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異界の老騎士
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思い出せない。敵とは、誰だ?
邪竜か? なるほど、それは確かに恐ろしい。最強の邪竜に勝てたのは、正直運だ。また同じ事をしろと言われても出来る気がしないし、他の邪竜でも必ず勝てる核心はない。
だがそんな事は日常だ。邪竜よりも竜達の数が増していき、封印されたり押し込められたりしてるがそれを気にせず暴れ回ったりする個体も多い。
それでも人類は生きてきた。
広大な星の上に疎らに散り、交友のない国も、存在の知らぬ国も幾つもある中、時に神の助けを借り、時に精霊に力を借り、時に妖精の隠れ里に案内され、連綿と命を繋いできた。
だから、仲間を殺してまで神を匿う理由にはならない。そもそも中も外も関係なく攻めてくるだろう。
いや、待て。何故自分は、理由さえあれば仲間を殺していいなどと思っている?
「あ、あ……ああ……ああああああああああああああああああああ!!」
「くわ!?」
咆哮が衝撃となりマコトを吹き飛ばす。
己を世界の法則から逸脱させる身体術ではない。世界の法則を侵し周囲に影響を与える魔法。その原型。魔法と呼ぶのも烏滸がましい、魔法を行うための魔力の奔流。
星に住まう命を、神の作品を消し去る為生まれた邪竜を唯一単独で倒したゼレシウガルのそれは、ただの放出でありながら破壊力を持ち地面がひび割れる。
「あ、が………あ?」
平衡感覚が潰れ魔力が乱され立ち上がれないマコト。不死も何もあったものではない。なんとか地面に手を付き立ち上がろうとするもグラリと倒れる。地面も罅だらけで、立つどころではない。
突然なんだ? 何が起きた。
「時間が来たんだよ。やっぱり、間に合わなかったかあ」
「イィ……ナ? なん、で………外に……」
「もう、あの子は私を閉じ込めないから」
トン、とつむじに指を置くイーナ。途端にあっさり体が動くようになった。
「おい、それって……」
「呪が解けた」
「───!!」
その言葉に慌てて走り出すマコト。それに反応する様に振るわれた剣の放つ剣圧であっさり吹き飛ばされ、イーナが落ちてきた上半身だけマコトを開け止める。
「ぐうぃ! いづぅ……」
「今更、君に何ができるの?」
体を再生させ走り出そうとするマコトをイーナが止める。そう、彼女の言うとおりである。今更何も出来るはずがない。
「だ、けど……何も出来ないからって何もしないなんて……そんなのは、イヤなんだよ。何か出来るかもしれ、ないなら……俺は」
ギリッと歯を軋ませ駆け出すマコト。イーナはそんな彼をただ見つめる。
「師匠!!」
「───!!」
「っ!!」
再び剣が振られる。強力で、馬鹿げた破壊力を持っていながらも精彩な技術のあった先程までとはまるで異なる力任せの大振り。故に避けるのは容易い。
「うわ、あっぶなぁ……」
「!?」
イーナは何時の間にかマコトの背後に居た。動きが全く見えなかった。
「師匠!」
だが今はどうでも良い。ゼレシウガルに駆け寄ろうとするが、ゼレシウガルは頭を抑え苦しんでいた。
「私は、私は何を! 守ると誓っていたのに! 守らなくてはならなかったのに! 私が、私の手で!」
「ち、違う! あんたは、呪いに操られて! だから───!!」
「だから、なんだ!? 守るべきものを見失い、この手にかけ、守る為だ護る為だと己に言い聞かせて存在せぬ敵に怯え続ける無様を晒しイーナイマーヤ様を閉じ込め……何のために、私は強くなった………何のために!?」
ゼレシウガルが地面を殴る。既に罅だらけの大地が揺れる。
「無意味に生きた。手にした力など、無力だった。何も守れず、意味もなく………私は!」
「そんな………風に、言うなよ………あんたは、だって……ただ、守ろうと……3万年も、大切な人の死を無駄にしない為に」
「………そうだ。無駄にしたくなかった。だが無駄だった! いいや、いいやそもそも! お前は誰かの死に意味を見いだせるのか!?」
「それ、は………」
無理だ。大切な誰かの死を、何か意味があったなどと言えるわけがない。言ってしまったら、その死を、死ぬための運命を受け入れなくてはならない。
「でも、じゃあ………どうすりゃ良いんだよ。どうすれば、あんたは救われる!? この世界には、あの世があるんだろ? あんたはもう、救われていいはずだ! 3万年も呪われて、苦しんできて、なのに死後もこれ以上苦しむなんて………」
そんなの、想像するだけで……。
涙を流し胸を掻きむしるように爪を立てる。死なぬばかりの無能。何も出来ぬ己に嫌気が差す。
「……呪、い………? そう、だ………そうだ。敵はいる。まだ、居た! あんたを呪った何者か! 3万年、あんたを呪い続けた、イーナイマーヤの敵で、あんたの敵がまだ残ってる! 一緒に、探そう! 呪いにさえかからなければ、師匠が負けるわけない……」
その呪いだってゼレシウガルの罪悪感に漬け込まなければ解呪されていた可能性がある。なら、術師の実力がゼレシウガルより上という事はないはず。
「俺は、弱いからきっとイーナイマーヤをまた狙うだろうそいつに勝てない。でも師匠なら………」
「私にまだ、生きろというのか………」
「っ! ああ、言う。言ってやる! あの世で後悔し続けるより、この世の何処かだまだ生きてるクソ野郎を、神をぶっ殺した方がまだ………きっと、救われる、から………」
救われて、欲しいから。
人は言う。復讐など無意味だと。何も手に入らないと。
人は言う。復讐に意味はあると。少なくとも気が晴れると。
そんな事、どれだけ知ったかぶりしようと本人にしか解らないのに。
だけど、復讐で救われて欲しいと思う。この人は、救われるべきだと、そう思う。
マコトの懇願にゼレシウガルから溢れる威圧感が薄れた。
「………何故、お前が泣く。大して、会話もしなかったというのに」
「わかんねえ………わかんねえけど……!」
「おかしな奴だ……………私は、旅に付き合うつもりはない」
「っ!」
「そう、じゃあ逝くのかな?」
と、声をかけるのはイーナ。おお、とゼレシウガルが震える。
「3万の年月、貴方にとって瞬きのまなれど、我が無意味な贖罪に突き合わせた事、ここに深くお詫びします。死してなお償えぬ我が罪を、どうかお許しにならせぬよう………」
「………私は君を愛しているよ。そして、君が手にかけた者達も愛してる。君を、ね………」
「────」
「それでも君は、自分を赦せないだろうね。だから、私に君は救えない…」
「………恨まれていないからと、なぜ己を赦せましょうや」
マコトは、何も言えない。3万年来の、神と信者の本当の意味での会話に口を挟む事など出来なかった。
「よく、頑張ったね。よく仕えてくれた。お疲れ様とは言わない」
「何時か……巡る円環の輪廻の中で、まみえる事もありましょう…………」
「………最後の弟子に、なにか残す言葉はあるかい?」
「…………名は、なんと言った」
「………マコト……マコト・カンダ」
「マコト………私を救えなかった事を嘆く愚か者め………何故己を責めるのか。ああ、だが……それでお前が救われるのなら」
きっと優しく微笑んでいるのだろう。わがままな子供に、仕方がないというように。
「私を呪った者を討て。私に仲間を、娘を、妻を殺させた者を、その手で殺してくれ。そうすれば、私は少しは………救われる」
「………ん、たで……」
その言葉にマコトは聞きたくないというように耳を塞ぎ首を振る。
「あんたで、あんたの手でやれよ! 俺に、出来るわけない! 俺は………」
「お前は、強い奴だ。まともに話の通じない私に話しかけ続け、嘗てお前を殺そうとした私のために立ち上がり、何度も殺した私の為に戦い続け……私の為に、泣いてくれている………優しい男だ。強い男だ………おまえはきっと、私より強くなる。ああ……なれるとも。最後の弟子がお前で、本当に良かった………」
ガシャンと音を立て金属鎧が地面に横たわる。鎧の隙間から溢れた光が天へと向かい、兜がコロコロ転がる。鎧の中には、何もなかった。ゼレシウガルという男がいた痕跡は、どこにも……。
「う、あ………ああ………あああああ!!」
彼の言うとおり、彼と自分の関係は最悪だろう。初対面で首を切られた。剣こそ学んだが、会話になっていたかどうか……。その後一年以上殺し合った。いいや、一方的に殺それ続けた。
なのに、何故だろう。涙が止まらない。
「……………」
愛の神を名乗る女神は、誰かの為に涙を流せる少年を、今生きるすべての生き物の中で一番の親愛を己の眷属に感じていてくれた少年をただ静かに眺め続けた。
邪竜か? なるほど、それは確かに恐ろしい。最強の邪竜に勝てたのは、正直運だ。また同じ事をしろと言われても出来る気がしないし、他の邪竜でも必ず勝てる核心はない。
だがそんな事は日常だ。邪竜よりも竜達の数が増していき、封印されたり押し込められたりしてるがそれを気にせず暴れ回ったりする個体も多い。
それでも人類は生きてきた。
広大な星の上に疎らに散り、交友のない国も、存在の知らぬ国も幾つもある中、時に神の助けを借り、時に精霊に力を借り、時に妖精の隠れ里に案内され、連綿と命を繋いできた。
だから、仲間を殺してまで神を匿う理由にはならない。そもそも中も外も関係なく攻めてくるだろう。
いや、待て。何故自分は、理由さえあれば仲間を殺していいなどと思っている?
「あ、あ……ああ……ああああああああああああああああああああ!!」
「くわ!?」
咆哮が衝撃となりマコトを吹き飛ばす。
己を世界の法則から逸脱させる身体術ではない。世界の法則を侵し周囲に影響を与える魔法。その原型。魔法と呼ぶのも烏滸がましい、魔法を行うための魔力の奔流。
星に住まう命を、神の作品を消し去る為生まれた邪竜を唯一単独で倒したゼレシウガルのそれは、ただの放出でありながら破壊力を持ち地面がひび割れる。
「あ、が………あ?」
平衡感覚が潰れ魔力が乱され立ち上がれないマコト。不死も何もあったものではない。なんとか地面に手を付き立ち上がろうとするもグラリと倒れる。地面も罅だらけで、立つどころではない。
突然なんだ? 何が起きた。
「時間が来たんだよ。やっぱり、間に合わなかったかあ」
「イィ……ナ? なん、で………外に……」
「もう、あの子は私を閉じ込めないから」
トン、とつむじに指を置くイーナ。途端にあっさり体が動くようになった。
「おい、それって……」
「呪が解けた」
「───!!」
その言葉に慌てて走り出すマコト。それに反応する様に振るわれた剣の放つ剣圧であっさり吹き飛ばされ、イーナが落ちてきた上半身だけマコトを開け止める。
「ぐうぃ! いづぅ……」
「今更、君に何ができるの?」
体を再生させ走り出そうとするマコトをイーナが止める。そう、彼女の言うとおりである。今更何も出来るはずがない。
「だ、けど……何も出来ないからって何もしないなんて……そんなのは、イヤなんだよ。何か出来るかもしれ、ないなら……俺は」
ギリッと歯を軋ませ駆け出すマコト。イーナはそんな彼をただ見つめる。
「師匠!!」
「───!!」
「っ!!」
再び剣が振られる。強力で、馬鹿げた破壊力を持っていながらも精彩な技術のあった先程までとはまるで異なる力任せの大振り。故に避けるのは容易い。
「うわ、あっぶなぁ……」
「!?」
イーナは何時の間にかマコトの背後に居た。動きが全く見えなかった。
「師匠!」
だが今はどうでも良い。ゼレシウガルに駆け寄ろうとするが、ゼレシウガルは頭を抑え苦しんでいた。
「私は、私は何を! 守ると誓っていたのに! 守らなくてはならなかったのに! 私が、私の手で!」
「ち、違う! あんたは、呪いに操られて! だから───!!」
「だから、なんだ!? 守るべきものを見失い、この手にかけ、守る為だ護る為だと己に言い聞かせて存在せぬ敵に怯え続ける無様を晒しイーナイマーヤ様を閉じ込め……何のために、私は強くなった………何のために!?」
ゼレシウガルが地面を殴る。既に罅だらけの大地が揺れる。
「無意味に生きた。手にした力など、無力だった。何も守れず、意味もなく………私は!」
「そんな………風に、言うなよ………あんたは、だって……ただ、守ろうと……3万年も、大切な人の死を無駄にしない為に」
「………そうだ。無駄にしたくなかった。だが無駄だった! いいや、いいやそもそも! お前は誰かの死に意味を見いだせるのか!?」
「それ、は………」
無理だ。大切な誰かの死を、何か意味があったなどと言えるわけがない。言ってしまったら、その死を、死ぬための運命を受け入れなくてはならない。
「でも、じゃあ………どうすりゃ良いんだよ。どうすれば、あんたは救われる!? この世界には、あの世があるんだろ? あんたはもう、救われていいはずだ! 3万年も呪われて、苦しんできて、なのに死後もこれ以上苦しむなんて………」
そんなの、想像するだけで……。
涙を流し胸を掻きむしるように爪を立てる。死なぬばかりの無能。何も出来ぬ己に嫌気が差す。
「……呪、い………? そう、だ………そうだ。敵はいる。まだ、居た! あんたを呪った何者か! 3万年、あんたを呪い続けた、イーナイマーヤの敵で、あんたの敵がまだ残ってる! 一緒に、探そう! 呪いにさえかからなければ、師匠が負けるわけない……」
その呪いだってゼレシウガルの罪悪感に漬け込まなければ解呪されていた可能性がある。なら、術師の実力がゼレシウガルより上という事はないはず。
「俺は、弱いからきっとイーナイマーヤをまた狙うだろうそいつに勝てない。でも師匠なら………」
「私にまだ、生きろというのか………」
「っ! ああ、言う。言ってやる! あの世で後悔し続けるより、この世の何処かだまだ生きてるクソ野郎を、神をぶっ殺した方がまだ………きっと、救われる、から………」
救われて、欲しいから。
人は言う。復讐など無意味だと。何も手に入らないと。
人は言う。復讐に意味はあると。少なくとも気が晴れると。
そんな事、どれだけ知ったかぶりしようと本人にしか解らないのに。
だけど、復讐で救われて欲しいと思う。この人は、救われるべきだと、そう思う。
マコトの懇願にゼレシウガルから溢れる威圧感が薄れた。
「………何故、お前が泣く。大して、会話もしなかったというのに」
「わかんねえ………わかんねえけど……!」
「おかしな奴だ……………私は、旅に付き合うつもりはない」
「っ!」
「そう、じゃあ逝くのかな?」
と、声をかけるのはイーナ。おお、とゼレシウガルが震える。
「3万の年月、貴方にとって瞬きのまなれど、我が無意味な贖罪に突き合わせた事、ここに深くお詫びします。死してなお償えぬ我が罪を、どうかお許しにならせぬよう………」
「………私は君を愛しているよ。そして、君が手にかけた者達も愛してる。君を、ね………」
「────」
「それでも君は、自分を赦せないだろうね。だから、私に君は救えない…」
「………恨まれていないからと、なぜ己を赦せましょうや」
マコトは、何も言えない。3万年来の、神と信者の本当の意味での会話に口を挟む事など出来なかった。
「よく、頑張ったね。よく仕えてくれた。お疲れ様とは言わない」
「何時か……巡る円環の輪廻の中で、まみえる事もありましょう…………」
「………最後の弟子に、なにか残す言葉はあるかい?」
「…………名は、なんと言った」
「………マコト……マコト・カンダ」
「マコト………私を救えなかった事を嘆く愚か者め………何故己を責めるのか。ああ、だが……それでお前が救われるのなら」
きっと優しく微笑んでいるのだろう。わがままな子供に、仕方がないというように。
「私を呪った者を討て。私に仲間を、娘を、妻を殺させた者を、その手で殺してくれ。そうすれば、私は少しは………救われる」
「………ん、たで……」
その言葉にマコトは聞きたくないというように耳を塞ぎ首を振る。
「あんたで、あんたの手でやれよ! 俺に、出来るわけない! 俺は………」
「お前は、強い奴だ。まともに話の通じない私に話しかけ続け、嘗てお前を殺そうとした私のために立ち上がり、何度も殺した私の為に戦い続け……私の為に、泣いてくれている………優しい男だ。強い男だ………おまえはきっと、私より強くなる。ああ……なれるとも。最後の弟子がお前で、本当に良かった………」
ガシャンと音を立て金属鎧が地面に横たわる。鎧の隙間から溢れた光が天へと向かい、兜がコロコロ転がる。鎧の中には、何もなかった。ゼレシウガルという男がいた痕跡は、どこにも……。
「う、あ………ああ………あああああ!!」
彼の言うとおり、彼と自分の関係は最悪だろう。初対面で首を切られた。剣こそ学んだが、会話になっていたかどうか……。その後一年以上殺し合った。いいや、一方的に殺それ続けた。
なのに、何故だろう。涙が止まらない。
「……………」
愛の神を名乗る女神は、誰かの為に涙を流せる少年を、今生きるすべての生き物の中で一番の親愛を己の眷属に感じていてくれた少年をただ静かに眺め続けた。
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