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しおりを挟む空には天使が住んでいる。俺たちの星は天使に守られている。
「アンズ……」
それがこの世界の常識だ。
「あッ…ぇ…」
「アンズ……アンズ」
目の前の光景は悲惨だった。四肢が切断された人間、無線機、それらがどさりと崩れ落ちた。青い目、緑の目、桃色の目、色鮮やかな目が光を失い、地面に転がる。美しいと称賛された人種も、こうも無惨になり得るのか。人の死は醜い。
俺は恐怖に震えながら、顔を上げることしかできなかった。
「………トワ……お前なにやってんだ」
西暦8031年、第二次宇宙大戦における人類の大敗。地球は天使軍に支配された。宇宙には様々な生命体が存在する。その中で天使族率いる天使軍は宇宙最高峰の戦闘力を持つ。個体能力は人類の比じゃない。遥か昔、人類は天使族を初めて見たとき“神の使い”と呼んだらしい。まさしくその通りだ。彼らの個体能力は神が贔屓をしたとしか思えない。太陽系惑星は天使軍によって完全征服されていた。
「アンズが無視するから邪魔なものを消したんだよ」
天使族は太陽の光を糧とする宇宙生命体だ。太陽の光を浴び体力を回復させる。睡眠や食事は不要。繁殖能力は個体差があるようだが基本的に高い。性別や種族を問わず孕ますことができる。ただ彼らは誰にでも欲情するのではなく、“番”を決めて、繁殖活動をする。生涯、身も心も捧げるのは番にだけ。浮気や心移りすることはないらしい。『ニンゲンと違って僕たちは一途なんだよ』と少し前に甘い声で囁かれたことを思い出した。
「……っ、俺は仕事中だ。無視をしていたのではない。今から留学生へ飛行訓練を―」
「アンズ駄目だよ。浮気は駄目。ニンゲンは浮気性って聞いたけどホントだね。困っちゃう。アンズには僕だけでしょう?」
天使族には翼が生えている。彼らに奉仕するために人類は飛行を余儀なくされた。飛行手段は、飛行機や戦闘機、宇宙船など様々だ。我々人類は飛行操縦士免許の取得が必要不可欠となった。
此処は日出ズル国。太陽の加護を最も享受する土地として、天使族から愛される国。この国には一流の飛行操縦士を輩出する学校が存在する。天使軍地球部隊付属日本国立飛行訓練校。地球上から多くの優秀な人材が集まる名門校だ。俺はここで飛行指導官をしている。
今日は留学生へ向けて飛行実技訓練を行う筈だったが、
「……」
「コイツも…コイツも…コイツも…アンズに色目を使ってたよ」
この美しい天使によって、留学生の将来は呆気なく消滅してしまった。
彼はぐしゃっと人間の目玉を潰しながら微笑む。彼は天使軍地球東空統括官のトワだ。
地球の空は東西南北に隔てられ、天使軍によって統治されている。
それぞれの方位領域の頂点には天使軍本部から選び抜かれた四天使が君臨する。俺たちは彼らを“四方天使”と呼んでいる。東空統括官、西空統括官、南空統括官、北空統括官、彼ら四方天使は恐ろしいほどに美しく、強い。
地球はエネルギーの宝庫だ。人類が滅びれば地球の維持は難しい。そのような考えの元、宇宙最弱の知的生命体と悪評される人類はこの四天使によって地球外生命体から守られていた。
目の前の美しい天使。トワは東の空を司る。四方天使の長でもある彼は、この地球の守護神のような存在だ。
…時として、破壊神にも成り得る。
「な…そんな事あるわけないだろ……」
「アンズは甘いな」
彼が身に纏っている軍服は白を基調としており、銀の糸で装飾され美しい。胸元には数多の勲章が煌めいている。
陶器のような白い肌、すっきりとした輪郭には、蜂蜜を溶かしたような琥珀の瞳、通った鼻筋に、桃色の薄い唇が美しく配置されている。耳にかかる程度の髪は淡い水色が滲む銀。背中には身長よりも大きな白い翼が揺れている。
まるで絵画から飛び出してきたかのような天使だ。
遠くの場所で、彼を見かけ、その者が平伏している姿が目に入った。思わずそうしてしまうほどに、彼は圧倒的な威厳と神秘的な美しさを放つ。
「…甘いって……」
「甘いよ。でもそういうところも大好き」
「…っ…」
個体識別データによると彼は雄。天使族でいう男だ。年齢は分からない。華やかな役職と数多の戦歴から想像するに、俺よりかなり上の年齢だとは思うが、見た目だけなら俺の少し下の青年といったところか。
「ところでアンズ」
「…なんだ」
「燃料補給員のサトウって昔の恋人なんだね」
「………は?」
「アンズのコックピットにぶら下がってたこのキーホルダー。彼女と遊んだときに買ったやつでしょ」
死体を踏みつけながら、彼はこちらに歩いてくる。手には猫のぬいぐるみのキーホルダーがあった。引き裂かれ、原形はほぼない。どうしてそんなモノを持ってるんだ。後退りをしたときだ。ばさりと彼は地上から羽ばたく。咄嗟に「あ」と声を出した。
「い、一体いつの話をしているんだ…っ…」
「“いつ”?僕たちにとって時空は同一だ。ニンゲンとは違うんだよ。アンズの初体験だって物体を通して1秒前の出来事として視ることができる」
「…っ」
目を逸らす。腕を掴まれ、ぐいっと引き寄せられる。あまりの力強さに表情を歪めた。目の前に迫る美しい瞳は冷たく凍っている。天使族の瞳は特殊だ。感情によって色が変わる。彼の瞳は底の見えない漆黒が渦巻いていた。
これは最悪の機嫌を表している。
「腹立たしいね。どうしてこんなモノまだ持ってたの?」
「…し、知らない。ずっと使ってるモノだ。特に理由はないっ…」
「…―ねえ、僕を嫉妬させて楽しい?」
パッと手を離された。そして全身に痺れが走る。ビリビリと電流が流れているような感覚だ。「ああぁっ…」と声を上げた。手足が思うように動かない。脚が子鹿のように震えて、地面に尻をついたときだ。ばさりと周囲に白い翼が広がり、それは外と遮断するように、俺たちを覆った。
「なに逃げようとしてんの?僕のこと見て?」
「ッ…ぅ…ぁ」
「怯えた顔…。怖がらないでよ。僕はアンズが大好きなだけ」
俺はこの場から逃げようとした。その思考を読まれてる。こうなった場合、どうすることもできない。目をうろうろさせた。
天使族は高次元生命体だ。《読心術》《千里眼》《心身操作》《蘇生》など、人類にとって“特殊能力”とされる能力を平然と使いこなす。
「!?」
すると俺の体は勝手に動き始めた。体の自由が効かない。トワにしがみついて、舌を突き出した。まるで餌をおねだりする犬だ。
トワは頬を桃色に染めた。
「あー……その顔、最高……。ほんとアンズって綺麗な顔してるよね。……たまらない」
「ぁうっん……」
「そうそう。ちゃんと舌を突き出して?僕にキスされたい?」
「んーぅ、んっ」
「うふふ。おねだり上手だね。うん。いっぱいしよ?」
俺は嬉しそうに、差し出されたトワの舌に自身のそれを絡ませた。
もちろん俺の意思じゃない。体も声も、トワの好きなように動かされてるだけで、こんなの人形ごっこだ。
「ふ、んぅ」
「んっ……」
舌が絡み合う。くちゅりくちゅりと粘液の音が響く。気が付けば、トワの口腔を貪るように舌を動かしていた。翼に囲われていて見えないが、此処は死体だらけだ。俺の生徒の亡骸が転がっている。そんな所で俺は何をしてるんだ。血生臭さ、そしてトワから漂う花の香りで、頭がくらくらした。
視界が涙で歪む。
俺の舌の動きはトワによって好きなように操作されている。どうすることもできない。徐々に理性が抜けていき、トワの舌と絡み合うたびに、身体の奥が悦び始める。
「んぅ…っ、トワ、もっと…っ」
「ふふふ」
「トワぁ…、もっとぉ…んぅ」
俺は淫乱な声を上げながら、口付けを繰り返した。甘美な果実に齧り付くように、トワの唇を貪る。トワは嬉しそうだ。俺の背に手をまわし、引き寄せる。体の中心がじくじくと熱い。ぽろぽろと涙が頬を伝ったとき、ようやく唇が離れた。
「…アンズ、交尾しよ」
トワは涙をぺろりと舐め上げ、最上級の色気を漂わせ微笑んだ。
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