女神様の言うとおり

切望

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異界の老騎士

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「………ん、朝か」

 神殿の外から響く爆音に目を覚ますイーナ。
 窓の外から外を眺めると、今日も地形が変わっていた。
 音が止むと欠伸をしながら廊下を歩き祭壇に向かうとゼレシウガルの料理が用意されており、マッパのマコトが飯をかきこみ直ぐに外に飛び出していった。また轟音が響く。




「ぐが、ああ…………!!」

 身体術のこもった武器は相手の治癒を阻害する事もある。ゼレシウガルクラスとなれば尚更。
 中々回復しない傷に呻くほぼ肉塊のマコト。その横で食事を取るイーナ。

「身体術を覚えて一年。未だ心力の差関係なく一太刀も浴びせてないけど、まだ続けるの?」
「あたり、まえだ! 今日は、最初の一撃に反応出来た………っ、ぐぅ」

 自己治癒もだいぶ上手くなってきた。
 漸く全ての傷を癒やしたマコトは服を着替え食事を始める。
 ルールだ。日の入りから日の出までと食事時は挑まない。本当なら32時間(この世界の丸一日)挑み続けたいのだろうが、ゼレシウガルはイーナ達の食事を用意し夜はイーナが寝てる。
 だからイーナが無理矢理ルールを作った。最初は反発してたマコトもゼレシウガルがイーナイマーヤと言う女神の為にしていたと考えると、彼女の食事と睡眠は守るべきなのでは、と大人しく従った。

「痛くないの?」
「痛いし苦しいしやめてぇよ。でも、まだ一年だ。師匠せんせいの半分もやっちゃいない」
「ゼレシウガルがやったって……」
「俺がやらなきゃいけない訳じゃねえ。それは、解るよ。解ってる……だからこれは、俺の身勝手だ」
「そ……自覚してるなら良いけどね」

 自覚なんてとっくにしてる。例え自分が3万年の苦行を行おうと、その苦しみは自分のもので誰かのものにはならない。逆にゼレシウガルの苦しみだって、誰かのものにはならない。解ってる。解っているんだ。

「だけど、目の前で苦しんでる奴が居て、どうにか出来るかもしれないのに、折れそうになる弱い自分を無理に立たせるには、人と比べるしかねえんだよ」
「弱い人間はあれだけ死んだらとっくに心折れてるから、君と一緒にしない。比べるだけでも普通の人達がかわいそうなんだから」
「いや、まあ…………確かに俺の制震構造は普通じゃないだろうけど……そんなに?」

 言われるまでもなく、自分が異常なのは理解している。しているが、いざ一般人に比べることすら烏滸がましいと言われればなんとなく、こう………モヤッとする。

「でも一撃目を避けるか。成長著しいね………」
「………そうでもねえよ」

 と、マコトは忌まわしそうに眉根を寄せる。イーナとてたかだか一年と少しで一撃目を防げるようになるほど、ゼレシウガルは弱くない。マコト才能があったとしても、だ。

「確かに強くなってるだろうよ。一日何度も、この一年で何千何万と見てきた動きだ。先が見えるようになって、漸く体も追いつけただけ。だけど……師匠せんせい
「君が強くなってるじゃなくて?」
「最初はそう自惚れてたけど、違う。一年も経てば解ることがある。俺にそこまでの才能はない」

 不死身という特性を利用し無理矢理限界を越えようとしても、出来たのは最初だけ。身体術を覚えるまでだ。

「後は少しずつ強くなってるだけ。昨日の俺より強くはなってるだろうよ。だけど、最初の頃の師匠せんせいの攻撃なら、一撃だって避けれるはずがない」
「ああ、なるほどね………それは多分、君が強くなってるからだね」
「いや、だからぁ……」
「だから、ゼレシウガルが弱くなる」
「……………は?」
「君の狙いどうり、私を外に出しても守れる存在は、あの子の未練を薄れさせる。君が成長すればするほど、あの子は安心してくってことだね」

 つまり、一度完全に殺すレベルで攻撃した時点でゼレシウガルはマコトの認識がリセットされていると思っていたが、無意識に同一存在だと認識していたということだろうか?
 その目的がイーナイマーヤと言う自身が崇める女神であると知り、なんの力もないマコトは認めなかったが強くなっていくのを文字通り体験し認め始めた。

「ふっざけんな! 何だそれ!? 俺は、全然弱い! 弱いんだぞ!? なのに、安心だと!? 未練が減って、弱くなってく!? なめてんのかよ俺を!!」
「誇りと実力が伴わないなら、それはただの傲慢だよ。良いじゃん別に、君の目的はゼレシウガルの成仏でしょ?」
「でも、それじゃあ勝てたその時、俺は外の世界でお前を守れるか解らない!!」
「………………守る? 君が、私を?」

 キョトンとした顔で首を傾げるイーナ。
 それはゼレシウガルを安心させるための方便でしかない筈なのに、何故気にするのか解らない。

「あの人を安心させといて、言葉だけですなんて不誠実な事するかよ。お前は俺が必ず守る」
「元の世界には帰らなくていいの?」
「良いよ、もう。この2年近くお前といて、最初の苦手意識は消えた」
「ふふ、はは。そうかい……そうか。でも、やっぱり君頭おかしいよ」
「自覚はしてる。直す気はない………つか、どうするか。強くなってから戻ってくるとか?」
「それは、どうだろう。たぶんだけど、
「…………なんだと?」

 この頭のおかしい彼が、子供みたいに驚く顔をするのは何度目だろう。もう少し見ていたい気もするが、ゼレシウガルに関してふざけると怒るだろうし、素直に話す。

「むしろ何時その時が来てもおかしくない。私を閉じ込めようとしてる何者か……ゼレシウガルを呪えるぐらいだから神だろうけど、そいつがこの騒ぎに気づかないと思う? どれだけ地形が変わった? 何度上空の雲が消し飛んだ? 異常はある。なら気付くでしょ、私を出したくないんだから。そして、一番最初に干渉するのはゼレシウガルだ。呪いが続いてるからね」

 もちろん術者が死しても続く呪いもあるが、あれはその手の気配はしない。生きてる何者かがかけ続けてる呪いだ。

「呪いを変質させるのか、それ以外かは解らないけどね」
「……………約束を一つ破っていいか」
「どんな?」
「食事も、睡眠も、悪いが我慢してくれ。これから485日32時間休みなく挑み続ける権利をくれ」
「ゼレシウガルは弱くなってくかもよ?」
「だとしても………だとしても! あの呪いが、唯一の言い訳が消えるなんて! あの人の3万年の苦しみが無意味になるのは!」
「それが君なりの敬愛なら、愛の神たる私は止めないよ。でも、今日は休もう。ゼレシウガルの昔話でもしてあげるから」
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