父子で異世界転生: いいんですか? 救いますよ。世界。

かんのななな

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資本主義万歳

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 ドミノという遊戯がある。サイコロの目が刻まれた板切れをつないでいくゲームである。

 この世界にドミノをもたらした異世界人は、その遊びかたを知らなかった。彼あるいは彼女はピタゴラスイッチの構成要素として、ドミノ牌を認識していた。
 彼あるいは彼女は、初代皇帝のつがいだったとされる。

 ドミノ倒しという言葉だけが残った。
 ドミノ理論という言葉だけが残った。

「してみると、彼あるいは彼女は、複雑系や混沌カオスが流行る以前から来たことになるわけです」
 緋袴イッペイが告げる。

 廃砦の地下室は父子のリビングであると同時に司令部になっていた。

 緋袴イッペイ・テツロウ父子。
 エルフの華凛。
 資本主義者アンジェ・クオン。
 《選抜射手》レイガ・マーロゥ。
 数理魔導技術者ロラン。
 魔女ニキータは赤子を抱いて外出中である。

「ドミノ理論は《合衆国》大統領ハリィ・トールマンが唱えた理論です。一国で共産主義革命が起きれば、ドミノ倒しのように周辺国に革命が波及していくという予想で、先制的な介入の根拠になりました」
 イッペイは狭い地下室を見まわした。

 アテンション・プリーズ。
 トールマンの名前に聞き覚えがある読者も多いだろう。イッペイが言及したのは、一九四五年、富士山に原爆を落とした大トールマンのほうだ。
 一九九X年、東京にインターコンチネンタルポストモダンミサイルICPMを撃ちこんだのは小トールマンである。

「ドミノ理論は科学的根拠を持たない大雑把で近似的なモデルにすぎません。しかし、《転校生》はこの理論でグンルーンを攻略するつもりです」

「意趣返し、みたいなものかしら?」
 アンジェがつぶやく。
「もともと似たような概念があるんです。一点突破全面展開というんですが……」

 テツロウはしらけた様子で会話を眺めている。
 無理もなかった。
 テツロウが産まれたのはソ連崩壊の十五年後だった。共産主義は時代遅れの思想にすぎない。

 考えてみると、しかし、父だって世代が違う。
 父が青春時代をすごしたのは一九九〇年代であり、学生運動なんて影もかたちもなかったはずだ。
 父がそうなら、伯母もそうだろう。
 計算が合わないのであった。

◆◆◆

 この世界のへそに建立された、小さな庵。
 魔人と聖女が対峙している。

 《ツーブロ》渕上シンタロウ。
 ツーブロックにセンター分け、日常的に女を殴っていそうな男だった。固有能力は女性特攻、対象が女性であれば攻撃力をアレフゼロとして計算する。
 可算無限の力で女性を殴る。
 そういう能力だった。

 対するは無の聖女マリア。
 その能力はいまだ知れぬ。
 知ったときには対象は消滅している。

 最初に仕掛けたのはシンタロウだった。
 ボクシングスタイルで前進し、左のジャブを放った。ジャブといえども当たればただではすまない。

 当たらなかった。
 シンタロウの左拳が消滅したからである。

「しっ!」
 《転校生》たる渕上シンタロウに動揺はない。必殺の右ストレートを突き出す。
 マリアはよけない。
 よける必要がない。

 シンタロウの右腕が消滅した。
 マリアの異能はそれほどのものであった。
 可算無限程度では突破できない圧倒的な無であった。

 なすすべもなく敗けてしまうのか。
 一矢も報いず敗北してしまうのか。
 否。渕上シンタロウは《転校生》である。

 両拳が喪われたら蹴ればよい。
 日常的に女を殴っていそうな男の蹴りはどれほどのものか。
 シンタロウは女を蹴らない。
 女は殴るものだという観念を持っている。
 そういうタイプのクズだった。

「きええっ!」
 シンタロウは高く跳躍し、残された左上腕を振り、身体を横回転する。
 旋風脚である。
 右脚、ついで左脚が、弧を描いてマリアの頭部に向かう。

 右脚が消滅した。
 左脚が消滅した。
 どさり。
 渕上シンタロウは地に落ちた。

「だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい」
 告げながら、マリアは静かにゆっくりと歩んでいった。

「コミーよ、退け」
 メサイア会信徒であるマリアにとって、共産主義者は不倶戴天の敵であった。

 十九世紀から来たマリアが共産主義者を敵視することに疑問を感じるむきもあるかもしれない。
 しかし、倫敦で共産主義者同盟ブントが結成されたのが一八四七年、『共産党宣言』が出版されたのが一八四八年であり、おかしくはないのである。ないんだってば!

 マリアの爪先で《ツーブロ》渕上シンタロウは消滅した。
 日常的に女を殴っていそうな男から敗北していく。それがこの物語の規範である。

◆◆◆

 帝国辺境伯の反乱に端を発した混乱はまたたく間に大陸各地に拡大した。
 辺境領は帝国からの独立を宣言するとともに、グンルーン一帯の領有を宣言した。地域で唯一まともな政体を持つ汎アールヴ社会主義共和国は遺憾の意を表明した。

 狼狽する帝国上層部を嘲笑するかのように、アンダカーラ教団の合成獣キマイラ、仮称ベヒモスが聖地グンルーンに侵攻を開始した。

 アンダカーラ教団に地精龍の卵を窃取され、合成獣キマイラの材料にされた龍族は激怒した。高々度からの戦略質量攻撃により、アンダカーラ教団の本拠地は辺境領領都もろとも灰燼に帰した。
 辺境伯軍の対龍噴進弾飽和攻撃により、龍族も甚大な被害を蒙っている。

 いうまでもなく《転校生》たちの策謀だった。
 この時点で、グンルーンを守護する戦力は帝国軍治安維持部隊とアンジェ・クオン率いる久遠商会義勇小隊。それがすべてだった。

 仮称ベヒモスはグンルーン唯一の都市セーロポリスに迫った。
 神殿都市セーロポリス。
 創世の女神たちが最初に降り立った場所。
 世界の辺縁にして、世界が始まった場所。

「マム、命令を」
 レイガ・マーロゥが問う。
 アンジェは瞑目する。

 レイガはアンジェに雇われた十二人の火縄銃兵の隊長である。レイガも含めて全員が優秀な猟兵であり、卓越した狙撃能力を有している。
 レイガの分隊が前進観測班を兼ねることで、多連装魔導バリスタによる火力支援が可能になる。

「作戦目標を確認しましょう」
 アンジェは眼を閉じたまま言う。
「第一に神殿の固守。第二に民衆の避難。我々の戦力だけでは目標達成は困難ですわね」

「マム、防衛するのは建築物としての神殿でありますか?」
 判りきったことをレイガは訊く。帝国第一高等学校に在籍していながら、エスタブリッシュメントになれない下士官気質の男だった。

「いいえ。はい、守護するのは神性です。女神クティスの神性、——永遠えいえんです。そこの莫迦なエルフが勝手に売りわたしたものです」
 アンジェは眼を開き、華凛をにらんだ。

「知らなかったんだからしょうがないでしょ……」
 華凛はちいさくなって反論した。

 この世界にはみっつの神性がある。
 永遠。女神クティスが司る。
 無限。魔女、妖精種、人類種に分け与えられたルーン。
 混沌。なんか混沌としたもの。

「《転校生》たちは、華凛さんの依頼、五族共和を達成する代償に、この世界から永遠を受領するという契約を交わしたわけですか」
 ロランが言う。
「しかし、契約の主体は誰か。それこそが鍵ですな」

「世界ですね。あるいは、世界夫人か」
 緋袴イッペイが言う。
 アテンション・プリーズ。
 ヘルマン・ヘッセの詩の題名“Leb wohl, Frau Welt”を直訳すると「さようなら世界夫人よ」となる。頭脳警察のほうが有名かもしれない。

 ここで、この世界で、世界夫人とはクティスのことだ。にげおくれ、いきおくれ、とりのこされた最後の処女神。

「話を単純にするのが資本主義の要諦です。《転校生》が依頼を達成できなければ報酬は不要です」
「マム、イエス、マム」
 レイガは下士官らしく反論した。

「くどいですよ、レイガ・マーロゥ。それがクオンなのです。久遠商会の久遠とはそういう意味なのです。兵どもよ、進軍なさい。ゆきゆきて、死になさい。給料の範囲内で。それが資本主義です」

「資本主義万歳」
 《選抜射手》レイガ・マーロゥが敬礼する。
「資本主義万歳」
 資本主義者アンジェ・クオンは答礼する。

 ついていけないノリだな。
 そう思いながら、緋袴テツロウは『理科コアプラス』をめくっている。苦手な生物を強化するためであった。
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