偽りだらけの花は、王様の執着に気付かない。

葛葉

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第三章

第29話

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 ジョシュア、エリザヴェータ、ソラリスの視線がサファルティアに向けられる。
 サファルティアも、ここで曖昧な返事をするのは悪手だとわかっている。
 ジョシュアを見ると、その目は優しく微笑んでいた。
「僕は……その、エリザヴェータ姫のお気持ちに応えることはできません」
 エリザヴェータを傷つけないように、というのは無理だ。だけど、誠意は伝わるようにまっすぐにエリザヴェータを見る。
「僕は、シャーロット陛下の申し出を受けるつもりです。ティルスディア様には申し訳ありませんが……」
 いずれにせよ、シャーロットの伴侶になれば、“ティルスディア”を演じ続けることは難しくなる。
 今は身代わりのソラリスだが、それでも申し訳ないというふうに彼女を見る。
 ソラリスは肩を竦める。
「陛下も殿下もお優しい方ですから。そんなお二人だからこそ、わたくしも身を引くことに悔いはありません」
 今まで黙っていたソラリスが、それらしく答える。
「つまり、サファルティア殿下自身は、後継を残すつもりはないと」
「はい。僕は、陛下の支えになることが出来れば、それが幸せです」
 ジョシュアもソラリスも、サファルティアの揺るぎない気持ちを理解し、応援してくれている。
 これほど心強いことはない。
 一方、そんなことは到底認められるはずがない、とエリザヴェータは肩を震わせる。
「そんな、そんなのは間違っていますわ! やっぱりティア様は洗脳されているんです! どうかお目を覚ましになって!?」
 もはや悲鳴に近いエリザヴェータの声に、周囲は困惑するばかりだ。
「僕は正気です。それに、僕が愛しているのはシャーロット陛下だけです」
 サファルティアはきっぱりと告げる。
 エリザヴェータは矜持を傷つけられたせいか、それともサファルティアの言うことなど信じられないのか、目を吊り上げて叫ぶ。
「あり得ませんわ! だって、ティア様が本当に愛しているのはわたくしでしょう!?」
 サファルティアは首を横に振る。
 しかし、エリザヴェータはそんなサファルティアを見ていないのか、お構いなしに叫び続ける。
「ええそうよ! ティア様がお気づきにならないのは当然ですもの。だって、“洗脳”されているんですもの! コアルク公爵様もそう思いませんこと!?」
 話の矛先がジョシュアに向く。
 ここまで冷静にエリザヴェータの様子を見てきたジョシュアも、なるほど、これは重症だと呆れる。
「まぁ、おふたりが身分的に問題ないのは認めます」
「当然ですわ! わたくしほどティア様に相応しい女はおりません。シャーロット陛下よりも、ずっとずっと愛しておりますもの!」
 エリザヴェータは都合のいいところだけ聞いていたのか、自信満々に高らかに言い放つ。
「しかし、“洗脳”と決めつけるのは、些か早計ではありませんか?」
 ジョシュアの怜悧な視線がエリザヴェータに向けられる。
「確かに、国力だけを見れば、ガリアもシャルスリアも貴国には劣る。ですが、サファルティア殿下も一国の王子です。他国の王子が“洗脳されている”などというのは、侮辱に近いと思いますよ?」
 ジョシュアに諭され、エリザヴェータの顔は怒りと羞恥で赤く染まった。
「っ!」
 一瞬言葉に詰まったエリザヴェータだったが、すぐさまフォローするように侍女が近づき、彼女に小さく耳打ちする。
 すると、深呼吸するように小さく息を吐き出す。
「……申し訳ありません。取り乱しました。ですが、やはりわたくしにはそれがティア様の本心だとは思えませんの」
 エリザヴェータはほんの数分前とは打って変わり落ち着いた表情で話す。
「エリザヴェータ姫……」
 サファルティアもこれ以上何を言えばいいかわからず、口を噤む。
「ティア様、わたくしは本当に、あなた様のことを愛していますのよ? 必ず、真実の愛を取り戻してみせますわ」
 エリザヴェータはそう言って、にこりと微笑んだ。
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