父子で異世界転生: いいんですか? 救いますよ。世界。

かんのななな

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忘却混沌都市アルザル

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 前回までのあらすじ。
 氷河期世代のアラフォーである緋袴イッペイは息子のテツロウとともに異世界に転移した。その世界では、イッペイの姉イバラとその一党パルタイが猛威をふるっていた。

◆◆◆

 久遠商会の商会長秘書見習心得のアンジェ・クオンは報告書を読んで頭を抱えてうめいた。
 アンジェは現商会長の姪にあたる。
 帝国第一高等学校在学中ながら、夏季休暇中は行儀見習いがわりに商会の秘書室で働かされている。

 放り投げた報告書には、聖地グンルーンの全般状況が記載されている。きわめて危険。 要約すればそうなる。
 創世の女神たちが最初に降り立った場所。
 世界の辺縁にして、世界が始まった場所。

 帝国の東端、帝国辺境領のさらに東に位置するグンルーンには、大小さまざまな勢力がひしめきあい、歴史的に紛争地域であり続けてきた。

「どうするのよ、これぇ」
 頭を抱えたまま、アンジェはソファーで横になり、脚をのばす。肘掛けにふくらはぎを載せて眼を閉じる。

 三ヶ月以内に八〇パーセントの確率で大規模な武力衝突が発生する。
 異世界から召喚された極左暴力組織『銀狼』の登場により、事態は急激に急速に悪化しつつある。

「に、したって、限度ってもんがあるでしょ」
 選択肢がなさすぎた。
 方針はすでに達せられている。
 久遠商会は聖地を死守する。
 クオンの名は、そういうものだから。

「もともとが火薬庫だった。導火線に火がついただけ……って、だけじゃねえんだわ。おおごとなんだわ」

 黙って見ていた秘書室長がアンジェに声をかける。
「ちょっと、アンジェちゃん、口調! クオンのご令嬢の言葉遣いじゃないわよ!」
 秘書室長は恰幅のよい中年男性である。オネエ言葉は彼の流儀だった。

「おほほ、申し訳ございません、室長。さーせん……なんか名案ないっすかね、一刀両断快刀乱麻なやつ」
「あったら、あたしが提案してるわよ」
「ですよね……」

 ともかく時間がない。
 とにかく駒が足りない。
 アンジェ自身も現場に出るとして、攻勢に出るための戦力が不足している。戦闘部隊の展開までもっていけないにしても、打撃力を持つ人員の増強が必須だ。

「あたしから助言できるとしたら、んまあ、言われたくないでしょうけど、アンジェちゃんの美貌で、お馬鹿で無邪気な男子を転がすのがお勧めだわね」

「うぅ、おっしゃるとおりでございますぅ……」
 切りたくなかった札だった。
 しかし、状況がそれを許さない。

「編制はこっちでてきとうにしておくから、編成は自由にしていいわよ」
「《あれ》も持ってきますよ」
 《あれ》とは開発中の多連装魔導バリスタである。アンジェは身体を起こし、ソファーから立ち上がった。

「自由になさい」
「かしこまりました。商会長秘書見習心得アンジェ・クオン、出張します! 資本主義万歳!」
「資本主義万歳!」

◆◆◆

 地底に空洞があった。
 空洞に都市があった。
 忘られた都市である。
 仮にアルザルと呼ぶことにしよう。

 アルザルに住む者たちは人類種でも妖精種でもなかった。創世の女神たちが世界を創造する以前から、アルザルに存在していた固有種である。
 女神教の聖典の記述に矛盾するため、地上では存在を隠され、否定されている。

 賢明なる読者諸氏はご存知だろう。
 アルザルとは旧約聖書外典、第四エズラ書十三章四十五節に記された土地の名前だ。

 グンルーンの遥か地の底。
 忘却混沌都市アルザルが存在する。

 その都市には、あらかじめ原罪から自由な原初の知性体たちが暮らす。
 地上のすべての人間が忘れたとしても、彼ら彼女らは忘れなかった。
 けっして、忘れなかった。

◆◆◆

 アンジェ・クオンは対峙している。
 一高の同級生である。
 グンルーン地方に隣接する鉄州出身の男だった。
 男爵家の次男坊で、名をレイガという。
 鉄州の男は剣を佩くかわりに長銃をかつぐ。
 火力偏重の土地柄だった。

「クオン嬢、学校で君と話した回数は片手の指の本数より少ない。そう記憶している」
「そうね。これがほとんどはじめてですわ。挨拶をのぞけば」
「はじめまして。レイガ・マーロゥです」
「アンジェ・クオンと申します。よしなに」

 サークル棟のラウンジに設置されたテーブルを挟んで向かい合う。

「どこで、いくらだ?」
 レイガが訊いた。
「話がはやい人って素敵よ。グンルーン、五十」
 アンジェが応える。帝国貨幣で五十万、読者がお住まいの世界の日本円に換算すると、七千万円程度になろうか。

 レイガは背中の銃をおろし、テーブルに置いた。
「クオン嬢、お御足お疲れでありませんか? 私めが椅子になりましょう」
「そういう趣味はなくってよ。一分隊、一ヶ月。輜重は久遠商会もち。最大三ヶ月」

 レイガは揉み手をしながら、卑屈な笑みを浮かべる。その裏に、傲慢なほどの自信をたたえている。
 レイガ・マーロゥはそういう男だった。
「我が郷の兵は火縄銃兵でして、現代戦には向かないかもしれませんなあ」

 無論、言葉通りの意味ではない。
 むしろ、本心は逆だ。
 現代兵器なにするものぞ。
 その意気を是とするのが鉄州の兵どもである。
 つまり、レイガはアンジェを験している。

「それでいいのよ。それがいいのよ。そうでしょう、軍曹」

 魔法が存在するこの世界において、火縄銃は遅れた兵器ではない。火縄銃と銘打ちながら、実は火縄を使うわけではない。
 火魔術で撃発する。
 火魔術による撃発は狙撃精度を安定させる。引き金を絞るという身体的動作が不要だからだ。くわえて、銃術には火薬の燃焼速度を制御する秘術があった。

 一般に魔力は距離の三乗に反比例して減衰する。逆にいえば、手元の火薬を燃焼させるだけなら、必要な魔力は極少でいい。
 火魔術の制御を突きつめたのが銃術である。
 この現実リアルに《転校生》たちはまだ気づいていない。

「マム、イエス、マム」
 レイガは敬礼した。
「戦没者、戰傷病者にはそれなりの補償をする。イフ・アンド・オンリィ・イフ、すべてが終わりつくして、私が生きのこっていたならば」
 レイガは敬礼を崩さない。

「ところで、本官は本当に椅子にならなくてよろしいので? ついでに、お御足だろうと靴だろうとお舐めいたしますよ」
「くどくってよ。あたしのそこを舐めてよいのは良人おっとだけよ」

 《選抜射手》レイガ・マーロゥと十二人の猟兵はグンルーンに移動を開始した。
 アンジェ・クオンに率られ、聖地を死守するために。

◆◆◆

 緋袴テツロウは廃砦の城壁で西の空を眺めている。この世界でも太陽が沈む方角を西と呼ぶ。

 平坦な地平線に隠れた太陽を追いかけて、青白い三日月が西の空低くに浮かんでいる。
 ふりかえれば、東の空から黄色い満月が顔をのぞかせていた。

「ほんとうに月がふたつあるんだな……」
 テツロウはつぶやいた。
「うへっ……この世界で月の満ち欠けの問題を出されたらお手上げだな……」
 中学受験ウォリアーらしい憂慮だった。

「心配するな。挙動が複雑すぎて中学入試には出題されないさ」
 かたわらに立つ父、緋袴イッペイが応じた。
 蒼月と金月のふたつの衛星があり、蒼月のほうが若干軌道半径が小さいらしい。

「華凛さんは……?」
「協力者を招集しているそうだ」
「つまり、ここには僕とパパのふたりだけってことだね」
 華凛がいては話せないことがあった。

 荒野を夏が吹きぬけていった。湿気のすくない乾いた風だ。

「ねえ……パパ、種も仕掛けもあるんだよね?」
「ないわけがないじゃないか」
 イッペイが笑った。
「これはな、テツロウ……そうだな、国語の問題とおなじだよ。本文テクストと問題文にすべてが書かれている」

 太陽が沈みきり、空はふたつの月と星々で満たされた。

「登場人物の気持ちを訊かれたら、なんと結ぶ?」
「ほにゃららという気持ち」
「論説文で傍線部の理由を問われたら?」
「ほげほげだから」

「そうだ。どうしてそのやりかたがうまくいくかというと、人間の言語がそういう形式を持っているからだ。人類の言語は前から順番に読まれるように作られている」

 テツロウは首をかしげた。
 父が言っていることがよくわからない。

「大切なのは、文章は読まれるのと同じ順序で書かれるわけじゃないってことだ。さっきの例もそうだろう?」
「それは、まあ……そうだね……」

「まあ、聞け。おまえは元の世界に還るとすでに決めたな」
 テツロウはうなずく。
 華凛にこの世界に召喚された直後、テツロウはたしかに『僕たちは還らなけれはならない』と宣言した。

「緋袴ノバラの年齢を訊ねたときには確信していただろう。世界と世界の間で時間の流れが異なることを」
 テツロウはふたたびうなずいた。
「テツロウ、おまえは元の世界のに還ることを決意した?」

「ママが帰ってくるまでにかな。心配かけたくないし、パパも晩ごはんつくる時間がいるでしょ」
「なんだ、やっぱり、わかっているじゃないか。もっとも、帰還したら俺は宅配ピザを注文するつもりだがな」
 イッペイがニヤリと笑う。

 テツロウは父の言葉を咀嚼しようとする。
「ちょっと待って、パパ……もうすこしで判りそう……。晩ごはんをつくらないで、そのかわり……えっ!? もしかして、そういうことができちゃうの? うーん、可能か……えーっ、ずるじゃん! チートじゃん!」

 緋袴テツロウは叫ばずにはいられなかった。
「そうさ。中学受験を究めれば《転校生》だって相手どれるんだ。どうだ。ますますやる気が湧いてきただろう」
 緋袴イッペイの口角が上がる。

 異世界にふたり、廃砦と城壁に立ち、父子は握った拳をこつんと突きあわせた。
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