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第二章
第10話
しおりを挟む「は? しばらく休みたい……?」
ジョルマンの申し出にノクアルドは怪訝そうな顔をする。
「このくそ忙しい時にそんな暇あると思ってるのか?」
「うん、わかってるけど……」
さすがにジョルマンも馬鹿正直に「父親であるキャロー公爵が戦争をおっぱじめようとしているから、それを阻止するために証拠を探しに行きたい」なんて言えない。
言えばノクアルドは王太子として動かなければならないし、彼に友人を処罰させることになってしまう。
「ちなみに、どれくらいで戻ってくるつもりだ?」
「え!? えっと……1か月くらい?」
「何故疑問形なんだ」
どれくらい休むとか、そんなことは頭になかった。
とにかく父を止めなければと、そればかり考えて。
朝一でグライアスのもとに行き、「ロクドナ帝国の間諜が紛れ込んでいるかもしれないから気を付けろ」と忠告しておいた。
グライアスは不思議そうな顔をしていた。
王宮のメイドや使用人に他国の間諜が混じっていることは珍しくない。シャルスリア王国でも当然、他国に間諜を送り込んでいるからだ。
グライアスは「公爵家が何か掴んだのか?」と聞いてきたので、適当に誤魔化して、今度はノクアルドから休暇をもぎ取る為に彼の執務室へと足を運んだ。
「いや、その……式の後に新婚旅行に行く休みをもらうだろう? 下見したいなぁ……って」
「旅行先が決まったのか?」
「い、いや、それも含めて……」
これも実は嘘ではない。ジョルマンの結婚式後、今の忙しさが落ち着いた頃に新婚旅行に行くための計画を立てている。
行先はまだ決まっていないが、出来れば彼女が安全に旅できるよう下見したいから、その休みが欲しいとは前々から思っていたことだ。
この忙しさは主にノクアルドとクルージアの間に生まれる子を祝う準備のためだ。
クルージアの出産後に行われる誕生パーティには、国内外の貴族が来るため、ジョルマンも交渉やら調整やらであちこち走り回っている。
まだ産まれるまで数ヶ月はあるが、早く準備をするに越したことはない。
招待する他国の貴賓には当然ロクドナ帝国の使者もいるのだから、出来ればそれまでに解決しておきたい。
ノクアルドはジョルマンの顔を見る。
昔からこの幼馴染みは表情を隠すのが下手なのだ。
仕事中は貴族らしく相手に表情を読ませないが、親しい仲だと気が抜けるのか、ノクアルドの観察力と洞察力が優れすぎているのか、とにかくジョルマンが何かを隠したがっているのはわかった。
(下手に突っ込んでも余計に意固地にするだけか……)
若さ故か、素直な反面少々思い込みで突っ走るところがある彼は、父親の公爵とは正反対だ。
ノクアルドよりも年下ということもあり、ついつい兄貴分のような気持ちになってしまう。
「わかった。だが、何かあれば必ず相談しろよ。俺は王太子である前に、お前の親友なんだから」
「うん、ありがとう。ノア」
王太子としてジョルマンを問い詰めることは出来た。だが、それをしなかったのは、彼なら大丈夫だと心の何処かで思っていた。
――この時、ジョルマンを問い詰めることをしなかった自分を、後に後悔することになるなんて考えてもいなかった。
ジョルマンが王宮に戻ったのは、それから3ヶ月後のことだった。
キャロー公爵の突然の死の報告と、自分が爵位を継ぐ為の許しを乞うために。
「ジョー!」
ノクアルドに呼び止められたジョルマンが振り返る。
「王太子殿下、お久しぶりです」
ここが外だからか、ジョルマンは畏まった態度でノクアルドに接する。普通といえば普通だが、何だか距離を感じたのは気のせいだろうか。
「その、公爵のことは残念だったな。奥方様も……」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「葬儀も全て終わらせたと聞いた。すまない、参列出来ず……」
「殿下の気にされるようなことはありません。二人一緒なら、きっと寂しくはないでしょう」
「ジョルマン……?」
何処か翳りを帯びたジョルマンの表情。父親は病死、母親も後を追ったと言う。
ノクアルドから見た2人は何処にでもあるような政略結婚で、冷え切った仲だったはずだし、公爵も愛人を囲っているという噂もあった。そんな夫の後を追うなんてことあるだろうか、と疑問に思いつつも、やつれたジョルマンを見れば何も言えない。
「……殿下、申し訳ありませんが私はこれで。まだ手続きが残っていますので」
「ああ。すまない引き止めて。後で公爵邸に見舞いの品を贈るから、しばらくは仕事も休んでいい」
「ありがとうございます」
ジョルマンは会釈するとその場を後にした。
「ノクアルド殿下」
グライアスがノクアルドに近づく。
「グライアスか」
「ジョルマンにお会いしたのですか?」
「ああ。あんなに気落ちしたジョーは初めて見た……。まぁ、結婚式前に両親を亡くしたのだから当たり前なのかもしれないが……」
数か月後にはジョルマンと彼の婚約者であるアリア・ローゼリア嬢との結婚式を控えている。
公爵家の嫡男の式ということもあり、一族総出で祝うのだと、生前のキャロー公爵から聞いた。
きっと両親に晴れ舞台を見てもらいたかったに違いない。ジョルマンの心情を思えば胸が痛い。
「それなのですが、殿下。ひとつお耳に入れたいことが……」
「?」
グライアスはノクアルドに耳を近づける。
「あまり大きな声では言えませんが、キャロー公爵夫妻、そして一族の主だったものは全員死に、残ったのはジョルマンとその弟妹だけだということです」
「なんだって!?」
「しーっ! 声が大きいです!!」
ノクアルドの数倍大きな声で諫めるグライアスを、周囲のメイドや使用人、騎士たちが訝し気に見る。
「ごほん、込み入った話になりますので、場所を移動しましょう」
耳元で叫ばれたノクアルドはキンキンする耳を抑えながら頷いた。
「それで、公爵家の生き残りがジョルマンとその弟妹だけというのは?」
ノクアルドは執務室の人払いをしグライアスに話を促す。
「それが、詳しくはわからないのですが、公爵が亡くなった日に賊が侵入したとかで、ジョルマンと、留学中の彼の弟、嫁いだ妹を除いて殺されたとのことです」
「公爵邸に賊の侵入? いや、それなら真っ先にジョーが死にそうだが……」
ジョルマンはお世辞にも剣の腕はそこまでよくない。武術も護身程度のものは使えるが返り討ちに出来る腕でもなかったはずだ。
「まぁ、たまたまジョーがその場にいなかった可能性もあるが……。他に犠牲者は?」
申告された死亡者のリストを見せる。
ノクアルドの表情がどんどん曇っていく。
「公爵家の主だったメンツが軒並み死んでいる、だと? 使用人と……あと、このヤードラ? 誰だ? 使用人か?」
「それは、ロクドナ帝国のものだそうです」
「ロクドナ? ……確かに子供の誕生パーティで使者を送ると言っていたが、違う名前だな」
ジョルマンの弟が留学しているのはガリア公国だ。ロクドナ帝国との接点は思い浮かばない。
「実は、もう一つ……」
言いづらそうなグライアスの言葉を黙って促す。
グライアスは悩んだ末に口を開いた。
「ジョルマンが休暇を取る何日か前に、ロクドナ帝国からの間諜が紛れ込むかもしれない、と忠告を受けたのです」
「間諜……公爵家の伝か何かで知ったのか?」
「私も同じことを尋ねましたが、彼はそれ以上は何も。ただ、始末をつけてくるとだけ」
「始末……?」
何のことだかさっぱりわからない。
だが、休暇前のジョルマンは確かに様子が少しおかしくて、何か思い詰めているようにも見えた。
(あの時、問い詰めていたら何か助けになれただろうか……)
休暇前のジョルマンを思い出し、後悔と憤りがノクアルドの中で渦巻く。
だが、過ぎたことを嘆いても仕方ない。
ジョルマンやキャロー公爵のことは気がかりだが、ノクアルドにもやるべきことは多い。
クルージアは臨月を迎え、出産を控えている。
彼女の耳にもキャロー公爵家に起きた悲劇は、耳に入るだろうがあまり心労を増やしたくない。
「調査の方はまだ続いているんだよな?」
「はい」
「ならいい。ジョルマンにももうしばらく休めと言ってあるし……」
騎士団の調査であれば、彼は拒否することはないだろう。潔癖で不正や汚職を嫌う彼が、主君である王家や、ノクアルドを裏切るとも思えない。
なら、ノクアルドが出来るのは、調査結果を聞くだけだ。
結局、公爵家に起きた悲劇は、キャロー公爵は病死、夫人は自殺。その他は賊による殺害として片付けられた。
賊の正体までは掴まなくていいと、生き残りであるジョルマンからの申し出により、調査は打ち切られた。
ジョルマンは公爵位を継ぎ、新たなキャロー公爵として王宮に仕官することになり、その間にクルージアは男児を出産。
新たな命の誕生に国全体がお祝いムードに包まれる。
「おめでとう、2人とも!」
祝いの席とは別に、ジョルマンが2人と産まれてきた赤子を祝福する。
「ありがとう、ジョー」
クルージアも赤子を抱いたまま嬉しそうに笑う。
「まさか本当に男の子だなんて……。ジアは凄いな」
「うふふ、私もびっくりよ。でも見て、目とか口元とか、ノア様そっくり!」
「うーん? 確かに、似てなくも……?」
「おい、何で悩んだんだ」
「あはは」
シャーロットと名付けられた赤ん坊を囲んで、楽しい時間は続く。
「まあ、俺に似て美男になることは間違いないだろうな」
「あ、それ自分で言っちゃう?」
「悪いか?」
「そういう自信家なところは似ないでほしいなぁ」
「ふふっ、確かに。謙虚すぎても困るけど、あんまり自信家になられてもねぇ」
「ジアまで、酷い……」
泣き真似をするノクアルドにジョルマンとクルージアは笑う。
数ヶ月前に見たような、暗い影は今のジョルマンには見当たらない。
そのことに安堵しつつ、ノクアルドはジョルマンを見る。
「次はお前の番だな」
「え?」
ジョルマンがきょとりとする。
「なんだ? まあ、延期になったのは残念だが、年明けにはアリアと結婚するんだろ?」
「……うん」
頷くジョルマンは、照れたような表情をしながらも、その表情は何処か甘くて、女性ならときめかずにはいられないだろう。
この結婚が、ジョルマンの心を癒し支えるものであればいいと、ノクアルドもクルージアも祈るばかりだ。
それから数ヶ月後、ジョルマンは婚約者であるアリア・ローゼリア伯爵令嬢と結婚し、3年後に新たな命を授かることになる。
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