だって僕はNPCだから 2nd GAME

枕崎 純之助

文字の大きさ
70 / 91
第五章 魔獣使いキーラ & 暗黒巫女アディソン

第10話 暗黒巫女・アディソン

しおりを挟む
 暗黒巫女みこ・アディソンは吸血杖ラミアーを手に猛然と僕に襲いかかってくる。
 彼女の中位スキルである魔神の吐息サタン・ブレスを浴びた僕の右腕はすでに形を成さないほどに溶けてしまい、先ほどまで感じていた痛みは消えてすでに感覚も失われていた。
 おそらく、ほどなくして完全に溶け落ちてしまうだろう。
 アディソンが口から吐き出す魔神の吐息サタン・ブレスは一度吐き出すと再チャージに時間がかかるようで連発は出来ないけれど、その威力は恐ろしいほどに強力だった。

「あなたをゲームオーバーに追い込んだ後、ジェネットを手に入れるとしましょうか」

 そう言って迫り来るアディソンの攻撃を前に僕は必死に足を動かして距離を取る。
 や、やばいぞ。
 僕は自分が右腕を失って冷静さを欠いていることを強く感じ、懸命に頭の中で念じた。

 タリオ。
 来い。
 僕の左手に戻ってこい。
 タリオはすぐに応じてくれて、僕の左手に収まる。
 そして僕は再び左手一本でそれを握り、アディソンの猛攻を何とか受け流して耐え忍ぶ。
 両腕がないとまともに受け止めるのもキツい。
 アディソンの吸血杖ラミアーによる打撃はそれほど圧力が強かった。

「この死に損ない! 脳髄のうずいぶちまけて惨殺死体と化すがいい!」

 その粗暴な口ぶりとは裏腹にアディソンの杖による打撃は振り下ろす、なぎ払う、突き出す、振り上げる等の動作にフェイントを交え、コンビネーションで繰り出す非常に多彩なものだった。
 それは巫女みこというより、最前線で敵をほふる剛腕の女戦士のようだ。
 そんな彼女の攻撃から必死に逃れながら、僕の胸に不思議な感情が涌き上がってくる。
 
 キーラにしてもアディソンにしても憎らしくてその振る舞いは決して容認することは出来ないけれど、ゲームの一キャラクターとしては非常に優れていて魅力的な存在なんだ。
 ちゃんとゲームの枠内で悪役としてその力を発揮すれば、すごくこのゲームを盛り上げてくれるだろうに。

「もったいない」

 思わず口をついて出たのはそんな言葉だった。
 そして双子をこんなふうに使う黒幕に対して、理不尽さを感じずにはいられなかった。

「アル様!」

 その時、ジェネットの声が地下空洞に響き渡る。
 アディソンの攻撃に押し込まれて防御に追われる僕はハッとしてアディソンの口の動きに注意を払う。
 ジェネットは僕らの戦いを見守りながらアディソンの不穏な気配を感じ取ったのだろう。
 来る。
 アディソンの魔神の吐息サタン・ブレスが。

「はあっ!」

 僕は嫌な気配を振り払うようにへびたちをけしかけ、アディソンを後退させて距離を取る。
 アディソンは後退しながら吸血杖ラミアーへびたちを打ち払った。
 そんな彼女の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。

「愚か者」

 そこで僕は気が付いたんだ。
 アディソンの持つ吸血杖ラミアーの先端についているはずの銀色のドクロがなくなっていることに。
 僕は驚いてへびたちを手元に引き寄せる。
 あのドクロは杖から離れて相手に噛みつき、そのライフを吸い取ることが出来る。

 僕は以前にその攻撃を受けた時のことを思い返した。
 まさか……もう僕の体に?
 僕は慌てて自分の体を確かめる。
 でもどこにもドクロは見当たらない。
 だけど僕は見落としていたんだ。

 タリオの柄に引き戻した二匹のへびのうち、白へびの頭の上に銀色のドクロが牙を突き立てて乗っかっていたことを。
 そ、そうか。
 さっきへびたちを吸血杖ラミアーで振り払った時に……。

 ドクロは口を開けた。
 僕はすぐにタリオから白へびを切り離して遠ざける。
 だけど途端に白へびから離れて宙に浮いたドクロは、その牙で僕に食らいつくのではなく、大きく開いた口から緑色の霧を噴射し始めたんだ。
 それは僕に向かって勢いよく吹きつけられ、視界が緑色の霧で閉ざされる。

「うわああああっ!」

 僕は左腕で顔をかばうのがやっとだった。
 し、しまった。
 油断した。
 ドクロの口からも魔神の吐息サタン・ブレスを吐き出せるなんて。
 僕は致命的なダメージを覚悟したけれど、それでもゲームオーバーだけは避けようと必死に後退する。

 でも……あれ?
 そこで僕は奇妙なことに気が付いたんだ。
 魔神の吐息サタン・ブレスの直撃を受けたはずなのに体のどこにも痛みはなく、ライフも減っていない。
 そして緑一色だった目の前の光景が徐々に明瞭になっていき、僕はそこでようやく状況を理解した。

「ア、IRリングが……」

 そう。
 僕の眼前に広がっていた緑色の毒霧は、僕の左手首と一体化しているIRリングにどんどん吸い込まれていたんだ。
 途端に黄色かったIRリングの色が同じような緑色に変化する。
 さっきはアリアナの氷の涙を吸収して青白い色に変化していたけれど、これってまさか……。

 僕の予感は的中した。
 ほとんど溶け落ちかけていた氷の右腕が消え、代わりに緑の霧に包まれた腕が現れたんだ。
 それは明らかにアディソンの魔神の吐息サタン・ブレスと同じ力で出来た腕だった。
 ま、まただ。
 またIRリングが力を吸収して僕の腕に変えたんだ。
 
「なっ……」

 驚きの声を上げたのは僕ではなくアディソンだった。
 その顔は少なからぬ驚愕と……わずかな恐怖の色を帯びていた。

「あなたは一体……何なのですか」
「僕は……ただの下級兵士だよ。ただ大切な人を守りたいだけだ」
 
 そう言うと僕は再び現れた右手にタリオを握り替える。
 するとやはりタリオの刀身は右腕と同じ緑色に変色した。
 そして刀身の周りには緑色の霧がまとわりついている。
 それが何の効果を表しているのかは明白だ。
 僕はタリオを両手で握り締めると、なかば呆然としているアディソンに挑みかかった。

「くっ! 忌々いまいましい! 忌々いまいましい忌々いまいましい!」

 アディソンはヒステリックな声を上げ、吸血杖ラミアーを振りかざして僕を迎え撃った。
 僕は緑色の刀身を振り上げて彼女の吸血杖ラミアーに打ちかかる。
 ガキンと硬質な音が響き、アディソンは僕の攻撃をしっかり受け止めた。
 だけど剣と杖がぶつかり合った衝撃で、緑の毒霧に包まれたタリオの刀身から緑色のしずくが飛び散ってアディソンのほほにかかる。
 すると彼女は苦しげな声を上げた。

「くあっ……」

 魔神の吐息サタン・ブレス同様に猛毒と思われるその緑色のしずくは当然のように僕にもかかる。
 肌の露出した部分にかかれば痛みを感じ、兵服にかかれば生地きじが煙を上げて溶ける。
 唯一、緑色に染まった右腕だけは何ともないのが救いだけど……こ、これは使う方も危険な諸刃もろはの剣だ。
 だけどアディソンが明らかに動揺している今がチャンスだ。
 僕は緑のしずくを浴びるのもかまわずにタリオを力いっぱい振って、強引にアディソンを押し込んでいく。

「こ、このっ! 生意気なっ!」

 アディソンは体のそこかしこに緑色のしずくを浴びながら僕の攻撃を受け止めるけれど、そのライフはジリジリと減っていた。
 僕は無我夢中で剣を振りながら、それでも考え続けていた。
 このまま押し切ればアディソンに勝てるかもしれないけれど、彼女のライフがゼロになってしまえばゲームオーバーとなり、キーラのように凍り付かせて捕らえることは出来ない。
 どうすべきかを考えようとするけれど、アディソンの決死の抵抗を前にそんな余裕はなかった。

 僕自身も緑のしずくを浴びてライフを減らしながら剣を振るう。
 戦いは消耗戦しょうもうせんの様相をていしていた。
 だけどその時、ジェネットが小走りに地下空洞の中を移動していく姿を僕は視界の端に捉えたんだ。
 その行動に僕は何かしらの意図を感じ、ジェネットを目で追うことはせずにアディソンへの攻撃に集中する。

 アディソンは腹をくくったのか、緑のしずくを浴びてもひるむことなく僕と打ち合う。
 僕はタリオで攻防を繰り広げながら、へびたちを繰り出すタイミングを計っていた。
 凍り付かせて捕らえることが出来ないなら、へびたちで縛り上げるしかない。
 アディソンも体力を失っているせいか、先ほどまでのような攻撃の多彩さは失われ、単調で読みやすい攻撃になりつつあった。

 よ、弱ってるんだ。
 今なら力で押し切って一気にへびたちで縛り上げることが出来る。
 僕は頭のなかで思い描く青写真を決然と実行しようとした。
 だけどその時、アディソンがニヤリと笑ったんだ。
 その口が小さく動き、何かを唱えていることに僕はその時になって初めて気付いた。
 気付いた時にはもう遅く、僕の足元がグラリと揺れ、地面が陥没かんぼつした。
 僕の足は足首まで地面にはまり込んでしまい、身動きが取れなくなる。
 すると足を取られて体勢を崩す僕の足元から強烈な熱がせり上がってきた。

溶岩噴射マグマ・スプラッシュ

 アディソンは邪悪な笑みを浮かべてそう言ったんだ。
 それは彼女の下位スキルである暗黒呪術だった。
 ま、まずい……。
 僕の足元から燃えたぎる溶岩が噴き出そうとしている。
 あ、熱い!
 足が焼かれる!
 そのあまりの高温に直接この身を焼かれれば、間違いなく即死レベルだ。
 僕は自分の迂闊うかつさを呪った。
 アディソンの攻撃が急に雑になったのは、精神を暗黒呪術の生成に傾けていたからだ。

 溶岩に飲み込まれていこうとする僕を見るアディソンの顔が、嗜虐的しぎゃくてきな喜びに満ちていく。
 だけど……僕はその時に聞いたんだ。
 僕の勝利を信じてくれる友の声を。

「アル様! 受け取って下さい!」

 僕の前方数十メートルのところまで駆け寄っていたジェネットは、叫び声を上げながら何かを僕に向かって投げたんだ。
 まっすぐに飛ぶキラキラと輝く小さなそれに僕は左手を伸ばす。
 すると青白い小さな玉のようなそれは、僕の左手にあるIRリングに吸い込まれていった。
 その途端に僕の体全体に冷たくりんとした空気が吹き抜けた。
 その感覚を僕は覚えている。
 こ、これは……アリアナの涙?

 一瞬で僕の右腕が緑色から青白い氷の腕へと戻った。
 そしてそんな右手に握られたタリオが再び青白い刀身に変化する。
 僕は何かを考える間もなく、反射的にそのタリオを足元の地面へと突き立てた。
 すると激しい水蒸気が上がり、足元が凍結して固まっていく。
 地面の底から感じる熱は消え去り、溶岩の噴出は未然に防ぐことが出来た。
 そして間髪入れずに僕はへびたちに命じる。
 
「いけっ! へびたち!」
「なっ……」

 僕を焼き殺せると確信して、喜びに浸っていたアディソンの反応が遅れた。
 それはほんの刹那せつなのことだったが、彼女にとっての命取りだったんだ。
 へびたちが猛烈な勢いで吐き出した輝く青白い吐息を全身に浴び、暗黒巫女みこ・アディソンは姉のキーラ同様に全身を凍結させ、氷の彫像と化して沈黙した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...