蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第326話 それぞれの希望

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「何ですって?」

 王妃おうひジェラルディーンはそう言ってまゆをひそめると、目の前にひざまずく白髪の少女を見下ろした。
 王国を出てダニアに移住したい。
 そのココノエの少女はそう言った。
 彼女の名がヤブランということと、とらわれの身だったエミルの話し相手になっていたことはジェラルディーンも人伝ひとづてに聞いている。

(おそらくエミルに情でも移ったのね)

 ジェラルディーンは少女の話を聞いて、冷めた気持ちでそう思った。
 ココノエの民を他国へ移住させるなど普通ならば許可できない話だ。
 彼らは王国にとって重要な銃火器の製造技術や大陸には無い様々な知識を持っている。
 貴重な人材を他国には流出させたくはない。

 だがおそらくこの少女はシャクナゲの悪事について証言の出来る人物だ。
 うまく使えればシャクナゲを厳しく断罪するのに一役買ってくれるかもしれない。
 そう考えたジェラルディーンはヤブランに告げる。

「すぐには決断できないわ。だけど前向きに考えましょう。これからは共和国やダニアとの友好関係を築くことも必要になるし。ただし……」

 そう言うとジェラルディーンはヤブランをじっと見下ろした。
 王妃おうひ見据みすえられてヤブランは息を飲む。

「あなた……シャクナゲが何をしていたのか色々と知っているわね?」

 その言葉に少女がピクリとわずかにまゆを動かしたのをジェラルディーンは見逃みのがさなかった。

 ☆☆☆☆☆☆

「あなた……シャクナゲが何をしていたのか色々と知っているわね?」

 王妃おうひジェラルディーンのその言葉に、ヤブランは内心でハッとした。

(この人は……色々と知っている。私がエミルを逃がそうとしていたことも知られているかもしれない)

 それを知られれば断罪されるのはシャクナゲだけでなくヤブラン自身も同じだろう。
 ダニアに移住するどころではない。
 罪人としてシャクナゲのように投獄とうごくされてしまう。
 青ざめるヤブランだったが、ジェラルディーンは泰然と話を続けた。

「あなたに同胞を断罪する勇気はあるかしら? シャクナゲがやろうとしていたことを洗いざらい話して私に協力するなら、移住の件を私の権限で考えてあげるけれど。ただし、あなたという人物をきちんと見定めてからの話になるけれど。分かるわよね?」

 ジェラルディーンの迫力にヤブランは圧倒されながら、それでもうなづいた。
 自分はココノエの民であり、独自の技術について知識があると思われている。
 だがヤブランは技術者ではなく、銃火器の扱いも出来ないただの小間使いだ。
 そのことはきちんと説明すれば分かってもらえるだろうと思った。

 そしてシャクナゲのことは同胞だからといってかばうつもりはサラサラない。
 エミルにひどいことをしたのだから断罪されて当然だ。
 だが、それならばヤブラン自身の罪も告白せねばならない。
 まだ人質の身であったエミルを逃亡させようとしたことは、国家への反逆を問われる重罪だ。

 もちろん自分のことは隠しておくことも出来る。
 だがヤブランは正直な自分でいたいと思った。
 そうでなければありのままの自分でエミルと共にいられなくなってしまう。
 それは嫌だった。

「……王妃おうひ殿下のおおせのままに」

 覚悟を決めてそう言うと、ヤブランはひざまずいたまま深々とこうべれるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「ジャスティーナ。大丈夫?」

 プリシラは貴賓きひん用の医務室でベッドに横たわるジャスティーナの身を案じる。
 オニユリとの死闘に勝利したジャスティーナだが、その体には数発の銃弾を浴びており、傷は浅くない。
 だが彼女は平然とプリシラを見つめ返した。

「頑丈なだけが取りだからね。こんなものはすぐに治るさ」
「そう。この後、移動だけど無理はしないでね」

 プリシラの仲間たちは激しい戦闘による負傷者が多いが、あと数時間で王城をたねばならない。
 現在は王国兵らに停戦の指示が行き渡り、襲ってくる王国兵はいない。
 全てはウォルステンホルム父娘の統制力の賜物たまものだ。

 だがこの戦いで王国兵にも多数の死傷者が出ている。
 彼らの感情を考えれば、敵がいつまでも王城内に留まっているのは面白くないだろう。
 親しい仲間を殺された者たちが、処罰されるのを覚悟で仇討かたきうちに向かってきてもおかしくはないのだ。
 余計な火種を抱える前に王城から去らねばならなかった。

「そういえばジュードの姿が見えないけれど……」
「変装中だろう。さすがに長く王城に留まると素性がバレて面倒なことになるかもしれないからな。今はどうしても無事を確認したい女のところへ行っているよ。色男は大変だ」

 そう言うとジャスティーナはニヤリと笑った。
 そんな彼女にプリシラはクスリと笑う。
 だがすぐに神妙な面持おももちでジャスティーナにたずねた。

「ねえ。ジャスティーナ。とりあえずケガが治るまではダニアに滞在しない?」

 だがジャスティーナはいつもの調子で肩をすくめて見せた。

「いや、やめておくよ。古い顔見知りに今さら見咎みとがめられてアレコレ聞かれるのも面倒だ。私もジュードと同じで脱走兵みたいなもんだからな。共和国の港町に着いたら、そこで療養するさ」
「そう。残念だわ。でも港町にはきっと父様が迎えに来てくれるから、会っていってね」
「やれやれ。そうするか」

 残念そうなプリシラの頭にポンと手を置き、ジャスティーナはその髪をクシャリとでる。
 プリシラは少しだけくすぐったそうに笑うが、すぐに不安げな目をジャスティーナに向けた。

「ジャスティーナ。これでお別れじゃないよね?」
「何だい。急に幼子おさなごみたいな顔をして。一人前になったかと思ったが、まだまだ子供だね」
「だって。ジャスティーナってフラリとどこかに行って戻ってこなさそうなんだもん」
「……そんなことないさ。私とプリシラにはもう切れないきずながある。私はそう思っているよ。いつでも会えるさ。生きている限り、どこにいても」

 ジャスティーナの言葉にプリシラは深くうなづいた。
 戦いを通してきずなを深めたプリシラとジャスティーナ。
 2人は生涯を通じて交流を続けていくことだろう。

 時には母と娘のように。
 時には師と弟子のように。
 そして時には友のように。

 ☆☆☆☆☆☆

「ショーナ。大丈夫か?」

 ショーナが横たわるベッドにジュードは遠慮えんりょがちに声をかけた。
 ジュードは王国兵の兵服に身を包み、頭には負傷兵のように包帯をぐるぐると巻いている。
 黒髪を隠すためだ。
 ジュードの声にショーナはわずかに目を開けた。
 彼が訪れたのは上官用の医務室であり、眠っているショーナの他には誰もいない。

【私よりもよほどあなたのほうが重症に見えるわよ。その頭】

 ショーナは口ではなく黒髪術者ダークネスの力を用いて語りかけてきた。
 そのほうが誰かに声を聞かれずに済むというのもあるが、満身創痍まんしんそういの状態であるショーナ自身が声を出してしゃべるよりも楽なのだろう。
 ジュードも彼女にならって黒髪術者ダークネスの力で彼女に語りかけた。

【君が死んでしまうかと思ってヒヤヒヤしたよ】
【死んでしまったほうが好都合でしょ? 脱走兵のあなたには】
冗談じょうだんでもそんなこと言うなよ。君は恩人で……友人だ。早く傷を治して元気になってくれ】

 ジュードの言葉にショーナは弱々しく笑った。

【そうね……私もまだ生きる理由が出来たし、死ぬつもりはないわ】

 そう言うとショーナは先ほどのチェルシーとクローディアの一件をジュードに話して聞かせた。
 それを聞いてジュードは安堵あんどの笑みを浮かべる。

【そうか……あの2人が。それなら君が仲を取り持ってやらないとな。それは君にしか出来ないことだろうし】
【ええ。チェルシー様も意固地だから】
【がんばれ。君なら出来るさ。俺はもう行かないと。いつまでもここにいていい人間じゃない】
【そうね……ジュード。今は幸せ?】

 唐突にそうたずねるショーナにジュードはややおどろきの表情を見せたが、すぐにその顔に柔和にゅうわな笑みを浮かべる。

【ああ。あの日、君のおかげで今も続く自由を得た。それが何よりの幸せだ】
【そう。良かったわ。自分でも分からなかったの。あの日、私がどうしてあなたを見逃みのがしたのか。でもようやくその答えが分かった】
【……え?】

 目を丸くするジュードにショーナは目を閉じて告げた。

【今のあなたの自由な姿を……私が見たかったからよ】
【ショーナ……】
【ジュード。これからも自由に生きて。それがあなたの生き方だと思うから】

 そう言って微笑ほほえむショーナに、ジュードもまた感謝の笑みを浮かべてうなづくのだった。
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