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しおりを挟む「……?」
いつも通り起床して登校した俺は、居心地の悪さを感じていた。
「うわ……来た来た」
「よく普通にしてられるな」
「…顔は良くても性格はゴミだな」
下駄箱で靴を履き替えていたときだ。背後からそんな声が聞こえる。チラリとそちらを見れば、その声の主たちは俺を睨んで「フンッ」と鼻を鳴らしてその場から去っていく。
…なんだあれ
食堂で朝食をとっていた時からこんな感じだ。
俺は周りの目とか声に疎いほうだが、ここまであからさまにヒソヒソ話され、ジロジロと見られたら嫌でも気が付いてしまう。
怪訝に思いながら、ロッカーに手をかける。しかし咄嗟に鼻を手で覆った。
「……臭い」
明らかに俺のロッカーから異臭がする。嗅いだ瞬間、胃のものを吐き出しそうになった。そこから漂うのは、何かが腐ったような激臭だ。
恐る恐る指をつまみに掛けてロッカーを開く。
俺は硬直した。
ロッカーの中は血塗れだった。ナイフで切り刻まれたのか、内臓が飛び出た魚が、ロッカーに置かれていたんだ。その上には、ノートの切れ端のような紙が置いてある。それにはこう書かれていた。
《神は私を選ぶ》
「………んだよ、これ」
気色悪い。
魚からはどぷどぷと血が流れている。慌てて部活で使うタオルを取り出して、下の段の奴に被害が広がらないよう堰き止める。そのまま魚ごと奥へ押しやった。
ロッカーの中にあった筆記用具や教科書類、タオルや歯ブラシは血と異臭によって全滅だ。途方に暮れていると、「洸太……?」と、震えながら俺を呼ぶ声が耳に届く。
「…後藤」
振り返れば、少し離れたところに後藤がいた。俺は内心「良かった」と安堵した。ロッカーの中のモノをどう処理しようかと困っていたが、後藤なら手を貸してくれそうだ。
しかし違和感を感じた。
後藤にいつもの笑顔がないのだ。
後藤は周りをキョロキョロと確認して、俺に近づく。そしてロッカーの有様を見て、目を見開き、意を決したように俺に耳打ちをしてきた。
「お前すんげぇ噂広がってるぞ」
「…噂?」
「早下のことヤリ捨てしたって」
「はぁ?」
つい声を上げてしまった。
「お前が食堂に来る少し前だよ。食堂でさ、早下泣いてたんだ。『甲斐先輩に捨てられた。どうしよう』って。……確認だけど……ヤリ捨てしたって、嘘、だよな?」
「当然だろ。てか付き合ってねぇし」
「……だよな。ごめん。動画出回ってるから、ちょっと信じかけた」
「…動画?」
後藤は神妙に頷いて、携帯を見せてくる。
画面には動画が表示されていた。
停止画面でギョッとした。そこには膝を折って股を広げて座る全裸の少年が映っている。口元から下しか映されてないが、その整った唇、そして顎のほくろを見れば、一発でこの少年の正体が分かった。
これは湊だ。
《…かい、せんぱいっ、すき…。すきっ、すきっ、あいしてますっ……かいせんぱいのためなら、なんでもします…っ…ぁあん…》
動画は数秒だ。湊は自らの性器を扱きながら、俺への愛を零していた。
「これ。お前が撮ってばら撒いたことになってんぞ」
「…なんで」
「今朝、お前のメールアドレスから全生徒に一斉に送られてきたからだよ」
意味不明だった。
連絡用として、うちの高校では全生徒にメールアドレスが振られている。それで早朝、俺のメアドで着信があったらしい。
俺はバッと鞄から携帯を取って、メールアイコンを押した。そして送信ボックスを確認する。
「……」
俺はギリッと奥歯を噛む。
そこには確かに、俺が全生徒向けに一斉送信したメールが一通、履歴に残っていた。
「……洸太、お前がこんな馬鹿なことするわけないって俺は信じるよ。でも…もしかしたら…ちょっとヤバいかもしれない」
「ヤバい……?」
「…お前がショック受けるだろうから黙ってたんだけど、三浦の飲酒事件のとき、一部の教師は、洸太も同罪なんじゃないかって疑ってたんだ。…え、と……つまり、飲酒はしてないにせよ、三浦とお前、2人で早下を襲ったんじゃないか、て……」
後藤は床を見つめながら言う。どんな顔で俺を見ればいいのか分からない様子だった。
「…良い妄想だな」
「ああ。でもこのメールがその教師に伝わったら『ほら見た』と言わんばかりに、洸太に罪を着せてくるぞ。…早下がどう出るかによるが……退部はあり得るかも……」
「……退部…………?」
俺は言葉を失った。
世界が、一気に灰色に染まったような気がした。
◆
「やってらんね……」
体育館裏のあの場所に俺はいた。
あの後、俺はロッカーを掃除して、そのまま校舎から抜けてきた。心配そうに俺を見ていた後藤も着いて来ようとしたが、断った。
今の俺は人と話せる精神状態じゃない。
陸上ができなくなるかもしれないんだ。
「…スポ待が退部になったら…実質退学だな…」
地面に寝転がりながら、無気力に呟いた。
湊は何を考えてるんだろう。何が目的で、あんな動画を撮ったのか。俺のメールアドレスを勝手に使ったのも湊なんだろうか。どうやって俺のメールアドレスを使ったのか。分からないことだらけで、頭がおかしくなりそうだ。
その時、ふと思い立って携帯を手に取った。軽く操作すれば、懐かしいアイコンが表示され、発信画面に移り変わる。
《…………はい》
「…っ、三浦」
ガバッと起き上がる。
驚いた。まさか繋がると思わなかった。
《…どうした》
携帯からは、元同級生の声が聞こえる。
三浦だ。
その声色は掠れていて、酷くやつれた様子だった。
「あ……悪い。いきなり。今大丈夫か…?」
《……もしかして早下のこと…?》
「え?」
ポカンと口を開けた。まさか三浦から、湊の話題を切り出してくるとは思わなかった。
ずっと疑問だった。あの事件の日、どうして三浦と湊は部室にいたのか。その答えを尋ねるために三浦に電話をした。
すると三浦は唸るような声で言った。
《……気をつけろ。アイツは、悪魔だ》
「悪魔?」
《…ああ。全部アイツの掌の上だったんだ。あの日、俺は湊から部室に来て欲しいってチャットで呼び出された。それで着いたら、俺にジュースとか言って甘いもん飲ませてきて……その時には俺の意識はおかしくなってたと思う。湊は急にシャツのボタンを外し始めて、いやらしい言葉で俺を惑わしてきたんだ。『僕とえっちなことしませんか?』って。…ダッセェけど、俺、まんまと乗っちまって…っ…押し倒したら―…》
スピーカーの向こう側でダンッと衝撃音が鳴り響く。恐らく込み上げる感情を物にぶつけたんだろう。
「三浦……」
《…ごめん。キッショいよな俺》
「……」
《……洸太に謝りたかったことがあるんだ。俺、あの時、最低なこと言ったよな。…信じてもらえねぇかもしれねぇけど、あれは本心じゃない。……俺、洸太と大会に出たかった》
―『大会なんかどうでもいい』
不快な笑い声とともに放たれた言葉が脳裏をよぎる。三浦はあの言葉に対して謝ってるんだろう。
あの時、俺は言い表せないほどショックだった。三浦は俺とタイムを競い合う仲で、尊敬する陸上選手でもあった。そんな人間が大会を蔑ろにする。そんな発言は、本心じゃないにせよ、聞きたくなかった。
《な、なぁ、俺たち仲直りできねぇかな……》
「え……?」
《学校は変わっちまったけど、会うだけなら出来るだろ…?今つるんでる奴らにお前の写真見せたら会いたいって言ってる女がいてさ―》
三浦の声がどこか遠くに聞こえる。
…そういえば、三浦はどうして今になってこの事を俺に言ってきたんだろう。飲酒の事実は変わらない。しかし湊に惑わされたことが本当なら、そのことを教師たちに話せば、暴行を振るった点に関しては処罰が変わったんじゃないか。俺も教師も皆、三浦が一方的に襲ったのだと思っていた。どうして黙っている必要があったんだ…?
その瞬間、スッと携帯が手の中から抜けていく。
「はぁ…、これだから馬鹿って嫌いなんですよね」
目線を上げる。
「―…自分の役割も果たせないんですから」
いつからそこに居たんだろう。俺の傍には、携帯を片手に持った湊が冷たい顔をして佇んでいた。
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