偽りだらけの花は、王様の執着に気付かない。

葛葉

文字の大きさ
31 / 93
第二章

第9話

しおりを挟む

 ことの始まりは、今から20数年程前に遡る。
 19歳になったジョルマン・キャローは、昨年の春に王宮への仕官が許され、幼い頃より婚約していた令嬢との結婚が決まった。
 王宮では王太子であるノクアルドの側近として交渉や政策を打ち出すための調査など、様々な仕事がある。目の回る忙しさでありながら充実してた日々だった。
 婚約者との仲も良好で、婚約が決まった頃から年に数回顔を合わせたり、文通したりして想いを深めていた。政略結婚だから、恋と呼ぶには少し淡いが、それでも確かに2人の間には絆がある。
 日取りが決まってホッとし、ジョルマンは親友であるノクアルドに報告した。
「そうか! おめでとう。お前ずっとアリアのこと好きだったもんなぁ!」
「ばっ、好きとか……いや、好きだけど……、とにかく、僕は日程は伝えたからな!」
「ああ、俺達も必ず式には行こう。なぁ、ジア?」
「ええ、もちろん。あなたの晴れ舞台を祝わせてね」
 幼馴染たちに祝福され、ジョルマンは嬉しそうに笑う。
「ノアはともかく、ジアは大丈夫? 妊娠した女性は大変だって聞いたけど……」
「ふふ、ジョーは心配性ねえ。大丈夫よ。だってノア様の子よ? とっても頑丈に育つわ」
「おい、どういう意味だ」
 式は王都内の教会で行われる。自領でも良かったが、ジョルマンの仕事が忙しすぎて、領に戻る暇がない。それに、妊婦であるクルージアを連れ回すのもさすがに気が引けたが、当の本人が祝う気満々なので、ジョルマンは素直に受け取ることにした。
「確かに、ノアとジアの子ならきっと可愛くてカッコいい子になるだろうね」
「当然だ。そうしたら、次はお前たちの番だからな。お前の子が女の子だったら、この子の婚約者はどうだ?」
「えー、女の子だったらお嫁に出したくないなぁ……きっとアリアに似てかわいい子だろうし、心配で家の外にも出したくないかも」
「はぁ? 未来の王妃だぞ。身分的にもちゃんと釣り合うし、うちの子ほど良物件はないと思うんだが?」
「僕だったら絶対嫌だな。王族になるって考えただけでもぞっとする」
「なんだと?」
 ジョルマンが冗談交じりに言えば、ノクアルドは目を吊り上げて怒る。
「ていうか、男の子って決めつけてるけど、まだ生まれてもないのに……」
「ふふふ、確かにね。でもこの子はきっと男の子よ」
「ジアが言うと本当にそうなるから怖いなぁ」
 コロコロと笑うクルージアにつられてノクアルドやジョルマンも笑う。
 ジョルマンの結婚をたくさんの人が祝ってくれる。幸せだと思いながら友人たちとの時間を過ごした後、王都内にあるキャロー公爵邸へ戻る。
 自室に戻る道すがら、月明かりに照らされた庭に面した回廊を歩いていると、不意に話し声が聞こえた。
 夕食はノクアルド達と共に摂ってきたから、少し遅くなってしまった。そのため、使用人たちも既に休んでいるものが大半で、人通りはほぼないに等しい。
 そのせいか、ぼそぼそと喋る声はよく響いた。
(あれは、父上と……?)
 父と同じくらいの年齢だが、シャルスリア王国の人間でないことはひと目で分かった。
 公爵邸に外国の貴族が来ること自体は珍しくないが、何となく嫌な予感がして、ジョルマンは2人の後を追った。
「――の、道は……」
「で…………、だろ…………」
 声が小さいが、聞き取れるくらいまでジョルマンが近づいても2人が気付いている様子はない。
 人気のない場所で他国の人間と密会している理由がわからず、ジョルマンは身を隠して2人の会話を盗み聞く。貴族の令息としてあまり行儀のいいことではないけれど、聞いておかないといけないような気がした。
「では、メイドも一人追加しましょう」
「ああ、ちょうど王妃殿下が新しい侍女を欲しがっていた。その枠に推薦しておこう」
 この話だけ聞いていれば、就職の斡旋ともいえる。
 あまり良いことではないだろうが、公爵の口利きともなれば無下には出来ない。
(嫌だなぁ。僕もいつかあんな風になるんだろうか……)
 不正や賄賂は悪しき習慣だ。貴族として生まれた以上、多少のことは目をつむっていかなければならないとわかっていても、ジョルマンはその潔癖さゆえに受け入れがたかった。
「それで、その間諜スパイは何時頃から入れる?」
 ジョルマンはその言葉にドクリと心臓が嫌な音を立てたのを聞いた。
(え、今、なんて……)
 スパイ……そう聞こえた気がした。
 聞き間違いだと祈りながらも、ドクドクと心臓が早鐘を打って、冷や汗が伝う。
「貴公が望むならすぐにでも。何なら私が持つ情報もつけてやろう」
「随分気前がいいですね」
「当然だ。貴国には我が国と戦争してもらわなければならないのだからな」
「名家であり、主君に忠実と言われていたキャロー公爵の発言とは思えませんね」
「ふん、今のシャルスリアは確かに平和だ。だが、それでは困るのだよ。そちらにとっても戦争は願ったりだろう」
「確かに、我が国にとってシャルスリア王国は頭の上のたんこぶにも等しい。さっさと潰せるならその方がいい」
 2人の会話はどんどんきな臭い方向になっている。
(戦争……? あれは、ロクドナ帝国の使者……ということはロクドナ帝国に戦争を吹っ掛ける気か!?)
 正気じゃない。ロクドナ帝国はキャロー領に隣接する大帝国だ。帝国の領土を考えれば、シャルスリア王国は米粒と同じくらい小さな国。いくら山脈を隔てた隣国とはいえ、そんな弱小国だから見逃されていたし、帝国と戦争になればシャルスリアに勝ち目はない。
 一国の宰相が考えることではない。国を想うのならなおさら……。
 王家に仕える公爵家として、本来あってはならない不正だ。
(どうする? 僕に父上を止められるか……?)
 考えている暇はあまり無い。
 父親は既に使者と話を付けて別れていた。
 遅くとも数日以内にロクドナ帝国のスパイが王宮に忍び込む。公爵の手引きによって。
 スパイの目的が情報ならまだいい。いや、よくは無いがそれ以上に不安なのは王族の誰かを暗殺する場合だ。
(可能性が高いのは、王太子のノアだけど……)
 先ほど別れたばかりの美しい女性の顔が浮かぶ。
 ノクアルドと結婚して数年。2人の間に待望の赤子を授かって、2人ともこれからの未来について希望を語っていた幸せな夫婦の図。
 自分もああなりたいと密かに思っていた大切な幼馴染たち。
 2人を狙ったのであれば、父親と言えども許せることではない。
「っ、父上!!」
 気付けばジョルマンは父親の前に飛び出していた。
「ジョルマン」
「今のはロクドナ帝国の人間ですよね? 間諜を手引きするなんて、正気ですか!?」
 ジョルマンが詰問すれば、キャロー公爵は鼻で嗤う。
「正気だとも。ジョルマン、お前も宰相となるなら覚えておくがいい」
 訝し気にジョルマンが見れば、キャロー公爵は不敵な笑みを浮かべる。
「戦争が、人を強くする。確かに、今のシャルスリアではロクドナ帝国に勝つことは無理だろう。だが、我が王国はもとより反骨精神から生まれた。一度は負けてもすぐに取り戻せる」
 確かに、戦争は文化や科学を発展させてきている。ロクドナ帝国は常にどこかと戦争していることもあってか、最新の武器や技術がある。
 だが、シャルスリア王国はロクドナ帝国の国土はもとより人も文化も、歴史も劣っている。
 蟻が獅子に立ち向かうなど無謀の極みだ。
「それで、得るものは何ですか?」
「無論、強い国だ。シャルスリアはいずれ大国になる。それこそロクドナ帝国など足元にも及ばないほどのな」
「そんなの、無茶苦茶だ! 第一、そこに行きつくまであなたはもちろん、僕もきっとその先の子孫すら生きてはいない」
「構わん。どれだけの犠牲を払おうとも、シャルスリアが残りさえすればよいのだ」
 きっと、彼は彼なりに国を想っているのだろうが、そこに至る為の夥しい犠牲にまで目が行っていない。
 戦うのは騎士であり、名もない無辜の民であり、未来の子供たちだ。
 膨れた腹を愛おしそうに撫でる友人たちを見てきた。
 自分だって、そのうち子供を授かるだろう。彼らの子と自分の子が手を取り合ってシャルスリア王国を盛り立てていく。
 そんな未来が早く来てほしいと、ノクアルドやクルージア、そしてジョルマンも同じ思いだ。
「狂っている……」
「ふん、なんとでもいうがいい。お前も公爵家の一員であれば、汚泥を呑む覚悟を決めろ」
 去っていく父親の後ろ姿を、ジョルマンは追いかけることが出来なかった。
(どうすれば、いいんだ……)
 キャロー公爵家の当主は父だ。その父親に逆らうだけの力はない。
 だけど、このままでは戦争が起きてしまう。
(騎士団に密告するか? ……いや、駄目だ。僕はいい。キャロー公爵家の人間としていくらでも処罰は受ける。だけど……)
 もうすぐ結婚する婚約者の顔が浮かんだ。

 ――ジョルマン様!

 二つ年上で、出会った頃は姉のように慕っていた。
 婚約が決まってから十数年、やっと彼女を迎えに行けると喜んでいた矢先。
(彼女を、巻き込むわけにはいかない)
 手放してやるのが最善だろう。だけど、日取りが決まって、夫婦になれる日を、ジョルマンも彼女もとても楽しみにしている。
 ジョルマンは爪が食い込むほど手を強く握り込む。
 痛みが、怒りでどうにかなりそうな頭を冷静にさせる。
(まずは、グライアスに……)
 グライアス・オルガーナはオルガーナ侯爵家の嫡男で、現在騎士団でノクアルドの近衛兵をしている。
 万が一ノクアルドやクルージアに何かあった場合、真っ先に動けるのは彼だろう。
(ノア達に相談は出来ない……)
 ノクアルドに言えば、ジョルマンだけは減刑されるかもしれない。
 だけど、それでは意味がない。
 当主以外にもきっと彼の手足となって動いている人間がいるはずだ。全て排除しなければ、きっと同じことが繰り返される。
 大切な友人を、国を、子どもたちを守る為に出来ることを――。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる

路地裏乃猫
BL
ひょんなことから悪役令嬢モノと思しき異世界に転生した〝俺〟。それも、よりにもよって破滅が確定した〝バカ王子〟にだと?説明しよう。ここで言うバカ王子とは、いわゆる悪役令嬢モノで冒頭から理不尽な婚約破棄を主人公に告げ、最後はざまぁ要素によって何やかんやと破滅させられる例のアンポンタンのことであり――とにかく、俺はこの異世界でそのバカ王子として生き延びにゃならんのだ。つーわけで、脱☆バカ王子!を目指し、真っ当な王子としての道を歩き始めた俺だが、そんな俺になぜか、この世界ではヒロインとイチャコラをキメるはずのヒーローがぐいぐい迫ってくる!一方、俺の命を狙う謎の暗殺集団!果たして俺は、この破滅ルート満載の世界で生き延びることができるのか? いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ? 2025年10月に全面改稿を行ないました。 2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。 2025年10月29日・BLランキング27位ありがとうございます。 2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。 2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...