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最終章 世界調律師アルフレッド
第11話 教会を守れ!
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全長数メートルはあろうかという巨大な獅子の姿をしたセクメトが僕に襲いかかってくる。
すぐに僕は足を失い立ち上がれないジェネットの前に立ち、タリオを構えた。
おそらくこれが最後の戦いになるだろう。
セクメトが消えるか、僕が消えるか。
結末はそのどちらかしかない。
僕は覚悟を決めて大上段に構えたタリオを鋭く振り下ろした。
見えざる刃がモザイクの海を切り裂いてセクメトを襲う。
セクメトは右側に体を傾けてこれを避けようとしたけれど、回避し切れずにその尾が分解されて消えた。
よしっ!
セクメト本体にも攻撃が通じるぞ。
これならいける。
「ゴァァァァァァァァァァッ!」
体を傷つけられたセクメトは怒りとも悲鳴ともつかない咆哮を上げたけれど、そのまま直線的に向かってくることはせずに僕の頭上の上空で旋回し始めた。
それはまるで獲物を狙う肉食獣がじっくりと包囲網を狭めようとしているかのような不気味さを僕に感じさせる。
「アル様。セクメトはアル様の力を恐れています。臆することなく思う存分に戦って下さい」
僕の背後からジェネットがそう言ってくれた。
彼女はいつでも僕を勇気付けてくれるんだ。
僕は頭上を警戒しながらジェネットを振り返った。
「ありがとうジェネット。傷は……」
そこで僕は彼女の背後にほのかに浮かび上がる教会らしき建物を見た。
それはまるで傷ついた聖女ジェネットを守護しようとしているかのように見えたんだ。
もしかして……僕はフッと目を閉じる。
すると僕はそこに石造りの簡素な教会の姿を見ることが出来たぞ。
そうか……ジェルスレイムの教会がここにあったんだ。
「ジェネット。じっとしてて」
僕はそう言うと彼女のそばに跪き、その肩越しに手を伸ばした。
すると僕の手は確かに石造りの壁を撫でたんだ。
僕が目を開けるとそこにはそれほど大きくないけれど、しっかりとした石造りの教会が建っていた。
よし。
さっきナツメヤシの木を復元した時よりもハッキリと建物の質感を感じ取ることが出来た。
僕は自分がこの復元能力に慣れていくことに安堵を覚えたけれど、同時に胸に奇妙な違和感を覚えていた。
それは胸焼けのようなムカムカというかモヤモヤしたような不快感だったけれど、ほんのわずかなことだったので、気に留めるようなことはしなかった。
ジェネットは背後を振り返ると、そこに現れている建物に驚いて息を飲む。
「ア、アル様。世界調律師とは、まるで創造神のごとき存在なのでしょうか」
「いや。そんな大げさなものじゃないよ。本来なら消えるはずのなかった街並みや自然の姿が元に戻れるよう、きっかけを与えてるだけなんだと思う」
僕はそう言いながら頭上に目をやった。
セクメトは不気味な咆哮を響かせながら空を旋回し続けている。
そしてセクメトの注意が僕に向いたことでようやく余裕が生まれたミランダが降下してきて僕の隣に座り込んだ。
彼女もジェネット同様にモザイクによって両足を失っているため、立ち上がることも出来ない。
そしてやはり苦戦の痕跡として体のあちこちに小さなモザイク液を浴びてしまっていた。
だけどミランダは気丈に僕を見上げると、いつもの勝ち気な顔で言う。
「まったく。今回も奇妙な力を身に着けたわね。アル。あんたって実は運営に雇われたテストキャラかなんかじゃないの? 家来のくせに私に隠し事してんじゃないでしょうね」
「そ、そんなことないよ。それよりミランダ、大丈夫なの?」
「当たり前でしょ……と言いたいところだけど、見ての通りコテンパンよ。あんた、あいつをブッ飛ばすって言ったさっきの言葉。忘れてないでしょうね」
そう言うとミランダは僕をジロリと見据える。
その厳然とした視線が僕に覚悟を問うていた。
でも、そんな彼女の態度が僕は少しだけ誇らしかったんだ。
だって彼女は僕を一人前の戦力として認めてくれているってことだから。
もう僕は魔女の腰ぎんちゃくなんかじゃない。
彼女の右腕として戦いの役に立つことが出来るんだ。
まあ、魔女の家来ってところは変わらないけどね。
僕は彼女の目をまっすぐに見つめ返すと背すじを伸ばした。
「うん。もちろん。セクメトは僕が倒すよ。必ず」
「そう。ならいいわ。さっさとやりなさい」
ミランダが満足げにそう言ったその時、セクメトの吼える声が轟音となって空気をビリビリと震わせたんだ。
「グアアアアオオオオオオッ!」
弾かれたように頭上を見上げる僕らの視線の先で、セクメトは上空を旋回しながらモザイク液をその体から大量に発生させて盛大に振りまいた。
それは僕らの頭上からスコールのように降り注ぐ。
「まずいっ!」
僕は咄嗟にミランダとジェネットの手を引くと、すぐ目の前にある教会の中に飛び込んだ。
入り口に入るとすぐそこは礼拝のために作られた礼拝堂だった。
僕らがそこに駆け込むと同時に、外の砂地に激しくモザイクの雨が叩きつける。
僕らは何とかモザイクの雨を浴びる前に屋根のある礼拝堂に避難することが出来た。
外に降り注ぐモザイクの雨を見ながらミランダが忌々しそうに舌打ちする。
「チッ。あいつ。ただのケダモノかと思ったけど、意外に考えてるわ。アタマにくる」
「悠長に構えている場合じゃありませんよ。あの雨ではこの建物も長くは持ちません」
ジェネットの言う通りだ。
このままここに隠れていれば安心、などということはない。
頭上を見上げるとモザイクの雨を受けて早くも教会の天井が揺らぎ始めていた。
このままじゃすぐにモザイクの雨漏りが始まり、教会は崩壊してしまうだろう。
「そんなこと……させない」
決意を込めてそう言うと、僕は教会の床に両手をペタリとつけた。
そして意識を集中させて教会の床の質感を感じ取る。
床の感覚はわずかにおぼろげに揺らいでいて、その存在が不安定になっているのだということがよく分かる。
僕はこの教会という建造物のプログラムを保守するべく、手の平でその存在を感じながら念を込めた。
消えるな。
あるべき姿でこの場所にあっていいんだ。
そうした僕の思念を受けたのか、再び教会の床の質感がしっかりとした感触に変わっていく。
揺らいでいた天井も元通りの安定した形状を取り戻していた。
「ふぅ。これならセクメトのモザイクにも消されずに済む」
そう言ってミランダとジェネットを見つめると、彼女たちは安堵するどころか不安げな表情を見せている。
そんな2人の視線は僕の左手首に注がれていた。
「アル様。手首が……IRリングがまた変色を」
「あんた。よく分からないけど、また無茶してるんでしょ」
彼女たちの言う通り、以前にステルス・ナイフの力を使い過ぎてしまった時のように、黒くIRリングの変色が進んでいた。
「そりゃ多少は無茶もしてるけど、そうでもしなきゃ切り抜けられないからね」
そう言うと僕は目を閉じて力を集中させる。
さっき教会を復元した時から感じている胸のむかつきのような違和感は明らかに増していた。
それは気分的なものじゃなく、身体的な違和感だ。
なぜなら僕のステータスにある異変が生じ始めていた。
それもそうか。
こんな力を使って体にまったく負担がないなんて虫が良すぎるよね。
僕は自分のステータスを見てすぐにその違和感の正体に気が付いたけれど、そのことはミランダにもジェネットにも言わないことにした。
なぜなら僕には今からやりたいことがあるんだけど、この違和感に気付かれると2人に止められちゃうから。
目を閉じた僕の視界の中に礼拝堂はハッキリ見えるけれど、ミランダとジェネットの姿はない。
どうやら僕のこの目は自然物や建造物のあるべき姿を見ることは出来るけれど、人の姿は見ることが出来ないみたいだ。
だけど、試してみる価値は十分にある。
「ミランダ。ジェネット。ちょっとだけ我慢してて」
そう言うと僕は床につけた両手のうち左手だけを床から離し、その手の平で左隣にいるジェネットの肩についているモザイク液に触れた。
「アル様? 何を……」
驚いたような顔でそう言うジェネットだったけれど、すぐに理解してくれたらしい。
僕が触れた途端、ジェネットの肩を浸食しようとしていたモザイク液は消え去り、彼女の肩は元通りに治ったんだ。
「やっぱり。今の僕なら2人を治せる。少し体に触るけど我慢してくれる?」
僕がそう言うとジェネットは嬉しそうに頷いてくれた。
それから僕は彼女の背中や腕、首を浸食しようとしているモザイクに触り、それらを除去した。
同様にミランダの体中からもモザイクを取り払う。
ミランダはセクハラだの顔がエロいだの口ではさんざん文句を言いながら、それでもおとなしくしていてくれた。
その間も僕は床につけた右手に向けた意識を途切れさせず、降り注ぐモザイク液から教会を守り続けた。
「アル様。おかげさまで助かりました」
そう言ってペコリと頭を下げるジェネットを見て僕は首を横に振った。
やりたいことの半分は成功したけれど、半分は失敗だった。
触れた手から力を直接注ぎ込んだにもかかわらず、彼女たちの両足は失われたまま元には戻らない。
僕が触れたことでモザイク液の浸食を防ぐことは出来たけれど、それだけでは彼女たちの足は元に戻らなかった。
教会を消されないよう保守している今の状況では、消えてしまった2人の足を復元するには、おそらくエネルギーが足りないんだ。
もっとイメージを強く持ち、力を集中させる時間と空間が欲しかったけれど、この状況でそれは望めない。
知らず知らずのうちに僕が彼女たちの消えてしまった足の部分を見つめていると、隣にいるミランダに頭をパシッとはたかれた。
「このスケベ調律師。足ばっかガン見してんじゃないわよ」
「え? ご、ごめ……」
「あのムカつくモザイクライオンを倒した後で足はきっちり治してもらうわ。だから今は戦いに集中しなさい」
はぁ……まいったな。
ミランダは僕の考えていることなんてお見通しなんだ。
「うん。2人の足は後で絶対治すから。絶対」
そう言う僕の言葉に頷いてくれた2人の背後を見た僕はゾッとした。
教会の入口にセクメトが降り立ったんだ。
「ギィァァァァ!」
セクメトの不吉な咆哮にミランダもジェネットも反射的に振り返りながら身を低くした。
セクメトはその巨体にとっては狭すぎる入口から無理やり僕らのいる教会の中へと侵入しようとしていた。
だけど、モザイクに包まれた彼女の体は僕が教会に注ぎ込む力によって阻まれ、建物の中に入ってくることは出来ない。
入口には扉はないけれど、セクメトは見えない扉に阻まれているみたいに、そこに体を押しつけたまま体を震わせていた。
「押し入って来ようとしています!」
「モザイク雨では埒が明かないって分かったんでしょ。あのほうがケモノらしくていいんじゃない」
ジェネットとミランダはそれぞれの武器を構えた。
僕はとにかく教会に注ぎ込む力を強化してセクメトの侵入を阻む。
だけど力を強めるほどに胸の違和感は強くなっていた。
それはもはや違和感と呼ぶには生やさしい、明確な痛みだった。
胸の中から溶かされるようなそんな痛みだ。
だけど僕は歯を食いしばってセクメトを睨みつける。
ミランダもジェネットも武器を構えて戦う姿勢を見せているけれど、度重なる死闘、それに足を失っていることにより、もうほとんど余力は残されていないだろう。
今、セクメトの侵入を許せば3人ともあっという間にここでやられてしまう。
そんなことさせるわけにはいかない。
僕は痛みを堪えて懸命に力を教会に注ぎ込みながらセクメトの様子をじっと見据えた。
その時、僕の頭にある考えが浮かんだんだ。
教会の入口で足止めされているセクメトの姿を見るうちに、その巨躯の魔獣を打ち倒すためのヒントが見えてきた。
このままここで座して死を待つよりは……打って出るべきだ。
「ミランダ。ジェネット。聞いてほしい」
振り返る2人に、セクメトを倒すための最後の賭けに打って出ることを僕は告げた。
すぐに僕は足を失い立ち上がれないジェネットの前に立ち、タリオを構えた。
おそらくこれが最後の戦いになるだろう。
セクメトが消えるか、僕が消えるか。
結末はそのどちらかしかない。
僕は覚悟を決めて大上段に構えたタリオを鋭く振り下ろした。
見えざる刃がモザイクの海を切り裂いてセクメトを襲う。
セクメトは右側に体を傾けてこれを避けようとしたけれど、回避し切れずにその尾が分解されて消えた。
よしっ!
セクメト本体にも攻撃が通じるぞ。
これならいける。
「ゴァァァァァァァァァァッ!」
体を傷つけられたセクメトは怒りとも悲鳴ともつかない咆哮を上げたけれど、そのまま直線的に向かってくることはせずに僕の頭上の上空で旋回し始めた。
それはまるで獲物を狙う肉食獣がじっくりと包囲網を狭めようとしているかのような不気味さを僕に感じさせる。
「アル様。セクメトはアル様の力を恐れています。臆することなく思う存分に戦って下さい」
僕の背後からジェネットがそう言ってくれた。
彼女はいつでも僕を勇気付けてくれるんだ。
僕は頭上を警戒しながらジェネットを振り返った。
「ありがとうジェネット。傷は……」
そこで僕は彼女の背後にほのかに浮かび上がる教会らしき建物を見た。
それはまるで傷ついた聖女ジェネットを守護しようとしているかのように見えたんだ。
もしかして……僕はフッと目を閉じる。
すると僕はそこに石造りの簡素な教会の姿を見ることが出来たぞ。
そうか……ジェルスレイムの教会がここにあったんだ。
「ジェネット。じっとしてて」
僕はそう言うと彼女のそばに跪き、その肩越しに手を伸ばした。
すると僕の手は確かに石造りの壁を撫でたんだ。
僕が目を開けるとそこにはそれほど大きくないけれど、しっかりとした石造りの教会が建っていた。
よし。
さっきナツメヤシの木を復元した時よりもハッキリと建物の質感を感じ取ることが出来た。
僕は自分がこの復元能力に慣れていくことに安堵を覚えたけれど、同時に胸に奇妙な違和感を覚えていた。
それは胸焼けのようなムカムカというかモヤモヤしたような不快感だったけれど、ほんのわずかなことだったので、気に留めるようなことはしなかった。
ジェネットは背後を振り返ると、そこに現れている建物に驚いて息を飲む。
「ア、アル様。世界調律師とは、まるで創造神のごとき存在なのでしょうか」
「いや。そんな大げさなものじゃないよ。本来なら消えるはずのなかった街並みや自然の姿が元に戻れるよう、きっかけを与えてるだけなんだと思う」
僕はそう言いながら頭上に目をやった。
セクメトは不気味な咆哮を響かせながら空を旋回し続けている。
そしてセクメトの注意が僕に向いたことでようやく余裕が生まれたミランダが降下してきて僕の隣に座り込んだ。
彼女もジェネット同様にモザイクによって両足を失っているため、立ち上がることも出来ない。
そしてやはり苦戦の痕跡として体のあちこちに小さなモザイク液を浴びてしまっていた。
だけどミランダは気丈に僕を見上げると、いつもの勝ち気な顔で言う。
「まったく。今回も奇妙な力を身に着けたわね。アル。あんたって実は運営に雇われたテストキャラかなんかじゃないの? 家来のくせに私に隠し事してんじゃないでしょうね」
「そ、そんなことないよ。それよりミランダ、大丈夫なの?」
「当たり前でしょ……と言いたいところだけど、見ての通りコテンパンよ。あんた、あいつをブッ飛ばすって言ったさっきの言葉。忘れてないでしょうね」
そう言うとミランダは僕をジロリと見据える。
その厳然とした視線が僕に覚悟を問うていた。
でも、そんな彼女の態度が僕は少しだけ誇らしかったんだ。
だって彼女は僕を一人前の戦力として認めてくれているってことだから。
もう僕は魔女の腰ぎんちゃくなんかじゃない。
彼女の右腕として戦いの役に立つことが出来るんだ。
まあ、魔女の家来ってところは変わらないけどね。
僕は彼女の目をまっすぐに見つめ返すと背すじを伸ばした。
「うん。もちろん。セクメトは僕が倒すよ。必ず」
「そう。ならいいわ。さっさとやりなさい」
ミランダが満足げにそう言ったその時、セクメトの吼える声が轟音となって空気をビリビリと震わせたんだ。
「グアアアアオオオオオオッ!」
弾かれたように頭上を見上げる僕らの視線の先で、セクメトは上空を旋回しながらモザイク液をその体から大量に発生させて盛大に振りまいた。
それは僕らの頭上からスコールのように降り注ぐ。
「まずいっ!」
僕は咄嗟にミランダとジェネットの手を引くと、すぐ目の前にある教会の中に飛び込んだ。
入り口に入るとすぐそこは礼拝のために作られた礼拝堂だった。
僕らがそこに駆け込むと同時に、外の砂地に激しくモザイクの雨が叩きつける。
僕らは何とかモザイクの雨を浴びる前に屋根のある礼拝堂に避難することが出来た。
外に降り注ぐモザイクの雨を見ながらミランダが忌々しそうに舌打ちする。
「チッ。あいつ。ただのケダモノかと思ったけど、意外に考えてるわ。アタマにくる」
「悠長に構えている場合じゃありませんよ。あの雨ではこの建物も長くは持ちません」
ジェネットの言う通りだ。
このままここに隠れていれば安心、などということはない。
頭上を見上げるとモザイクの雨を受けて早くも教会の天井が揺らぎ始めていた。
このままじゃすぐにモザイクの雨漏りが始まり、教会は崩壊してしまうだろう。
「そんなこと……させない」
決意を込めてそう言うと、僕は教会の床に両手をペタリとつけた。
そして意識を集中させて教会の床の質感を感じ取る。
床の感覚はわずかにおぼろげに揺らいでいて、その存在が不安定になっているのだということがよく分かる。
僕はこの教会という建造物のプログラムを保守するべく、手の平でその存在を感じながら念を込めた。
消えるな。
あるべき姿でこの場所にあっていいんだ。
そうした僕の思念を受けたのか、再び教会の床の質感がしっかりとした感触に変わっていく。
揺らいでいた天井も元通りの安定した形状を取り戻していた。
「ふぅ。これならセクメトのモザイクにも消されずに済む」
そう言ってミランダとジェネットを見つめると、彼女たちは安堵するどころか不安げな表情を見せている。
そんな2人の視線は僕の左手首に注がれていた。
「アル様。手首が……IRリングがまた変色を」
「あんた。よく分からないけど、また無茶してるんでしょ」
彼女たちの言う通り、以前にステルス・ナイフの力を使い過ぎてしまった時のように、黒くIRリングの変色が進んでいた。
「そりゃ多少は無茶もしてるけど、そうでもしなきゃ切り抜けられないからね」
そう言うと僕は目を閉じて力を集中させる。
さっき教会を復元した時から感じている胸のむかつきのような違和感は明らかに増していた。
それは気分的なものじゃなく、身体的な違和感だ。
なぜなら僕のステータスにある異変が生じ始めていた。
それもそうか。
こんな力を使って体にまったく負担がないなんて虫が良すぎるよね。
僕は自分のステータスを見てすぐにその違和感の正体に気が付いたけれど、そのことはミランダにもジェネットにも言わないことにした。
なぜなら僕には今からやりたいことがあるんだけど、この違和感に気付かれると2人に止められちゃうから。
目を閉じた僕の視界の中に礼拝堂はハッキリ見えるけれど、ミランダとジェネットの姿はない。
どうやら僕のこの目は自然物や建造物のあるべき姿を見ることは出来るけれど、人の姿は見ることが出来ないみたいだ。
だけど、試してみる価値は十分にある。
「ミランダ。ジェネット。ちょっとだけ我慢してて」
そう言うと僕は床につけた両手のうち左手だけを床から離し、その手の平で左隣にいるジェネットの肩についているモザイク液に触れた。
「アル様? 何を……」
驚いたような顔でそう言うジェネットだったけれど、すぐに理解してくれたらしい。
僕が触れた途端、ジェネットの肩を浸食しようとしていたモザイク液は消え去り、彼女の肩は元通りに治ったんだ。
「やっぱり。今の僕なら2人を治せる。少し体に触るけど我慢してくれる?」
僕がそう言うとジェネットは嬉しそうに頷いてくれた。
それから僕は彼女の背中や腕、首を浸食しようとしているモザイクに触り、それらを除去した。
同様にミランダの体中からもモザイクを取り払う。
ミランダはセクハラだの顔がエロいだの口ではさんざん文句を言いながら、それでもおとなしくしていてくれた。
その間も僕は床につけた右手に向けた意識を途切れさせず、降り注ぐモザイク液から教会を守り続けた。
「アル様。おかげさまで助かりました」
そう言ってペコリと頭を下げるジェネットを見て僕は首を横に振った。
やりたいことの半分は成功したけれど、半分は失敗だった。
触れた手から力を直接注ぎ込んだにもかかわらず、彼女たちの両足は失われたまま元には戻らない。
僕が触れたことでモザイク液の浸食を防ぐことは出来たけれど、それだけでは彼女たちの足は元に戻らなかった。
教会を消されないよう保守している今の状況では、消えてしまった2人の足を復元するには、おそらくエネルギーが足りないんだ。
もっとイメージを強く持ち、力を集中させる時間と空間が欲しかったけれど、この状況でそれは望めない。
知らず知らずのうちに僕が彼女たちの消えてしまった足の部分を見つめていると、隣にいるミランダに頭をパシッとはたかれた。
「このスケベ調律師。足ばっかガン見してんじゃないわよ」
「え? ご、ごめ……」
「あのムカつくモザイクライオンを倒した後で足はきっちり治してもらうわ。だから今は戦いに集中しなさい」
はぁ……まいったな。
ミランダは僕の考えていることなんてお見通しなんだ。
「うん。2人の足は後で絶対治すから。絶対」
そう言う僕の言葉に頷いてくれた2人の背後を見た僕はゾッとした。
教会の入口にセクメトが降り立ったんだ。
「ギィァァァァ!」
セクメトの不吉な咆哮にミランダもジェネットも反射的に振り返りながら身を低くした。
セクメトはその巨体にとっては狭すぎる入口から無理やり僕らのいる教会の中へと侵入しようとしていた。
だけど、モザイクに包まれた彼女の体は僕が教会に注ぎ込む力によって阻まれ、建物の中に入ってくることは出来ない。
入口には扉はないけれど、セクメトは見えない扉に阻まれているみたいに、そこに体を押しつけたまま体を震わせていた。
「押し入って来ようとしています!」
「モザイク雨では埒が明かないって分かったんでしょ。あのほうがケモノらしくていいんじゃない」
ジェネットとミランダはそれぞれの武器を構えた。
僕はとにかく教会に注ぎ込む力を強化してセクメトの侵入を阻む。
だけど力を強めるほどに胸の違和感は強くなっていた。
それはもはや違和感と呼ぶには生やさしい、明確な痛みだった。
胸の中から溶かされるようなそんな痛みだ。
だけど僕は歯を食いしばってセクメトを睨みつける。
ミランダもジェネットも武器を構えて戦う姿勢を見せているけれど、度重なる死闘、それに足を失っていることにより、もうほとんど余力は残されていないだろう。
今、セクメトの侵入を許せば3人ともあっという間にここでやられてしまう。
そんなことさせるわけにはいかない。
僕は痛みを堪えて懸命に力を教会に注ぎ込みながらセクメトの様子をじっと見据えた。
その時、僕の頭にある考えが浮かんだんだ。
教会の入口で足止めされているセクメトの姿を見るうちに、その巨躯の魔獣を打ち倒すためのヒントが見えてきた。
このままここで座して死を待つよりは……打って出るべきだ。
「ミランダ。ジェネット。聞いてほしい」
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「私、何もできませんし、何もしませんよ?」
奇跡を起こすことも、魔法を使うこともできない。
それでも「いずれ覚醒する」と期待され、帝国第一皇子の婚約者となるが――半年後、炎と水の魔法を使う新たな聖女が現れ、フローレンスは“偽聖女”として婚約破棄と追放を言い渡されてしまう。
「では、行ってきますわ。次は“何もしなくていい仕事”を探しますので」
追放された彼女を拾ったのは、隣国トスカーナの第二王子フェルディナンド。
そこでフローレンスは、“何もしない聖女”として穏やかな生活を始める。
紅茶を飲んで、お昼寝をして、のんびり過ごすだけ――
なのに不思議なことに、
国王の病が治り、
土地は豊かになり、
人々の心は癒されていく。
実はフローレンスは、
「そこにいるだけで世界を癒す」奇跡の聖女だったのだ。
一方、彼女を追放した帝国では、作物は枯れ、疫病が広がり、ついには皇子までもが倒れてしまう。
そして人々はようやく気づく。
――本当の奇跡は、あの“何もしない聖女”だったのだと。
これは、追放された少女が
「何もしないまま」世界を救ってしまう物語。
のんびり紅茶を飲みながら始まる、
癒しと後悔のざまぁファンタジー。
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