王城にクローディアを引き入れたのだな。まったく。とんだ不忠のやからだ。だがこれでショーナを始末する大義名分が出来たな。それにこの混乱はショーナをほうむり去るのに好都合だ」

 ヴィンスは慎重に黒髪術者ダークネスとしての力を閉じたまま、ふところに忍ばせてある一丁の拳銃を取り出した。
 そして好機をうかがう。
 ショーナは警戒心の強い女だ。
 確実に仕留めるためには、彼女の気がれている瞬間をねらいたい。

 ショーナがチェルシーを妹のように大切に思っていることはヴィンスも知っている。
 おそらくチェルシーがクローディア相手に不覚を取るようなことがあれば、ショーナはそのことに気を取られて無防備になるだろう。
 ヴィンスはその瞬間をねらうことにした。

「ククク……もうすぐおまえは終わりだ。ショーナ」

 ヴィンスは声を殺して笑いながら、その時を静かに待つのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「シャクナゲ様。天空ろうに向かわれるのでは?」

 すぐ背後でエミルを担いだ黒髪術者ダークネスの男が怪訝けげんそうな顔でそうたずねた。
 天空ろうに向かっていたシャクナゲが途中で進路を変更し、別の場所へと向かい始めたのだ。

「天空ろうにエミルを入れてしまえば、私たちを守る存在がいなくなってしまうじゃないの」

 シャクナゲの言葉の意味が分からず、黒髪の男たち2人はたがいに顔を見合わせて首をかしげた。
 しかしとにかくシャクナゲに従う他ないので2人は彼女の後に付いていく。
 そうして辿たどり着いたのはシャクナゲの私室だった。
 そこはかつて先代クローディアの私室であった部屋だ。
 シャクナゲはかぎとびらを開けると、2人を中に招き入れた。

「エミルをそこの長椅子ながいすに横たえてちょうだい。私は支度したくをしてくるから少し待っていて」

 そう言うとシャクナゲは部屋の奥にあるとびらを開けて、隣接りんせつする小部屋へと入って行った。
 シャクナゲが何をしようとしているのかわからなかったが、その命令通りに男たちはエミルを羽毛入りの柔らかな長椅子ながいすの上に横たえた。
 そして同じく気絶しているヤブランを部屋のすみの床に横たえる。
 するとほどなくしてシャクナゲが小部屋から出てきた。
 彼女の身体からはむせ返るような強い香のにおいがただよってくる。

「ご苦労様。2人は部屋の外に出ていてくれるかしら?」

 そう言って男2人を部屋の外に出すと、シャクナゲは黒い香炉こうろふくろの中から取り出してそこに火を入れた。
 それはシャクナゲが悪魔ナイトメアと呼んだ香炉こうろだ。
 すると薄く黒煙がただよい始め、それが室内に充満していく。
 その途端とたんに眠っているエミルはモゾモゾとその体を動かし始めた。

「さあエミル。私を守る戦士になるのよ」

 そう言うとシャクナゲはパンと両手を打ち鳴らした。
 途端とたんにエミルが目を開ける。
 その目はどこか茫洋ぼうようとしていて静かに天井を見つめていた。
 シャクナゲはそんなエミルのすぐそばに立つと、その顔をのぞき込む。
 エミルの目に理性の光が宿っていないことを確認するとシャクナゲはニヤリと笑ってエミルに語りかけた。

「起きなさいエミル。私があなたの主人よ」

 そう言われたエミルは静かに身を起こす。
 そしてシャクナゲをじっと見据みすえた。
 シャクナゲは緊張の面持おももちでエミルに手を差し出す。
 エミルはその指先のにおいをスンスンとぐと、静かにシャクナゲの前に立った。
 その姿にシャクナゲは薄笑みを浮かべる。

「いい子ね。悪夢ナイトメアの効果がちゃんと出ているわ。従順で最強の戦士の誕生よ」

 そう言うとシャクナゲは用意しておいた剣と短剣をエミルの腰帯にくくり付けていく。
 その間もエミルはされるがままだ。
 その表情にはまるで生気が感じられない。
 エミルのその様子にシャクナゲは満足げに言った。

「さあエミル。今から邪魔者を殺しに行くわよ」

 シャクナゲはとびらをわずかに開いて、外で待つ2人の黒髪術者ダークネスらに告げる。

「あなたたちはヴィンス副隊長の元へ戻りなさい。そこにいると殺されちゃうわよ。ここには恐ろしい狂戦士がいるから」

 そう言うとシャクナゲは目を細めて禍々まがまがしく笑うのだった。
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