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期限 ※犬獣人×人間
しおりを挟む“不老”という言葉は彼らにピッタリだ。
「おはよう」
貴方の優しい声で目覚める朝。ゆっくりと瞼を開けた。柔らかい太陽の光に目を細める。白いカーテンと貴方の髪が揺れて、パンの焼ける匂いがした。胸がじわりと温まる。口角を上げて「おはようございます」と上体を起こす。そうすれば貴方は僕を抱き締めてくれる。貴方の鼓動が耳に伝わる。貴方に頭を撫でられて嬉しい。心地良い。気持ち良い。
幸せだ。
「あれ?少し声が低くなったかな?」
「…っ」
遥か昔、この世界は遺伝子組み換え技術が発達し、動物と人間の交配に成功した。それが僕らの祖先である獣人の始まりだった。
映画や絵本、小説や漫画。昔の人間は僕たちを題材にした物語を多く描いていた。物語の中の獣人はいつも長命だ。しかし現実にそんな奇跡は起こらず、僕らは短命だ。厳密にいえば獣と変わらない。
人間の血が流れているからといって、寿命が伸びることはない。あくまで僕たちは獣の亜種。長くて20年。平均寿命は15年ほどだ。それに伴い、人間と比べて異常な成長速度を持つ。
徐に、毛布から足を出す。パジャマの裾が短くなってる。
「尻尾揺れてる。ふふっ…ご機嫌だね」
…今日もまた成長してしまった。
「…別にご機嫌というわけでは…。どちらかと言うと落ち込んでます」
「え?じゃあなんで尻尾揺れてるんだろう」
「それは…―」
―…「貴方に撫でられてるからです」と心の中で答えた。
「?」
「というか、近いです」
「だって今日も可愛いんだもん」
「…っ」
ふかふかのベッドの上で、お互い向き合う形で横になる。貴方は微笑む。貴方は僕を見つめる。貴方の綺麗な黒眼に僕が反射している。貴方の世界に僕しかいないみたい。
…本当に、そうなれば良いのに。
「どうかした?」
「…いえ」
気恥ずかしくて目を逸らす。
貴方に「可愛い」と褒められるのは複雑だ。僕は雄だから「かっこいい」と褒められたい。でも貴方に褒められて悪い気はしない。むしろ嬉しい。尻尾を撫でられるのも嬉しいし、耳を触られるのも嬉しい。貴方に与えられる全ての刺激が、僕にとっての宝物だ。
僕も貴方に触れたい。人間はどこに触れたらいいんだろう。人間の耳は髪の毛に隠れていて触りにくいし、尻尾はない。僕の手は宙を彷徨い、貴方の指先に、ちょん…と触れた。貴方の指は細くて長い。柔らかくて、すぐに壊れてしまいそう。
もっと深い部分まで触れたいけど、一度触れたら、きっと、止まらなくなる。
そっと手を離せば、貴方はまた僕に「可愛い」と囁く。
「…可愛い、と言われても……嬉しくない、です」
強がって、口を尖らせてみたけど、感情に素直な尻尾はゆさゆさと左右に大きく揺れしまう。ああもう…と唇を噛み締めた。貴方は僕を撫でながらクスクスと笑う。
「君は素直じゃないね。そういうところも可愛い」
「だから………やめてくださいってば」
熱くなった顔をぷいっと背ける。
「ごめんごめん」
貴方はそう言って、僕から離れた。「え…」と声を漏らす。もう終わり?もっと撫でて欲しかった。もっと抱き締めて欲しかった。この前はキスもしてくれたのに。
「やめてください」と言ったのは照れ隠しだ。本気じゃない。自らの発言に後悔した。尻尾と異なり、素直に動かない口をもごもごと開閉していれば、貴方はキッチンに立ち、「こっちおいで」とコップに水を注ぐ。貴方に「来い」と指示されると胸が高鳴る。獣の本能か。心に渦巻いていたモヤモヤはパッと消えて、ベッドから起き上がり、貴方の元へ駆け寄った。
「ああ、見て」
「?」
僕は犬の獣人だ。個体差はあれど、犬獣人は皆、こんな感じだろう。人間に指示されれば脊髄反射のように、体が動く。
「ほら、やっぱり。ついに私の身長越したね」
「ぁ…」
鏡に反射している僕と貴方。僕はそれを呆然と見つめた。
初めて貴方と出逢った頃、僕は貴方と同い年くらいの見た目だった。しかし今は僕のほうが少し年上に見える。顔つきも大人に近づいてきた。貴方が「可愛い」と褒める、丸みを帯びた目が、切れ長になってきた。
窓の向こうへチラリと視線を向けた。年老いた犬獣人と人間の青年が手を繋いで歩いている。この世界において珍しい景色じゃない。たぶん、彼らは僕たちと同じように、獣人と人間のカップルだろう。
まるで数年後の僕たちの姿だ。
虚ろな目をしていると、とんっ、と肩を叩かれた。
「散歩行こうか。桜が綺麗だよ」
人間は優しい。でも残酷だ。彼らは僕たちと同じ時間を生きてくれない。たぶん僕が死んだら、次に出会う獣人を愛してしまうんだろう。人間は心変わりしやすいから。
貴方の人生において、僕は記憶の隅にしか存在しないのかもしれない。でも僕は天国で貴方をずっと待ってる。
貴方を待つことは苦痛じゃない。
「…はい」
だから、どうか、僕を忘れないで。
今だけは僕を愛してください。
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