女神様の言うとおり

切望

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異界の老騎士

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「あ、起きた」
「3度目………」

 目を覚ますと覗き込むイーナの笑顔。また膝枕だ。いい加減、なれた。どうやら自分は助かったらしい。
 チラリと腹を見れば服が真っ赤に染まっていた。やはり腹は裂けていたらしい。

「あれは、治ったのか」
「いやあ、まるで烏賊みたいに心臓が増えるなんてね。邪竜にでも襲われた? ついてないね」
「………何笑ってんだよ」

 カラカラと楽しそうに笑う女神に苛立った視線を向けるも、人ならざる女神はん? と首を傾げた。

「ああ、そっか。痛い思いしたことを笑われるのを、人は嫌うね。3万年ぶりで忘れてた」
「神は自分の失敗笑われても何も思わないのか?」
「だって、その気になれば取り返しがつくだろ?」
「………取り返しがつくってんなら、この現状はなんだよ! お前の信者は殺されて、あの鎧野郎だって3万年も恐怖に縛られ………っ!」

 それでも、神にとってはたった3万年だった。人にとっては長い事を知ってはいても、きっと理解はしていない。

「不思議だね。君、自分の事よりゼレシウガルの事の方が、ずっと怒ってる。いや、別にそういう人間は少なくないよ? でも、君と彼はあったばかりでしかも殺し殺された仲じゃないか。ああ、ゼレシウガルが君を運んで来てくれた時、起きてた?」
「あの鎧野郎が俺を運んだのか……」
「あれ……?」
「確かに俺には関係ない。向こうも納得してんなら口だって挟まないよう我慢するさ。けど、面白くないし、我慢にだって限度はあるんだよ」
「優しいんだね、君は。ありがとう、彼の為に怒るっていうのは、彼の為と解ってても私には出来ないことだからね」

 よしよし、と頭を撫でてくるイーナ。彼女にとって、ゼレシウガルの今の状況は心を揺さぶる理由になれないのだろう。

「人間に怒られるなんて貴重な経験だね。神だもん、私。でもそっか……じゃあやっぱり、開放してあげるべきって思ったのは、間違いじゃないんだ。じゃ、ゼレシウガルなんとかしてよ」
「出来るか!」

 なんとかする前にぶっ殺されて終わりだ。いや、死なないけど。むしろ、だからこそ冗談じゃない。
 哀れだとは思う。救われて欲しいと思う。だけど、救ってやろうとは思えない。自分にそんな力などないのだから。

「いっそ馬鹿火力の攻撃魔法使える能力とか貰えてれば、森から脱出して外の連中に神が囚われてるって助けを呼んでみても良かったかもな。まあ、あんな化け物に襲われた後じゃそんな力貰っても森に入りたくないが」
「それは……力を寄越せってフリ?」
「んな訳あるか!」

 というか、そういうやり取りの知識があるのか。これも自分の記憶を見られたからか、と頭を押さえるマコトを見ながら、イーナはケラケラと笑う。

「あはは。冗談だよ。それにしても、ひっどいやられ方だったよね。邪竜か……あるいは悪戯好きの妖精にでもやられた? 妖精だったらきれいなどんぐりでも持ってけば通してくれる可能性が上がるね。邪竜だったら、うん……諦めて倒そっか」
「? なんでその二択なんだ? あれは、妖精にもドラゴンにも見えなかったぞ。いや、こっちの世界の妖精とかドラゴンが俺の知るやつと同じとは限らないけどさ」
「ああ、言葉は基本的に君の記憶と私の記憶の一致する単語に揃うようにしてるから、ドラゴンって言えば蝙蝠の羽に鰐の口、トカゲのような体に角の生えた生き物が主だよ。妖精は正直種類が多いけどまあ超常現象を起こせる美醜様々な半霊体かな」

 なるほど一致する。まあ半霊体と言うのはわからないが単語から大体想像できる。

「なら、妖精かもな。つっても、言葉なんてまるで通じなさそうだったけど」
「じゃあ妖精じゃないね。人間並みの知能あるはずだから」
「ドラゴンには見えなかったぞ?」
「基本的な形があるだけで、ドラゴン自体も多種多様だからね。あ、でも君についた返り血には竜の気配ないや………ん?」

 真っ赤に染まった服を見なが「あれれ?」と首を傾げるイーナ。

「妖精の気配もない………なにこれ?」
「別に超常的な力使うの妖精やドラゴンだけじゃないだろ? それこそ、モンスターとか」
「居ないよ」
「ん?」
「私が知る限り、君の世界で超常現象と呼ばれる事が出来るのは人間か妖精、ドラゴンと神の4種だけ。モンスターなんて、ちょっと進化の形が違った生き物がそう見えるってだけならともかく、心臓を増やして内側から破裂させるなんて毒を持つ動物なんていない」
「………3万年前の話だろ?」

 3万年もあれば、種の全滅や新種の誕生ぐらい何度も起きるだろう。イーナも「それはそうなんだけどな~」と何処か釈然としないながらもそれ以上は言わない。と、その時ガシャガシャと鎧の音が聞こえてきた。

「───!」

 途端にビシリと固まるケンヤ。先程は気づけなかったが今度は気づいた。

「ゼレシウガルったら脅かしてしまって申し訳ないと思ってるのか、君がいると音を出すようになったみたい」
「そ、そんな正常な判断が出来るのか?」

 しかし思い出せば粗相をしたマコトを池まで連れて行ったり、普通に喋ったりしてた。残念ながら恐怖で混乱するマコトはその考えに至らないようだが。

「まあまあ、君を助けてきたのはゼレシウガルだよ? いい加減、怖がるのやめてあげなよ」
「こっちは首ふっ飛ばされてんだぞ!?」

 死んでないが、死んでないから良いとは言えない。悪人ではない、むしろ優しい部類だと分かるがそれだけを理由に首をふっ飛ばした相手と直ぐに平気で話せるような奴はまず脳を疑う。

「………む」
「ひぅ……」

 喉から情けない声を出し、震える事すら出来ずに固まるマコト。ゼレシウガルはマコトを見て大股で近付いてくる。

「何故、森に入った!」
「っ!? え、あ……も、森?」
「外は、危険なんだ! 皆、死ぬ。死んだ……私一人、誰も守れず……だから、だから外に出てはならぬ。森の入ってはならぬ。イーナイマーヤ様を害さんと御身を狙う不届きな神とその眷属が、心さえ害さんと信者を狙う! 守れなかった、私は守れなかったのだ! だから、お前は、最後の二人目になったお前はここでイーナイマーヤ様の面倒を見るのだ! 危険な外に向かうなど、してはならぬ! 次は大怪我ではすまぬかもしれん!」
「………………」
「あ、これ聞こえてないな」

 肩を掴み叫ぶ、自身の首をふっ飛ばした巨漢の老人に怯え立ったまま気絶したマコトを見てイーナは肩をすくめる。

「その辺にして、ゼレシウガル」
「は、しかし……イーナイマーヤ様」

 まだ言ってやらねば、と言いたげなゼレシウガルだったが、主神の言葉に素直に従う。危険な外に出たい、以外なら何でも聞くのだこの男は。

「仕方ないよ、この子は来たばかり。周りがどんな場所化も知らないんだ。私も、君がなんにも話してくれないせいでどんな風に危険か知らなかったしね」
「それは……申し訳ありません」
「いいよ、別に。この子には私から言っておくから……あ、そうだ。この子襲ってた奴の死体、ちょっと持ってきてくれる?」
「はい……」

 ゼレシウガルは一礼すると神殿の外に出て行く。

「ほらほら、もうゼレシウガルは居ないよ」
「……………」
「……………」
「いって!?」

 肩を揺すっても起きなかったので、無言で平手打ちした。パアンと言う音がよく響きマコトは正気を取り戻す。

「………? 頬が痛い?」
「何処かにぶつけた? それよりほら、ゼレシウガルはもう居ないよ」
「そう、か………」
「君のこと、叱ってたよ。危険なところには行くなって」
「一度ぶっ殺した相手によく言えるよな、そんな台詞」
「んー。一応呪いで狂ってるからねえ。話は通じるけど、道理は通じないのかも。というか君、気配は私の信者の気配だし、ゼレシウガルは信者を殺したとか死んだとか認識できないのかも。お腹に穴開いてた君を怪我してた、ぐらいの認識だし」

 信者もまた守りたい存在なのだろう。そのくせ、イーナを外に連れ出そうとすれば殺しかかるが。

「っ!」

 そして、再び聞こえる鎧の音。マコトは祭壇の裏に隠れた。
 入ってきたゼレシウガルは何かを持っていた。少しだけ顔を出しチラリと見る。

「さ、さっきの……?」
「ああ、お主に怪我を負わせた獣だ」

 頭部がなくなっているが、先程自分を失った背に4本の触手を持った化け物だ。

「……………あー、なるほどなるほど。これは妖精やドラゴンでもないね。わかってたけど精霊でもない」
「せ、精霊?」
「さっきいい忘れてた超常現象を操る存在。というか、超常現象そのものだから種族っていい方もあれだけどね。それに、精霊は生き物の部位を増やすとかは出来ないし」
「じゃ、じゃあそれは……やっぱり、3万年の間に生まれた新種か?」
「まあそうだね。素になった生き物は人間だから、魔法じみた事が出来るんでしょ……」
「………………は?」

 今、聞き逃がせない言葉が聞こえた気がする。目を見開き固まるマコトに、イーナは無情な現実を叩きつけた。

「これの祖先、ちょっと前は人の形をしてたね」
「え? は? ま、まて。じゃあ、それ……人間の進化のはて?」
「かもね。まさか3万年でこんな進化するなんて生命ってふっしぎ~♪ まあ誰かしらまた自分達の姿に似せて新しいの作ってるでしょ。そうでなくても、形が変わらない様に調整してる分もあるだろうし」

 神は人間の管理者をしているという事なのだろう。だがこうして化け物のような見た目に、明らかに『目』『科』『属』がまるで異なる進化など自然に起きるのだろうか? それこそ神が関わっているのかも。
 いや、生物進化に対して詳しいわけではない。クジラの祖先をテレビで見たがとてもクジラよりイタチに見えたし……。

「では、私はこれを調理してきます」
「え、食うの。それ……」
「好き嫌いは良くない」
「ひっ! す、すいません……」
「……………」

 見た目グロテスクだった化け物。しかも祖孫は人と聞き食べるという行為に忌避感を覚えるもゼレシウガルに怯えきったマコトは逆らえず謝罪する。
 怯えたその反応に何を思ったのか、ゼレシウガルは無言で振り返り、祭壇の間から出て行った。
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