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第二章
第22話
しおりを挟むサファルティアにとって、ルーディアの告白は想定外だった。
気持ちを受け取ることは出来ても、サファルティアはそれに応えることは出来ない。
今日、サファルティアがここへ来ることをシャーロットは最後まで苦々しく思ってくれた。ルーディアの気持ちに、彼も気付いていたからだろう。
それでも、国王という立場上、サファルティアがルーディアから情報を聞き出せるというのなら、命令するしかない。
サファルティアを信じてくれている彼を裏切ることは、出来ない。
「ルーディア殿」
サファルティアの静かな声に、ルーディアは項垂れていた顔を上げる。
「ティルスディアは僕の仮の姿ですが、僕でもあります。あなたは僕をティルスディアとして受け入れますか? それとも、サファルティアとして?」
ルーディアはその問いにハッとする。
ティルスディアを愛するということは、彼女の正体でもあるサファルティアをないがしろには出来ない。サファルティアを否定して、ティルスディアでいることを強要するのは果たして本当にルーディアの為になるのだろうか。
もちろん、ルーディアの心を癒すことは出来るかもしれないが、生涯をかけてそれだけの気持ちを返せるのか。そう問うている。
「僕は王族です。キャロー家の嫡男だったサファルティアではなく、先王ノクアルド陛下とクルージア王妃陛下の元で育てられた、シャーロット・フェリエールの弟、サファルティア・フェリエールです。僕はこの国の王弟であることを誇りに思い、シャーロット陛下に仕える身。あなたの気持ちに応えることは出来ません」
例えば、ルーディアが国に貢献した成果としてティルスディアを降嫁させることが出来たとしても、ティルスディアはルーディアを心から愛することはない。
サファルティアの心はシャーロットだけに向いている。別の人のものになるくらいなら、ずっと病弱のまま離宮に引きこもる覚悟でティルスディアをしている。
王命であれば従うだろうが、きっと相手を心から愛することは出来ない。
「殿下……」
ティルスディアの気持ちがルーディアに向いていないことはわかっていた。
それでも、あの僅かな時間が宝物のように愛おしかった。
「やはり、あなたにお会いできて良かった……。どうか、父と母には寛大な処置を……」
「……承知しました。陛下にもその旨をお伝えしておきます」
サファルティアはそろそろ時間だと、ウィッグを被り直し牢を後にした。
そのままシャーロットの執務室に向かい、ルーディアから得られた情報をそのまま伝える。
「そうか。ロクドナはキャロー領のすぐ近くだ。サファルティアが情報を見逃しているとも思えないが……」
「わかりません。ですが、もしかしたら近く動きがあるかもしれません。わたくしも2週間後に、キャロー領の孤児院を慰問訪問する予定がありますから、一度実家の様子を見て参ります」
「すまないな、ティル」
「いえ、これがわたくしの役目ですから」
にこりと微笑むティルスディアに、シャーロットは立ち上がるとそっと抱き寄せる。
「サフィ、あとでもう一度ここに来い」
「?」
耳元で誰にも聞こえないように囁かれ、ティルスディアはひとまず頷いた。
“ティルスディア”ではなく“サファルティア”である方が都合がいいということだろう。
ティルスディアはシャーロットの執務室を退室し、自室に戻り隠し通路から離宮へと行き、慌てて着替えてシャーロットの執務室へ向かった。
「陛下、サファルティア殿下がお目見えです」
「通せ」
近衛騎士が扉の前を譲り、サファルティアはシャーロットの執務室に入る。
「早かったな」
「キャロー領についてとお伺いしましたので」
「ああ。すまない、しばらく人払いを頼む」
シャーロットが侍従に命じるとしばらくして室内は2人だけになる。
「サファルティア、本当にキャロー領からは何もないんだな?」
「はい、領の運営については僕も細かく指示を出しているわけではありませんが、報告には特に。僕は疑われているのでしょうか……?」
不安そうなサファルティアに、シャーロットはくすりと笑う。
「確かに、嫌疑をかけてお前の動きを封じれば私は尋問と称してお前を好き勝手にできるな」
「好き……かって……?」
シャーロットが考えていることがわかってしまい、サファルティアは顔を真っ赤にする。
「ふざけないでください! そもそも、被疑者に国王が直接尋問なんて言語道断ですっ!」
怒るサファルティアにシャーロットはニマニマと笑う。
「ふざけているものか。そもそも、そんな大それたことを考える国賊なんだ。私が直接尋問しても許されるはずだが?」
「嫌です。あんなの人に見られたら……」
「ほう、サフィは人に見られたら困るような尋問方法があると? それはぜひ聞きたいな」
シャーロットが耳元でふっと息を吹きかける。ゾクゾクして腰が抜けそうになったが何とか堪え、キッとシャーロットを睨む。
「嵌めましたね……」
「嵌めるとは? サフィが勝手に勘違いしただけだろう」
シャーロットは尋問する、としか言っていない。好き勝手の具体的な内容も。
勝手に妄想を膨らませたのはサファルティアで、あまりの恥ずかしさに頭を抱える。
「全く、本当にお前は可愛いな」
「陛下は、本当に意地が悪い……」
サファルティアの悪態にシャーロットはくすくすと笑う。
「サフィの揶揄いがいのある所も、私は好きだよ。……さて、話を本題に戻すが、別にサフィを疑っているわけじゃない。ルーディアの処分についてだ」
サファルティアはどうして自分が呼ばれたのか気付き、居住まいを正す。
「今回直接狙われたのは、サファルティアだからな。ティルが狙われたなら私の方で勝手に処分するが、今回はお前の意見を優先する。サフィはルーディア・カロイアスをどうしたい?」
シャーロットが王としてサファルティアを見据える。
試されている。
王弟として正しく処罰できるのか、と。
サファルティアは目を伏せて、頭の中で整理する。
呼吸を10数えない頃、目を開けるとシャーロットを真っすぐに見つめ返す。
「ルーディア・カロイアスは、王弟であるサファルティアの命を狙いました。本来であれば、処刑が妥当でしょう」
ロクドナ帝国人の血を引いていると言っても、ルーディアはシャルスリア王国の戸籍を持っている。その時点でロクドナ帝国とは関りがなく、シャルスリア王国の法で裁くのが道理だ。
「ですが、彼の父を殺し、母を追い詰めたのは僕の実父であるジョルマン・キャローであり、彼は既にロクドナ帝国に認知されています。今ここで処刑するのはあまり得策ではないかと」
「では、彼を無実で解放しろと?」
シャーロットの視線が鋭くなる。
「いいえ、彼は国外追放にすべきです。育ての親であるカロイアス夫妻がどこまで知っているかにもよるかと思いますが、彼の研究は我が国の資源活用として有効です。その功績でもって、恩赦を」
ルーディア本人が恩赦を受け取るとは思わないが、ルーディアのいう通り、カロイアス夫妻が何も知らなく、ロクドナ帝国との繋がりがないことが確定すれば、ルーディアの研究をカロイアス夫妻の功績とし、恩赦で2人を生かすことができる。
残酷だけれど、ルーディアを生かすためにサファルティアが考えられる最大限の方法だった。
緊張の面持ちでシャーロットを見る。
シャーロットの目は相変わらず厳しい。
だけど、ここで負けていてはシャーロットを支えるなんて無理な話だ。
サファルティアは心臓が破裂するんじゃないかというくらい緊張しながらシャーロットの言葉を待つ。
「ルーディアの研究結果をセドリック・カロイアスの功績とし、王族を狙った張本人であるルーディアを国外追放か……。甘いな」
サファルティアはビクリと肩を震わせる。
国外追放は処刑よりも2番目に重い罪だ。未遂とはいえ、王族を狙ったのであれば一番重い罪に問うのが法だが、サファルティアは王族の血を引いているとはいえ、正式なフェリエール家の子ではない。
実行者であるルーディアの家族であるカロイアス夫妻も同様に罪に問うべきだが、彼もカロイアス夫妻の養子とはいえ、あの2人はルーディアを差し出すような真似はしないだろう。
だから、ルーディアの研究結果をセドリックに譲り、本人は国外追放ですましても問題ないはずだ。そう判断したのだが、シャーロットは小さくため息を吐いた。
「だが、ロクドナ帝国の動きが怪しい今、ロクドナ帝国人の血を引くルーディア・カロイアスを殺すのは確かに得策では無いな。いいだろう。第二王子であるサファルティアの案を採用しよう」
シャーロットはフッと笑う。
「ありがとうございます、陛下」
サファルティアはホッとしたように小さく微笑む。いつだって、王としてのシャーロットに向き合うのは緊張もするけれど、彼はサファルティアをちゃんと認めてくれる。
それが嬉しいと思うと同時に、そんな彼のそばにずっといたいと思う。
一方でシャーロットは思う。
やはりサファルティアは王弟として一領主に封じておくには勿体ない人材だ。
いまだ空位の宰相位に、サファルティアをという声は多数ある。
皆、サファルティアの優秀さを認めているし、兄としても誇らしく思う。なのに……。
(お前が成長するたびに、隠してしまいたいと思ってしまう……)
――あにうえ、あにうえ!
舌足らずな言葉で小さな頃からシャーロットを慕ってくれていたサファルティア。
幼い頃は何でもかんでもシャーロットの真似をしたがり、勉強も剣術も、一生懸命だった。
それが煩わしいと思っていた頃もあったが、いつの間にか愛おしい存在になって、手放せなくなってしまうほどに執着している。
シャーロットは立ち上がるとそっとサファルティアに近づく。
「陛下?」
きょとんと無防備な顔を見せるサファルティアが可愛い。
「今夜も行くから、いい子で待っていろ」
耳元で囁けば、サファルティアは顔を真っ赤にする。それから蚊の鳴くような小さな声で「はい」と答える。
何度も夜を過ごしているのに、いまだに初心な反応をするサファルティアの愛らしさに、きっと今夜も楽しい時間が過ごせるだろうと、上機嫌で仕事に戻った。
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