偽りだらけの花は、王様の執着に気付かない。

葛葉

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第三章

第40話

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 侍従からの報告に、シャーロットは一瞬怒りで我を忘れそうになった。
「サファルティアが、結婚?」
 低く、怒気の孕んだシャーロットの声音に、侍従はびくびくと震える。
「私は許可した覚えはないが?」
 サファルティアは出自を公表したとはいえ、まだ王家であるフェリエール家に籍がある。
 王位継承権も順位が下がっただけで、失ったわけではない。
 王家の血筋に連なる貴族の出身であるサファルティアの結婚は、国王であるシャーロットの承認が必要だ。
 特に、他国の王侯貴族との婚姻ともなればなおさらだ。
「は、はい。招待状とあわせて、婚姻の承認が欲しいと、サファルティア殿下が記した文書が……」
 侍従から奪い取るように招待状を見る。
 招待状自体は文官の誰かが代筆したのだろう。だが、一緒に同封されていた結婚の承認文書には、確かにサファルティアのサインがあった。それも、本人の筆跡によく似ている。

 ――あり得ない。

 これが本当であれば、シャーロットはすぐにでもサファルティアをロクドナから連れ戻し、監禁する必要がある。
 だが、先にソラリスから報告が来ている。
 もとより承認するつもりはないが、何とか時間を稼いでサファルティアを取り戻さなければならない。
「ロクドナ帝国に伝えろ。私は認める気はない、と」
「し、しかし……」
 シャーロットが侍従を睨む。
「サファルティアが私を裏切ることはあり得ない。そもそも、今回の外交は私の花嫁候補を連れてくる約束だ。サファルティアが私より先に向こうの皇女と結婚するとは思えない」
 国王であるシャーロットよりも先に結婚したとしても、サファルティアなら先に臣籍降下を願っているはずだ。
 それが断りもなく、こんな紙切れ一枚を送りつけるだけで、結婚を進めようとするなんて、生真面目な性格のサファルティアらしくない。
 シャーロットはもう一度、婚姻承認文書を見る。サファルティアのサインは、確かに本人のものだが、その筆跡には微かなブレがある。
 記憶を操作されているはずのサファルティアの抵抗か、それとも別の誰かによる代筆か。
 今はどちらでもいいが、サファルティアは事実上の人質だ。
 王子であるサファルティアを勝手に人質にするということは、戦争になりかねない。
「エイヒャルを呼べ」
「は、かしこまりました」
 侍従に命じて、シャーロットはどさりとソファに身を沈める。
 やはり行かせるべきではなかった、と後悔が押し寄せる。
 こんなことになるなら、女装なんて回りくどいことをせず、無理やりにでも同性婚の法を推し進めて、囲ってしまえばよかった。
 けれど、国を発つ前夜に見たサファルティアは確かに覚悟を決めていた。
 正式な返事はなくとも、サファルティアも同じ気持ちだと、確かに感じられた。
「サフィ……」
 このままエリザヴェータとの結婚を認めるわけにはいかない。
 本当にサファルティアの気持ちが変わってしまったならともかく、シャーロットはまだ、それを確かめていない。
「陛下、お呼びと聞きましたが」
 しばらくしてエイヒャル・アドリー伯爵が執務室に入ってくる。
 次期宰相候補と言われるエイヒャルは、まだ三十代と若いが、頭も機転も利く有能な臣下で、シャーロット派の筆頭のひとりだ。
 サファルティアが臣籍降下した場合、身分的に彼が宰相になる予定だった。
 しかし、サファルティアをシャーロットの伴侶として王宮に入れるなら、エイヒャルに相応の階級を与えて、宰相に任じるつもりだ。
 それくらいシャーロットの信頼は厚い。
 シャーロットは人払いをすると、エイヒャルにロクドナ帝国から送られて来た招待状と、ソラリスから送られて来た手紙を見せる。
 読み進めたエイヒャルは、次第に険しい顔をする。
「これは、また……」
「サファルティアは、まだ王子だ。このままだと戦争の火種になりかねない」
「ですが、我が国にロクドナと対抗しうる戦力はありませんよ」
 国力の差はもちろん、常にどこかしらと戦争をしているロクドナ帝国と、建国以来戦争をしたことがないシャルスリア王国では、経験も士気もかなり差がある。
「陛下もお気づきだと思いますが、平和に解決する方法はありますよ」
「私がそれを許すと思うか?」
「いいえ。ですが、一番手っ取り早いのは、このままサファルティア殿下を差し出すことです」
 エリザヴェータとの結婚を認めるか、あるいは王子としての身分を剥奪するか。
 サファルティアは、キャロー公爵家の人間だ。先代や先々代の罪を彼に背負わせて、追放することも出来る。
 シャルスリアと関わりがないとわかれば、少なくとも戦争になるような口実は作れない。
「普段の殿下であれば、それも致し方なしと受け入れていたでしょう」
 正気のサファルティアであれば、エイヒャルと同じように考えただろう。
 しかし――。
「サファルティアを皇女にくれてやるつもりはない。無論、私も娶る気はない」
「わかっております。あれだけ私が教会にかけ合ったんです。陛下のご希望が叶わなければ、私はただの骨折り損です」
 エイヒャルはくすりと笑う。
「私は陛下の忠臣を自負しております。陛下が即位して数年……民からの支持の厚い陛下だからこそ、私も尽力しましょう」
 
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