女神様の言うとおり

切望

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異界の老騎士

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「………あ?」
「あ、おはよ」

 マコトはデジャヴュを感じた。
 再び覗き込んでくる自称女神の双眸、先程と同じく膝枕されているのだろう。先程? そういえば、なんでまた寝て……

「っ!! あっ……! く、首……俺、なん、いき!?」

 首を切り飛ばされた記憶が蘇る。生きている理由が解らず、夢だったのかと首に触れ、剥き出しの肉特有の湿った感触と傷口に触ってしまったビリビリ刺すような鋭い痛みが走る。

「あぐっ!? く、あ!?」
「ああ、駄目だよ傷に触れちゃ。化膿しちゃう……いや、今の君は大丈夫だけど」

 傷。間違いなく、存在している。夢じゃなかった。じゃあ、ますますなんで生きている!?
 ヒューヒュー呼吸が荒くなるマコトを見て、自称女神は彼の頭をそっと優しく抱き寄せた。

「落ち着いて。大丈夫、君は生きている」
「…………あ」

 トクトクと伝わる鼓動の音に、少しずつ気持ちが落ち着いていく。優しく頭を撫でられ、不思議と母を思い出した。

「………俺、首を斬られた……よな?」

 顔を青くして尋ねるマコトに、自称女神はうん、と頷く。

「でもね、大丈夫。君の世界にもあるでしょ? 異世界に来た人間が、神様から力を貰うやつ。君もそうだよ」
「………時間逆行、じゃ……ないん、だよな」

 膝枕されながら顔を覗き込まれる状況は同じだが、首の傷、血に濡れた服がそれを否定する。

「づぅ!? い、ぎいい……!!」

 風が吹くだけで剥き出しの神経が悲鳴を上げる。手で触れ、傷口を覆いたくなるもそれを行えばさらなる激痛に襲われると理解でき、ギリギリ手を止める。

「かぅ、は………あ、はぁ………!」

 グチグチと響く嫌な音と共に、痛みが引いていく。斬られた筈の首がくっついていたのは、恐らく再生してるから。やがて痛みも完全に消えた。

「これ、が……力?」
「そうだよ。君は不死身になったんだ」

 不死身。それは、よく聞く空想で、理想の力。過去様々な権力者が欲し、終ぞ手に入れること叶わなかった力。つまり、間違いなく自分は首を斬られた。傷ついた、ではなく、死んだ───

「うぐ、ぶおええ!!」
「あらら、大丈夫?」

 据えた匂いと共に胃の中のものを床にぶちまけるマコトの背中を優しくなでる自称女神。
 脳裏によぎる、先程の記憶。
 回る視界、床を跳ねる感覚、体と別れ、首だけになった喪失感。

「まあ大丈夫だよね。傷もすっかり塞がったし!」
「……斬られたのに、何で傷がグチャグチャに」
「お? 意外と冷静? それとも、誰かと話して心を落ち着かせたいのかな? さて、何故かと問われれば君の首は斬られた訳じゃないから。こう……鞘に入れた剣が勢いよく当たって千切れ飛んだ」

 トントン、と首に手を当てる自称女神。そのままスッと首を斬るような動作をした。

「あれは、あの鎧はなんだ……」
「私以外の何処ぞの神に呪われた哀れで愚かな大間抜けさ。ごめんね、あれ私が外に出たせいだ」
「外に?」

 彼女を外に出さない為に来たと言うなら、マコトを連れ出そうとしている人間だと勘違いしたのだろうか? それにしては、彼女自身は怪我しているように見えない。

「恐怖、被害妄想の呪い。君の世界にもあるだろ? 『自分を殺すって声が聞こえた~』とか」

 学校の薬物乱用防止教室で見せられた映像で得た知識だが、確かに記憶はある。コクリと頷くとそうだろうそうだろうと頷く。

「それのすごいバンだよ。外の世界にはとおっても怖い奴等がいて、私の命を狙ってる。だから隠さなきゃって思ってるの」
「それって……じゃあ、あれは」
「そうだね。私を守ってるつもりだよ。かれこれ3千年……ん? 万だっけ? うん、3万だった」

 文字通り桁違いな単語が聞こえた。

「………3万年も、居もしない敵に怯えさせられてる、ってのか?」

 何だ、それは。
 彼女を守りたくて、その意志すら利用されて、3万もの間何時来るかも解らない恐怖に怯えながら暮らし続けているなんて……そんな残酷な事があって良いのか、と拳を強く握るマコトに自称女神は首を傾げる。

「何で君が怒ってるの? というか、あっさり信じるんだね」
「何でって、むしろあんたは怒ってないのかよ!? あの鎧は、あんたを3万年も恐怖から守ろうとするほどあんたを思ってるんだろ!? あんたとあいつは、そんな仲なんだろ!?」
「まあね。最後の私の信者だ……ああ、今は君もいるけどね」

 落ち着きなよ、とマコトの叫びを軽く流す自称女神。己を3万年も思い続けてる信者に対して、あまりに軽いその態度にマコトの顔が憎々しげに歪み……しかしその思いは吐き出さない。
 マコトはあの鎧がどんな人物か知らぬのだ。3万年間もたった一人を守り続けようとするのは解った。だがそれだけ。それだけの自分が、なぜ3万年以上の付き合いがある彼女との関係に口を挟めようか。

「君が何に怒ってるのか……ごめんね、わからないや。まあ自己紹介と行こうじゃないか。私はイーナイマーヤ。司る権能は『愛』。愛の女神様だよ、よろしくね」
「…………神田、マコト」
「マコトだね。私の事はイーナでもマーヤでも好きな呼び方をしてくれていいよ」

 ニコニコ笑みを崩さぬイーナイマーヤ。マコトの視線などまるで意に介していない。

「………イーナは、あの鎧の奴を、どうしたいんだ?」
「3万年あの状態だしね。人族の平均寿命からして、だいぶ永い時を過ごした。そろそろ開放してあげた方がいいと思ってね」
「それで、俺を? どうやって………というか、なんで自分で」
「3万年前、彼以外の信徒の殆どが病……というか、魔神の呪いに犯されてね。それを消すためにだいぶ力を消費したの。そのタイミングで、信徒を殺されてね。あの子一人から与えられる信仰エネルギーなんて微々たるものだし、一応何度か小分けして異世界から人を呼んだんだけどうまく行かなくて」
「そもそもなんで異世界から」
「私の声が届かなくされてるからね、この世界。本来の私なら簡単なんだけど、まあたった3万年の軟禁でルール違反違反を犯すわけにも行かないし……」

 ルール違反? 神が力を使うのに、ルールがいるのか? 神なのに?
 などと訝しむマコトの視線に気づかないのか、気づいた上でどうでも良いと割り切っているのかイーナは話を続ける。

「と言う訳で、君にはあの子………ゼレシウガルをどうにかして欲しいんだ」
「………は? ゼレ………俺が、あの鎧を?」
「うん。方法は君に任せるよ」
「……………ふ」
「うん?」
「ふっざけんなあ! 出来る訳ねえだろ、んな事!」

 首を千切り飛ばされた記憶が蘇る。痛みを感じなかったのは、理解出来なかった間だけ。すぐに訪れる地獄のような激痛と、死の感覚。もう一度あれに近づくという事は、もう一度あの感覚を味わうということ。しかも、自分は今不死身らしい。何故ここに連れて来られたはわからないし、ここに、彼の守ろうとしている神の目の前居るのに襲ってこないのか解らない。だけど、だけど……次死んだ時目覚める場所がこことは限らない。彼の目の前かもしれない。そしたら、また殺される。何度も、きっと、何度も死ぬ。
 想像しただけで血の気が引き、すっかり吐き切ったはずの胃の中身がせり上がってくる。
 カチカチ歯を鳴らし震えるマコトにイーナは大丈夫大丈夫、と笑う。

「何も別に、戦って勝つ必要はないよ。彼の未練は、私を守り続ける事だからね。何らかの形で安心させれば、成仏する。それにそんなに怖がらなくても、私を外に出さない限りはおとなしいよ?」
「そんな話、信じられるか! 今すぐ俺を元の世界に返せ!」
「え、無理だけど?」
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