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第二章
第23話
しおりを挟むルーディアがシャルスリア王国を追放されて1か月が過ぎた。
カロイアス夫妻は息子の凶行に戦慄し今にも首を吊りそうな勢いだったが、ルーディアから託された手紙を読んでひとまず自害は防げた。
自分たちもシャルスリア王国を出るようなことを言っていたが、ルーディアから託された手紙の中には彼の研究結果も付いていて、それをサマギルム島に役立ててほしいという言葉を残していた。
カロイアス夫妻はその気持ちを汲んで、どうにか研究結果を活かせないかと島民たちと話し合っているという。
王宮では何事もなかったかのように日常が過ぎている。
ルーディアの件が落ち着いた頃、サファルティアは驚くことを聞かされた。
「え、オルガーナ侯爵が、引退……?」
「ああ。以前からジョルマンの捜査が終わった後、家督を息子に譲りたいという相談は受けていた」
「それ、承認なさったのですか?」
サファルティアは驚きで裏返りそうになる声を何とか落ち着かせ、シャーロットに訊ねる。
「本人が年だとか、老体だとか無茶苦茶なことを言うんだ。まだそんな年じゃないと言っても、ぎっくり腰だとかなんとか仮病を使ってな」
「……そんなに陛下が嫌だったんですかね」
軍の最高責任者であるグライアス・オルガーナは齢48と、まだ五十路にも達していない。
年寄りというには若すぎるし、ぎっくり腰はないことは無いだろうが、少なくとも年齢を理由に引退は難しい。
そう考えると、よほどシャーロットの下で働くのが嫌だったのかと考えてしまうのも致し方ない。
「サフィ、聞こえているぞ」
「陛下がいい加減正妃を娶ればいいのでは?」
今まで何度もシャーロットに正妃を娶れと言い、庶子の出であるティルスディアにきつく当たっていたグライアスだが、全てはシャーロットの為だというのも2人はちゃんとわかっている。
それでも我を通して正妃を娶らないのはシャーロットの我が儘で、そこに愛想を尽かされたと言われたらぐうの音も出ない。
「サフィはまだそんなことを言っているのか……」
「そう言われましても、陛下もわかっていると思いますがティルスディアは世継ぎを産めないんです。正当な血筋にするなら、シャーロット陛下のお子は必要です」
「エイヒャルのようなことを言うな。私は、お前さえいればいい」
シャーロットはサファルティアの頬を撫でる。
「第一、口ではそう言うがサフィだって納得はしてないだろう。酷い顔をしている」
サファルティアは目を見開く。
「してますか? 酷い顔……」
この1か月はルーディアの件の後始末で、サファルティアも働き詰めだった。
夜は夜で相変わらずシャーロットの相手もしていたし、昼はティルスディアとしても動いている。疲れた顔をしている自覚はあったが、そこまで酷いとは思わなかった。
「ああ、私が誰かのものになるのが嫌だと顔に書いてあるぞ」
「え……」
そんなはずはない。いつも通り隠せたはずだ。
胸の痛みは感じていても、王弟として、シャーロットの臣下として正しい発言をしているはずだ。
「なんてな」
くすりとシャーロットが笑う。
揶揄われたと気付いてサファルティアは頬を膨らませる。
「陛下!」
「ふふ、はははっ、だが、そう言う反応をするということは少なからずそう思っているということだろう?」
「う……」
「だが、オルガーナ侯爵についてはサフィが気にすることはない。しばらくはタウンハウスにいるというし。サフィも会いたいだろう? 我らが剣の師に。最近腕が落ちたと嘆いたようだしな、たまには顔を見せてやればいい」
「はい、そうします」
若い国王には若い力が必要だと、グライアスは考えたのだろう。
グライアスが共に過ごしたノクアルドもジョルマンももうこの世にいない。
辛いのであれば、無理に引き留めることは出来ない。
「そうだ。サフィにもう一つ確認しておきたい」
「はい、なんでしょう」
「サファルティア、今回の事件でお前の両親の死の真相を知ったわけだが、そのうえで聞く。このまま第二王子として過ごすのか、キャロー公爵として空位の宰相位を継ぐのか」
サファルティアは目を見開く。
「それは、ティルスディアはもう不要、ということでしょうか」
「いいや、ティルはまだ必要だ。だが、そのうち必要なくなる。その前にお前の意思をきちんと確認しておきたいと思ってな」
ティルスディアが必要なくなる。
それは、シャーロットが正しく女性の正妃を迎えることだ。
ついにその日が来るのかと思うと、どうしようもないくらい胸が痛い。
(でも、僕には我が儘を言う資格はない……)
シャーロットや国を想うのであれば、潔く身を引く。その為の側妃だ。
とはいっても、男として役に立とうと思うのなら、第二王子として子供が生まれるまでの間の繋ぎの役目だったり、シャーロットが言うように臣籍降下し新たなキャロー公爵としてシャーロットの側近を務めることもできるだろう。
いくつか用意されたサファルティアの道。本来であれば選べる立場ではないのだが、養父もシャーロットもサファルティアに選ばせようとする。
「……ひとつだけ、弱音を吐いてもいいですか、兄上」
あえて陛下と呼ばず、兄上と呼んだ。シャーロットなら、サファルティアの気持ちを汲んでくれるとわかっているから。
シャーロットは仕方ないとサファルティアの横に座り直す。
「本当に、泣き虫なところは変わらないな」
涙は零れていないはずだが、目の奥が痛かったのは確かで、ああ……やっぱりこの人はすごいな、とサファルティアは思う。
「僕の父、ジョルマン・キャローは本来国に裁かれるべき罪人です。僕は、その血を引いている」
ずっと、考えないようにしていた。父の凶行について。
祖国を戦場にしないため。大義名分としては確かにあるが、誰にも知られずひとりで一族のものを皆殺しにした。遠く離れた場所にいた自身の弟妹を除いて。
「僕は、本当にフェリエール家にいてよかったのかって、今さらながらに思うんです」
「本当に今さらだな」
呆れたようにシャーロットが苦笑する。
「こんな僕が兄上の弟になれて、側室の立場になったりもして、十分恵まれていると思っているんです」
幼い頃、使用人たちがサファルティアを不義の子やら、呪われた子なんて中傷を流していた頃があった。
両親ともシャーロットとも似たところがなく、懐妊の傾向も無かったのに突然現れた第二王子。本当の子供のように育ててくれたノクアルドやクルージアの前では強がっていたが、本当は怖かった。
いつか捨てられてしまうんじゃないかと。
建物の陰でこっそり泣いていると、唐突に光が差した。金色の太陽のような明るい髪に天使だと言われるほどの美貌を持つ3つ年上の兄、シャーロットが迎えに来てくれた。
『お前、こんなところにいたのか』
『ふ、ひっく……あ、あに、うえ……?』
『ふん、男なのにメソメソと情けない』
シャーロットの痛烈な一言に、幼心にぐさりと突き刺さった。
『だ、だって……、ふ、ふぇ……ぅ……うあああああああんっ!』
何かが決壊したかのように大きな声で泣いた。
ぎょっとしたシャーロットが慌てふためく。
『ばっ、泣くな! お前はこの国の王子なんだぞ!?』
『だって、だってぇえっ! み、みんな、ぼくが、ふっ、えぐ……お母様の子じゃないってっ! 悪魔の子だってええええっ!!』
『はぁ? そんなわけないだろう。まぁ、母上の子じゃないって言うのは……』
サファルティアが王家に迎えられた時、シャーロットはまだ3つだった。
当時はそう言うものだと受け入れていたが、あれから5年近く経っている。クルージアの体調が日に日に悪くなっていることもあり、今思えばサファルティアを産めるほど元気ではなかったはずだから、シャーロットは完全に否定できなかった。
『っ、周りが何と言おうとお前はシャルスリア王国国王である父上と、母上の子だ。父上も母上もそう言った。それに、父上はいつかお前が俺にとって大事な腹心になると言った』
『……ふくしん?』
幼いサファルティアにシャーロットの言葉は難しすぎて理解できなかった。
『俺の家来ってことだ!』
それと母のことと何の関係があるのかよくわからなかったが、シャーロットがサファルティアを元気づけようとしてくれているということは、雰囲気で伝わった。
『とにかく! お前は俺の弟で、この国の第二王子なんだ! 周りが何と言おうと俺達がそれを認めている。気にすることはない』
自分でもらしくないことを言っている自覚があるのか、シャーロットの顔は真っ赤だった。
シャーロットの言葉は厳しかったっけれど、サファルティアにとって嫌われていると思っていた兄からの励ましに、なんだか擽ったい気持ちになる。
『うわっ! ちょ、何するんだ!?』
突然サファルティアに抱きつかれ、シャーロットは戸惑う。
シャーロットの胸のあたりでぐりぐりと頭を擦りつける。柔らかくて温かな存在にシャーロットは恐る恐る手を伸ばす。
顔を上げたサファルティアの目は、泣きはらして真っ赤だったがキラキラとシャーロットを見つめる。
『ぼく、ぼく、おおきくなったらあにうえのけらいになります!』
『ん? うん。それが第二王子だからな』
『はいっ! いつかりっぱになって、ぜったいぜったい、あにうえとけっこんします!』
『? それは無理だと思うぞ』
『? けらいはけっこんすることじゃないんですか?』
誰だサファルティアに余計なことを話したのは。とシャーロットは心の中で頭を抱えた。
しかし、またサファルティアに泣かれると面倒だとシャーロットは適当なことを言うことにした。
『そうだな。俺の家来になれば、結婚できるかもしれないな』
『! はい、ぼくがんばります!』
『分かったんなら行くぞ、サフィ』
『はい!』
差し出された手を握ると温かくて、サファルティアはドキドキした。
ずっと、この人の為に自分は生きるのだと、そう決意した。
家来の意味が結婚ではないことを知るのはそれから数年後のことだった。
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