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ペリー来寇
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前回までのあらすじ。
緋袴イッペイは息子のテツロウとともに異世界に転移し、召喚者の華凛から姉イバラの阻止を依頼された。
一方、異世界側の勢力も胎動をはじめる。
久遠商会。忘却混沌都市アザゼル。
聖地グンルーンに戦火がせまっていた。
◆◆◆
地下室は緋袴イッペイとテツロウの居室になった。野戦用の簡易寝台が運びこまれ、寝泊まりできるようになっている。
椅子も持ちこまれ、勉強の環境が整った。
異世界であっても、否、異世界なればこそ、テツロウは受験戦士でありつづける。それが、それだけが、母のいる世界に還るための鍵なのだ。
開いているのは『社会コアプラス』だ。
アテンション・プリーズ。
『コアプラス』を習得してようやく、進学塾『エデュクス』の生徒を名乗ることができる。それほどまでの、基礎にして真髄たる問題集だ。
ちなみに『理科コアプラス』もある。
「一八五三年に……」
「ペリー」
「翌一八五四年、ペリーと江戸幕府の間に……」
「日米和親条約。下田、函館」
くりかえしすぎたテツロウはもはや紙面をまるごと記憶してしまっている。受験勉強にはよくあることだ。
「それじゃあ……ペリーはどうやって日本に来たと思う?」
「えっと……太平洋を横断して、じゃないの?」
「ここの「参考」にちいさく書いてあるだろう。太平洋の横断は、むしろ開国要求の目的だ。ペリーは南大西洋から希望峰を回り、インド洋経由でマラッカ海峡を抜けて、日本を目指したんだ」
「あっ……そうか、日本が開国しないと太平洋を横断する航路を実現できないんだね……」
「そういうことだ。すこし歴史のはなしをしようか」
◆◆◆
ここではないどこか、そこではない世界の、ありえたかもしれない歴史のはなしをしよう。
嘉永六年(一八五三年)、浦賀沖に《合衆国》東インド艦隊に所属する四隻の軍艦が錨を降ろした。旗艦は原子力戦列艦エンタープライズである。
「泰平の眠りを覚ます上喜撰たつた四杯で夜も眠れず」なる狂歌の「上喜撰」が原子力機関の水蒸気に掛かっているのは読者諸氏もご存知だろう。
嘉永七年(一八五四年)、マタイ・ペリーが五隻の戦闘艦と一隻の補給艦を率いて浦賀沖に戻ってきた。そのときすでに、トクガワ・ショーグネイト、つまり徳川幕府は覚悟完了していた。
三浦半島と房総半島に応急陣地が構築され、スモトリが配備された。後の江戸湾要塞の萌芽となる施設群である。
スモトリの波動鉄砲で敵海洋戦力を漸減し、機動台場に搭乗したサムライ・ソード・メンが斬り込んで邀撃する。幕府軍の作戦方針はそう定められた。
しかし、南北聖霊戦争を戦い抜いた《合衆国》海軍は、戦列艦エンタープライズに第六階位天使を搭載し、航空作戦能力を獲得していた。
双方ともに意図と戦力を見誤ったまま、浦賀水道海戦が開戦してしまった。発端は海防艦サラトガの座礁である。
幕府軍は第六階位天使による空中観測に驚愕した。半年かけて築いた陣地がまたたく間に灰燼に帰した。戦列艦と護衛艦に搭載されたライフル砲は、驚くべき精度を発揮したのである。
スモトリの被害は奇妙なほどに少なかった。
スモトリは壊滅した堡塁から這いだし、散開し、機動的な砲運用を開始した。なかには、独自に対空張り手を考案した者もいた。
トクガワ・ショーグネイトの軍制下では、スモトリは兵ではなく、砲として扱われる。
《力士》という言葉を思いだしていただきたい。彼らはニッポンでもっともフィジカルに優れた者たちなのだ。
墜落していく第六階位天使たちにペリーは驚きを禁じ得ない。すでに二個小隊の天使を損耗している。
沿岸要塞に痛撃を加えたにもかかわらず、幕府軍の砲兵は活発な運動を継続している。彼らの対空砲撃は、キャニスター弾の三次元版に見えた。
「くはぁ」と、ペリーは秀でた額をたたく。「砲術長、焼夷弾だ。ここで使おう」
「はっ。左舷副砲、弾種焼夷弾、目標敵砲兵。用意」
「信仰なきスモウレスラーたちは激しい炎熱で焼かれて死ぬべきである」
ペリーは新約聖書を引用した。
ペリーは敬虔なメシア教徒である。
フリーメイソンでもある。
この時点で、護衛艦ミシシッピが中破、海防艦サラトガが小破している。
エンタープライズは無傷だった。
スモトリへの焼夷弾攻撃により、《合衆国》が優位に立ちつつある。
幕府軍総司令部は決断した。
機動台場に搭乗したサムライ中隊が突撃を発起する。
身を焼かれながら、スモトリたちは支援砲撃を継続した。
ついに、サムライたちがエンタープライズに突入した。
迎え撃つのは精強で知られる██人《海兵隊》だ。
██人に歩兵銃は通用しない。
ゆえに、幕府軍は斬り込み戦術を択ばざるをえなかった。
皮肉なことに、██人の存在こそが、浦賀水道海戦以降のニッポンが攘夷思想で団結できた原因である。
つまりは夷狄が本当に化け物だったから。
突撃は失敗し、サムライたちは全滅した。
《海兵隊》も痛手を負ったが、戦列艦エンタープライズは十全な戦闘力を保持している。
江戸城は紛糾した。
原子力戦列艦が保有する決戦兵器なんて、誰にでも想像がつく。江戸に熱核兵器をぶちこまれるわけにはいかない。
だから、浦賀水道で止めなければならなかった。それが作戦だった。もはや、幕府軍にエンタープライズを止められる火力はない。
抗戦か。降伏か。
その議論は唐突に打ち切られた。
江戸湾への侵入を開始した《合衆国》東インド艦隊旗艦、原子力戦列艦エンタープライズが、まばゆい光に包まれたのである。
光のなかで、軍艦の黒い影がねじれ、よりあつまり、一本の曲線になり、最後には見えなくなった。
光が収まったとき、エンタープライズは消失していた。誰もが原子力事故を疑ったが、放射能は検出されなかった。
江戸城では、神風が吹いたということで落ち着いた。実際、敗北寸前まで追いつめられ、首の皮一枚で助かったのは事実である。
早速、出雲のスモトリと西国のサムライの招集をかけながら、東インド艦隊残存艦艇との停戦交渉を模索するのだった。
不平等条約を回避したニッポンは、かくして《合衆国》との全面戦争への道を歩みだしたのである。
緋袴イッペイは息子のテツロウとともに異世界に転移し、召喚者の華凛から姉イバラの阻止を依頼された。
一方、異世界側の勢力も胎動をはじめる。
久遠商会。忘却混沌都市アザゼル。
聖地グンルーンに戦火がせまっていた。
◆◆◆
地下室は緋袴イッペイとテツロウの居室になった。野戦用の簡易寝台が運びこまれ、寝泊まりできるようになっている。
椅子も持ちこまれ、勉強の環境が整った。
異世界であっても、否、異世界なればこそ、テツロウは受験戦士でありつづける。それが、それだけが、母のいる世界に還るための鍵なのだ。
開いているのは『社会コアプラス』だ。
アテンション・プリーズ。
『コアプラス』を習得してようやく、進学塾『エデュクス』の生徒を名乗ることができる。それほどまでの、基礎にして真髄たる問題集だ。
ちなみに『理科コアプラス』もある。
「一八五三年に……」
「ペリー」
「翌一八五四年、ペリーと江戸幕府の間に……」
「日米和親条約。下田、函館」
くりかえしすぎたテツロウはもはや紙面をまるごと記憶してしまっている。受験勉強にはよくあることだ。
「それじゃあ……ペリーはどうやって日本に来たと思う?」
「えっと……太平洋を横断して、じゃないの?」
「ここの「参考」にちいさく書いてあるだろう。太平洋の横断は、むしろ開国要求の目的だ。ペリーは南大西洋から希望峰を回り、インド洋経由でマラッカ海峡を抜けて、日本を目指したんだ」
「あっ……そうか、日本が開国しないと太平洋を横断する航路を実現できないんだね……」
「そういうことだ。すこし歴史のはなしをしようか」
◆◆◆
ここではないどこか、そこではない世界の、ありえたかもしれない歴史のはなしをしよう。
嘉永六年(一八五三年)、浦賀沖に《合衆国》東インド艦隊に所属する四隻の軍艦が錨を降ろした。旗艦は原子力戦列艦エンタープライズである。
「泰平の眠りを覚ます上喜撰たつた四杯で夜も眠れず」なる狂歌の「上喜撰」が原子力機関の水蒸気に掛かっているのは読者諸氏もご存知だろう。
嘉永七年(一八五四年)、マタイ・ペリーが五隻の戦闘艦と一隻の補給艦を率いて浦賀沖に戻ってきた。そのときすでに、トクガワ・ショーグネイト、つまり徳川幕府は覚悟完了していた。
三浦半島と房総半島に応急陣地が構築され、スモトリが配備された。後の江戸湾要塞の萌芽となる施設群である。
スモトリの波動鉄砲で敵海洋戦力を漸減し、機動台場に搭乗したサムライ・ソード・メンが斬り込んで邀撃する。幕府軍の作戦方針はそう定められた。
しかし、南北聖霊戦争を戦い抜いた《合衆国》海軍は、戦列艦エンタープライズに第六階位天使を搭載し、航空作戦能力を獲得していた。
双方ともに意図と戦力を見誤ったまま、浦賀水道海戦が開戦してしまった。発端は海防艦サラトガの座礁である。
幕府軍は第六階位天使による空中観測に驚愕した。半年かけて築いた陣地がまたたく間に灰燼に帰した。戦列艦と護衛艦に搭載されたライフル砲は、驚くべき精度を発揮したのである。
スモトリの被害は奇妙なほどに少なかった。
スモトリは壊滅した堡塁から這いだし、散開し、機動的な砲運用を開始した。なかには、独自に対空張り手を考案した者もいた。
トクガワ・ショーグネイトの軍制下では、スモトリは兵ではなく、砲として扱われる。
《力士》という言葉を思いだしていただきたい。彼らはニッポンでもっともフィジカルに優れた者たちなのだ。
墜落していく第六階位天使たちにペリーは驚きを禁じ得ない。すでに二個小隊の天使を損耗している。
沿岸要塞に痛撃を加えたにもかかわらず、幕府軍の砲兵は活発な運動を継続している。彼らの対空砲撃は、キャニスター弾の三次元版に見えた。
「くはぁ」と、ペリーは秀でた額をたたく。「砲術長、焼夷弾だ。ここで使おう」
「はっ。左舷副砲、弾種焼夷弾、目標敵砲兵。用意」
「信仰なきスモウレスラーたちは激しい炎熱で焼かれて死ぬべきである」
ペリーは新約聖書を引用した。
ペリーは敬虔なメシア教徒である。
フリーメイソンでもある。
この時点で、護衛艦ミシシッピが中破、海防艦サラトガが小破している。
エンタープライズは無傷だった。
スモトリへの焼夷弾攻撃により、《合衆国》が優位に立ちつつある。
幕府軍総司令部は決断した。
機動台場に搭乗したサムライ中隊が突撃を発起する。
身を焼かれながら、スモトリたちは支援砲撃を継続した。
ついに、サムライたちがエンタープライズに突入した。
迎え撃つのは精強で知られる██人《海兵隊》だ。
██人に歩兵銃は通用しない。
ゆえに、幕府軍は斬り込み戦術を択ばざるをえなかった。
皮肉なことに、██人の存在こそが、浦賀水道海戦以降のニッポンが攘夷思想で団結できた原因である。
つまりは夷狄が本当に化け物だったから。
突撃は失敗し、サムライたちは全滅した。
《海兵隊》も痛手を負ったが、戦列艦エンタープライズは十全な戦闘力を保持している。
江戸城は紛糾した。
原子力戦列艦が保有する決戦兵器なんて、誰にでも想像がつく。江戸に熱核兵器をぶちこまれるわけにはいかない。
だから、浦賀水道で止めなければならなかった。それが作戦だった。もはや、幕府軍にエンタープライズを止められる火力はない。
抗戦か。降伏か。
その議論は唐突に打ち切られた。
江戸湾への侵入を開始した《合衆国》東インド艦隊旗艦、原子力戦列艦エンタープライズが、まばゆい光に包まれたのである。
光のなかで、軍艦の黒い影がねじれ、よりあつまり、一本の曲線になり、最後には見えなくなった。
光が収まったとき、エンタープライズは消失していた。誰もが原子力事故を疑ったが、放射能は検出されなかった。
江戸城では、神風が吹いたということで落ち着いた。実際、敗北寸前まで追いつめられ、首の皮一枚で助かったのは事実である。
早速、出雲のスモトリと西国のサムライの招集をかけながら、東インド艦隊残存艦艇との停戦交渉を模索するのだった。
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