成金悪役令嬢なので莫迦でかわいい男の子としっぽり部活動(意味深)いたしますわっ!

かんのななな

文字の大きさ
5 / 6

平民はチッスまでお下品なのですわねっ

しおりを挟む
 昼休み、アイラは学院の中庭で令嬢軍団に包囲されている。
 軍団を率いるのは侯爵令嬢イザヴェルである。

「あなたのような成りあがり者が、野外演習で満点だなんておかしいですわっ!」

 取り巻きたちが口々に追従する。

「そうですわ! お金でずるをなさったに違いありませんわっ!」
「そうよそうよ! 成金令嬢ごときが黄金魔猪ゴールデンボアを討伐なんてありえないことですものっ!」
「平民のくせに生意気ですわぁ!」

 アイラがにぃっと口角を吊りあげる。
 赤い瞳がらんらんと輝く。

「ありえないとおっしゃられましてもねぇ。マリクがおとなげなく本気を出してしまったものですから。そういえば、イザヴェル様は領民やら冒険者やらに勢子をさせて、ようやく剣鹿ソードディア一匹でしたとか? ぷーくっくっ、臍茶」

 イザヴェルが怪鳥がごとき声で叫ぶ。

「きぃいぃっ! 平民風情が生意気なっ! 決闘よ!」

 イザヴェルの背後に金髪碧眼の美丈夫イケメンが控えている。
 騎士団長の息子デリアンである。
 イザヴェルの婚約者であり、ふたりで野外演習におもむいている。
 取り巻きたちがさえずる。

「デリアン様は武芸百般に通じているのよっ!」
「デリアン様とイザヴェル様、お似合いだわぁ!」
「推せますわね、推しちゃいますわよぉ!」

 デリアンは冷ややかな眼差しでアイラを見下ろす。

「貴様が噂の成りあがり者か、我が婚約者に吐いた暴言、とうてい許すわけにはいかん」
「やれやれ、婚約者の手綱くらいしっかり握っておけないのかしら。これでは騎乗戦闘の腕は期待できませんわねぇ。いいえ、下馬戦闘もかしら。なんといっても剣鹿ソードディア一匹ですものね、むべなるかな」
「なんだとぉっ!」

 激昂したデリアンは腰の騎兵刀サーベルを抜き、切っ先をアイラに突きつける。
 悪手である。
 ひねった手首から斬撃がないと知れる。
 アイラは右半身に構え、左手を背にまわす。

 風が吹いた。
 音もなく、マリクがアイラの隣に立つ。
 マリクは左半身に構え、だらりと右手を下げる。
 軽くにぎられた左の拳がデリアンを向いている。

「抜いたなあ、刀を」
「抜いたわね、刀を」

 マリクとアイラの声が重なる。
 イザヴェルの取り巻きたちは震えあがる。

「こいつら、なんで平然としているのよぉ!」
「貴族が抜刀したのよ! 切捨御免なのよぉ!」
「無礼討ちされても文句言えないんですのよっ!」

 令嬢軍団は怯えている。
 彼女たちの常識の埒外に立つふたりに慄いている。
 常識云々は、時代の過渡期にあるせいだといえなくもない。

 王国の貴族は、軍事技術を独占してきた。
 魔道具と火薬の普及が、暴力の寡占を崩壊させつつある。
 王国と国境を接する帝国は火縄銃を量産し、銃兵の比率を急速に高めている。
 王立魔術学院が平民の受け入れを決めたのも時代の趨勢であった。

「手前は唯銃のマリク、しがない無宿人にござんす。一宿一飯の恩義をこうむりまして、アイラ嬢に助太刀いたす」

 マリクは無宿人を標榜する。
 爵位のない郷士の三男であるから、暮らしぶりは平民と変わりがない。
 マリクの名乗りに、デリアンも名乗りかえさざるをえない。

「なれば、我は騎士デリアン・カルダニアなり。いざ尋常に——」

 デリアンの視線がそれた一瞬、アイラの左手が簪棒を投擲する。
 黄金魔猪ゴールデンボアの牙から削りだした暗器が、デリアンの親指の付け根をしたたかに打つ。
 騎兵刀サーベルを取り落としたデリアンの鳩尾を、マリクが一本拳で突く。

「ぐふぅっ」

 悶絶してうずくまるデリアンに駆けよりながら、イザヴェルが叫ぶ。

「ひっ、卑怯な! 決闘の作法も知らない不埒者め!」
「おーほっほっ、刀を抜いたら殺りあうしかなくってよ?」

 高笑いするアイラに周囲はドン引きである。
 思考回路が野蛮すぎて理解の範疇を超えているのだ。
 マリクは騎兵刀サーベルを拾いあげて、デリアンに放る。

「されば、いざ勝負。此度は手前ひとりでお相手いたそう」
「ま、待て、マリクとやら……俺は……その……」
「ふむ、刀ではなく銃での勝負を所望か?」
「いや、そういうことでは……なくてだな……」
「マリク、捨て置きなさいな」

 アイラはマリクの首を抱いて唇を重ねる。
 音を立てて舌と舌を絡ませあい、たがいに唾液を吸いあう。
 突如はじまった痴態に、周囲は黄色い悲鳴をあげた。

「公衆の面前でディープキッスなんて淫猥ですわ!」

 イザヴェルは両手で顔をおおっているが、指の隙間からしっかり見ている。

「きゃーっ! 平民はチッスまでお下品なのですわねっ!」
「きゃーっ! 成金悪役令嬢とおっぱい魔人がべろちゅーしてますわよっ!」
「きゃーっ! おみだらですけど尊みを感じてしまいますわっ!」

 唇を離し、アイラが令嬢軍団をにらむ。

「悪役令嬢とおっしゃったのは子爵令嬢マリエ様かしら? 顔は覚えたぞ、吾ェ!」

 アイラの眼光に気圧され、令嬢軍団は後ずさり、蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。
 デリアンもイザヴェルの手を引いて撤退する。

「やれやれ、ひどい目にあった」
「過去形で言ってよいものかしら」
「そいつは道理だね」

 予鈴が鳴る。
 中庭にふたりだけが取り残される。

「アイラ、あのさ」
「なぁに?」
「この事態を鑑みると、僕たち、なるべくいっしょにいたほうが良いと思うんだ」
「そうね。あたしたちふたりがそろっていれば、たいていのことはなんとかなるでしょうね」
「それにかこつけるわけじゃないんだけど、アイラ、好きです。つきあってください」
「……はい」

 アイラは笑顔で首肯する。
 抱きついて首にぶらさがる。

「マリク、午後の授業をふけて、寮に帰って荷物をまとめなさい」
「えっ?」
「今日からあたしの家に下宿なさい。さきんじて戦線を整理するのよ」
「あいつら、そこまでやるかな」
「侯爵令嬢のほうは根性があるわよ。悪い意味で」

 マリクは苦笑する。

「荷物が多ければ、エリザに荷車を持って来させるけど?」
「旅行鞄ふたつ分くらいだから大丈夫だと思う」
「作戦開始よ。準備できたら部室に集合ね」
「拝承」

◇◇◇

「当主様に報告は?」

 夕食後の居間でエリザが問う。
 マリクは一番風呂につかっている。

「したわよ。入居審査するって張りきってたわ」
「ハイスピード同棲ですからね。本宅の皆も興味津々でございます」

 アイラは溜息をつく。

「で、どっちから告白したんですか?」
「マリクからよ」
「っしゃ!」

 エリザは自分のカップに紅茶と蒸留酒をなみなみと注ぐ。

「なにおっぱじめてんのよ、あんた!」
「祝杯でございます。班内で賭けをしておりまして、私のひとり勝ちです」
「なにやってるのよ、あんたたち!」
「奥方様が胴元でございます」
「あんのクソババア」
「奥方様に報告しておきます」
「やめて」

 エリザはカップをぐいっとあおる。
 アイラはかかえた膝に顎を乗せる。

「だいたい、あんたが邪魔しなかったら、昨日のうちに告白してもらえてたのに」
「ぴゅいー、ぴゅいー、お酒様がおいしいですわぁ」
「もしや、あんた、わざとあのタイミングで邪魔した?」
「お嬢様、応接間には覗き穴がしつらえてございまして」
「見てたの!?」
行為が実施される場合、未然に阻止する作戦でした」
「してないし!」
「正直に申しあげると、夕食後の定時連絡で少年からの告白に賭け先を替えました」
「イカサマじゃねえか! 馬に蹴られろ!」
「勝ち金折半でいかがでございましょう?」
「しょうがないわね」
「なお、本宅では『ジッパーをおろして』が流行語になっているそうでございます」
「おおーい! うちの使用人どもはどうなってるのよぉ!」
「うらやましいのでございます」

 エリザはカップを一気に飲みほす。
 今度は蒸留酒だけを注いで、それも飲みほす。
 空になったカップを卓子に叩きつける。

「うらやましいのでございます……私もそんな恋愛をしてみたかった……」
「酒乱かっ! だいたいあんたモテるでしょうに」
「よろしいですか、お嬢様。おとなになると、左様に甘酸っぱい恋愛はできなくなってしまうのです。あれ!? 私、若いころもそんな恋愛したときないですね」
「それって、あんたの気性のせいじゃない? ちょっと、なんで脱ぎはじめるのよ!」
「お風呂に突撃して少年にラッキースケベを提供しようかと」
「やめなさい、あんたが脱ぐと洒落にならないから! 人の男に手を出すなっ!」

 浴室から戻ったマリクは、くんずほぐれつ取っ組み合うふたりを認める。

「良いお湯をいただきました。……なにやってるの?」
「なんでもないわ、気にしないで!」
「いや、エリザさん、下着見えてるし」
「少年のえっちー」

 エリザは棒読みで言って、着衣をなおす。

「マリク、エリザの色香に惑わされちゃだめだからね」
「僕はきみにぞっこんだよ」
「あー、あついあつい。ちょっと脱ごうかしら」
「脱ぐなーっ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる

柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった! ※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

処理中です...