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魔女 v.s. 《コギャル》
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前回までのあらすじ。
緋袴イッペイは息子のテツロウとともに異世界の廃砦に召喚され、姉イバラの阻止を依頼された。
久遠商会は秘蔵っ娘を聖地グンルーンに向かわせた。
忘却混沌都市アザゼルはマタイ・ペリーと座乗艦エンタープライズを召喚した。
◆◆◆
男は嬰児を抱いていた。
身体に抱っこ紐でくくりつけている。
心臓の拍動を子守唄に赤子は眠っている。
男は数理魔導の遣い手だった。
男は赤ん坊の父親である。
母親は魔女だった。
魔女とは一目一科一属一種の人ならざる生物である。ありようとしては人類よりも女神に近い。
にもかかわらず、男とむつみあい、子を成した。分類学にまっこうから喧嘩を売る。
そういう存在が魔女である。
産まれた子は「おぎゃあ」と泣かなかった。「てけりり」とも「んがぐぐ」とも発しなかった。
老いた哲学者のような眼で世界を見つめた。
今は男の胸で眠っている。
男は歩を進めた。
街道とも呼べぬ荒れた道を往く。
男の名はロラン。久遠商会に雇われた研究者である。聖地グンルーン防衛のために招集された。
ロランが開発した大型魔力キャパシタは、多連装魔導バリスタの基幹技術である。開発から運用まで行うフルスタック技術者なのだ。
日は暮れかけていた。
宿泊施設などない。
厩戸があった。
「どうも」
厩戸の奥に女性がひとり、藁のうえにあぐらをかいていた。年齢不詳の女だった。
浅黒い肌に未開部族のような化粧と刺青を施している。ほうりだされた太腿から眼をそらす。
「さては、変化か物怪か……」
ロランはつぶやきながら、背中の荷物をおろす。
「ざーんねん、どっちでもないっしょ」
女が微笑んだ。
服も見たことがないものだ。
このあたりでは男も女も露出したりしない。
歩き巫女の類だろうか。などと考える。
「あんた、疲れてるねぇ。あんた、憑かれてるねぇ。十字架を背負って丘を登ったおとこみたいにさ。って、いまうちうまいこと言った? 言ったっしょ」
「なんだ、その……『十字架』とは……?」
聞いたことがない言葉だった。
背負うというからには、背嚢や背負子だろうか。
「あー、そだった。めんごめんご、この世界じゃ通じないナラティブだわ。気に触っちゃったかな?」
女は立ちあがり、スカートをはらう。
「そうか。いや、そんなことはない」
眠っていた嬰児が突然眼を見開いた。
女の貌を見て、泣きはじめる。
ほとんど泣かない子である。
しかし、むべなるかな、と思う。
山姥のごとき化粧の女である。
おびえて不思議はない。
「おぉ、よしよし。良いお顔だねぇ。ママのお胎のなかで、この世の苦渋をぜーんぶ見てきたってしてんじゃん」
ロランは絶句した。
こ奴はなにを言っているのか。
あらためて、異常な女だと思う。
話の接ぎ穂がなかった。
「この世界はおもしろいねぇ。何種類も人がいるし、人でないのも混じってるし。うちらが前にいた世界じゃ、一種類しか生き残んなかったんだよ」
女はルーズソックスを履いていた。
女はセーラー服を着ていた。
女は《転校生》だ。
《コギャル》高梨シオリ。
「まさか……!?」
ロランは息を呑む。
「そういうことだねぇ」
シオリが笑う。
「待て! 此方には其方と構える気はない!」
ロランは抱っこ紐ごと赤ん坊を背中に隠し、一歩下がる。我が子を守ろうと腰の鉈に手をかける。
「あらま」
シオリが嗤った。
「抜かないでね、お父ちゃん。抜いたら、やりあわなきゃなんなくなるっしょ」
ロランはちらりちらり、周囲に視線を走らせる。
重ねて言う。
「此方は其方と戦うつもりはない」
「うちもないよぉ。でも……その子のお母ちゃんはどうだろうね」
《コギャル》高梨シオリは眼を細めた。
厩戸のとば口に闇が渦巻いた。
闇が凝集し、人のかたちを取った。
「あたしの娘と旦那──家族に手を出したら、殺す。おまえとおまえの一族郎党、弑して滅して戮して晒す」
魔女が吠えた。
魔女ニキータ、ロランの内縁の妻である。
「言うねぇ。うちらの党に喧嘩売るってぇなら受けて立つよぉ」
その右手にあるのはポケベルである。
トーンダイヤラー付きの高級機種だ。
読者諸氏はご存知だろう。
コギャルはポケベルをマジカルステッキがわりに数秘術を使う。トーンダイヤラーを使えば圧縮詠唱も可能だ。
「来なよ、ババア。《転校生》を教えてやんよ」
シオリが挑発する。
魔女は激昂した。
「ぶっ殺す」
魔女の魔法は人間の魔術と本質的に異なる。
魔女は無限から直接魔力を汲みだす。
そういう生物なのであった。
無限の攻撃力を持つ魔女ニキータ。
無限の防御力を持つ《転校生》高梨シオリ。
人でない者と人を辞めた者が対峙する。
馬小屋に息苦しいほどの緊張が満ち、矛盾は止揚されるときを待つ。
赤子は父の背をとんとんとやわらかく叩いた。
ロランはハッと我に返り、
「や、やめてくれ。其方たちがやりあえば、こんな小屋なぞ消し飛ぶ。ここは……酒で勝負するのはどうか。風流であろう」
荷物に駆けより、酒瓶を二本取りだす。
上司への土産だったが是非もない。
ロランはふつうの人間である。
魔人の争いに巻きこまれれば必死だ。
必ず死ぬと書いて必死である。
ロランは抱っこ紐を前に戻し、子を妻の視界にいれる。情けない声であわれっぽく懇願する。
「頼むよ、おまえ。この子のまえで争わないでおくれ。情操教育にもよろしくなかろう」
魔女ニキータがふんと鼻をならす。
見かけよりも情けの深い女なのだ。
ロランにではない。
我が子にである。
シオリはポケベルをポケットに収めた。
酒盛りが始まった。
◆◆◆
「……というわけでして」
廃砦の地下室でロランが説明した。
「それは、なんというか、たいへんでしたね」
緋袴イッペイがねぎらう。
技術者同士だからだろうか、イッペイとロランは馬が合った。
「ロランさんは数理魔導の専門家だとうかがいました。魔術の法則や原理について、いろいろ教えてください。私も息子も興味津々なのですが、原理的な部分を説明できる方がなかなかいらっしゃらなくてですね」
「よろしくお願いします!」
テツロウが元気良くお辞儀した。
「こちらこそ、緋袴さんのご専門の……情報工学でしたか……是非、ひとつご教授願いたく」
「ええ、もちろん」
「では、まずは魔力キャパシタをご覧いただきつつ、説明させていただきましょう」
地上では久遠商会が天幕を張り、多連装魔導バリスタを整備している。
緋袴テツロウは異世界社会科見学を楽しんだ。
緋袴イッペイは息子のテツロウとともに異世界の廃砦に召喚され、姉イバラの阻止を依頼された。
久遠商会は秘蔵っ娘を聖地グンルーンに向かわせた。
忘却混沌都市アザゼルはマタイ・ペリーと座乗艦エンタープライズを召喚した。
◆◆◆
男は嬰児を抱いていた。
身体に抱っこ紐でくくりつけている。
心臓の拍動を子守唄に赤子は眠っている。
男は数理魔導の遣い手だった。
男は赤ん坊の父親である。
母親は魔女だった。
魔女とは一目一科一属一種の人ならざる生物である。ありようとしては人類よりも女神に近い。
にもかかわらず、男とむつみあい、子を成した。分類学にまっこうから喧嘩を売る。
そういう存在が魔女である。
産まれた子は「おぎゃあ」と泣かなかった。「てけりり」とも「んがぐぐ」とも発しなかった。
老いた哲学者のような眼で世界を見つめた。
今は男の胸で眠っている。
男は歩を進めた。
街道とも呼べぬ荒れた道を往く。
男の名はロラン。久遠商会に雇われた研究者である。聖地グンルーン防衛のために招集された。
ロランが開発した大型魔力キャパシタは、多連装魔導バリスタの基幹技術である。開発から運用まで行うフルスタック技術者なのだ。
日は暮れかけていた。
宿泊施設などない。
厩戸があった。
「どうも」
厩戸の奥に女性がひとり、藁のうえにあぐらをかいていた。年齢不詳の女だった。
浅黒い肌に未開部族のような化粧と刺青を施している。ほうりだされた太腿から眼をそらす。
「さては、変化か物怪か……」
ロランはつぶやきながら、背中の荷物をおろす。
「ざーんねん、どっちでもないっしょ」
女が微笑んだ。
服も見たことがないものだ。
このあたりでは男も女も露出したりしない。
歩き巫女の類だろうか。などと考える。
「あんた、疲れてるねぇ。あんた、憑かれてるねぇ。十字架を背負って丘を登ったおとこみたいにさ。って、いまうちうまいこと言った? 言ったっしょ」
「なんだ、その……『十字架』とは……?」
聞いたことがない言葉だった。
背負うというからには、背嚢や背負子だろうか。
「あー、そだった。めんごめんご、この世界じゃ通じないナラティブだわ。気に触っちゃったかな?」
女は立ちあがり、スカートをはらう。
「そうか。いや、そんなことはない」
眠っていた嬰児が突然眼を見開いた。
女の貌を見て、泣きはじめる。
ほとんど泣かない子である。
しかし、むべなるかな、と思う。
山姥のごとき化粧の女である。
おびえて不思議はない。
「おぉ、よしよし。良いお顔だねぇ。ママのお胎のなかで、この世の苦渋をぜーんぶ見てきたってしてんじゃん」
ロランは絶句した。
こ奴はなにを言っているのか。
あらためて、異常な女だと思う。
話の接ぎ穂がなかった。
「この世界はおもしろいねぇ。何種類も人がいるし、人でないのも混じってるし。うちらが前にいた世界じゃ、一種類しか生き残んなかったんだよ」
女はルーズソックスを履いていた。
女はセーラー服を着ていた。
女は《転校生》だ。
《コギャル》高梨シオリ。
「まさか……!?」
ロランは息を呑む。
「そういうことだねぇ」
シオリが笑う。
「待て! 此方には其方と構える気はない!」
ロランは抱っこ紐ごと赤ん坊を背中に隠し、一歩下がる。我が子を守ろうと腰の鉈に手をかける。
「あらま」
シオリが嗤った。
「抜かないでね、お父ちゃん。抜いたら、やりあわなきゃなんなくなるっしょ」
ロランはちらりちらり、周囲に視線を走らせる。
重ねて言う。
「此方は其方と戦うつもりはない」
「うちもないよぉ。でも……その子のお母ちゃんはどうだろうね」
《コギャル》高梨シオリは眼を細めた。
厩戸のとば口に闇が渦巻いた。
闇が凝集し、人のかたちを取った。
「あたしの娘と旦那──家族に手を出したら、殺す。おまえとおまえの一族郎党、弑して滅して戮して晒す」
魔女が吠えた。
魔女ニキータ、ロランの内縁の妻である。
「言うねぇ。うちらの党に喧嘩売るってぇなら受けて立つよぉ」
その右手にあるのはポケベルである。
トーンダイヤラー付きの高級機種だ。
読者諸氏はご存知だろう。
コギャルはポケベルをマジカルステッキがわりに数秘術を使う。トーンダイヤラーを使えば圧縮詠唱も可能だ。
「来なよ、ババア。《転校生》を教えてやんよ」
シオリが挑発する。
魔女は激昂した。
「ぶっ殺す」
魔女の魔法は人間の魔術と本質的に異なる。
魔女は無限から直接魔力を汲みだす。
そういう生物なのであった。
無限の攻撃力を持つ魔女ニキータ。
無限の防御力を持つ《転校生》高梨シオリ。
人でない者と人を辞めた者が対峙する。
馬小屋に息苦しいほどの緊張が満ち、矛盾は止揚されるときを待つ。
赤子は父の背をとんとんとやわらかく叩いた。
ロランはハッと我に返り、
「や、やめてくれ。其方たちがやりあえば、こんな小屋なぞ消し飛ぶ。ここは……酒で勝負するのはどうか。風流であろう」
荷物に駆けより、酒瓶を二本取りだす。
上司への土産だったが是非もない。
ロランはふつうの人間である。
魔人の争いに巻きこまれれば必死だ。
必ず死ぬと書いて必死である。
ロランは抱っこ紐を前に戻し、子を妻の視界にいれる。情けない声であわれっぽく懇願する。
「頼むよ、おまえ。この子のまえで争わないでおくれ。情操教育にもよろしくなかろう」
魔女ニキータがふんと鼻をならす。
見かけよりも情けの深い女なのだ。
ロランにではない。
我が子にである。
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「それは、なんというか、たいへんでしたね」
緋袴イッペイがねぎらう。
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「ロランさんは数理魔導の専門家だとうかがいました。魔術の法則や原理について、いろいろ教えてください。私も息子も興味津々なのですが、原理的な部分を説明できる方がなかなかいらっしゃらなくてですね」
「よろしくお願いします!」
テツロウが元気良くお辞儀した。
「こちらこそ、緋袴さんのご専門の……情報工学でしたか……是非、ひとつご教授願いたく」
「ええ、もちろん」
「では、まずは魔力キャパシタをご覧いただきつつ、説明させていただきましょう」
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