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異界の老騎士
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勉強にしろ、運動にしろ、何かに没頭するのは良い。
余計な事を考えずに済むからだ。
マコトとてこの半年で口にしてないだけで何度帰りたいと思った事か。家族を失い、寄り添おうとした友を拒絶した身とは言え、そこは故郷なのだ。
ただ、それが薄いのは自覚してる。望郷に浸ることはあれど、何が何でも帰りたいた思ったことはない。それはイーナイマーヤと言う女神の術の腕が、彼女の言うとおり高かったからだろう。
だけど時折思い出す故郷。それを忘れる様に、運動もするようになった。疲れた脳は過去を考える余地などないから。
「はぁ………はぁ………ふぅ!」
先輩転移者の遺品らしい剣を、布で巻いて切れ味を消した状態で振る。最初は持ち上げるのがやっとで、3回振っただけで腕が上がらなくなったが今では100回、なんとか振り終えれるようになった。その後は神殿の周りを走る。
余力を残して走ったり、全力で走ったり。
腹筋やスクワット、脇腹、背筋も忘れず。
全て終わったら静的ストレッチをして、少し休憩を挟んでから池で涼みながら泳ぐ。
「あ~……気持ちいい」
しかし、この世界も四季があるのらしいのだが、冬はどうするか。
半年、春から夏、秋も近づいて来た。
服は神殿内に残っていた物を使っている。こちらも本同様に風化せず残っていた。
「冬は鎧着て走ってみるか?」
「それは、いい鍛錬になる」
「っ!? ゼレシウガルのおっさんか……音もなく、近づくなよ」
慣れてきて入るが、感覚的には大人しい熊、のようなものだ。突然来られたら、めっちゃ怖い。襲ってこないと解ってても、普通に怖い。
「………ならばもっと肉を食え」
「筋肉つけろってか? でも、イーナ……イマーヤ様はあんま意味ない、的な事言ってたけど」
「それはお前が、身体術を使わぬからだ」
「………しんたいじゅつ?」
体術、とは違うのだろう。それに相当する言葉には聞こえなかった。自動翻訳でも、体術と訳されない。
「魔法が法則を歪め、己の願望を現世に体現する術なら、身体術は己の肉体を昇華させる術。皮膚を鋼も通さぬ鎧に変え、毒に強い肉体を得て、一足で千里をかける疾さを得る」
「なら、何で鎧なんて着てるんだよ」
「身体術は己の周囲にも影響を及ぼす。武具を纏えばただの鈍らが岩をも切り裂く名剣と化し、鎧は竜の炎でも溶けぬ護符となる。風を味方につければ、風に邪魔されることなく風より疾く大地をかけ、宙を足場に跳ぶ事すらかなおうぞ」
「……………な、なるほど………?」
つまり身体術を扱えるからこそ300キロを一瞬で移動できるのだろう。そして同時に、身体術を扱うエネルギーが死してなお動く肉体を存在させている。
「ところで、昇華って事は一度強くなったら弱くはならないってことか?」
「鍛錬をサボらなければな」
「………それが使えれば、俺はあの獣に勝てるか?」
「お前に怪我を追わせたあの獣か? ああ、お前が己を信じ、鍛え続ければ……お前は竜さえ下せる戦士となろう」
「いや、別に竜から逃げ切れる戦士で良いんだけど」
「喝!」
「──っ!」
自動翻訳が発動した。恐らく喝を入れる為の言葉。こっちの世界にもあったらしい。
「み、耳が……耳がキーンって!」
「そのような軟弱な思考でなんとする!?」
「え、なに? そんな弱さ、大きな小人?」
なまじ此方の言葉を学んだせいで、よく聞こえぬ状態では似た単語と聞き間違えて訳の分からぬ文になったマコト。だがゼレシウガルは気付かず叫ぶ。
「そのような気概で、あの方が護れるものか! あの方を護らねばならぬ! 護らねば、そうでなければ、我等は! 奴等は、何の為に死んだ! 何の為を、私は生き残った!? 何の為に、私は……!」
「……………」
不死身だと耳の治りも早いのか、後半だけ聞こえた。
ゼレシウガルは、イーナイマーヤと言う女神を護りたいのだろう。それは間違いなく本心だ。彼の呪いは外界に対する恐怖でしかないのだから。
(まあだからといって、じゃあ俺が強くなって安心させてやろう、なんて思える程善人でも…………)
本音を言えば思ってる。だけど、無理だと思ってる。出来る筈が無いと諦めている。
だからマコトは己のうちに湧いたその気持ちに蓋をする。
「もう、残ったのは私達だけだ………私達だけなんだ。だから、強くならねばならぬ。何時襲ってくるかも分からぬ外の輩共に負けぬために。敗北し、あの方を護る事叶わなければ、私は妻と娘に叱られてしまう」
「……おっさん」
誇り高い騎士なのだろう。イーナ曰く才能はあったが最初から強かった訳ではないらしい。それなのに世界で初めて竜を殺す程の強さを得るのに、どれだけの鍛錬を費やしたのか。
「まあ、強くなりたいのは確かだ。あんたほどの相手に鍛えてもらえるなら、それに越した事はない。だから、よろしくおねがいします師匠」
「うむ……」
今でこそここに留まっているが、それでも何時か外に出る時が来るかもしれない。それに、神にとって3万は短くともゼレシウガルを呪った神も何時までも待っているとは限らない。信者が増えたのを感じ取り、何らかの動きをするかもしれないし。
「それで、身体術はどうやって使えば良い……んですか?」
「臍の奥をぐっとやって、ぐわわと来たらドン!」
「???」
「………む?」
「君は走り方を誰かに聞くの? この世界の人間にとって、身体術は走り方と一緒。普通とちょっと違う体の動かし方なんだよ。もちろん普通に生きてて、大して使わなければただ一時の身体能力強化にしかならずに肉体の昇華はしないけどね。逆に言えば誰でも身体能力強化は出来る。言ったじゃん、君は少し鍛えた子供より弱いって」
その日の夜、事情を話したらイーナはケラケラ笑いながらそう応えた。強くなる道は、前途多難だ。
余計な事を考えずに済むからだ。
マコトとてこの半年で口にしてないだけで何度帰りたいと思った事か。家族を失い、寄り添おうとした友を拒絶した身とは言え、そこは故郷なのだ。
ただ、それが薄いのは自覚してる。望郷に浸ることはあれど、何が何でも帰りたいた思ったことはない。それはイーナイマーヤと言う女神の術の腕が、彼女の言うとおり高かったからだろう。
だけど時折思い出す故郷。それを忘れる様に、運動もするようになった。疲れた脳は過去を考える余地などないから。
「はぁ………はぁ………ふぅ!」
先輩転移者の遺品らしい剣を、布で巻いて切れ味を消した状態で振る。最初は持ち上げるのがやっとで、3回振っただけで腕が上がらなくなったが今では100回、なんとか振り終えれるようになった。その後は神殿の周りを走る。
余力を残して走ったり、全力で走ったり。
腹筋やスクワット、脇腹、背筋も忘れず。
全て終わったら静的ストレッチをして、少し休憩を挟んでから池で涼みながら泳ぐ。
「あ~……気持ちいい」
しかし、この世界も四季があるのらしいのだが、冬はどうするか。
半年、春から夏、秋も近づいて来た。
服は神殿内に残っていた物を使っている。こちらも本同様に風化せず残っていた。
「冬は鎧着て走ってみるか?」
「それは、いい鍛錬になる」
「っ!? ゼレシウガルのおっさんか……音もなく、近づくなよ」
慣れてきて入るが、感覚的には大人しい熊、のようなものだ。突然来られたら、めっちゃ怖い。襲ってこないと解ってても、普通に怖い。
「………ならばもっと肉を食え」
「筋肉つけろってか? でも、イーナ……イマーヤ様はあんま意味ない、的な事言ってたけど」
「それはお前が、身体術を使わぬからだ」
「………しんたいじゅつ?」
体術、とは違うのだろう。それに相当する言葉には聞こえなかった。自動翻訳でも、体術と訳されない。
「魔法が法則を歪め、己の願望を現世に体現する術なら、身体術は己の肉体を昇華させる術。皮膚を鋼も通さぬ鎧に変え、毒に強い肉体を得て、一足で千里をかける疾さを得る」
「なら、何で鎧なんて着てるんだよ」
「身体術は己の周囲にも影響を及ぼす。武具を纏えばただの鈍らが岩をも切り裂く名剣と化し、鎧は竜の炎でも溶けぬ護符となる。風を味方につければ、風に邪魔されることなく風より疾く大地をかけ、宙を足場に跳ぶ事すらかなおうぞ」
「……………な、なるほど………?」
つまり身体術を扱えるからこそ300キロを一瞬で移動できるのだろう。そして同時に、身体術を扱うエネルギーが死してなお動く肉体を存在させている。
「ところで、昇華って事は一度強くなったら弱くはならないってことか?」
「鍛錬をサボらなければな」
「………それが使えれば、俺はあの獣に勝てるか?」
「お前に怪我を追わせたあの獣か? ああ、お前が己を信じ、鍛え続ければ……お前は竜さえ下せる戦士となろう」
「いや、別に竜から逃げ切れる戦士で良いんだけど」
「喝!」
「──っ!」
自動翻訳が発動した。恐らく喝を入れる為の言葉。こっちの世界にもあったらしい。
「み、耳が……耳がキーンって!」
「そのような軟弱な思考でなんとする!?」
「え、なに? そんな弱さ、大きな小人?」
なまじ此方の言葉を学んだせいで、よく聞こえぬ状態では似た単語と聞き間違えて訳の分からぬ文になったマコト。だがゼレシウガルは気付かず叫ぶ。
「そのような気概で、あの方が護れるものか! あの方を護らねばならぬ! 護らねば、そうでなければ、我等は! 奴等は、何の為に死んだ! 何の為を、私は生き残った!? 何の為に、私は……!」
「……………」
不死身だと耳の治りも早いのか、後半だけ聞こえた。
ゼレシウガルは、イーナイマーヤと言う女神を護りたいのだろう。それは間違いなく本心だ。彼の呪いは外界に対する恐怖でしかないのだから。
(まあだからといって、じゃあ俺が強くなって安心させてやろう、なんて思える程善人でも…………)
本音を言えば思ってる。だけど、無理だと思ってる。出来る筈が無いと諦めている。
だからマコトは己のうちに湧いたその気持ちに蓋をする。
「もう、残ったのは私達だけだ………私達だけなんだ。だから、強くならねばならぬ。何時襲ってくるかも分からぬ外の輩共に負けぬために。敗北し、あの方を護る事叶わなければ、私は妻と娘に叱られてしまう」
「……おっさん」
誇り高い騎士なのだろう。イーナ曰く才能はあったが最初から強かった訳ではないらしい。それなのに世界で初めて竜を殺す程の強さを得るのに、どれだけの鍛錬を費やしたのか。
「まあ、強くなりたいのは確かだ。あんたほどの相手に鍛えてもらえるなら、それに越した事はない。だから、よろしくおねがいします師匠」
「うむ……」
今でこそここに留まっているが、それでも何時か外に出る時が来るかもしれない。それに、神にとって3万は短くともゼレシウガルを呪った神も何時までも待っているとは限らない。信者が増えたのを感じ取り、何らかの動きをするかもしれないし。
「それで、身体術はどうやって使えば良い……んですか?」
「臍の奥をぐっとやって、ぐわわと来たらドン!」
「???」
「………む?」
「君は走り方を誰かに聞くの? この世界の人間にとって、身体術は走り方と一緒。普通とちょっと違う体の動かし方なんだよ。もちろん普通に生きてて、大して使わなければただ一時の身体能力強化にしかならずに肉体の昇華はしないけどね。逆に言えば誰でも身体能力強化は出来る。言ったじゃん、君は少し鍛えた子供より弱いって」
その日の夜、事情を話したらイーナはケラケラ笑いながらそう応えた。強くなる道は、前途多難だ。
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