68 / 93
第三章
第18話
しおりを挟むユーレイアの意思も確認できたところで、お茶会はただの雑談へと変わった。
「ユーレイア様、不躾で申し訳ありませんが、騎士を志された理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
ソラリスが不意にそんなことを尋ねる。
「なんだ、そんなことか。構わないよ」
ユーレイアもすっかり打ち解けて、妹に接するようにソラリスと話す。
「簡単な話さ。私の母は遊牧の民の族長の娘だった。母の部族は武を得意としていて、母も馬を駆るのが得意だった」
母の口から語られる先祖たちの勇ましい武勇伝や、旅の間に見た美しい草原の話。
皇女という身分では、それらを実際に味わうことはできない。
「馬を駆るくらいなら、ロクドナ帝国はもちろん、シャルスリア王国も問題ない。それだけなら私は、皇女として満足していただろう」
ユーレイアの瞳に影が落ちる。
「だが、父と母は、想い合って結ばれたわけではないと知って……」
ユーレイアの手が僅かに震えた。
「母は、戦利品だったんだ。母の部族を皆殺しにした父の」
ソラリスが息を呑む気配が、隣に座るサファルティアにも伝わる。
「しかも、その話は母からではなく、皇宮内の心無い文官や騎士の噂話からだ。私はすぐに帝国史を調べたら、まあ、その通りだった」
人間が略奪や戦争の戦利品になることは、ロクドナ帝国では当たり前だった。
今ではほとんどの国が廃止している奴隷制度も、ロクドナには残っている。
平和な時代と場所で育ったサファルティアとソラリスには、想像もつかない世界がそこにあった。
「母の部族は滅びてしまったが、だからこそ私は思う。力なき者が無益に虐げられることのない世になればと」
ソラリスの目には涙が浮かんでいた。
それに気づいたサファルティアが、そっとハンカチを差し出す。
「す、すみません……」
そんなソラリスを見て、ユーレイアは苦笑する。
「いや、ティルスディア殿のように繊細な女性であれば、当然の反応だ。姉や妹もこの話をすると心底嫌そうな顔をするよ」
わずかに諦めを滲ませたユーレイアの表情に、かける言葉が見つからない。
同じ体験をしていないサファルティア達には、同じだけの思いを返すことが出来ない。
「だから騎士になろうと思ったのさ。せめて母を守れるくらいには強くなろうと」
ユーレイアの高潔な思いは尊敬に値する。
「ユーレイア様のような方がいるロクドナ帝国を、少し羨ましく思います」
サファルティアが言うと、ユーレイアはくすりと笑う。
「新手の婚約申し込みかな?」
「いえ、そんなつもりは……」
サファルティアが慌てて否定すると、ユーレイアも「冗談だ」と笑う。
「辛気くさい話をしていたら、お茶が冷めてしまったな。新しいものを用意させよう」
ユーレイアは、皇女でありながらその心は立派な騎士だった。
シャーロットとも本来であれば友人のような夫婦関係を築けたかもしれないが、ガリシアの今までの話を聞いていると、ユーレイアのような女性がきっと必要なのだと、そう思えてくる。
それからも他愛ない話を続けているうちに、あっという間に時間が過ぎていた。
「おや、もうこんな時間か。長い間引き留めてすまないね」
「いえ、とても有意義なお時間でした」
「そう言ってもらえると助かる。何せ、婚約する気がなくても、宰相殿が“2人と話せ”とうるさくてね」
ユーレイアが苦笑する。
「とはいえ、最初にも言ったが2人に関してはこのロクドナでもいろいろ思惑があってな。特にティルスディア殿は気を付けたほうがいい」
「はい。ご忠告、痛み入ります」
「何かあれば私の部屋に来るといい。父に手籠めにされたとなれば、シャルスリアと全面戦争になりかねない。それは私の望むところではないし、せっかく友人のように話せる相手が出来たのに、手土産の一つも渡せないのは申し訳ないからね」
ユーレイアはそう言って慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「少なくとも、2人がここに滞在する間は、私も大人しく皇女に徹しているつもりだから、安心して頼ってくれると嬉しい」
サファルティアとソラリスも微笑み返す。
「とても心強いです」
「ええ。もしも国に帰っても、よろしければお話し相手になっていただけると嬉しいです」
ソラリスがそう言うと、ユーレイアは嬉しそうに頷いた。
「ああ、もちろん」
こうしてユーレイアとは、穏便に婚姻の話をなかったことにすることができた。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜
小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」
魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で―――
義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!
うちの家族が過保護すぎるので不良になろうと思います。
春雨
BL
前世を思い出した俺。
外の世界を知りたい俺は過保護な親兄弟から自由を求めるために逃げまくるけど失敗しまくる話。
愛が重すぎて俺どうすればいい??
もう不良になっちゃおうか!
少しおばかな主人公とそれを溺愛する家族にお付き合い頂けたらと思います。
説明は初めの方に詰め込んでます。
えろは作者の気分…多分おいおい入ってきます。
初投稿ですので矛盾や誤字脱字見逃している所があると思いますが暖かい目で見守って頂けたら幸いです。
※(ある日)が付いている話はサイドストーリーのようなもので作者がただ書いてみたかった話を書いていますので飛ばして頂いても大丈夫だと……思います(?)
※度々言い回しや誤字の修正などが入りますが内容に影響はないです。
もし内容に影響を及ぼす場合はその都度報告致します。
なるべく全ての感想に返信させていただいてます。
感想とてもとても嬉しいです、いつもありがとうございます!
5/25
お久しぶりです。
書ける環境になりそうなので少しずつ更新していきます。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる