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第二章
第17話
しおりを挟む遡ること数刻前。
ルーディアはシャーロットからサファルティアが離宮にいることを知り、場所まで教えられる。
変に思いながらも与えられた客室で夜まで大人しくしながら、今日までのことを思う。
ルーディアはシャルスリア王国に隣接するロクドナ帝国のアグワナ子爵家の令息として産まれた。だが、家は決して裕福ではなく、領地も小さい。
ルーディアがロクドナ帝国で過ごしたのは3歳まで。
父親は、生まれる前に死んだ。
殺したのは隣国の公爵家の令息だった。
家長だったヤードラ・アグワナが死に、家はさらに貧乏になった。
後に知ったが、ヤードラはシャルスリア王国に戦争を仕掛けるために送り込んだ間諜。素性がバレて殺されたという。間諜の末路としては当然とも言えるが、感情としては納得がいかない。
母は逆恨みし、ヤードラを殺した公爵家の令息、ジョルマン・キャローを探し当てると、残った財産も領地も捨てて、素性を隠してシャルスリア王国へ渡った。
幸いだったのは、ジョルマンが治めるキャロー領が、ロクドナ帝国と隣接していたことだろう。
幼いルーディアを連れて、ジョルマンを殺すための計画を練った。
ヤードラが死んで3年が経ち、ついにその日が来た。
キャロー家の馬車が通る道の切り崩した崖の上から大小様々な石を転がす。
最初の一石で馬が驚き立ち止まる。馬主が宥めている間に石や岩を転がした。
整備してあってもそこは少し道が広いだけの崖で、馬車はあっという間に崖から転落した。
馬主や近くにいた騎士達も一緒に。
崖下から赤ん坊の泣き声が聞こえたが、それほど長くは持たないはずだと放置して、彼女はルーディアを抱えてその場を立ち去った。
なけなしの金で海を渡り、辿り着いたのがサマギルム島。親切な領主夫妻が、ぼろぼろな2人を不憫に思い、屋敷で世話をすることにした。もともと観光地として栄えているからか、異国の人間でも特に疑うものはいなく、2人は温かい寝床と食事を与えられ、しばらくすると、ちょうど空き家があるから、そこに住んではどうかと提案された。
その頃の母は時々、何処か思い詰めたような顔をしていて、「ごめんね」という母を理解できなかった。
カロイアス夫妻が用意してくれた空き家に移り住んでからしばらくして、5歳の誕生日の翌日母は死んだ。
首を吊った母を最初に見つけたのはルーディアだった。
「……お母さん?」
変わり果てた母親を見て、ただ呆然とした。
様子を見に来てくれたセドリック・カロイアスの妻、サーシャが来るまでの3日間、どうしていいのかもわからず、何をしていたかもあまり記憶がない。
葬儀が終わると子供のいなかったカロイアス夫妻に引き取られ、2人の息子になると今までの貧乏が嘘のように裕福な暮らしに、最初は戸惑っていたが慣れた今は育ててくれたカロイアス夫妻には感謝している。
勉強も好きなだけさせてもらって、何か恩返し出来ればと、サマギルム島の観光資源である火山の研究をはじめた。いつかこの研究が自分を育んでくれたサマギルム島の人達の為になればいいと。
大学で研究の成果を認められ、ガリア公国への留学が決まると、カロイアス夫妻はとても喜んでくれた。国からの留学支援制度を使って3年。それでも足りずにガリア公国で出来た友人の店で働きながら更に3年延長して研究に明け暮れた。
しかし、火山の研究はそれなりに金がかかる。
登山装備や移動費、宿泊費といったものが国からの支援だけで賄きれないこともあった。
養父母の2人には生活費の支援だけお願いして小遣いは断っていたからか、貯蓄はあまりなく平民と変わらない貧乏暮らしだったが、それなりに満足していた。
「まあ、貧乏は昔していたからな」
贅沢に甘えてばかりはいられない。
セドリックはルーディアを後継者にと考えてくれているとはいえ、ルーディアが異国人であることは島民の誰もが知っている。育ててくれた養父母に恥じない人間でありたいと、ルーディアは常に気を張っていた。
もはや第二の故郷であるシャルスリア王国のサマギルム島。留学中に国王が変わり、王太子だった第一王子のシャーロット・フェリエールが19歳という若さで国王になったことはガリア公国でも報じられ、父王に似て堅実で誠実な人柄が国民の支持を得ている。
まだ婚約者のいない彼をどこの令嬢が射止めるのか、というのも話題になった。
養父母からは国王交代後に一度帰って来いと連絡が来ていたが、ちょうどロクドナ帝国のオーギュゼート山への入山許可が下りた頃だったこともあり、この機を逃せば次はいつ許可が下りるかわからないと、その時は帰らずロクドナ帝国に渡った。
そこで現地でルーディアは意外な人物と出会うことになった。
「ヤードラ? ヤードラ・アグワナじゃないか!?」
ルーディアに心当たりはなく、はて、誰だろう? と首を傾げる。
「お前、死んだと聞いたからびっくりしたぞ!」
「……あの、申し訳ありません。私は確かにロクドナ帝国人の血を引いていますが、どちら様でしょう?」
「……? ヤードラじゃないのか?」
声をかけてきた男は40代くらいの男性だった。学者のような風体で、眼鏡をかけた男は何処か貴族のような雰囲気もあるから、もしかして、とルーディアは思う。
「あの、ヤードラ・アグワナは私の実父ですが……父の知り合いでしょうか……?」
男はこてんと首を傾げる。
「実父……? 君は、ヤードラの息子か! なんだ、君も生きていたのか!」
どうやらヤードラの知り合いらしいその男は、テイラー・モリスと名乗った。曰く、ヤードラと同じく子爵家で、ロクドナ帝国の貴族子息が通う学院で友人だったとか。
「学院を卒業した後、結婚したと言っていたが……そうか、君が……。ヤードラは元気かい?」
「いえ、私が3歳の時に死んだと聞いています」
ルーディア自身はその時の記憶はおぼろげだ。ただ、母が毎日泣いていたことだけが記憶に残っている。
「! やっぱり……そうだよな。悪い、嫌なことを聞いたな……」
「いえ、私の方こそ、ろくな挨拶も出来ず申し訳ありませんでした」
テイラーは今は大学で教鞭をとりながら鉱山について研究している関係で、このオーギュゼート山の噴火で発掘された珍しいダイヤモンドについて調べに来たらしい。
「君も、興味があったら講義を聞きに来るかい?」
「いいんですか?」
火山の研究で副産物として鉱石に触れる機会は多い。サマギルム島の土産物でも火山灰や溶岩の通った後の中から見つかる貴重な鉱物が人気だ。
「もちろん! ルーディア君は、シャルスリア王国のサマギルム島に住んでいるんだろう? あそこのトゥロワ山には私も学生時代に一度行ったことがあるが、いい場所だなぁ」
「ええ。私を育ててくれた養父母もとてもいい人たちで、島民のみんなも身寄りのない私にとても良くしてくれています」
ルーディアの研究内容とも近しいことから、2人は意気投合した。
「このオーギュゼート山は数年前に噴火したが未だに活動が終わってなくてね」
「はい。僕も先程下流域を見ましたが麓まで流れてくるマグマの熱さや冷えて固まり溶岩となる過程も神秘的で……」
「ああ、わかるとも! だが、この状態が続けば地元民は故郷へは二度と戻れなくなる……」
「そうですね……。この匂いも有害ですから、作物も風評被害が酷くなりますし……。そう言った対策も考えないと……」
トゥロワ山の火山活動の兆しが見えたのはここ数年だ。
今すぐどうこうなることは無いだろうが、未来のために考えることは領主夫妻の息子として育ったルーディアには当たり前のことだった。
テイラーはそんなルーディアを見て、ふっと笑う。
「君が、アグワナ家を継いでいたら、もっと家は繁栄していただろうな」
ロクドナ帝国で過ごした時間は、サマギルム島で過ごした時間よりも短いことや、実母の末路を覚えているせいか、あまり故郷という感覚は無いが、それでも何も思わないわけではない。
「ヤードラは頭は悪くなかったんだが、親との仲もあまり良くなかったと聞くし……。だからだろうな、間諜なんて馬鹿な仕事を請け負ったのは」
「え……?」
実父が死んだのは、キャロー領の前領主であるジョルマンのせいだということは、ルーディアも知っていたが、具体的に何をやっていたのかは、母も知らなかったのか教えてもらうことはなかった。
驚くルーディアをよそにテイラーは当時の様子を話す。
「アグワナ家は没落一歩手前で、結構借金も多かったと聞く。それで間諜になれば莫大な金が入ると言われれば、食いつくのは当然だろう。そもそも、間諜の手引きをしたのはシャルスリア王国の宰相だったとも聞いたよ」
シャルスリア王国の主だった貴族や役割はルーディアも領主の息子として育ったから知っているが、どういうことだと混乱する。
「でも、父を殺したのは、キャロー家の人だって……」
当時のキャロー家の権力は王家に次ぐものだった。ヤードラはロクドナ帝国の数多いる子爵家の人間ではあるが一歩間違えば戦争になっていたかもしれない。そんな愚かなことを王家の忠臣と呼ばれるキャロー一族がするだろうか。
「? なんだかよくわからんが、顔が青いぞ」
テイラーはシャルスリア王国の内情には当たり前だが詳しくない。
事情を知らなければ、殺した人間と宰相が同一人物、或いは近しい関係にいることなどわかるはずもない。
「もしかしたら硫黄にあてられたのかもしれないな。今日はいったん小屋に戻ろう」
ルーディアとテイラーはその日は一度、宿泊している山小屋に戻ることにした。
許可が下りた数日で、火山の資料はある程度集められたが、父親が死んだ理由が引っかかりルーディアはテイラーの伝手も借りて独自に調べることにした。
結論として実父であるヤードラ・アグワナを殺したのはジョルマンで間違いないが、ヤードラを間諜として手引きしたのはその父親だった。
親子で仲違いした結果巻き込まれた。報告にはそんなふうに記載されていた。
ルーディアは頭を抱えた。
正直、ヤードラと過ごした時間はとても短く、ルーディアはほとんど記憶がない。情と呼べるものは皆無に等しいが、ヤードラが死んだ後の母親の様子はそれなりに覚えている。
毎晩のように呪詛を吐き、ジョルマンを殺した後も罪悪感なのか愛した人を失ったことへの失意なのかルーディアを通してどこか別のところを見ているようだった。
それだけなら何も行動を起こさなかっただろう。
だけど、ジョルマンには当時生まれたばかりの息子がいて、彼は行方不明だという。
それと同時に王家にも赤子が産まれたという。しかし、当時の王妃クルージアはシャーロットを出産以降、産後の肥立ちが悪く病弱になりとてもではないが子供を産める状態ではなかったという。なのに、二人目の男児が誕生した。
先王ノクアルドとジョルマンは従兄弟で、仲が良かったと聞いた。親友の息子を引き取り、王弟として育てているということもあるだろう。特に、ジョルマンが殺されたのであれば、息子も狙われる可能性があると踏んで、王の権力で素性を隠すことなど造作もない。
「もしも、ジョルマン・キャロー公爵の子供が生きているなら……」
王弟の名前は確か、サファルティア・フェルエール、18歳の青年だ。ジョルマンの息子とも年齢が合う。
もしもジョルマンの息子が生きていると知られれば、帝国はどう動く?
カロイアス夫妻を人質に取ってルーディアを脅してくる可能性もある。シャルスリア王国に戦争を仕掛けたい意図はロクドナ帝国側にもある。
ルーディアの脳裏に優しい表情のカロイアス夫妻が浮かぶ。
「父上、母上……」
実の両親よりも長い時間を一緒に過ごした彼らを、帝国の人質にするわけにはいかない。
それならいっそ、ルーディアがひとりですべての罪を被って、彼を殺すしかない。
ちょうど、セドリックからも帰国を促す手紙も来ている。なんでも半年後に国王シャーロットが寵妃と共にサマギルム島へ新婚旅行に来るらしい。
寵妃の名は“ティルスディア・キャロー”、キャロー家の傍系の娘ということだが、恐らくヤードラの件とは一切関りは無いだろう。しかし、サファルティアの情報を得るのであれば、噂好きの女性である方が話は早い。最も、ティルスディアと2人きりで話すことは難しいだろうが。
一度顔を合わせて、印象を良くしておいた方がいいだろう。
そうすれば、サファルティアに近づくチャンスに、もしかしたら巡り合えるかもしれない。
ルーディアはガリア公国に戻ると、帰国の手続きを取った。
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