偽りだらけの花は、王様の執着に気付かない。

葛葉

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第二章

第8話

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 懐かしい夢を見た気がする。
 あれからまだ3年しか経っていないと思うと、早いような、あっという間だったような不思議な気持ちだ。
 サファルティアが目を開けると、見慣れた天井があった。
「僕の、部屋……?」
 眠る前はシャーロットと新婚旅行に行ったサマギルム島にいたはずだ。
 身体を起こせば頭がガンガンと痛んだ。
「えっと……、僕はいつ王宮に……」
 シャーロットに無理やり身体をこじ開けられたのが最後の記憶だ。
 まだ旅行日程も2日程あったはずだが。
(そういえば、意識がぼんやりしている間に、何度か薬を飲まされたような……?)
 真偽は分からないが、それだけシャーロットを怒らせたということだろう。
「サファルティア殿下!」
「マール……」
 サファルティアの専属メイドであり、唯一ティルスディアがサファルティアだと知るマールは、慌てた様子でサファルティアに駆け寄る。
「サマギルム島でお倒れになったと聞いて、私はっ……」
「えっと、ごめんなさい……?」
 マールに状況を聞けば、サファルティアは旅行中に倒れ、シャーロットが連れ帰ってきたのだという。
 それから3日程が経過しているというから、サファルティアは5日近く眠ったままだったということだ。
(ティルスディアに謹慎させたのだから、そこまでしなくても……)
 いや、シャーロットを不安にさせた非は自分にある。
 寝ている間に手足が切り落とされていないだけ僥倖だろう。
「陛下は?」
「はい、執務されております。今夜もいらっしゃると仰っていましたよ。殿下の目が覚めたとお知りになれば、陛下も喜ぶでしょう」
「そう、ですね……」
 果たして冷静に話し合えるだろうか。
 そもそも、自分が目覚めたことをシャーロットは喜ぶのだろうか。
 不安なまま、サファルティアは夜を待つことになる。


「ティルスディア殿下の目が覚めたそうですよ」
「そうか」
 シャーロットは侍従からの報告に素っ気なく返す。
 いつもなら侍従が慌てたり、グライアスやエイヒャルが苦言を呈したくなるほど喜び、仕事を放り出してティルスディアの部屋へ向かうところなのに。
 旅行中に何かあったことは薄々察してはいたが、今までの溺愛ぶりが嘘のように静かだ。
(……本当は、もう少し眠らせておきたかったんだがな)
 これ以上強い睡眠薬は、サファルティアの命が危なくなる。
 サファルティア専属メイドであるマールには滋養薬だと言い、毎晩サファルティアの元を訪れ密かに飲ませ続けていたが、王族として幼い頃からサファルティア自身も毒の耐性をつけさせている。
 飲ませた薬は庶民では高くて手が出ないほど高価で強いものだが、飲ませ続けるにはやはりリスクがある。
 サマギルム島で、無理やりサファルティアを組み敷いたことは後悔していない。
 サファルティアは自分のもので、サファルティア自身自分の役目を理解している。多少乱暴に扱っても文句や抵抗はあっても、役目を放棄することはない。
(もっとも、逃げ出したら本当に手足を切り落としてやるだけだが)
 シャーロットが手ずから彼の世話をし、生きるも死ぬも、シャーロット次第。誰の目にも触れさせず、2人だけの鳥籠で過ごすのも悪くない。
 こんな感情を抱くのは、サファルティアにだけだ。
 甘美な妄想に浸りそうになるのをげんなりするような書類に目を通して誤魔化す。
 あの日、ルーディアに対する嫉妬は確かにあったけれど、昏倒させたのには一応理由がある。
「陛下、報告書です」
 侍従が持ってきた書類に目を通す。
「ああ、やはりか……」
 その書類に書かれていたのは、ある意味予想通りではあった。

 ――ジョルマン・キャロー公爵、並びに夫人の死因は事故死ではなく、殺害である。

 先王ノクアルドから引き継いだ調査のひとつだ。
 ノクアルドとジョルマンは従兄弟で幼馴染み。ノクアルドにとってはもっとも身近な臣下であり、サファルティアの実父。
 若くして公爵位を継いだジョルマンが、生まれたばかりの赤子と、妻を連れて自領に戻る道すがら馬車が横転し崖から落ちるという事故を起こした。
 しかし、事故の状況はとても不自然だった。
 王都からキャロー領への道は整備されていて、真冬の雪の深い時期ならともかく、夏の終わりとなると見通しも悪くない。
 多少道が細いのが気がかりであったが、よほど下手な御者でなければ比較的安全な道だった。
 キャロー領は王家の別荘があるため、シャーロットも何度か行ったことがあるが、事故になりそうな場所は殆どなかった。
 賊に襲われた形跡はなく、前日やその日程の近辺で大雨が降ったという記録もない。
 当時は事故として処理しているが、ノクアルドはどうしても諦められなかったのだろう。ずっと親友の死の真相を探っていた。
 生前は突き止めることは叶わなかったが、シャーロットに引き継がれたその調査は、サファルティアを守る為でもあった。
(狙いがジョルマン・キャロー公爵の王位継承権であれば、サフィが生きていることが知られれば不味い……)
 キャロー公爵夫妻が抱えていた赤子はいまだ行方不明の扱いだ。
 それ自体はサファルティアも特に気にしている様子はなく、むしろそのままの方がいいと納得している。
(そもそも、ジョルマンが若くして公爵位を継いだ理由は?)
 キャロー家は、シャルスリア王国建国時から王家に仕える忠臣で、政治の場でも中心となってきた一族だ。
 3代前の王の姉が、当時のキャロー家当主に嫁いでいるため、低いながらも王位継承権を持っている。
 シャーロットに子どもがいない今、サファルティアは王位継承権第一位となっているが実の両親の元で育っていれば、第五位とそれほど高くない。
 それもあって本人は王になるつもりはないと言っているのだが、それはそれとしてシャーロットがサファルティアを王太子に指名していないのは完全に私欲だ。
(サフィがいなくなれば継承権の順位が繰り上がる。だが、それは結果であって目的は本当に継承権か?)
 記録によればジョルマンの父親の死は、一族内で処罰されたことによるものらしい。
 しかも、処罰したのはジョルマンだ。
 シャーロットが彼と会ったのはまだ物心つく前で、正直記憶にないに等しい。ノクアルド曰く、サファルティアの容姿や性格は、ジョルマンによく似ているらしい。
 つまり、平時であれば穏やかな気質だったはずだし、ノクアルドもたまに「あの頑固者!」と憤慨していたが、意見の衝突はあっても理性的で温厚な性格だったのだろう。
(王の腹心が殺害される。まあ、動機は十分にあるだろう)
 例えば、政敵によるものだったり、一族内での復讐だったり……。
 考えればきりがないだろう。
「陛下、よろしいですか?」
 シャーロットが考え込んでいると、グライアス・オルガーナ侯爵が珍しく軍服を着て入ってきた。
 軍部の責任者ではあるが、現役を退いて久しいグライアスが軍服を着ているのは珍しい。
「軍の再編構成です」
 書類を受け取ったシャーロットは、目を通すと顔を顰めた。
「お前の名が無いんだが?」
「ははは、無茶をおっしゃられますな。私もいい加減年ですし、息子にそろそろ家督を譲ろうかと。次の春の再編は丁度いい機会です」
「馬鹿なことを言わないでくれ。正装できたのは当てつけか?」
「まさか! シャーロット陛下もサファルティア殿下も、私にとっては可愛い弟子であり、息子のように思っております。だからこそ、私のような老いぼれがいつまでもトップでいるわけには行かない」
「老いぼれって……まだそんな年じゃないだろう……」
 グライアスはまだ47歳と、若くはないが年寄りというほどでもない。
 平和なシャルスリア王国の軍部、特に今の若い世代は戦場を知らない。グライアスとて同じだろうが、グライアスの剣の腕前は国内でも類を見ない。だからこそ王家の剣術指南役として重宝されてきたし、侯爵家としての地位を確かなものに変えた。
 シャーロットとしても、それだけの人物をそう安々と手放すわけにはいかない。
「――今のシャルスリアは平和で良い国です。私の父や祖父の代ではまだ、内乱や紛争が絶えず、それはそれはひどい有様だったと」
 王宮史を紐解けば、今では信じられない程の地獄絵図が載っていて、丁度飢饉の時期と重なったこともあり、悲惨な有様だったのをシャーロットも思い出す。
 それから2代に渡って当時の王達が内政に力を入れることに舵を切り、ノクアルドが即位する頃にはある程度落ち着きを見せていた。
 それから20数年が経ち、シャルスリア王国は平和を維持してきている。
「ジョルマンの死が殺人と確定したそうですね」
「ああ」
 シャーロットは内心「あ」と思う。
 グライアスはノクアルドやジョルマンより年齢は上だがほぼ同世代と言っても過言ではない。そんな2人とオルガーナ家の交流があるのは何も不思議なことではないだろう。
「アレは、始末をつけに行ってくる、と言っていました。穏やかなようで、ジョルマンは意外と正義感が強く、一族内の不正が許せなかったのでしょう。結婚が決まり、妻や我が子に憂いを残したくないと、思っていたようです」
 シャーロットはグライアスの言葉に眉を顰める。
「……不正? キャロー家が?」
 グライアスが頷く。
「私も詳しくは聞いておりません。ただ、あれは……そう。ジョルマンが結婚する少し前ですね。ちょうど、今のサファルティア殿下と同じ19歳でした。一族内に裏切者がいるかもしれないと相談を受けたのは」
 その時は「そんなことあるものか!」と笑い飛ばした。
 当時のキャロー家当主も宰相としての知識や先見の目は確かで、とても有能な人物だった。ただ、陰で強欲だとか、高慢だとか、王家や国民を見下すような発言があったと言われてはいた。
 当時ジョルマンは王宮に仕官したばかりで、親の七光りだのなんだの言われながらも王太子だったノクアルドをよく支えていた。
 ノクアルドを中心に、政治はジョルマンが、軍部はグライアスが支えていく柱になるのだと若いながらに夢や希望があり、3人で酒を飲んだりもした。それくらい仲が良かったのだ。
「私は、ジョルマンが死んだときそのことを思い出して少し後悔したのです。……陛下、ジョルマンの死が殺人と確定した今、私を調査に加えていただきたい。そして友の雪辱を晴らしたいのです」
 グライアスが調査に加わるなら、確かに早いし正確な報告が上がってくるだろう。
 しかも、次の軍部の最高責任者はグライアスの信頼のおける部下を付けている。万が一自分に何かあったときにちゃんと組織が回るように手を回している。そして、シャーロットに文句が付けられないように、その根回しなどとっくにしているのだろう。
「……わかった。だが、この組織案は保留だ。お前にはまだ働いてもらいたいからな」
「感謝いたします」
 
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