女神様の言うとおり

切望

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異界の老騎士

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「……に、が………何が強い男だあぁ!」

 地面を殴る。嘗てはただ手の骨が折れるだけであろう行為は、罅だらけの地面に新たな亀裂を増やす。だけ……
 大地も砕けない。小動もしない。元の世界で、人の限界を越えようと竜が蔓延り人が生き抜くこの世界においてあまりに脆弱な力。

「何も出来なかった! あの人は俺を化け物から助けてくれたのに! 剣を教えてくれのに!」

 何度も地面を叩き、手の骨が砕ける。しかし不死故に直ぐに治る。

「なあ……イーナ………イーナイマーヤ。女神様……あんたは俺に師匠せんせい……ゼレシウガルを救ってほしかったんだろ……?」
「そうだね………結果として、微妙な所だけど。少なくとも、ここで無意味に生き続けるよりマシかも」
「………無意味。無意味かぁ……そうだよなあ。大切な奴等殺してまで、お前を閉じ込めて守る必要なんてなかったんだもんなあ。呪いなんて搦手で、3万年も手を出せない相手だもんなあ……でも、あの人は本当に守りたいものがあったんだ」

 本当は、その人の為に頑張った。頑張って強くなった。子を授かり、子を失い、二度と失いたくないと更に強く強く、邪竜を殺すほどの強さを得て……きっと、当時世界の誰よりも強くなって……。

「それなのに………たった一度の呪いで全部台無しだ」

 ヘッと笑う。無理矢理笑い、しかし直ぐに笑みは崩れた。

「女神様よぅ………俺にあの人を救ってほしかったんだろ。だから、力を与えたんじゃないのかよぅ……」

 なのに結局、何も出来なかった。現世に残る弟子を心配し、安心させようとしてくれた。むしろ気を使わせた。

「イーナ……あの人が、何したってんだよ!? 好きな女の子の為に努力したのが駄目だったのか? 力が、素質がある奴は世界の為に力を磨かなきゃならなかったのか? そんな訳無いよな? 力なんて本人次第だ。なら邪竜を殺したから? 人間の都合で邪な存在って事にされた被害者だったとか? でもさぁ、どっちが先になんて関係ないだろぉ………家族が、子供が殺されりゃあ憎むし、もう二度と同じ目に会いたくないって思うだろうよお………」

 救いたかった。
 イーナイマーヤはこういう神だ、だからお前もそれに相応しい、なんて話ばかり聞かせてくる老人を。

「宗教間で戦争でも起きてたのか? お互い様だろぉ………3万年も罪の意識に苦しめられなきゃいけないのかよぅ………」

 救えなかった。
 嘗てどうだった。嘗てこうだったと休憩時間に宗教団体の全盛期の話をする仲間を自慢したがる男を。

「なんでよりによって、与える力が「不死」なんだよお! もっと、強い力だったら……それじゃ勝てないなら、才能とかでも………もっと早く強くなれていれば………師匠せんせいが安心して任せられる強さになれてれば………」
「それもありだったかもね………でもね、今だから言うけどそれだと今度は君が救われない」

 ずっと黙って聞いていたイーナは蹲るマコトの後頭部に手を置いて優しく撫でる。

「偽物の力で倒しても、偽物の才能で超えても……あの子を尊敬してる君は、そんな力で勝った自分を許せない。違う?」
「だけど……それで、あの人が安心して任せてくれるなら」
「無理だね。あの子、勘が鋭い………そんな不安定になった君に任せるなんて事はしない」
「なら……どうすれば良かった………どうすれば………」

 迷える子羊ならぬ答えを欲しがる人間に、女神はその口を開く。

「さぁ?」
「………………」
「そもそも……生きていて、その選択に正解なんてないよ。誰かの正解は誰かの間違い。正解なんてのは最初から答えの決まってるものにしか存在しない。人の歩む道に正解なんてないさ………」
「なんで、俺だった………よりによって、何で俺なんかにその道を歩かせた。もっと才能がある奴だったら………もっと頭の良い奴だったら」

 何か違ったかもしれない。
 強い奴がイーナを守ってくれると約束したなら、ゼレシウガルは偽りに浸ったたままとはいえ3万の贖罪に意味を見いだせたかもしれない。
 頭がよかったら、挑み続けて時間切れになるなんて愚行起こさなかったかもしれない。

「そうだね……ゼレシウガルは、結局己を呪ったまま逝った。でもね、正解はないけど正解だと思うのは勝手だから、私は君を呼べて正解だと思う。君が馬鹿だからゼレシウガルと向き合って、君が弱いからゼレシウガルが強くしようと関わりが生まれて……その結果、あの子は最後に君が弟子で良かったと言った。終わりの間際に、いい思い出が出来た………それは神たる私でも予想してなかった。全く人の感情はつくづく未知に溢れている」

 だから、とイーナはマコトの頬を掴み顔を挙げさせる。

「ゼレシウガルと一緒に旅をしたかった君の親愛と敬愛に応えよう。流石に同じ種族にすぐ転生を手を加えてやるのは無理でも、それ以外なら出来るよ。君、好きな動物何?」
「………………………は?」
「あ、もちろん転生だから記憶や強さは引き継げないよ? ん? 君の世界の転生は魂の流転じゃなくて記憶を引き継いでこそだっけ。ならこの場合なんて言うんだろ………」
「………お、お前………さっきから、何を………」
「ゼレシウガルの魂を新しい器に移すんだよ。そして、生まれ変わったゼレシウガルと私と君とで、この森の外に出よう?」

 イーナイマーヤは愛の神を自称する。彼女は人を愛すと触れ回る。
 実際そうだ。生者も死者も、嘗て人であった魂も今世に置いて人となった魂も………人も路傍の石も等しく愛していると自称する。
 故に極稀に現れる特別を、神の視点で甘やかす。
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