君と歩む物語~古の巫女の物語・番外編~

葛葉

文字の大きさ
12 / 58
光留と花南

第十一話

しおりを挟む

「出ない……」
 光留は既に半日以上スマホの画面と睨み合っていた。
「既読にもならないし……」
 昨日、花南とのデートを途中で切り上げてしまった埋め合わせを、今日すると言った。花南も別れ際に頷いてくれたから、光留から連絡が入るのはわかっていたはずだ。
(まさか、嫌われた……?)
 あり得るかも。デート中に別の女から電話がかかってきたら、そりゃあ快く思わない。光留だって逆の立場なら腹立たしく思う。
 蝶子のことはいずれ話さなければいけないとわかっていた。
 だけどタイミングが合わないと言い訳して、先延ばしにしすぎた自分に非がある。
 でも、だからと言って半日以上何も連絡がないというのもなんだか嫌な予感がする。
「でも家まで押し掛けるのもな……」
 さすがに女の子の家に勝手に入るわけにもいかない。たとえ合鍵を預かっていても、家に家族でもない、同居しているわけでもない男がいたら、怖いと思うだろう。花南のような繊細な女性ならなおさら。
 もう少し様子を見るべきか、それとも様子を見に行くべきか。
 うんうんと悩んでいれば、突然スマホの着信音が鳴り響く。
 画面には、花南の名前が。
「っ、もしもし花南!? 昨日はごめん! だから……」
「み、つる、く……」
 いつもより弱弱しい花南の声に、光留はハッとする。
「花南、何かあった?」
「たす……け……」
「花南? 今どこに?」
 突如、ゾワリと得体のしれない悪寒が、耳に入り込んできた気がした。
「っ!? 呪詛、だと?」
 思わず手を離した際に通話が切れた。
 光留はもう一度花南の番号をタップする。しかし、鳴るのは発信音だけで、出る気配はない。
「くそっ、花南に何が……」
 光留はひとまず財布とスマホを持って花南のアパートへ走った。
 しかし。
「花南! いるか!?」
 しんと静まり返る部屋の中。ワンルームの部屋だから大した広さはない。花南はすぐに見つかると思たが、クローゼットやベッドの下にも花南はいなかった。
「いったいどこに……」
 通話口から聞こえた花南の声から、呪詛が入り込もうとしていた。
「呪詛……花南がそんなこと知ってると思えないし……。誰かの入れ知恵か?」
 しかし、光留の周辺に呪詛に詳しい人間なんていなかった。
 神道学科の学生の中にも、通話口を介して呪詛を送り込むような知識や経験、霊力があるような生徒を見たことない。
「待てよ。あの呪詛、昨夜の気配に似てる……。まさか、花南、俺を尾けて来たのか……?」
 彼女がそんな大胆なことするとは思えず、信じがたかったが、蝶子は大量に入ってきたと言っていた。光留達が倒したのは危険度の高い落神だけだ。それ以外は放置、というわけではないが、結界が張り直されれば清浄な空気が満ちた結界内で活動できないような弱いもののはずだ。
 だけど、消える前にもし落神達が花南を見つけたとしたら?
 お守りの交換が定期的に必要なのは、お守りが花南の身代わりの役目を果たしているからで、お守りが引き受けられる呪いや呪詛には上限があるからだ。
 光留とて同じだ。蝶子が落神や悪霊を祓い続ければ、その分守り人である光留に呪いや呪詛の類が流れ込んでくる。しかし、光留は生きた人間だ。霊力が強く、ある程度対処できると言っても身の内にため込みすぎれば肉体や魂を食い荒らされる。それを防ぐのが巫女であることから、昔から巫女と守り人の力は同等になるように組まされていた。
 だが、花南は違う。花南は巫女でもなければ守り人でもない。ただのか弱い非力な女性で、霊感があって、引き寄せやすいというだけ。なんの対処も出来ない彼女がお守りだけで無事でいられる保証はない。
 光留は全身から血の気が引くような気がした。
「っ! 頼むから違っててくれ!」
 花南は神社のどこかにいるはずだ。ここから凰鳴神社まで走っても五分はかからない。
 その五分は永遠とも取れるくらい長い時間のようにも感じる。
 もしも花南に何かあれば、失うようなことがあれば、今の光留に耐えられる自信はない。
(月夜も、きっとこんな気持ちだったんだろうな……)
 自分が処刑されるとわかっていても、大切なものを守りたくて必死だった。あの頃は理解できてなかった感情が今理解できるようになったのは、やはり花南の存在が大きいからだ。
 神社に着けば、参拝客でごった返していたが、落神や悪霊の気配は少ない。もし人が倒れていれば騒ぎになっているだろう。
(ここじゃない。ってことは、やっぱり禁域の方か……)
 社務所に念のため顔を出してみると、朱鷺子がいた。
「あら、光留どうしたの?」
「お袋、花南来てない?」
「花南ちゃん? 今日は見てないけど」
 電話口の様子であれば、朱鷺子が見つけていれば光留にも連絡が来ているはずだ。
 当然と言えば当然だろうが、落胆は隠せない。
「いや、来てないならいい。奥の方見てくる」
「そう? そういえば、今朝から林の方で変な空気が流れてるのよねえ。もし行くならちょっと祓っといてくれる? お客さんが万が一迷い込んだら困るし」
「わかった」
 光留は急いで林の方へ行く。
「花南! いるか!?」
 返事はない。禁域の周辺は昨夜蝶子が張り直した結界のおかげで清浄に保たれている。
 だが、よくよく意識してみれば近くに陰気が濃い場所がある。
 ごく弱い落神の気配がいくつもあって、そこに悪霊も集まっている。
 嫌な予感がする。落神や悪霊が集まっているということは、彼らが好む何かがそこにあるということだ。
 例えば、人間の若い娘や、霊力が強いもの。あるいは花南のような引き寄せ体質のような人間。
「花南……?」
 光留は陰気が溜まっている場所へ向かうと、そこには黒い靄のような塊がいくつも集まって山にも似た繭のようなものを形成していた。
「これは、すごいな……」
 正直、初めて見る。邪気や陰気の段階を通り越した瘴気は何かを核として、もぞもぞと悍ましく蠢いている。
 一体一体は強くないが、塵も積もればなんとやら。まるで一つの生き物のようで、あまりにもな状態に吐き気すらしてくる。
 そして、今の光留は万全じゃない。昨日祓った落神や悪霊の呪詛が体内に残っている状態で、祓いきれる自信はない。
 しかし、迷っている暇はない。
『人間……』
『新シイ生贄』
『強イ霊力』
『呪ワレテイル』
 落神や悪霊が光留を見つける。
『コノ娘ガ欲シイノカ?』
 落神がにんまりと嗤った気配がした。そして、落神達が囲む中心に花南はいた。
「花南!」
 横たわって蒼白な顔面。生気はなく、今にも事切れそうなほど、呼吸は浅い。
 そして、食い荒らされている花南の魂。
 ――光留君。
 柔らかで暖かな色をした、花南の魂が、欠けている。
 光留の中で何かが弾けるような気がした。
「お前ら……花南を喰ったのか……」
 低く、冷ややかな声がポツリと零れる。
『嫉妬、憎悪、嫌悪、恨ミ……コノ娘ノ魂ハトテモ美味イ。ダカラ大事ニ食ワネバナァ』
『柔ラカナ肉、甘イ血、コレホド極上ナモノハ少ナイ』
『貴様モ食ロウテヤロウ。ソノ霊力ノ強サ、人間ニシテオクノハ惜シイ。我ラノ糧ニシテヤロウ』
 落神の黒い触手が、光留を取り込もうと伸ばされる。
 だが、次の瞬間、ドンッ! と爆発が起きた。
「低俗な貴様らごときが、俺とその娘に触れるな」
 光留の黒い瞳が、青く染まった。
「炎なんて生温い。その魂ごと滅してやる」
 光留の手の中に青白い靄のようなものが現れる。
『ナッ! 貴様、ソノ力!?』
『落チテモイナイ神ガ何故、ココニ!』
「やかましい。俺の前から消え失せろ」
 光留が手を振れば、花南を取り巻いていた落神や悪霊が一瞬で消えた。
 辺りには何もない。
「造作もない。だが……げほっ、ごほっ」
 光留の口から血が吐き出される。膝から力が抜けて、足が震える。
「っ、くそ。やっぱ慣れないことするもんじゃねえな……」
 だが、そのおかげで花南の周りにいた落神や悪霊は祓えた。
「かなん……」
 ぐったりとする花南を抱きかかえ、光留は凍り付く。
「まだ、終わってない……」
 花南の中には複数の落神と悪霊が入り込んでいた。
 魂を食い荒らす為ではなく、花南の負の感情を利用して新たな怪異の苗床とするために。
「うそ、だろ……。花南! 頼むから目を開けて!」
 祓詞でもここまで深く入り込んでいると祓いきれない。
 花南の手を握り、唇を塞いで、中の落神と悪霊を自分に移そうと試みるが、数が多すぎて追いつかない。
 それだけでなく、先ほど祓いきれなかったり、違う場所にいた悪霊たちも再び集まってきて、光留の中に入り込もうとする。
「くそっ、なんなんだよ。なんで……。お願いだから花南死なないで……。俺を、独りにしないで……」
 もう、あの時のように見ているだけで何もできない自分にはなりたくなかった。
 でも、自分にできる限界があることを、光留は知っている。
 だから、光留は唯一頼れる人へと電話をかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな
恋愛
「覚醒しなければ、生きられない———       しかし、覚醒すれば滅びの呪いが発動する」 100年前、ヴァンパイアの王家は滅び、純血種は絶えたはずだった。 しかし、その血を引く最後の姫ルナフィエラは古城の影で静かに息を潜めていた。 戦う術を持たぬ彼女は紅き月の夜に覚醒しなければ命を落とすという宿命を背負っていた。 しかし、覚醒すれば王族を滅ぼした「呪い」が発動するかもしれない———。 そんな彼女の前に現れたのは4人の騎士たち。 「100年間、貴女を探し続けていた——— もう二度と離れない」 ヴィクトル・エーベルヴァイン(ヴァンパイア) ——忠誠と本能の狭間で揺れる、王家の騎士。 「君が目覚めたとき、世界はどう変わるのか......僕はそれを見届けたい」 ユリウス・フォン・エルム(エルフ) ——知的な観察者として接近し、次第に執着を深めていく魔法騎士。 「お前は弱い。だから、俺が守る」 シグ・ヴァルガス(魔族) ——かつてルナフィエラに助けられた恩を返すため、寡黙に寄り添う戦士。 「君が苦しむくらいなら、僕が全部引き受ける」 フィン・ローゼン(人間) ——人間社会を捨てて、彼女のそばにいることを選んだ治癒魔法使い。 それぞれの想いを抱えてルナフィエラの騎士となる彼ら。 忠誠か、執着か。 守護か、支配か。 愛か、呪いか——。 運命の紅き月の夜、ルナフィエラは「覚醒」か「死」かの選択を迫られる。 その先に待つのは、破滅か、それとも奇跡か———。 ——紅き誓いが交わされるとき、彼らの運命は交差する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神楽坂gimmick

涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。 侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり…… 若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

清楚な執事長、常駐位置が“お嬢様の隣”に確定しました

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話・後日談12話⭐︎ 清楚で完璧、屋敷の秩序そのもの——そんな執事長ユリウスの“常駐位置”が、なぜか私の隣に確定しました。 膝掛けは標準装備、角砂糖は二つ、そして「隣にいます」が口癖に。 さらに恐ろしいことに、私が小声で“要求”すると、清楚な笑顔で「承知しました」と甘く返事をしてくるのです。 社交は上品に、恋心は必死に隠したい。 なのに執事長は、恋を“業務改善”みたいに制度化して逃がしてくれない——! むっつり令嬢の乙女心臓が限界を迎える、甘々コメディ恋愛譚。 清楚な顔の執事長が、あなたの心臓まで囲い込みにきます。

処理中です...