女神様の言うとおり

切望

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異界の老騎士

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 最初の印象は、恐ろしいだった。
 何せ首ふっ飛ばされたあと、多分だが頭潰されてるし。
 でも、それほど恐ろしくないのだろうと知った。
 3万年もの年月、己を責め続け、無意味な罪滅ぼしをさせられてると知った。そして昨日、彼がどんな人生を歩んできたか知った。

『あの子はね、いじめられっ子だったんだ。『弱虫ゼレ。泣き虫ゼレ』そんな風に同世代にからかわれててね。でも、ある女の子だけが守ってくれてた』

 それがゼレシウガルの初恋。守られるだけの自分が嫌で、強くなろうと決めたきっかけ。
 彼女を守りたくて、彼女に誇れる自分になりたくて、鍛えて鍛えて強くなった男の始まりらしい。

「よう……」

 声に反応し振り返るゼレシウガル。マコトはそんな彼をまっすぐ見つめる。

「何か、ようか? 後にしなさい。ココ最近、敵が多い。向こうも本腰を上げてきた。大丈夫だ……イーナイマーヤ様も、お前も、私が」
「その敵は俺だよ」
「………?」
「気づかないふりはやめろ。ちゃんと俺を見ろ……俺が、イーナを……イーナイマーヤを外に連れて行く」
「………!」

 ズン、と空気が重くなる。
 今すぐにでも逃げ出したい。撤回したい。だけど、しない。

『あの子は強くなってね。見事意中の相手と結ばれた。その頃には皆で祝福したものさ』

 神の名の下に永遠の愛を誓い、夫婦となったゼレシウガルとその妻。
 子を授かり、共に育て、しかし死んだ。当時広大だったイーナの領域を視察中、戦士としてイーナに同行したゼレシウガルが戻って来た時見たものはドラゴンにより深い深い底の見えぬ大穴が開けられた故郷。
 生き残ったのは妻を含めて数人。戦士である父に憧れて都市を守るために残った息子を含めた戦士達は皆死んだ。

「………それは、駄目だ! 駄目だ駄目だ駄目だダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!! 外は、外には! 絶対に行かせない! この地で、私が守り続けるのだ!」
「あんたが心の底から守りたかった奴等はもういねぇだろうが!!」

 残酷な言葉だと思う。それでも、言わなくてはならない言葉だと思ってる。一番大切な真実は隠そうとしてるのに、我ながら大した偽善だ。

「イーナイマーヤを守る為に、お前が殺した! 殺したんだ! そして俺が来た。お前の代わりにイーナイマーヤを守る為に!」
「………守、る? 守るだと? 私の代わりに? ふざけるな………ふざけるなああああ! もう、あの方だけだ! あの方だけが、私に残された唯一の! あの方の為に私は殺してきた! 皆、皆を! なのに、わざわざ危険な外に連れ出すだと!? そこで、あの方を死なせるつもりかあああ!?」
「死なせない! あんたが守りたかったつーなら! 守り続けることがあんたのしたかった事なら! 俺はその代わりをする、俺が何千年でも、何万年でも守り続けてやる! だから───!!」

 拳が振るわれる。反応できたのは、経験。一年以上もの時を一方的なれど戦い続けた結果。動きが読める。今までは反応できなかった。今回は、出来た。
 咄嗟に剣で防ぎ、しかし吹き飛ばされた。

『君、ゼレシウガルをなめてるだろ』

 昨夜、イーナはそう切り出してきた。なめてるとはどういうことか。彼の実力は嫌と言うほど知ってる。

『そうだね。だけど、少しずつ強くなれてくもんだから何時かは勝てるって思ってるでしょ? だから、次。次がある、そう思ってる』

 そんな事はない、とは言えなかった。自覚はなかったが、心当たりはあるからだ。

『そんな心持ちで勝てるほどゼレシウガルは弱くない。たとえ全盛期に遠く及ばないとしても、あの子は邪竜を狩った凄い子だ』

 邪竜……というか竜がどれだけ凄いのか、未だ本の知識だけでは実感がわかない。それでも、ドラゴンスレイヤーなんてのは、そうとう強い人間にしか出来ないだろう。事実強い。だから、心の何処かで勝てる訳がないと諦めていたのかもしれない。

『良いかマコト。折れそうになる時も、挫けそうになる時も、泣く時だって何時かある。だけど、絶対にしちゃいけない事がある。お前は男だから、これだけはってことが』

 ふと、父の言葉を思い出す。

『自分でない誰かの為に行動すると決めたなら、諦めるな。逃げるな。最後の最後、もうどうしようもなくなるまで足掻け』

 振り下ろされる大剣が見えた。速度が乗り切る前に、体を回転させ剣の腹を斬りつけそらそうとするが、剣が触れ合った瞬間押し込められ地面に向かって叩きつけられそうになり直ぐに逆回転。その威力を利用して蹴りを放つ。

「ぎっ!?」

 足が折れた。粉々に砕けた骨が内部で肉を貫き一部が飛び出る。

「おお!」
「ご!?」

 腹にゼレシウガルの拳が当たる。不安定な体勢で、空中故に力が乗り切らずそれでも内臓が全部潰され地面に激突し木々や岩を砕きながら何度も跳ねる。

「っ──ぎ、あ………がぁ!」

 文字通り死ぬ程痛く、しかし死ねないので傷が癒えていく。立ち上がり、殺したと思ったのか背を向けるゼレシウガルに斬りかかる。

「!!」
「わか、ってんだろ? いい、加減受け入れろ。お前が毎日毎日殺してたのは、イーナイマーヤの信者の気配を持った俺だ!」
「っ!」
「今度は、勝つぞ。絶対に……次なんてないかもしれない。何時でも終わるかもしれない。だから………次は、いらない!」

 何度でもやり直せる。そうだろうとも。だがそれはゼレシウガルが存在し続けていたらの話だ。指摘されるまで考えなかった。考えようとしなかった……呪いが解かれる、変質させられる可能性。
 少しでも早く、ではない。何年かかってもでも、もちろん無い。今勝つのだ。そのつもりで、本気で、挑め!
 身体術は己の身体能力を向上させ、肉体を昇華させる技術。そして必要なのは、強くなると言う意思。この世界に来て、マコトのその意思の強さは最高潮に達した。




 この世にありながらこの世から独立した神域、神殿。すぐ近くで地形を変える怪物が暴れまわっているのに小動もしない。次元の壁を超える力は持ってるだろうが、直接向けられない今は問題ないのだ。

「まあ、気合で勝てるほどゼレシウガルは弱くないけど」

 響き渡る爆音を聞きながらイーナイマーヤは肩を竦める。
 やる気は大事だ。意志を肉体に反映させる身体術も、意志で世界を歪める魔法も、意志で法則を味方につける聖術も、人が何かをなすには強い意志がいる。
 だが人一人の意志だけで世界は簡単に歪まない。どんなに才能があると、強い意志があろうと、完全に発揮するには修練が必要だ。たまに突然変異は生まれるがマコトはイーナイマーヤと言う女神に不死を与えられただけの凡夫。今すぐにでも倒したいのだろうが、無理だろう。
 呪いが続くのなら何年、何十年かかるか。その間に呪いが解かれない保証もない。

「………あの子、ゼレシウガルを随分尊敬してるみたいだったなあ」

 でも、いずれ来るのは別れ。
 かわいそう、と思う所なのだろう。敬愛するしと死に別れるのは。

「仕方ない、その時は手を貸してあげよう。果たして、何年後になるかはわからないけど、まあゼレシウガルは強くなることはないだろうし、弱くなってくなら長くて数百年程度でしょう」

 せめて見せてもらおう、彼等の戦いを。鏡に向かって指を振るイーナ。本来部屋を写すはずの鏡に写るは、現在たった二人しかいない己の信者の戦う景色だった。
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