偽りだらけの花は、王様の執着に気付かない。

葛葉

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第三章

第18話

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 ユーレイアの意思も確認できたところで、お茶会はただの雑談へと変わった。
「ユーレイア様、不躾で申し訳ありませんが、騎士を志された理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
 ソラリスが不意にそんなことを尋ねる。
「なんだ、そんなことか。構わないよ」
 ユーレイアもすっかり打ち解けて、妹に接するようにソラリスと話す。
「簡単な話さ。私の母は遊牧の民の族長の娘だった。母の部族は武を得意としていて、母も馬を駆るのが得意だった」
 母の口から語られる先祖たちの勇ましい武勇伝や、旅の間に見た美しい草原の話。
 皇女という身分では、それらを実際に味わうことはできない。
「馬を駆るくらいなら、ロクドナ帝国はもちろん、シャルスリア王国も問題ない。それだけなら私は、皇女として満足していただろう」
 ユーレイアの瞳に影が落ちる。
「だが、父と母は、想い合って結ばれたわけではないと知って……」
 ユーレイアの手が僅かに震えた。
「母は、戦利品だったんだ。母の部族を皆殺しにした父の」
 ソラリスが息を呑む気配が、隣に座るサファルティアにも伝わる。
「しかも、その話は母からではなく、皇宮内の心無い文官や騎士の噂話からだ。私はすぐに帝国史を調べたら、まあ、その通りだった」
 人間が略奪や戦争の戦利品になることは、ロクドナ帝国では当たり前だった。
 今ではほとんどの国が廃止している奴隷制度も、ロクドナには残っている。
 平和な時代と場所で育ったサファルティアとソラリスには、想像もつかない世界がそこにあった。
「母の部族は滅びてしまったが、だからこそ私は思う。力なき者が無益に虐げられることのない世になればと」
 ソラリスの目には涙が浮かんでいた。
 それに気づいたサファルティアが、そっとハンカチを差し出す。
「す、すみません……」
 そんなソラリスを見て、ユーレイアは苦笑する。
「いや、ティルスディア殿のように繊細な女性であれば、当然の反応だ。姉や妹もこの話をすると心底嫌そうな顔をするよ」
 わずかに諦めを滲ませたユーレイアの表情に、かける言葉が見つからない。
 同じ体験をしていないサファルティア達には、同じだけの思いを返すことが出来ない。
「だから騎士になろうと思ったのさ。せめて母を守れるくらいには強くなろうと」
 ユーレイアの高潔な思いは尊敬に値する。
「ユーレイア様のような方がいるロクドナ帝国を、少し羨ましく思います」
 サファルティアが言うと、ユーレイアはくすりと笑う。
「新手の婚約申し込みかな?」
「いえ、そんなつもりは……」
 サファルティアが慌てて否定すると、ユーレイアも「冗談だ」と笑う。
「辛気くさい話をしていたら、お茶が冷めてしまったな。新しいものを用意させよう」
 ユーレイアは、皇女でありながらその心は立派な騎士だった。
 シャーロットとも本来であれば友人のような夫婦関係を築けたかもしれないが、ガリシアの今までの話を聞いていると、ユーレイアのような女性がきっと必要なのだと、そう思えてくる。
 それからも他愛ない話を続けているうちに、あっという間に時間が過ぎていた。
「おや、もうこんな時間か。長い間引き留めてすまないね」
「いえ、とても有意義なお時間でした」
「そう言ってもらえると助かる。何せ、婚約する気がなくても、宰相殿が“2人と話せ”とうるさくてね」
 ユーレイアが苦笑する。
「とはいえ、最初にも言ったが2人に関してはこのロクドナでもいろいろ思惑があってな。特にティルスディア殿は気を付けたほうがいい」
「はい。ご忠告、痛み入ります」
「何かあれば私の部屋に来るといい。父に手籠めにされたとなれば、シャルスリアと全面戦争になりかねない。それは私の望むところではないし、せっかく友人のように話せる相手が出来たのに、手土産の一つも渡せないのは申し訳ないからね」
 ユーレイアはそう言って慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「少なくとも、2人がここに滞在する間は、私も大人しく皇女に徹しているつもりだから、安心して頼ってくれると嬉しい」
 サファルティアとソラリスも微笑み返す。
「とても心強いです」
「ええ。もしも国に帰っても、よろしければお話し相手になっていただけると嬉しいです」
 ソラリスがそう言うと、ユーレイアは嬉しそうに頷いた。
「ああ、もちろん」
 こうしてユーレイアとは、穏便に婚姻の話をなかったことにすることができた。
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