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第三章
6話
しおりを挟む時は少し遡り、光留が帰った後、唯は縁側から森を見ていた。
逢魔が刻に入り、落神や人ならざるモノの活動が活発になる。
「嫌な予感がする……」
光留が月夜と逢わせてくれたおかげか、随分と久しぶりに心と身体が満たされている。
なのに、不安が燻るのは朱華が出ていく時の様子がおかしかったからだ。
唯が初めて朱華に会った時から数十年経つ。彼女が悪霊に落ちかけているのは傍目にもわかりやすく、その気持ちも痛いほどにわかる。だから、何としてでも助けてあげたかったけれど、唯を羨み妬む気持ちがあるからだろうか。根本的な魂の浄化が難しく手間取っていた。
朱華の態度が表面的なものでも、巫女姫ではなく同じ年頃の女の子として仲良くしてくれるのが嬉しくて、少しでも彼女の心が救われるならと、自分を殺す方法も教えた。
でも、それがいけなかったのか彼女の負の感情が徐々に膨れ上がり出会った頃のように黒い靄に侵食されていた。
悪霊に堕ちるのも時間の問題だ。月夜も同じ見立てだから間違いない。心配なのは朱華だけでなく、彼女が取り憑いている光留もだ。悪霊に取り憑かれれば宿主は呪われ死ぬことになる。
光留の場合、彼の魂を覆っている壁がある程度朱華から守っているようだが、それがなくなればあっという間だろう。霊力の高い人間は、良くも悪くも人ならざるモノにとってご馳走だ。
「やっぱり、私も様子を見に行こう」
朱華の気配はまだ森にある。光留が朱華を迎えに行っているはずだが、胸騒ぎがする。
ざわざわと木々が不協和音のように葉擦れの音を響かせる。
森に入ればより一層不快な空気で満ちていた。
――キャアアアアアッ!!
女の悲鳴が聞こえる。あれは、朱華の声だ。
唯の家を出て行った時よりも邪気が強い。
(やっぱり、朱華ちゃんは私のこと……)
あのとき、強制的にでも朱華を送ってあげれば良かった。神の世に行けなくとも、転生は出来たはずだ。
その方が朱華のためだったのに、友達という言葉にほんの少し、浮足立ってしまった。
(やっぱり、私は巫女失格ね)
自嘲しながらも朱華の気配を辿る。これだけ濃い邪気に満ちているなら、光留が心配だ。彼の中には月夜も存在している。
どちらも、失いたくない。
朱華がいるだろう場所には複数の気配があり、一つは落神、もう一つ強い清らかな気配。
(まさか、あの子が……?)
唯にとって、彼女は最愛の人との間に出来た忘れ形見。千年前は顔を見ることも出来なかったけれど、彼女の生まれ変わりには何度も出会っている。
ひと目見たい気持ちはある。だけど彼女の背負う運命を思えば逢わないほうがいい。
彼女であれば光留を助けてくれる。わかってはいるが、月夜と再会できたせいだろうか、どうしても光留の安否が気になる。
それに、朱華の様子も気になる。
(多分、朱華ちゃんはもう……)
悪霊に堕ちてしまっただろう。それでも、友達として最後まで見届けたい。
そんなことを思っていながら、走っていれば人の話し声が聞こえるようになった。
(こっちね)
唯の存在にはまだ誰も気づいていない。
朱華の身体が溶け、黒い靄が彼女だったモノを覆う。警戒するようにそこから離れたところで白狐が揚羽の前に立ち、光留と揚羽が何か話し込んでいる。どうやら光留は怪我をしているようだ。無理もない。彼は朱華に取り憑かれている状態だった。
転生時の弊害なのか、光留の魂を覆っていた壁が朱華の邪気から彼を守っていたが、朱華があそこまで堕ちてしまえば多少なりとも影響は出る。
「あなたの血が出ているからちょうどいいわ。仮契約しましょ!」
揚羽が明るく提案する。そして――。
「え……」
二人の唇が重なった。
それはすぐに離れたけれど、唯にはある意味衝撃だった。
「な、んで……」
光留は月夜の生まれ変わりで、唯に好意がある。ついさっき告白されたばかりだ。
光留には申し訳ないが、唯の中ではやはり月夜しかいない。
けれど、光留の外見と声は月夜とよく似ている。そして、相手は自分の娘だ。
光留と月夜は違う。頭では理解していても感情が追い付かない。
「っ、後でちゃんと対従ノ儀を絶対やり直すからな」
光留が揚羽に向って約束する。
「そうしてくれると助かるわ。じゃあ、彼女を助けましょうか」
揚羽も満更ではないようで、それがなんだか胸を締め付ける。
(どうして、月夜様はそれを許したの? 私は、私は……)
どうすればいいのだろうか。光留の事を思えばこれが正解なのだと思う。だけど、彼の中には月夜がいて、月夜は唯の――凰花の守り人だ。
胸が、苦しい。混乱していると、朱華から悲鳴があがった。
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