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第195話 二刀流
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クローディアはブリジットがボルドを背負って急斜面の下まで降りていく様子を見届けると、複雑な表情を浮かべた。
「本当はこんな感じじゃなかったんだけど……。でもブリジットと再会できて良かったわね。ボールドウィン」
そう言うクローディアの胸には寂しさが募る。
彼女はボルドと共に過ごした日々を思い返しながら、これで良かったのだと自分に言い聞かせた。
そんなクローディアの前に黒き魔女が戻ってくる。
アメーリアは急斜面の途中で落とした金棒を拾い上げ、それから傾斜の比較的緩い東側を回り込んで這い上ってきたのだ。
そのせいで体のあちこちに土が付着している。
「遅いお帰りね。アメーリア。そんな土まみれになるほど土遊びは楽しかったかしら?」
そう言うとクローディアは両手に持った2本の剣を華麗に振るい、身構える。
それを見たアメーリアは苛立たしげに鼻を鳴らす。
「フンッ。逃げずにこんなところで待っているなんて馬鹿な女。そんな剣を……」
そう言いかけたアメーリアは目を凝らす。
そして驚愕の眼差しをクローディアに向けた。
「そ、その剣は……トバイアス様の」
アメーリアはクローディアの持つ2本の剣のうち1本を見てそう言う。
クローディア自身は知らないが、それはトバイアスが落とした剣をアーシュラがボルドに手渡し、それからクローディアの手に渡ったものだった。
クローディアはその剣をまじまじと見つめると、柄がトバイアスの頭文字である【T】の意匠を凝らした洒落た造りの剣であることにあらためて気が付いた。
「なぜあなたがその剣を……。トバイアス様はどうしたの! 答えなさい! クローディア!」
先ほどまでの余裕は失われ、アメーリアは殺気のこもった目をクローディアに向ける。
だがクローディアはすぐに機転を利かせると、冷淡な口調でこれに答えた。
「ワタシがそれに答える義務あるかしら?」
そう言うとクローディアは2本の剣を手にアメーリアに向かっていく。
アメーリアは怒りを剥き出しにして金棒を振り上げた。
「それなら答えたくなるようにしてあげる」
そう言うとアメーリアは鬼気迫る表情で金棒を振り下ろす。
だが、クローディアは左から右へと移動しながらこれをかわし、アメーリアに斬りかかった。
剣を手にしたクローディアの動きは格段に鋭くなり、枝しか武器がなかった先ほどまでとは違ってアメーリアも本腰を入れて防御と回避に努めざるを得ない。
「トバイアス様に危害を加えたら許さない!」
「フンッ。そんなに大事なら箱にしまって地面にでも埋めておきなさい」
クローディアは両手の剣を次々と繰り出し、そのすさまじい速度にアメーリアは防戦を余儀なくされる。
両手に剣を持つ戦い方は、クローディアがもっとも得意とするところだった。
亡きバーサもそうだったが、分家では初代クローディアの時代から二刀流の使い手が多い。
当代のクローディアもそうだ。
彼女にとって剣を2本手にしたこの形が一番しっくりくるのだ。
右手と左手が別々の軌道を描いて剣を振るう器用な攻撃に、アメーリアは忌々しげに舌打ちをして距離を取ろうと下がっていく。
だがクローディアは距離を詰め、攻撃の手を緩めない。
「そんな大きな得物でどこまでついてこられるかしら?」
先程までとは一変し、戦況はクローディアの一方的な攻勢が続く。
(ここでトドメを刺す! 一気に決めるわよ!)
武器もなく相手の攻撃を回避するしかなかった時間によって、クローディアはアメーリアの動きに少しずつ慣れ始めていた。
速い斬撃を連続で浴びせることによってアメーリアの反撃の機会を封じていく。
だが、その時だった。
「フッ!」
アメーリアがわずかに口を尖らせたかと思うと、その口から鋭く何かを吹き出す。
明るくなり始めた空の下、クローディアは体を半身にしながら、目に見えにくいそれを何とか感覚だけで避けた。
地下水路でアメーリアが口から吐き出した毒針を浴びた経験から、クローディアはそれをあらかじめ予測していたのだ。
「もうその手は食わないわよ」
だが、毒針を外したことにも表情を変えず、アメーリアは泰然として金棒をその場に投げ捨てた。
彼女は間合いを取るために毒針を吐き出したのだった。
「もう金棒じゃ無理ね。あなたを叩き潰して肉の塊にしたかったのに残念」
そう言うアメーリアの両袖の中から2本の短剣が現れる。
衣服の中に仕込んでいたであろうそれを両手に握ると、アメーリアはクローディアに向かっていく。
「二刀流が得意なのは自分だけと思わないことね」
そう言うとアメーリアは次々と左右の短剣を繰り出した。
これをクローディアも2本の剣で受け止める。
アメーリアの速度は当然ながら金棒を持っていた時よりも数段上がった。
短剣と長剣の違いはあれど、アメーリアのほうがクローディアの速さを上回りそうな勢いだ。
(速い! 金棒を振り回していた時とは明らかに違う)
クローディアは歯を食いしばってアメーリアに対抗するべく剣を振るった。
長剣の優位性を活かして、アメーリアを間合いに踏み込ませないよう牽制する。
だが、アメーリアはそこから予想外の動きを見せた。
彼女が2本の短剣の柄の底をガチリと組み合わせると、それは左右両方に刃のある変則的な剣に変わる。
思わずクローディアは眉を潜めた。
(何なの? あの剣は……)
大陸では見かけることのない奇妙な剣だったが、アメーリアはそれをクルクルと回転させながら手慣れた様子で使いこなして見せる。
「対刃剣。この大陸には無い武器よ」
そう言うとアメーリアはクローディアに連続攻撃を仕掛ける。
クローディアは見慣れぬ相手の武器に戸惑いながら懸命に応戦したが、相手の攻撃の軌道を読み切れず、腕や足などあちこちに斬り傷をつけられていく。
「くっ!」
「さすがの女王様も見慣れない武器には対処しきれないみたいね」
そう言うとアメーリアはさらに攻勢をかける。
クローディアは長剣を小刻みに動かして防御に入るが、そこでアメーリアが突然、対刃剣を再び2つの短剣に切り離した。
するとアメーリアの袖から今度は鎖が出てきて、切り離された2つの短剣の柄と柄を繋ぎ合わせる。
柄の底に鎖を繋ぎ合わせるための仕掛けが施されているようだった。
アメーリアはその片側の短剣をクローディアに向けて投げつける。
「チッ!」
クローディアは舌打ちをしてその一撃をアーシュラの長剣で弾こうとしたが、アメーリアが鎖を引っ張って短剣を引き戻したために空振りをしてしまう。
その隙にアメーリアはもう片方の短剣を投げつけた。
これもクローディアはトバイアスの長剣を引いて弾こうとするが、わずかに反応が遅れてしまった。
するとクローディアの剣に鎖が巻き付き、その勢いで鎖の先の短剣がクローディアの左肩を切り裂いた。
「くうっ!」
クローディアの左肩から鮮血が舞い散り、その顔が苦痛に歪む。
そしてその瞬間にアメーリアは剣に巻き付いた鎖を思い切り引いた。
そしてクローディアの手からトバイアスの剣を奪い取ったのだ。
「これは返してもらうわ」
クローディアはアメーリアの巧みな戦いぶりに脅威を覚えた。
これが二度目の対戦だが、戦闘方法の引き出しが多い。
おそらくまだアメーリアは手の内の全てを明らかにしていないはずだ。
ただ強く、速いだけではなく、思いもよらぬ戦法を見せるアメーリアの難敵ぶりにクローディアは内心で舌打ちをする。
そして額に玉のような汗を浮かべながら左肩の激痛を堪えて歯をくいしばった。
「本当はこんな感じじゃなかったんだけど……。でもブリジットと再会できて良かったわね。ボールドウィン」
そう言うクローディアの胸には寂しさが募る。
彼女はボルドと共に過ごした日々を思い返しながら、これで良かったのだと自分に言い聞かせた。
そんなクローディアの前に黒き魔女が戻ってくる。
アメーリアは急斜面の途中で落とした金棒を拾い上げ、それから傾斜の比較的緩い東側を回り込んで這い上ってきたのだ。
そのせいで体のあちこちに土が付着している。
「遅いお帰りね。アメーリア。そんな土まみれになるほど土遊びは楽しかったかしら?」
そう言うとクローディアは両手に持った2本の剣を華麗に振るい、身構える。
それを見たアメーリアは苛立たしげに鼻を鳴らす。
「フンッ。逃げずにこんなところで待っているなんて馬鹿な女。そんな剣を……」
そう言いかけたアメーリアは目を凝らす。
そして驚愕の眼差しをクローディアに向けた。
「そ、その剣は……トバイアス様の」
アメーリアはクローディアの持つ2本の剣のうち1本を見てそう言う。
クローディア自身は知らないが、それはトバイアスが落とした剣をアーシュラがボルドに手渡し、それからクローディアの手に渡ったものだった。
クローディアはその剣をまじまじと見つめると、柄がトバイアスの頭文字である【T】の意匠を凝らした洒落た造りの剣であることにあらためて気が付いた。
「なぜあなたがその剣を……。トバイアス様はどうしたの! 答えなさい! クローディア!」
先ほどまでの余裕は失われ、アメーリアは殺気のこもった目をクローディアに向ける。
だがクローディアはすぐに機転を利かせると、冷淡な口調でこれに答えた。
「ワタシがそれに答える義務あるかしら?」
そう言うとクローディアは2本の剣を手にアメーリアに向かっていく。
アメーリアは怒りを剥き出しにして金棒を振り上げた。
「それなら答えたくなるようにしてあげる」
そう言うとアメーリアは鬼気迫る表情で金棒を振り下ろす。
だが、クローディアは左から右へと移動しながらこれをかわし、アメーリアに斬りかかった。
剣を手にしたクローディアの動きは格段に鋭くなり、枝しか武器がなかった先ほどまでとは違ってアメーリアも本腰を入れて防御と回避に努めざるを得ない。
「トバイアス様に危害を加えたら許さない!」
「フンッ。そんなに大事なら箱にしまって地面にでも埋めておきなさい」
クローディアは両手の剣を次々と繰り出し、そのすさまじい速度にアメーリアは防戦を余儀なくされる。
両手に剣を持つ戦い方は、クローディアがもっとも得意とするところだった。
亡きバーサもそうだったが、分家では初代クローディアの時代から二刀流の使い手が多い。
当代のクローディアもそうだ。
彼女にとって剣を2本手にしたこの形が一番しっくりくるのだ。
右手と左手が別々の軌道を描いて剣を振るう器用な攻撃に、アメーリアは忌々しげに舌打ちをして距離を取ろうと下がっていく。
だがクローディアは距離を詰め、攻撃の手を緩めない。
「そんな大きな得物でどこまでついてこられるかしら?」
先程までとは一変し、戦況はクローディアの一方的な攻勢が続く。
(ここでトドメを刺す! 一気に決めるわよ!)
武器もなく相手の攻撃を回避するしかなかった時間によって、クローディアはアメーリアの動きに少しずつ慣れ始めていた。
速い斬撃を連続で浴びせることによってアメーリアの反撃の機会を封じていく。
だが、その時だった。
「フッ!」
アメーリアがわずかに口を尖らせたかと思うと、その口から鋭く何かを吹き出す。
明るくなり始めた空の下、クローディアは体を半身にしながら、目に見えにくいそれを何とか感覚だけで避けた。
地下水路でアメーリアが口から吐き出した毒針を浴びた経験から、クローディアはそれをあらかじめ予測していたのだ。
「もうその手は食わないわよ」
だが、毒針を外したことにも表情を変えず、アメーリアは泰然として金棒をその場に投げ捨てた。
彼女は間合いを取るために毒針を吐き出したのだった。
「もう金棒じゃ無理ね。あなたを叩き潰して肉の塊にしたかったのに残念」
そう言うアメーリアの両袖の中から2本の短剣が現れる。
衣服の中に仕込んでいたであろうそれを両手に握ると、アメーリアはクローディアに向かっていく。
「二刀流が得意なのは自分だけと思わないことね」
そう言うとアメーリアは次々と左右の短剣を繰り出した。
これをクローディアも2本の剣で受け止める。
アメーリアの速度は当然ながら金棒を持っていた時よりも数段上がった。
短剣と長剣の違いはあれど、アメーリアのほうがクローディアの速さを上回りそうな勢いだ。
(速い! 金棒を振り回していた時とは明らかに違う)
クローディアは歯を食いしばってアメーリアに対抗するべく剣を振るった。
長剣の優位性を活かして、アメーリアを間合いに踏み込ませないよう牽制する。
だが、アメーリアはそこから予想外の動きを見せた。
彼女が2本の短剣の柄の底をガチリと組み合わせると、それは左右両方に刃のある変則的な剣に変わる。
思わずクローディアは眉を潜めた。
(何なの? あの剣は……)
大陸では見かけることのない奇妙な剣だったが、アメーリアはそれをクルクルと回転させながら手慣れた様子で使いこなして見せる。
「対刃剣。この大陸には無い武器よ」
そう言うとアメーリアはクローディアに連続攻撃を仕掛ける。
クローディアは見慣れぬ相手の武器に戸惑いながら懸命に応戦したが、相手の攻撃の軌道を読み切れず、腕や足などあちこちに斬り傷をつけられていく。
「くっ!」
「さすがの女王様も見慣れない武器には対処しきれないみたいね」
そう言うとアメーリアはさらに攻勢をかける。
クローディアは長剣を小刻みに動かして防御に入るが、そこでアメーリアが突然、対刃剣を再び2つの短剣に切り離した。
するとアメーリアの袖から今度は鎖が出てきて、切り離された2つの短剣の柄と柄を繋ぎ合わせる。
柄の底に鎖を繋ぎ合わせるための仕掛けが施されているようだった。
アメーリアはその片側の短剣をクローディアに向けて投げつける。
「チッ!」
クローディアは舌打ちをしてその一撃をアーシュラの長剣で弾こうとしたが、アメーリアが鎖を引っ張って短剣を引き戻したために空振りをしてしまう。
その隙にアメーリアはもう片方の短剣を投げつけた。
これもクローディアはトバイアスの長剣を引いて弾こうとするが、わずかに反応が遅れてしまった。
するとクローディアの剣に鎖が巻き付き、その勢いで鎖の先の短剣がクローディアの左肩を切り裂いた。
「くうっ!」
クローディアの左肩から鮮血が舞い散り、その顔が苦痛に歪む。
そしてその瞬間にアメーリアは剣に巻き付いた鎖を思い切り引いた。
そしてクローディアの手からトバイアスの剣を奪い取ったのだ。
「これは返してもらうわ」
クローディアはアメーリアの巧みな戦いぶりに脅威を覚えた。
これが二度目の対戦だが、戦闘方法の引き出しが多い。
おそらくまだアメーリアは手の内の全てを明らかにしていないはずだ。
ただ強く、速いだけではなく、思いもよらぬ戦法を見せるアメーリアの難敵ぶりにクローディアは内心で舌打ちをする。
そして額に玉のような汗を浮かべながら左肩の激痛を堪えて歯をくいしばった。
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