女神様の言うとおり

切望

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異界の老騎士

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 イーナ曰く全盛期には遠く及ばずとも、その全盛期がそもそも規格外。曰くこの星以外なら(この星は特別らしい)なら消し飛ばす力を持つドラゴンの中でも特に強い始まりの邪竜。この世界で二番目の竜種。
 それを倒せる程の強者。それがゼレシウガルだ。
 死ぬ気で挑み尚も勝率は遥か虚空の彼方。だが、マコトは死なない。
 死なないから、戦い続けられる。痛いのも苦しいもの、気合い入れて戦えば無視できる。

「あああああ!!」

 痛みに対する恐怖を振り払うように叫び剣を振るう。身体術を覚え、元の世界では文字通り人並み外れた速度と膂力。
 だが、届かない。
 動きは予想出来る。ずっと見て来てから。初撃は反応できた。だが打ち合えない。

(体の反応、遅い!)

 目で見て、肌で感じて、脳が認識し、命令されるまでがあまりに遅い。というか、ゼレシウガルの反応速度が異常すぎる。
 剣と剣がぶつかり、マコトの剣が腕ごと吹き飛ぶ。頭を捕まれ地面に向かって投げ飛ばされた。
 一瞬で脳も内蔵も潰れ意識が暗転。直ぐに頭から再生するがひび割れた地面から高温のマグマが吹き出ししかしゼレシウガルの蹴りによりマコトごと地の底深くに押し込められる。
 溶けた岩盤を裂くように突き進み硬いなにかにぶち当たり漸く止まる。
 身体術で防ぎきれない熱量に体が焼かれていき、亀裂だらけの地殻を押しのけ雲を焼き尽くすほどの破壊の輝きに混じり吹き出す。何十キロも先に吹き飛んだ岩石と共に地上に落ちるマコト。

「─────!!」

 本来なら人体など焦げる前に溶ける高温を浴び、しかしギリギリ人だと解る形は保っていた。保ってしまっていた。再生していく神経が炭化しか肉に削られる激痛。炭化した組織を押しのけながら治癒して行くが近付いてくる気配を認識した瞬間には蹴り飛ばされまた意識が飛ぶ。
 上半身の消し飛んだ炭素の塊は高温の煙の中を突き抜け、追撃の拳により遠く離れた湖を消し飛ばす。


「………………」

 また性懲りもなくやって来る敵を殺した。時間をかけすぎた。速く戻り、主神と新参の信者に食事を用意せねばと踵を返すゼレシウガルだったが背後から迫る攻撃に気付く。

「………!?」

 血のように赤い剣を砕き襲撃者の頭を破壊する。頭から胸にかけて大きく抉れた体はしかし蹴りを放つ。
 山河も打ち砕けぬ蹴りなどゼレシウガルを脅かすまでもなく逆に脚が砕けるが、即座に再生しゼレシウガルの胸を足裏で蹴り距離を取る。

「は、はは………はは! ははははは!! 動けた、動いた! なるほど、脳が無くても世界を認識出来る! 体も動く! 偶然だけど、感覚は掴んだ。来いよ師匠せんせい! 俺はさっきより強いぞ!」

 身体術の応用で血を操り剣を生み出す。だが、そんな粗雑な剣でゼレシウガルの持つ剣と撃ち合えるはずがない。

「……良い加減、同じ相手と戦ってる事に気づけよ。少しは褒めてくれても良いだろ。アンタの弟子が、強くなってんだぞ!」

 肉の焼ける匂いがする。焼ける側から回復し、しかし顔は明らかに苦痛に歪んでいる。

「お前が強くなって、何だというのだ」
「イーナイマーヤを守れるようになる。あんたは、安心して仲間に誇れよ。3万年の年月は無駄じゃなかったって!」
「巫山戯るな!」
「!!」

 ゼレシウガルが振り下ろした剣を避ける。底の見えぬ崖が生まれ、マコトは鎧の隙間を狙い刺突を放つが反応され蹴りが放たれギリギリで回避する。

「無駄じゃないだと!? 意味があっただと!? 皆の死が、彼奴の死が意味があっただと!? 意味があるのなら、殺されて良いとでも!? そんな事、あってたまるか!」
「じゃあ何でまだ存在してんだよ!? あの女を守り続ければ、守る為に殺したって言い訳が出来るからじゃねえのか!」
「黙れええ!!」




「あのクソ爺!」

 盛大に吹き飛ばされながらも不死身故に立ち上がるマコト。脳で考えず、魂、心で世界を認識し誤差なく動かす方法に気付き、使いこなせるようになるほど月日が経った。それでも相変わらず傷一つつけられない。
 ふと、己の足が震えているのに気付き、剣を突き刺す。

「大丈夫……大丈夫だ。まだ俺は、戦える!」

 己にそう言い聞かせ剣を構える。その構えは、ゼレシウガルと同じ。嘗て学び、しかし途中からは戦い続け、それ故に見て、見て、見続けた技。
 見たから使える、そんな理不尽な才能などマコトは持ち合わせていない。だけど、先の一年の前に学んだ。先の一年では使い続けた。今もなお全てを使える訳ではないが、実践の中覚えて行く。
 証を残したいのだ。ゼレシウガルが確かにこの世界に存在した証を。
 生を終えて、死後も尚罪の意識からこの世に留まる愚かな騎士。だけど、本当は優しく、己の罪に誰よりも苦しんでいる老人。
 殺気を感じると同時に剣を構え、剣が砕かれるも今度は腕のダメージは少なく済んだ。直ぐに新たな剣を作り反撃する。
 不死とはいえ、怪我などしない伝説の不死身の英雄達とは違う。怪我はするし、痛みだってある。
 それでも、それを全部無視して渾身の一撃を放つ。一撃一撃に殺意を込めて、次に繋げる動作があると知りながらもその一撃で殺すつもりで。
 まあそれでも届かないのだが。





「……………誰にも、邪魔はさせぬ。私が守るのだ! あの方を! 最後に残った、皆を殺した責任を果たさねばならぬのだ!」
「なァにが、あの方だジジイ………」

 女神の安全を脅かす怨敵は、ゼレシウガルの言葉に忌々しそうに吐き捨てる。

「最初の目的を見失ってんじゃねえよ。生きる意味ならとうに失せてたくせに、しがみつきやがって。さっさと俺を認めて黄泉路に旅立て」

 戦って解る。眼の前の男は痛みを消せていない。

「なのに何故立てる………何故逃げない! 何故抗う!?」
「………男はある条件の時は諦めちゃならねえんだよ。最後のその時まで………そうとも、最後までだ!」

 何故立ち上がれるのか、そう叫ぶゼレシウガルに男は強がりの笑みを浮かべた。

「だから、不死者おれが諦める事は絶対にない!!」

 強い、意思を宿した瞳に射竦められる。
 恐怖が沸き立つ相手ではないし、実際怯えたわけではない。なのに、体が一瞬硬直する。

「3万年も頑張ってたんだ! もう少し俺に付き合ってもらうぞ!」

 繰り出されるゼレシウガルと同じ剣術。
 反応が遅れ、ゼレシウガルの鎧に僅かな傷が増えた。
 身体術で強化された鎧に、だ。

「…………………」

 ゼレシウガルは己がこれ以上信者を殺したと認識が出来ない。だから、マコトの行動を神への裏切りと認識していても、神殿に戻ったマコトを敵とは認識しないし、再び挑んでくるマコトをしつこいとも思わなかった。
 だけど………

「少し、か。長い………一年でも、長かった………」

 それが今、繋がる。
 認めよう。その覚悟。無為にできぬ想いを。だが、それでもイーナイマーヤを外に連れ出すのは認められない。
 だって彼はまだまだ弱い。これでは外の驚異に抗えぬ。イーナイマーヤを敵から守れぬ

「……………?」

 しかしそこで、ふと気付く。





 敵って…………そもそも誰だ?
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