夜泉

Alice

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またこの夢だ。

星空の下で私の足の下にはずっと先まで続くレールが伸びている。

私はそのレールをずっと歩いているのだ。
どっちに歩いているかはわからない。
どっちが北か南かもわからない。

かろうじて星の光で地面と空の境界線が見えるくらいで他には目立ったものは何も無い。


 私がこの夢を見る時『条件』がある。

それはひどい劣等感を感じた時だ。
誰かに追いつきたい。けど追いつけない。
そんな感情を私は常に押し殺し『愛想笑い』でその劣等感を誤魔化してきた。しかし今回はこの夢を見る限り抑えきれなかったようだ。
......................................................
レールをもう歩き続けて感覚的に数時間たった気がする。実際は20分も経っていない気もするが…

遠くにぼんやりと街灯が見える。
今までこの夢の中にそんなものは無かったから何故かちょっとした感動が込み上げてきた。
少し駆け足でその光へと向かう。

自然と軽くなる体

風を切る感覚

冴える思考

高まる期待

胸の奥の暗いところが照らされたような

顔が自然と綻ぶようなそんな感覚を感じながらだんだん近づいてくる街灯の光に胸を踊らせた。


それと同時にその明かりの正体が分かるのが少し怖くもあった。だから、なるべく下を向いて走った。レールばかりを見ているとすすんでいるのかわからなくなってくるがそれでもその光の正体がちょっとした希望に変わる気がしていた。




息を切らして街灯の光が届くところまで来ていた。ふと顔をあげるとそこには『何か』が立っていた。

街灯の下に姿は見えないが気配と影だけはしっかりある『何か』がそこに立っていた。
自分の息遣いに混じって落ち着いた呼吸が目の前から聞こえる。

「だれかいるの?」

私は街灯に照らされる見えない『何か』に向かって声をかける。

「…いるよ」

と、正面斜め上から不気味な声が帰ってきた。

「誰なの…?」

不気味な声の主に惑いながら問いかける。
さっきまで軽かった体は鉛のように重く、どんよりとした空気が体に絡まって思考がまとまらず不安だけが募ってゆく。

声の主は、うーん…と唸ってズルズルとレールの上を同じ方向へ歩いていくようだ。

つられて私も歩いていく。いや、体が勝手について行く。

「『イフ』」

「え…」

「イフ。誰だと聞いただろ?」

「あの、どうしてここにいるの?」

「……さあ。気づいたらここにいたから。お前は?」

イフはズルズルと何かを引きずって暗いレールの上を行く。私はその姿の見えない声の主が悪い者には思えなかった。もちろんそんな根拠はないがその声にはどこか優しさを感じられたのだ。

「私は夜泉よみ。夜の泉って書くの。」

「夜泉…。」

イフと私はその後言葉を交わさないまま長いレールを歩いた。やっぱりズルズルと布を引きずるような音は止まないがむしろその音に安心した。
不気味な光景だろうが私は少し楽しい気もした。
イフと歩いていると思うと何故か劣等感を忘れられた気がしたのだ。
......................................................

「夜泉。お前はどうしてここに来る?」

イフは歩いたまま私に問いかける

「わからない。けど、ひどく落ち込むとねここはくるみたいなの」

「……どうして落ち込んでいるの?」

「今日ね、学校でテストがあったの。沢山勉強したはずなんだけど全然点数取れなくて。なんにもしてない人より劣っていたのを知って、なんて言うか悲しくなっちゃって。」

今日学校であったことを人に話すなんていつぶりだろう。最近は家族にも話さないことを不思議と喋ってしまった。相手の顔色を伺えない分イフが何を思っているかわからない事がもどかしかった。

「他にも落ち込むことある?」

「え、嫌じゃないの?愚痴みたいなの」

「ここには誰もいないからね、人の声がたまらなく嬉しいんだ」

イフがそう言ってくれると私は口が止まらなくなるほど学校の愚痴や不満をぶつけた。

クラスの女の子に無視されること
親に成績不振で叱られたこと
自分はしっかりしているのに周りのせいでとばっちりを食らうとこ
それらに反論出来ず劣等感や自己嫌悪に陥ること。

洗いざらいイフに吐き出した。


「夜泉は大変だね」
と、イフの声がする。
「……」

私は色々吐き出してスッキリしていた。
その時なにかの異変に気づいたがそれが何なのかは分からなかった。

「あなたはないの?愚痴とか…」

「無いわけじゃないけど。お腹がすいたよ」

「ごめんなさいね、何も持ってないの」

二人は歩きながら話していく。他愛ない話を続けていけこのまま夜が明けるんじゃないかと密かに思っていた。

しかし、やはり夜が明ける気配は全くしなかった。
ふと、私は気がついた。

「イフ?」

「なに?」

「あなた何か引きずってなかった?」

「…何を言っているんだ?」

そうだ。あの違和感はズルズルと何かを引きずるあの音だったのだ。愚痴を吐き出したくらいからあの音は全く聞こえなくなっていた。

「会った時から何かを引きずったまま歩いてきていたでしょう?」

「いいや?僕らはずっと街灯の下にいるよ?」

「え?」

私は目を疑った。さっきまで長々と歩いてきて辺りも星明かりくらいだったのに気がつくとあの街灯の下にいるのだ。


「じゃああの音はなに?」

「僕には聞こえなかったな それとここのレールは結構前から電車も何も通らない。」

私は恐怖を感じながら見えないイフにすがりつきたい気持ちでいっぱいだった。
なんの音だったのか、誰について行っていたのか怖くて怖くてたまらなくなっていた。

「夜泉、大丈夫だよ。そのうち夜が明けるから」

イフの不気味ながら優しい声はこの長い夢の幕を引くように朝焼けの空を連れてきた。
「朝?なの?」

背中の方から浅葱色の柔らかい光が星空をかき消していくだんだんと白くなる空を見ながら体に現実の重さがのしかかってくるのを感じた。

「…朝だよ。さあ、夜泉、帰るんだ。そしてまたここへおいで。」

太陽の光が目に差して咄嗟に目を隠した時にうっすらとイフの体が透けて見えた。

                   バク   だ。
悪夢を食べると言われるバクの頭をした生物だった。その顔は優しい声と裏腹に鋭い牙を剥いてよだれを垂らし今にも噛みつきそうな格好であった。

「イフ…。?」

......................................................

目を開けると見飽きた天井が飛び込んで来た。

「いつまで寝てんの!あと15分で電車行っちゃうわよ!!」と、騒がしい母の声が下のキッチンから聴こえてきた。床に転がったアナログの目覚まし時計は七時半を指していた。

「…夢だった、……そうよね。」

最後に嫌なものを見たなぁと思いながらてきぱきと学校の仕度をしてリビングへ向かう。

「遅いじゃないの!はやくごはん食べて!」
母親がフライパンを片手にフワフワのだし巻き玉子を作っている。父親がニュースを見ながら珈琲を啜っている。

私は何気ない朝の風景が何となく好きだった。
食卓に用意されたトーストの香りと父の淹れたインスタント珈琲の香りが食欲をそそらせた。
そして、朝のニュースを聞きながら今日学校で話題になるであろうトレンドワードを聞いていく。

人気芸能人電撃結婚、自衛隊の万引き、最近流行りのスイーツのお店、連続不審死。

「連続不審死が起きてるのって隣町じゃないか?母さん」

父親が顔をしかめてテレビの音量をあげる。

『今日午前4時頃○○県××市△町で眠ったまま死んでいる。という警察への連絡が4件ありました。』

『なお、死因は心臓麻痺でその経緯は未だ解明されていないとの事です。続いてスポーツです』

父親が小さく唸って「変な事件だな」と残りの珈琲を啜った。母さんは冗談交じりで「よかったわねぇ、家じゃなくて」と人事のように言った

そうね。と言いそうになった時、ふと夢の中で見た景色が浮かんだ。バクだ。

よだれを垂らしたバクの姿が背筋を凍らせた。
まさかと思ったがさすがに同じ夢を見るとは考えられなかった。そんなことよりもテレビの左上の時計が七時四十分と見えてあわてて玄関へ向った

「い、いってきます!!!」

自転車で走ればギリギリ駅に着く距離なのが幸いだった。行きは下り坂なので楽に駅へ着く学校へ行くのが憂鬱だがこの朝のためだけに起きてると言っても過言では無い。

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