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異界の老騎士
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「…………無理?」
そう言えば、異世界ものって召喚されたら最後、帰れないものが多かったな、と思い出すマコト。いや、でも連れてこられるのに帰れないってどういう理屈だと毎回思っていた。
「私は君を召喚しようとした訳じゃなくて、条件に合う子……この場合『元の世界に未練が無い知性体』を条件に召喚しようとしたんだ。祭りとかで千本釣りってあるじゃん? 目隠ししてあれから一本引いて、それを元あった場所に戻せって言われて、君出来る? 元の場所すら分からないのに」
「んな適当なやり方で、なんで俺が選ばれたんだよ!」
「別に君だけじゃないよ。5人ぐらい召喚した。君はその一人……まあ、君みたいに都合が良い、なんて言う子も居たね。まるで主人公じゃねえか、とか喜ぶ子も。でもね、それは勘違い」
イーナはあいも変わらずニコニコ笑っている。ものを知らぬ幼い子供に何かを教えてやる大人のように。
「主人公だから都合が良いんじゃない。都合良く才能を持ち、神に選ばれ、事件が起き、偉い子を助けたり、周りがその子より劣ってるから、人の目に止まって伝説となり物語の主人公になる。そんな都合の良いこと起こるわけ無い、なんて言うのは君が今までそういった目に合わなかったから感じてるだけだよ。そういう意味じゃ、都合良く神様召喚された君は主人公の資格があるのかもね」
「いらねえよそんな資格!」
「そうなの? でもね、元の世界には今の私じゃ帰せないし、そもそも帰って君はどうするの?」
「それは………」
少なくとも彼女に言われたとおり、自分には元の世界への未練が少ないマコトは言葉に詰まる。だけど、鎧騎士を思い出し首を押さえた。
「だとしても、この世界に住む理由にはならない。こんな、危険な世界に………」
「まあ今回の場合、魔物のいない世界から来たパターンだしね」
つまり魔物がいる世界から来た出頭者もいたのか。
世界は本当に幾つもあるのだろう。だからこそ、元の場所に戻す事は難しいと。
「俺以外の………出頭者はどうなった?」
「出頭者? ああ、そうか。呼ばれた側だもんね、君。最初の子が召喚者って名乗ってたから間違えた」
その最初の子、多分マコトと文化が近い世界の人間なのだろうな。
「4人はなんかゼレシウガルに自信満々に挑んで死んだよ。そこに転がってるのはその子達の武器」
「──!」
見ると剣やら槍やら、オマケに銃のような物まであった。
「一人は君の様に戦えるか、って森の外を目指して、なんか死んだ」
「それって、ゼレ、シウガルに殺されたんじゃ……」
「ゼレシウガルがその頃僕にご飯届けてたから違うと思う。戦闘系の加護じゃなくて、なんか魅了系をくれって言ってたからそっちの加護を上げたんだけど、戦闘能力なさ過ぎて熊や虎に殺されたか竜に食われたかしたんじゃない」
この世界ドラゴンとか居るのか。
「だから私は考えた。死んじゃうなら死なないようにしてあげようってね」
まるで寒がっているから毛布をかけてあげる、とでも言うような気軽さで、与えて良いものじゃないだろう。
価値観がまるで違う。これが神。同じ言葉だ話してるのにまるで違う言語を聞いているかのようだ。
「………ていうか、言葉が通じるのは、人間相手でも、か?」
「え? ああ、私が神様だからだね。言葉は頑張って覚えるのと、脳に直接知識刻み込まれるの、どっちが良い?」
「今すぐ元の世界に帰すのは、無理なんだよな?」
「まあ私にもう少し信仰エネルギーが溜まれば別かもしれないけど………あ」
「ん?」
ふとイーナがマコトの背後に視線を向ける。つられて振り返り、マコトは石化したように固まった。
そこにいたのは錆の浮かぶ全身鎧に身を包んだ……ゼレシウガル。何かを抱えた彼が近付いてくる。
「あ───ひっ!」
恐怖が全身を縛る。次出会ったら逃げようと心に決めていたのに体が少しも動かない。
血の気が引き、目眩がしてくるが腰を抜かす事すら恐ろしく出来ない。
「………………」
「─────ッ!」
心臓が早鐘を打ち、それが聞こえるのではないかと不安になる。だが、ゼレシウガルはガッシャガッシャと鎧を鳴らしながらも、剣を抜くことは無かった。
マコトを一瞥し、イーナの下に抱えていた何かを下ろす。
「…………」
その音を聞きながらも振り向くことすら出来ないマコトの肩を鉄製の篭手に包まれた手がポンと叩く。
「ひあ!?」
ようやく身体が動き、その場から飛び退く。しかし腰が抜け、その場にへたり込むを。
目の焦点が合わず、がたがた震えるマコトを見てゼレシウガルはしばし固まり、マコトのズボンと床を汚す温かい液体を見てマコトに手を伸ばす。
「う、うわ!? は、はな……はなせ!」
3メートルの巨体の男に抱え上げられ暴れるがビクともしない。小指の骨が折れるが、直ぐに治る。殴り続けてもゼレシウガルは気にせず神殿から降りていく。
「ぶわ!?」
そして、唐突に投げられる。ボシャン! と水に落とされた。
「ぷは! げほ、ごほ!」
口の中の水を吐き出し咳き込むマコト。不死身らしいが、どうやら普通に溺れるらしい。文字通り頭が冷え、怯えながらも岸に立つゼレシウガルを見る。
よくよく見れば戦いの跡が文字通り突き刺さっている。槍や剣に貫かれながらも死なない鎧姿の騎士は、何かを投げてくる。
「………布?」
網目の粗い麻布のような布。スッと体を指差す。
「あらえ……」
「っ!」
突如聞こえてきた声は、おそらくゼレシウガルが放った声なのだろう。服を脱ぎ、体を布で擦る。言うことを聞かなければどうなるか分からないからだ。
「……………」
何やら枯れ木を拾い、どうやったのか一瞬で火をつけた。脱いだ服は岸に投げていたが、それを枝同士に結んだ蔓に引っかけていく。
「………なにか、食べるか?」
「………何で、俺に優しく」
「私は神威騎士団団長だ。イーナイマーヤ様を崇める同胞を守り、導くが使命」
そう言えば、彼はあくまでイーナを外の敵から守るために外に出さないだけだった。今のマコトはイーナの加護による不死性を得ている。だから同じ信者と判断したのだろうか?
「粗相をするとは、お前はまだまだ子供のようだ。だが、久方ぶりに会えた気がする。他の者は、元気か?」
「……………ああ」
「そうか………そうかあ」
安堵したような、しゃがれた老人の声。狂わされていても、本来の優しさを残なった訳ではないようだ。
こっちが本来の性格。
(意外と、優しい人なんだな………)
仮にも神の前で粗相をして、その上で暴れるような子供を水浴び場に連れてくるのだから。
(……だけど、うん………無理だ。怖え)
首をふっ飛ばされた感覚が蘇る。首が疼く。
というか、自分がぶっ殺した相手に平気で話すあたり、やっぱり狂っているのだと実感させられる。
「何か、食えぬものはあるか?」
「好き嫌いやアレルギー、特にない」
「そうか……よく育つ、いい子だ」
踵を返し鎧が鳴る音を響かせながら森の奥に消えていくゼレシウガル。鎧の音が小さくなって行き、聞こえなくなった瞬間池から飛び出し水も拭かず、未だ湿った服を着込み走り出すマコト。
「付き合ってられるか!」
イーナの発言的に、おそらくこの世界には複数の神がいる。その中の誰かなら元の世界に帰せるかもしれない。
森の中を走るなんて初めての経験だ。何度も転んで、浅い傷が出来るがすぐ治る。
(………この事には感謝しねえとな。けど、再生に小石巻き込むのは勘弁してほしいぜ)
何度か小石が中に入り込み、ゴロゴロ痛んだ。歯を食いしばり無理やり取り出したが何度足が止まったか。
「ゲホ、あ……はぁ………くそ、不死身なのに、疲れる、のか………」
こういう場合、体が壊れるのも構わず火事場の馬鹿力が出せるものではないのだろうか?
などと漫画の知識を思い出しつつ木に手を付きながらフラフラと歩く。
「うわ!?」
唐突だがイーナの自論を思い出してほしい。
主人公に都合よく何かが起こるのではなく、何かが起こる奴が、その人生を人の感心を引き物語の主人公にされる、と言うものだ。
ならば、マコトもまた、主人公の資格があるのだろう。
「いてて……ん?」
躓いた何か。おおかた石か何かだろうと、気にせず立ち上がろうとして、パキリと言う乾いた音に嫌な予感がした。
「………ひっ!?」
彼は間違いなく、巻き込まれ、その人生を知れば多くの人間が興味を持つ。その証拠に、何方に向かったかなど聞いていないはずのゼレシウガル以外に殺された出頭者の遺体を見つけるのだから。
「は、な……何だ、これ?」
それは歪な死体だった。
首の上、頭蓋骨が砕け飛び出しているのは頭蓋骨。1つや2つではない、複数もの頭蓋骨。なんなら溶け合うようにくっついている頭蓋骨まである。寧ろそれが殆どだ。生前、頭が複数ある人種だったのだろうか? それにしては身体がマコトと対して変わらぬから、貧弱すぎる。
それを、そんな異質な死体を眺めてマコトは木の上からジッと見下ろしている何かに気付いていなかった。
ズジュ
「…………え」
不意に背中が押されたような感覚。ジンワリと熱が走る。振り返り、木の上から何かが伸びていた。それが背中に刺さったのだ。
「っ!?」
慌てて引き抜き距離を取る。ズウン! と地面を揺らしながら木の上にいた何かが落ちてきた。
それはおおよそマコトの記憶には存在しない生き物。肋が浮かぶほど痩せ細った体はネコ科肉食獣を思わせる括れがあるが前足はまるで人の指のように五指が長く、先端には鋭い鉤爪。オマケに爬虫類のような鱗に覆われた尻尾。背中からは4本の触手が生えており、赤黒いそれの先端の皮が向け黄ばんだ棘が見えている。その内一本の先端が赤く汚れている。あれに刺されたのだろう。
何よりも異様なのは、その顔だ。
ダラダラと緑の粘ついた涎を流す耳まで避けた口から除く牙は硬口蓋や舌小帯にまで疎らに生えて、唾液でヌラヌラと光っていた。
いっそ見惚れるほど綺麗な蒼い瞳の瞳孔は3本の線が交差したかのような形。それが右に3つ、左に1つの計4つ。
「くっ!」
化け物から逃げるために走り出しそうとするマコトだったが、突如胸を襲う激痛に膝をつく。
「あ、かぁ………がぁぁ………?」
ブチミチと嫌な音が内側から聞こえ、肺が潰れたのか悲鳴の代わりに血が溢れる。
「か、ぷぅ……ごぽぉ……おぅえ」
肋が軋む。胸の中で何かが膨らんでいる。
それが喉をせり上がり、口から吐き出された。
「………?」
ドクドクと脈打つそれは、心臓だった。そのまま胃の中身を吐き出すように心臓が幾つも出て来る。押し潰れた心臓、まだ喉の奥の何処かに繋がる心臓、複数の心臓が溶け合うようにくっついている心臓。
やがて吐き出す事すら出来なくなり、バチュンと湿った音と共に腹が避け心臓が零れ落ちる。
「ロロロ………」
独特な唸り声を上げながらノシノシ歩く獣はガパリと口を開き触手でまるでフォークで肉を刺すように心臓を貫き口に運んでいく。
「─────!!」
あまりの激痛に叫びそうになるも増えた心臓に肺が潰され、そうでなくても喉に心臓が詰まっているのだから叫ぶ事も出来ない。
クチャクチャと音を立て心臓を咀嚼する獣。これがこの獣の食事方法なのだろう。指した場所を増やす毒で獲物の一部を増やして喰らう。
そんな食事シーンを見ること無く激痛に苦しむマコト。獣はマコトに向かって先端に穴が空いた舌を伸ばす。耳の穴に入れようとした時、獣の首が切り飛ばされる。
「…………?」
何が起きたのか分からない獣。ギョロリと瞳が動き巨大な鎧騎士を睨みつけ、重力や慣性を無視した動きで噛み付こうと迫り、拳で地面に叩きつけられ地面に張り付いた。
そう言えば、異世界ものって召喚されたら最後、帰れないものが多かったな、と思い出すマコト。いや、でも連れてこられるのに帰れないってどういう理屈だと毎回思っていた。
「私は君を召喚しようとした訳じゃなくて、条件に合う子……この場合『元の世界に未練が無い知性体』を条件に召喚しようとしたんだ。祭りとかで千本釣りってあるじゃん? 目隠ししてあれから一本引いて、それを元あった場所に戻せって言われて、君出来る? 元の場所すら分からないのに」
「んな適当なやり方で、なんで俺が選ばれたんだよ!」
「別に君だけじゃないよ。5人ぐらい召喚した。君はその一人……まあ、君みたいに都合が良い、なんて言う子も居たね。まるで主人公じゃねえか、とか喜ぶ子も。でもね、それは勘違い」
イーナはあいも変わらずニコニコ笑っている。ものを知らぬ幼い子供に何かを教えてやる大人のように。
「主人公だから都合が良いんじゃない。都合良く才能を持ち、神に選ばれ、事件が起き、偉い子を助けたり、周りがその子より劣ってるから、人の目に止まって伝説となり物語の主人公になる。そんな都合の良いこと起こるわけ無い、なんて言うのは君が今までそういった目に合わなかったから感じてるだけだよ。そういう意味じゃ、都合良く神様召喚された君は主人公の資格があるのかもね」
「いらねえよそんな資格!」
「そうなの? でもね、元の世界には今の私じゃ帰せないし、そもそも帰って君はどうするの?」
「それは………」
少なくとも彼女に言われたとおり、自分には元の世界への未練が少ないマコトは言葉に詰まる。だけど、鎧騎士を思い出し首を押さえた。
「だとしても、この世界に住む理由にはならない。こんな、危険な世界に………」
「まあ今回の場合、魔物のいない世界から来たパターンだしね」
つまり魔物がいる世界から来た出頭者もいたのか。
世界は本当に幾つもあるのだろう。だからこそ、元の場所に戻す事は難しいと。
「俺以外の………出頭者はどうなった?」
「出頭者? ああ、そうか。呼ばれた側だもんね、君。最初の子が召喚者って名乗ってたから間違えた」
その最初の子、多分マコトと文化が近い世界の人間なのだろうな。
「4人はなんかゼレシウガルに自信満々に挑んで死んだよ。そこに転がってるのはその子達の武器」
「──!」
見ると剣やら槍やら、オマケに銃のような物まであった。
「一人は君の様に戦えるか、って森の外を目指して、なんか死んだ」
「それって、ゼレ、シウガルに殺されたんじゃ……」
「ゼレシウガルがその頃僕にご飯届けてたから違うと思う。戦闘系の加護じゃなくて、なんか魅了系をくれって言ってたからそっちの加護を上げたんだけど、戦闘能力なさ過ぎて熊や虎に殺されたか竜に食われたかしたんじゃない」
この世界ドラゴンとか居るのか。
「だから私は考えた。死んじゃうなら死なないようにしてあげようってね」
まるで寒がっているから毛布をかけてあげる、とでも言うような気軽さで、与えて良いものじゃないだろう。
価値観がまるで違う。これが神。同じ言葉だ話してるのにまるで違う言語を聞いているかのようだ。
「………ていうか、言葉が通じるのは、人間相手でも、か?」
「え? ああ、私が神様だからだね。言葉は頑張って覚えるのと、脳に直接知識刻み込まれるの、どっちが良い?」
「今すぐ元の世界に帰すのは、無理なんだよな?」
「まあ私にもう少し信仰エネルギーが溜まれば別かもしれないけど………あ」
「ん?」
ふとイーナがマコトの背後に視線を向ける。つられて振り返り、マコトは石化したように固まった。
そこにいたのは錆の浮かぶ全身鎧に身を包んだ……ゼレシウガル。何かを抱えた彼が近付いてくる。
「あ───ひっ!」
恐怖が全身を縛る。次出会ったら逃げようと心に決めていたのに体が少しも動かない。
血の気が引き、目眩がしてくるが腰を抜かす事すら恐ろしく出来ない。
「………………」
「─────ッ!」
心臓が早鐘を打ち、それが聞こえるのではないかと不安になる。だが、ゼレシウガルはガッシャガッシャと鎧を鳴らしながらも、剣を抜くことは無かった。
マコトを一瞥し、イーナの下に抱えていた何かを下ろす。
「…………」
その音を聞きながらも振り向くことすら出来ないマコトの肩を鉄製の篭手に包まれた手がポンと叩く。
「ひあ!?」
ようやく身体が動き、その場から飛び退く。しかし腰が抜け、その場にへたり込むを。
目の焦点が合わず、がたがた震えるマコトを見てゼレシウガルはしばし固まり、マコトのズボンと床を汚す温かい液体を見てマコトに手を伸ばす。
「う、うわ!? は、はな……はなせ!」
3メートルの巨体の男に抱え上げられ暴れるがビクともしない。小指の骨が折れるが、直ぐに治る。殴り続けてもゼレシウガルは気にせず神殿から降りていく。
「ぶわ!?」
そして、唐突に投げられる。ボシャン! と水に落とされた。
「ぷは! げほ、ごほ!」
口の中の水を吐き出し咳き込むマコト。不死身らしいが、どうやら普通に溺れるらしい。文字通り頭が冷え、怯えながらも岸に立つゼレシウガルを見る。
よくよく見れば戦いの跡が文字通り突き刺さっている。槍や剣に貫かれながらも死なない鎧姿の騎士は、何かを投げてくる。
「………布?」
網目の粗い麻布のような布。スッと体を指差す。
「あらえ……」
「っ!」
突如聞こえてきた声は、おそらくゼレシウガルが放った声なのだろう。服を脱ぎ、体を布で擦る。言うことを聞かなければどうなるか分からないからだ。
「……………」
何やら枯れ木を拾い、どうやったのか一瞬で火をつけた。脱いだ服は岸に投げていたが、それを枝同士に結んだ蔓に引っかけていく。
「………なにか、食べるか?」
「………何で、俺に優しく」
「私は神威騎士団団長だ。イーナイマーヤ様を崇める同胞を守り、導くが使命」
そう言えば、彼はあくまでイーナを外の敵から守るために外に出さないだけだった。今のマコトはイーナの加護による不死性を得ている。だから同じ信者と判断したのだろうか?
「粗相をするとは、お前はまだまだ子供のようだ。だが、久方ぶりに会えた気がする。他の者は、元気か?」
「……………ああ」
「そうか………そうかあ」
安堵したような、しゃがれた老人の声。狂わされていても、本来の優しさを残なった訳ではないようだ。
こっちが本来の性格。
(意外と、優しい人なんだな………)
仮にも神の前で粗相をして、その上で暴れるような子供を水浴び場に連れてくるのだから。
(……だけど、うん………無理だ。怖え)
首をふっ飛ばされた感覚が蘇る。首が疼く。
というか、自分がぶっ殺した相手に平気で話すあたり、やっぱり狂っているのだと実感させられる。
「何か、食えぬものはあるか?」
「好き嫌いやアレルギー、特にない」
「そうか……よく育つ、いい子だ」
踵を返し鎧が鳴る音を響かせながら森の奥に消えていくゼレシウガル。鎧の音が小さくなって行き、聞こえなくなった瞬間池から飛び出し水も拭かず、未だ湿った服を着込み走り出すマコト。
「付き合ってられるか!」
イーナの発言的に、おそらくこの世界には複数の神がいる。その中の誰かなら元の世界に帰せるかもしれない。
森の中を走るなんて初めての経験だ。何度も転んで、浅い傷が出来るがすぐ治る。
(………この事には感謝しねえとな。けど、再生に小石巻き込むのは勘弁してほしいぜ)
何度か小石が中に入り込み、ゴロゴロ痛んだ。歯を食いしばり無理やり取り出したが何度足が止まったか。
「ゲホ、あ……はぁ………くそ、不死身なのに、疲れる、のか………」
こういう場合、体が壊れるのも構わず火事場の馬鹿力が出せるものではないのだろうか?
などと漫画の知識を思い出しつつ木に手を付きながらフラフラと歩く。
「うわ!?」
唐突だがイーナの自論を思い出してほしい。
主人公に都合よく何かが起こるのではなく、何かが起こる奴が、その人生を人の感心を引き物語の主人公にされる、と言うものだ。
ならば、マコトもまた、主人公の資格があるのだろう。
「いてて……ん?」
躓いた何か。おおかた石か何かだろうと、気にせず立ち上がろうとして、パキリと言う乾いた音に嫌な予感がした。
「………ひっ!?」
彼は間違いなく、巻き込まれ、その人生を知れば多くの人間が興味を持つ。その証拠に、何方に向かったかなど聞いていないはずのゼレシウガル以外に殺された出頭者の遺体を見つけるのだから。
「は、な……何だ、これ?」
それは歪な死体だった。
首の上、頭蓋骨が砕け飛び出しているのは頭蓋骨。1つや2つではない、複数もの頭蓋骨。なんなら溶け合うようにくっついている頭蓋骨まである。寧ろそれが殆どだ。生前、頭が複数ある人種だったのだろうか? それにしては身体がマコトと対して変わらぬから、貧弱すぎる。
それを、そんな異質な死体を眺めてマコトは木の上からジッと見下ろしている何かに気付いていなかった。
ズジュ
「…………え」
不意に背中が押されたような感覚。ジンワリと熱が走る。振り返り、木の上から何かが伸びていた。それが背中に刺さったのだ。
「っ!?」
慌てて引き抜き距離を取る。ズウン! と地面を揺らしながら木の上にいた何かが落ちてきた。
それはおおよそマコトの記憶には存在しない生き物。肋が浮かぶほど痩せ細った体はネコ科肉食獣を思わせる括れがあるが前足はまるで人の指のように五指が長く、先端には鋭い鉤爪。オマケに爬虫類のような鱗に覆われた尻尾。背中からは4本の触手が生えており、赤黒いそれの先端の皮が向け黄ばんだ棘が見えている。その内一本の先端が赤く汚れている。あれに刺されたのだろう。
何よりも異様なのは、その顔だ。
ダラダラと緑の粘ついた涎を流す耳まで避けた口から除く牙は硬口蓋や舌小帯にまで疎らに生えて、唾液でヌラヌラと光っていた。
いっそ見惚れるほど綺麗な蒼い瞳の瞳孔は3本の線が交差したかのような形。それが右に3つ、左に1つの計4つ。
「くっ!」
化け物から逃げるために走り出しそうとするマコトだったが、突如胸を襲う激痛に膝をつく。
「あ、かぁ………がぁぁ………?」
ブチミチと嫌な音が内側から聞こえ、肺が潰れたのか悲鳴の代わりに血が溢れる。
「か、ぷぅ……ごぽぉ……おぅえ」
肋が軋む。胸の中で何かが膨らんでいる。
それが喉をせり上がり、口から吐き出された。
「………?」
ドクドクと脈打つそれは、心臓だった。そのまま胃の中身を吐き出すように心臓が幾つも出て来る。押し潰れた心臓、まだ喉の奥の何処かに繋がる心臓、複数の心臓が溶け合うようにくっついている心臓。
やがて吐き出す事すら出来なくなり、バチュンと湿った音と共に腹が避け心臓が零れ落ちる。
「ロロロ………」
独特な唸り声を上げながらノシノシ歩く獣はガパリと口を開き触手でまるでフォークで肉を刺すように心臓を貫き口に運んでいく。
「─────!!」
あまりの激痛に叫びそうになるも増えた心臓に肺が潰され、そうでなくても喉に心臓が詰まっているのだから叫ぶ事も出来ない。
クチャクチャと音を立て心臓を咀嚼する獣。これがこの獣の食事方法なのだろう。指した場所を増やす毒で獲物の一部を増やして喰らう。
そんな食事シーンを見ること無く激痛に苦しむマコト。獣はマコトに向かって先端に穴が空いた舌を伸ばす。耳の穴に入れようとした時、獣の首が切り飛ばされる。
「…………?」
何が起きたのか分からない獣。ギョロリと瞳が動き巨大な鎧騎士を睨みつけ、重力や慣性を無視した動きで噛み付こうと迫り、拳で地面に叩きつけられ地面に張り付いた。
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