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第二幕 銀色の恋
第49話 女王の憂鬱
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「スノウ家からの書簡は見たな。私のところにも同じものが届いている」
息子のイライアスを執務室に呼び寄せた大統領はそう言うと、机の上に置かれた書簡を指でトンと叩いた。
そして自分よりも背の高くなった息子に目を細める。
「マージョリー嬢との縁談か。もうおまえもそんな年だな。母さんが見たら喜んだだろう」
イライアスは父が母の事を話すのを聞くといつも心がざわつく。
昔はそれを顔に出し、父と揉めることも多かった。
今はさすがに無表情でやり過ごすことを学んだが、それでも心のざわめきだけは消すことが出来ない。
父は母を妻として大事に扱った。
豪華な屋敷に住まわせ、一流の使用人たちをつけて、母が不自由なく過ごせるように計らったのだ。
母の誕生日には贈り物をし、盛大に祝うことも忘れなかった。
だが、きっとそれでも母は幸せではなかっただろう。
実際には父は母と婚姻関係にありながら複数の女性と関係を結んでいたのだ。
共和国では重婚はもちろん認められていない。
しかし地位のある貴族の男の多くは妻以外にも女性を囲っていた。
そんな貴族社会の旧態依然とした悪習にイライアスはずっと嫌気が差していたのだ。
どうして1人の女性だけを真剣に愛せないのか。
自分が他の女のところに行っている時間の、母の寂しさや悔しさを父は少しも考えなかったのか。
イライアスはミアを深く愛して、ますますそうした憤りを強くした。
彼はミアさえいてくれれば、他の女性は一切必要なかった。
だが、そんな自分が異質なのかと、父や他の貴族たちを見るたびに思っていた。
そんなイライアスの内心になど興味がないのだろう。
大統領は書簡から指を離すと息子に問いかけた。
「それで……どうするんだ? イライアス」
父の言葉にイライアスは眉を潜める。
「どうする……とは? 私に選択の余地などないのでは?」
冷然とそう言うイライアスに大統領は鷹揚に首を横に振る。
「私はそんなふうには考えていない。この縁談を受けようが蹴ろうがおまえの自由だ。おまえの人生なのだからおまえが自分で考えなさい。ただし、その選択の責任をおまえ自身が負うことを忘れるな」
父はいつもそうだ。
自分のことは自分で決めろと言う。
だが実際には父の思う貴族らしい振る舞いというものがあり、イライアスはそれを察知して常に父の期待に背かぬよう人生の選択をしてきた。
それが己の希望とは違う時でも。
平民のミアとの付き合いも父は知りながら反対はしなかった。
父自身も平民の女との付き合いがあり、おそらく息子がそうした女遊びに目覚めたのだろう、としか考えていないのだとイライアスには手に取るように分かった。
正直、そんな父の考えには今でも吐き気がする。
大統領として、そして1人の政治家として見習うべき点が多かったが、父親としては一切尊敬できない男だとイライアスは冷ややかな目で父を見ていた。
それでもイライアスは間近に迫る運命の選択から自分が逃れられないことを感じている。
(……いいだろう。ならばその軌道に乗ってやる。だが、俺の魂まで自由にできると思うなよ。俺が……あんたたちが作ってきたものを粉々に打ち砕いてやるからな)
イライアスは自身が受け取った書簡を父の机の上に置く。
「スノウ家は我らと切っても切れぬ縁。ならば私がマージョリーと結ばれるのは自明の理。この縁談はお引き受けしようと思います」
イライアスの言葉に大統領はフムと頷いた。
「分かった。おまえに一任する。あちらとの話し合いを進めなさい」
そう言う父に一礼し、イライアスは部屋を後にした。
廊下に出ると無表情で彼を出迎える双子の姉妹がいた。
「エミリー。エミリア。俺の父上は人でも父でもなく、大統領という生き物なのかもしれないな」
そんなイライアスに2人は何も言わなかった。
だがイライアスの表情がいつにも増して鉄仮面のように思えたのか、双子は珍しく気遣わしげな表情を見せた。
それでもイライアスは表情を変えずに2人に背を向ける。
「さて、最後の応援演説だ。クローディアの元に向かうぞ」
廊下を歩きながらイライアスの脳裏に浮かぶのはミアの悲しげな顔だ。
そしてその次に浮かぶのは自分を真剣に叱ってくれるクローディアの顔だった。
今から自身が下そうとしている決断は、彼女たちにそんな顔をさせてしまうものなのだ。
だがイライアスは立ち止まらなかった。
向かう先に希望が無くとも、彼は廊下を歩き続けていくのだった。
☆☆☆☆☆☆
「……何だか冴えない空模様ね」
今日が応援演説の最終日となるクローディアは午前中の空を見上げて物憂げにそう呟いた。
空は厚い雲に覆われて太陽の光も遮られてしまっている。
こんな日は気分も重くなる。
クローディアは出かける身支度を整えながら、幾度も溜息をつくのだった。
息子のイライアスを執務室に呼び寄せた大統領はそう言うと、机の上に置かれた書簡を指でトンと叩いた。
そして自分よりも背の高くなった息子に目を細める。
「マージョリー嬢との縁談か。もうおまえもそんな年だな。母さんが見たら喜んだだろう」
イライアスは父が母の事を話すのを聞くといつも心がざわつく。
昔はそれを顔に出し、父と揉めることも多かった。
今はさすがに無表情でやり過ごすことを学んだが、それでも心のざわめきだけは消すことが出来ない。
父は母を妻として大事に扱った。
豪華な屋敷に住まわせ、一流の使用人たちをつけて、母が不自由なく過ごせるように計らったのだ。
母の誕生日には贈り物をし、盛大に祝うことも忘れなかった。
だが、きっとそれでも母は幸せではなかっただろう。
実際には父は母と婚姻関係にありながら複数の女性と関係を結んでいたのだ。
共和国では重婚はもちろん認められていない。
しかし地位のある貴族の男の多くは妻以外にも女性を囲っていた。
そんな貴族社会の旧態依然とした悪習にイライアスはずっと嫌気が差していたのだ。
どうして1人の女性だけを真剣に愛せないのか。
自分が他の女のところに行っている時間の、母の寂しさや悔しさを父は少しも考えなかったのか。
イライアスはミアを深く愛して、ますますそうした憤りを強くした。
彼はミアさえいてくれれば、他の女性は一切必要なかった。
だが、そんな自分が異質なのかと、父や他の貴族たちを見るたびに思っていた。
そんなイライアスの内心になど興味がないのだろう。
大統領は書簡から指を離すと息子に問いかけた。
「それで……どうするんだ? イライアス」
父の言葉にイライアスは眉を潜める。
「どうする……とは? 私に選択の余地などないのでは?」
冷然とそう言うイライアスに大統領は鷹揚に首を横に振る。
「私はそんなふうには考えていない。この縁談を受けようが蹴ろうがおまえの自由だ。おまえの人生なのだからおまえが自分で考えなさい。ただし、その選択の責任をおまえ自身が負うことを忘れるな」
父はいつもそうだ。
自分のことは自分で決めろと言う。
だが実際には父の思う貴族らしい振る舞いというものがあり、イライアスはそれを察知して常に父の期待に背かぬよう人生の選択をしてきた。
それが己の希望とは違う時でも。
平民のミアとの付き合いも父は知りながら反対はしなかった。
父自身も平民の女との付き合いがあり、おそらく息子がそうした女遊びに目覚めたのだろう、としか考えていないのだとイライアスには手に取るように分かった。
正直、そんな父の考えには今でも吐き気がする。
大統領として、そして1人の政治家として見習うべき点が多かったが、父親としては一切尊敬できない男だとイライアスは冷ややかな目で父を見ていた。
それでもイライアスは間近に迫る運命の選択から自分が逃れられないことを感じている。
(……いいだろう。ならばその軌道に乗ってやる。だが、俺の魂まで自由にできると思うなよ。俺が……あんたたちが作ってきたものを粉々に打ち砕いてやるからな)
イライアスは自身が受け取った書簡を父の机の上に置く。
「スノウ家は我らと切っても切れぬ縁。ならば私がマージョリーと結ばれるのは自明の理。この縁談はお引き受けしようと思います」
イライアスの言葉に大統領はフムと頷いた。
「分かった。おまえに一任する。あちらとの話し合いを進めなさい」
そう言う父に一礼し、イライアスは部屋を後にした。
廊下に出ると無表情で彼を出迎える双子の姉妹がいた。
「エミリー。エミリア。俺の父上は人でも父でもなく、大統領という生き物なのかもしれないな」
そんなイライアスに2人は何も言わなかった。
だがイライアスの表情がいつにも増して鉄仮面のように思えたのか、双子は珍しく気遣わしげな表情を見せた。
それでもイライアスは表情を変えずに2人に背を向ける。
「さて、最後の応援演説だ。クローディアの元に向かうぞ」
廊下を歩きながらイライアスの脳裏に浮かぶのはミアの悲しげな顔だ。
そしてその次に浮かぶのは自分を真剣に叱ってくれるクローディアの顔だった。
今から自身が下そうとしている決断は、彼女たちにそんな顔をさせてしまうものなのだ。
だがイライアスは立ち止まらなかった。
向かう先に希望が無くとも、彼は廊下を歩き続けていくのだった。
☆☆☆☆☆☆
「……何だか冴えない空模様ね」
今日が応援演説の最終日となるクローディアは午前中の空を見上げて物憂げにそう呟いた。
空は厚い雲に覆われて太陽の光も遮られてしまっている。
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