君と歩む物語~古の巫女の物語・番外編~

葛葉

文字の大きさ
24 / 58
光留と花南

決断

しおりを挟む
 剣崎と別れて、光留は花南を抱えて近くの公園へと来ていた。
 遊具も何もない小さな公園の片隅にあるベンチに、花南を座らせる。
「大丈夫か?」
「うん、ごめんなさい……」
「花南が謝ることじゃないよ。でも、これで落神の核がどこにあるか、わかった」
「……うん」
 花南も、まさか実家の両親が神社のご神体を持っているなんて想像もできなかった。
 光留の神主としての仕事をすべて把握しているわけではないけれど、彼と結婚するにあたって、花南も少しは勉強していた。
 その中で、神様の魂が宿るご神体がどれほど大切なものかは理解している。
 光留が心配そうに花南の頬に手を添える。
 その温かな手が心地よくて、花南は光留の手に自分の手を重ねた。
 甘えるようなその仕草に、光留は花南が愛おしくてたまらなくなる。
 けれど、今から花南に酷なことを伝えなければならない。
「花南は東京に戻った方がいい。全部終わったら、ちゃんと連絡するから」
「っ、ダメ! そんなことしたら、光留君が……!」
 光留はそっと視線を外す。
「…………俺が君の両親を殺すところを見たい?」
 普段の光留からは想像できないような、冷たい響きを含んだ声に、花南はぴくりと震えた。
「俺は、花南が一番大事。花南以外がどうなろうと、構わない」
 花南が大切にしているものは守りたい。でも、花南に危険が及ぶのであれば切り捨てることに躊躇いは無い。
「前にも言ったけど、俺の前々世は神様だったんだ。神様の独占欲って、際限がないんだよ」
 花南を誰にも見せたくない。傷つけたくない。腕の中に閉じ込めて、ただ甘やかして、自分なしでは生きられないほど依存させたい。
 そんな欲望が、光留の中から際限なくあふれてくる。
 自分でも、いつまでそれを抑えていられるのか分からないほどだ。
「花南を閉じ込めて、誰にも見せたくないって思うくらい、俺はその頃の影響が強いみたいだ。だから、花南を傷つけるなら、俺は花南の両親でも殺すよ」
 一瞬、光留の瞳が黒から青に変わったように見えた。
 ぞくりと、花南の背中を冷たい汗が伝う。
(光留君は、本気だ……)
 彼は、花南が両親の運命にもう気づいていることを察している。
 花南にはどうにもできない。蝶子を巻き込むにしても落神の呪いは全て光留に返ってくる。
 結果として、光留にすべての罪を背負わせることになる。
 守り人とは、そういう存在だ。
 巫女姫が受けるはずだった罪や罰、呪い、悪意――それらをすべて肩代わりする者。
 ならば、光留が直接手を下すのも、蝶子の手を借りるのも同じこと。
 だったら、自分の手で終わらせた方が効率的だと、光留は考えた。
 それは、きっと正しい。
 花南がいても、蝶子のように浄化の力があるわけではない。霊的な知識が豊富なわけでもない。
 自分が足手まといなのは分かっている。
 それでも――。
「っ、いや……」
「花南?」
 花南は勢いよく光留に抱きついた。その衝撃で光留は尻餅をつく。
「いてっ! っ、花南?」
 花南の顔を覗き込もうとするが、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
 女性の力だからそれほど苦しくはないし、引き離そうと思えば簡単にできる。
 けれど、胸元が濡れているのに気づき、光留はそっと抱きしめ返した。
「いやっ、嫌よ! どうして、どうして光留君ばっかり……!」
 前世の罪の償いを求められているのだろうか。
 けれど、守り人だったからこそ、花南は光留と出逢えた。
 花南の問いに、光留は答えられない。
 それは、光留自身が何度も自分に問い続け、けれど最後まで答えを出せなかった問いだからだ。
「泣かないでよ、花南……」
「ふっ、光留君が、悲しいことばっかり……ひっく、言うからぁ……」
「うん、ごめん。でも、花南に嘘はつきたくないんだ」
 花南が大切だからこそ、誠実でいたい。たとえ辛いことであっても、向き合おうとしてくれる。
 花南が責めても、きっと光留は黙って受け入れるだろう。
 光留は、残酷なほど優しい。
 優しすぎるから、花南はとても苦しい。
 花南が泣き止むまで、光留は小さな背中を撫で続けた。
 どれくらいそうしていただろうか――花南が小さく呟く。
「蝶子ちゃんでも、難しいって、ことだよね……?」
「多分な。けど、ご神体を浄化できれば転生は出来るかもしれない」
 昨晩、蝶子と電話で話したとき。
 蝶子も「最悪の状態を通り越している」と言った時点で、二人の生存はほぼ絶望的だと察していた。
 それでも、転生なら――まだ間に合うかもしれない。
 けれど、それも時間との戦いになる。
「……光留君」
「ん?」
 花南が顔を上げる。泣いたせいで痛々しいくらい目が腫れていることに胸が痛む。
(俺に癒しの力があればよかったんだけどな)
 そんなことを思いながら花南を見つめていると、ふいに花南の顔が近づいて、唇が重なった。
 それは、一瞬の出来事だった。
「わたしも、光留君が大事。お父さんも、お母さんも大事だけど、それ以上に光留君が大事なの」
「う、うん……」
 光留は、どくどくと波打つ心臓を抑えながら、花南の言葉に耳を傾ける。
「お願いだから、光留君ひとりで背負おうとしないで。わたしは、なんにも出来ないかもしれないけど、光留君のそばにいる」
「それは、うれしいけど……」
「お父さんとお母さんのことはショックだけど、でも……仕方ないのかなって気持ちも、あるの」
 大学進学を機に上京し、両親と離れて少しほっとした自分がいた。
 霊感体質の自分を、家族は腫物のように扱っていた。
 唯一、祖母だけが理解してくれていた。でも、その祖母も亡くなってしまった。
 実家に帰ることもほとんどなく、友人も多くはない。
 独りで生きて、独りで死んでいくんだと思っていた。
 そんな自分の前に、光留が現れた。
 理解してくれて、愛してくれて、望んでくれて。
 人の温もりを、初めて知った。
 彼を好きだと自覚して、付き合うようになって知った光留の運命の重さに、支えられる自信がなくて、別れようとしたこともあった。
 それでも――一途に愛情を注いでくれる彼が愛おしい。
 一緒に戦うことはできなくても、そばで見守ることならできる。
 ほんの少しでも、彼の罪を分けてほしいと思った。
「それに、いつかは親と離れるものだもの。わたしの場合は、今がその時なだけ」
「それは、そう……だけど……」
 純粋な寿命で別れるのとも、事故で突然死ぬのとも違う。
 意図的に神様の元へ還す。――その存在ごと、消すかもしれない。
「きっと、怖い思いをさせる……」
「光留君と一緒だもの。怖くても、我慢するわ」
「俺は、花南にだけは嫌われたくない……」
「置いていかれる方が拗ねるわ。それでもいい?」
「う……、どっちも、困る……」
 珍しく気弱な光留に、花南はくすりと笑う。
「ねえ、光留君。光留君はさっき、自分が神様だったから、独占欲が強いって言ったけど。……わたしもね、光留君の事誰にも渡したくないって思うくらい、光留君のことが好き」
 花南の言葉に光留の目が見開く。
 そうして気付く。
(ああ、俺は花南に、“俺だけの巫女姫”に出逢うために生まれたのかも――)
 花南の家系は、かつて神に仕えていた血筋。
 時代とともにその力は薄れたが、彼女にも巫女としての素質があったのかもしれない。
 そして、かつて神だった自分に見初められた――。
 光留だけの、巫女姫だ。
 契約で結ばれた巫女姫と守り人ではない。
 神様のつがいとなるべき、巫女姫。
 それが、光留にとっての花南だった。
 光留の瞳から、ぽたぽたと涙が零れる。
「っ、ありがと、花南――。生まれてきてくれて……」
 花南に抱き締められて、光留はようやく“月夜”の前世と決別できた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな
恋愛
「覚醒しなければ、生きられない———       しかし、覚醒すれば滅びの呪いが発動する」 100年前、ヴァンパイアの王家は滅び、純血種は絶えたはずだった。 しかし、その血を引く最後の姫ルナフィエラは古城の影で静かに息を潜めていた。 戦う術を持たぬ彼女は紅き月の夜に覚醒しなければ命を落とすという宿命を背負っていた。 しかし、覚醒すれば王族を滅ぼした「呪い」が発動するかもしれない———。 そんな彼女の前に現れたのは4人の騎士たち。 「100年間、貴女を探し続けていた——— もう二度と離れない」 ヴィクトル・エーベルヴァイン(ヴァンパイア) ——忠誠と本能の狭間で揺れる、王家の騎士。 「君が目覚めたとき、世界はどう変わるのか......僕はそれを見届けたい」 ユリウス・フォン・エルム(エルフ) ——知的な観察者として接近し、次第に執着を深めていく魔法騎士。 「お前は弱い。だから、俺が守る」 シグ・ヴァルガス(魔族) ——かつてルナフィエラに助けられた恩を返すため、寡黙に寄り添う戦士。 「君が苦しむくらいなら、僕が全部引き受ける」 フィン・ローゼン(人間) ——人間社会を捨てて、彼女のそばにいることを選んだ治癒魔法使い。 それぞれの想いを抱えてルナフィエラの騎士となる彼ら。 忠誠か、執着か。 守護か、支配か。 愛か、呪いか——。 運命の紅き月の夜、ルナフィエラは「覚醒」か「死」かの選択を迫られる。 その先に待つのは、破滅か、それとも奇跡か———。 ——紅き誓いが交わされるとき、彼らの運命は交差する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神楽坂gimmick

涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。 侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり…… 若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

清楚な執事長、常駐位置が“お嬢様の隣”に確定しました

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話・後日談12話⭐︎ 清楚で完璧、屋敷の秩序そのもの——そんな執事長ユリウスの“常駐位置”が、なぜか私の隣に確定しました。 膝掛けは標準装備、角砂糖は二つ、そして「隣にいます」が口癖に。 さらに恐ろしいことに、私が小声で“要求”すると、清楚な笑顔で「承知しました」と甘く返事をしてくるのです。 社交は上品に、恋心は必死に隠したい。 なのに執事長は、恋を“業務改善”みたいに制度化して逃がしてくれない——! むっつり令嬢の乙女心臓が限界を迎える、甘々コメディ恋愛譚。 清楚な顔の執事長が、あなたの心臓まで囲い込みにきます。

処理中です...