双五、空と地を結ぶ

皐月 翠珠

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運命の双子

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「昨夜は化けいたちの討伐、大儀だった」
「ありがとうございます」
 重く厳しい声に労われ、少女は真っ直ぐに前を向いたまま礼の言葉を口にする。
 ここは祓戸家本家の屋敷。障子越しに差し込む朝の光だけが部屋の中に灯りを与えている。広い畳張りの部屋の上座に座っている男の名は祓戸椋礼くらのり、祓戸家の当代の当主である。
 背筋を一部の隙もなく伸ばし、厳粛な雰囲気を纏う彼は手にしていた扇子をぱちぱちと鳴らしながら話を続ける。
「皆、口を揃えてお前を褒め称えていたぞ。祓戸家の次期当主たるに相応しい器だとな」
「私はただ、自分の務めを果たしただけです。周りの者達の声など気にしません」
 淡々と答える実の娘に、椋礼も当然のようにうむと頷く。
「それで良い。お前は歴代の祓戸家の跡取りの中でも特別な存在なのだ。わかっているな、御前」
「はい、勿論です」
「これはお前への言葉でもあるのだぞ、影前えいぜん
 一層厳しい声が少女の斜め後ろへ向けられる。それを受けて、息を押し殺し側仕えのように控えていたもう一人の少女が微かに肩を揺らした。その姿を御前と呼ばれた少女は目の端だけで捉える。
「御前、影前。お前達二人は、忌み子とされている双子だ。本来であれば、忌避されて然るべし。だが、お前達は過去に生まれてきた双子とは決定的に違う。何故かはわかるな?」
「伝承にある十二の力を持っているが故です」
「そうだ。長きにわたる祓戸家の歴史の中で、双子としてこの世に生を受けた世継ぎは何人もいた。しかし、揃って異能を、それも十二の力を顕現させた双子は祓戸家の開祖とされる二人のみだ」
 外で鳥のさえずる声が聞こえる。この場とは真逆の穏やかさを感じさせる音色を聞きながら、影前と呼ばれた少女は膝の上で揃えていた手をきゅっと握り締める。
「この世に蔓延はびこる人ならざるもの。妖気を纏いしもう、死した者が悪霊化したりょう、そしてそれらが積み重なり怨嗟と穢れが収束し生まれる存在、あや。古くより大君おおきみの御心に従い、人の世を脅かすこれらを祓い世の為に尽くす事が我ら祓戸家の絶対なる使命。開祖である双子、双御祖ならびのみおやが大いなる災厄を封じた事から続く祓戸の歴史は、まさに異形との戦いの歴史と言える。人と異界の境を守る、それこそが祓戸家の本質だ」
 ぱちんと扇子を閉じる音が弾ける。
「ここ二十年近く、異形の活動は活発化している。そんな中で揃って異能を持ち生まれたお前達を更なる災厄を呼ぶ不吉の兆しと畏れる者、或いは伝承にある"二十五番目の存在"を召喚する希望の象徴と期待する者。今、一族だけでなく多くの異能者がこの二つの声に分かれている」
「承知しております」
「私はお前達が双御祖ならびのみおやの再来であると期待している。授かった十二の力を極め、御前は前に立って刃を振るえ」
「はい」
「そして影前」
「っ」
 父の言葉を真正面から受け止める御前に対し、矛先を向けられた影前は下を向いたまま小さく喉を鳴らした。
「お前の役目は姉である御前をその名の通り影から守る事だ。次期当主たる御前に万が一があってはならない。また伝承を叶える為には、御前だけが完全であっても足りぬのだ。お前に宿るもう一つの十二の力が同じように極まった時、"二十五番目の存在"は姿を現す。それらの役目、果たすにはまだまだ未熟である事を忘れるな。常に御前の後ろにあって精進し、道を払え」
「…はい」
 有無を言わせぬ声に消え入りそうな声でそれだけ答え、三つ指をついて深く頭を下げる。鼻を擽る畳の爽やかな香りに、そっと目を閉じた。



 話を終え、少女二人は廊下を歩いていた。
「見ろ、御前だ」
 庭を挟んだ向こうから彼女達の姿を見つけた家門の者達が足を止め、視線だけで追いかける。
「相変わらず凛々しくていらっしゃる」
「来年の春には高校を卒業するのだったな」
「椋礼様から家督を継がれるのも間近だろうか」
「それよりも婚姻が先ではないか?世継ぎが生まれれば、祓戸家の未来も安泰だろう」
「全くだ。ああ、それにしても…」
 昨夜の討伐の場に居合わせた者達と同じく、前を歩く少女を見る目は期待と称賛に満ちている。対して後ろを歩く少女へ向けられる目は、侮蔑と嘲笑で溢れていた。
「あれもあれで変わらないな」
「同じ顔でも、負った責務の重さでああも違って見えるものなのか」
「昨夜も結局大した働きはできていないとか」
「所詮は役立たずの"露払い"か」
「っ」
 広い広い屋敷の中庭は、それ相応に広い。それでも聞こえてくる、いや聞こえよがしに投げられる言葉に何も言い返す事もできず、影前は俯いていた顔を更に下へ沈める。
「そんな顔をするくらいなら、何か言い返せばいいでしょ」
 前から聞こえた声におず、と視線だけを上げると、苛立たしげにしかめられた顔がこちらを見ていた。
「そうやっていつも自信なさそうに俯いてばかりいるから舐められるのよ。大した異能も持ってないくせに口だけは一丁前な連中の言う事なんて、その辺に転がっている雑音と同じじゃない」
「だけど、あの人達の言う通り私には和梧なこみたいにあんなあやを祓える力はないし、影前としての役目も碌に果たせていないのは事実だから…」
「っ、だからそうやってうじうじするくらいなら、もっと努力しなさいよ!あんたは私の影でしょ!何かあった時にそんな風にいられたら、影である事がすぐにバレるじゃない!今さっき父上からも言われたばかりだっていうのに、もう忘れたの⁉︎」
「っ」
 きゅっと首を竦める妹に、和梧は更に苛立ちを募らせる。
「ほら、またそうやってすぐに黙り込む!そういうところが無性にイライラするのよ!言いたい事があるんだったらはっきり言えって何度言わせれば気が済むの⁉︎」
「ただの露払いの私が、次期当主の和梧に言える事なんて…」
「ああ、もういい!父上からは耳に胼胝たこの説教、妹は湿っぽい顔でこっちが憂鬱になるような泣き言しか言わない。朝っぱらから気分最悪よ!」
「御前、いかがされましたか?」
 大声を聞いてきたのだろう。和梧の世話係を務める女中が何事かと廊下の向こうから走ってくる。
「何でもないわ。着替えを出して。学校に行く」
「ですが、まだ朝餉を済ませていらっしゃいませんが…」
「誰かさんのせいで食欲なんか失せたわよ。私がいない間、せいぜいめそめそと自分の不遇を嘆いてれば?」
 当てつけのような捨て台詞を残し、すたすたと部屋へ戻っていく和梧の後ろを女中があたふたと追いかけていく。去り際に一瞥された視線には、"お前のせいで主の機嫌が最悪だ"とでも言いたげな色が濃く混じっていた。
 一人残された少女は、その場に立ち尽くしたままただ俯いている。涙は出ない。今更何を言われたところで、己の立場がどのようなものなのかなど自分が一番よくわかっているからだ。
「…ごめんなさい」
 けれど、唯一無二の片割ればかりに責務を負わせてしまっていると痛感するこの瞬間だけは、自身の無力さを恨めしく思う。そんな思いからぽつりと零れた謝罪の言葉は、誰の耳に届く事もなく風に吹かれて消えていく。
 そこに木の葉がはらりと落ちるのが目に入る。顔を上げると、すっかり黄葉した木が風に揺られていた。そろそろ秋も終わりが近い。冷やりとする手を握り締め少女はもう一度、今度は更に小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。
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