89 / 93
第三章
第39話
しおりを挟むソラリスとジョシュアがソフィヤとお茶会をした翌日。
シャルスリア王国の王宮内、国王の執務室でシャーロットは執務に励んでいた。
サファルティアたちがシャルスリアを旅立って早くもひと月近くが経過している。
(この数年は、部屋に帰れば毎日サフィに会えたんだがな……)
公務で数日離れることはあっても、月単位で離れることはいつ以来だろうか。
サファルティアが成人するまでは、勉強や騎士団の訓練で数ヶ月王宮を離れることもあったが、あの時と今とではふたりの事情も、関係も変わっている。
そのせいだろうか。余計に恋しく感じるのは。
「サフィの声が聞きたい……」
ロクドナ帝国は厄介な隣国だ。数日おきに来る早馬の知らせは、使節団がロクドナ帝国入りしてから数が減った。
向こうは向こうで対応に追われているのだろう。
第三皇女のユーレイアとは友好関係が築けそうだという報告から、ぱたりと連絡が来ていない。
それが少し心配ではあったが、サファルティアなら大丈夫だろうと安心していた。
(サフィの返答次第だが、すぐに婚儀を挙げられるよう手配はしてきた)
断られるとは思っていない。
サファルティアの正体を隠して、側妃“ティルスディア”としてずっと側に置いていたし、互いの気持ちも何度も確かめ合って、合意の下で肌も重ね合っている。
互いの立場だとか自分の出自に二の足を踏んでいたサファルティアの外堀を埋めてやれば、逃げることなんてできるはずがない。
正式に囲ってしまえば、もうサファルティアに手を出そうなんて考える輩は出てこないだろう。
いまだにシャーロットに側室でいいから女を娶れと言う声もあるが、正直サファルティア以外に気持ちが揺れない。そもそも、抱ける気がしない。
サファルティアへの気持ちを自覚する前であれば、政略結婚も受け入れていたかもしれないが、王子としても人としても成長するサファルティアはどんどん魅力的になっている。
真っ向から見据えてくる真剣な目も、潤んだ瞳で甘えてくる姿も愛おしくてたまらない。
サファルティアを想えば、会いたくなる。
いっそ仕事を放り出して、サファルティアの部屋で昼寝でもしようかと考えていると、コツコツと窓を何かが叩いた。
石ころが投げられたような固い、だけど規則的な音は合図だ。
窓の方を見れば、一羽の伝書鳩が窓を突いていた。
鳩を管理している部署ではなく、国王であるシャーロットに直接鳩を飛ばせる者はそう多くない。
窓を開けろ、餌を寄こせとばかりに窓を突く鳩の足には緊急を知らせる赤い紐が括り付けられている。
シャーロットの瞳がスッと鋭さを帯びる。
窓を開けて、鳩を部屋に迎え入れる。足に括りつけられた紐と手紙を外し、侍従を呼ぶと鳩に餌を与えるように指示を出す。
それからシャーロットは手紙を開く。
――至急。青石ニ異変アリ。
柔らかな筆跡だが、どこか焦りを感じさせる出だしに、シャーロットは眉を顰める。
ソラリスからだとすぐにわかった。彼女には、ティルスディアと同等の権限を与えているため、こうして国王であるシャーロットにも直接鳩を飛ばせる。
(青石――サフィの身に何かあったのか?)
暗号のようになっているのは、鳩が途中で落としたり、帝国側に見つからないようにするためだろう。
ソラリスからの報告によれば、サファルティアには精神作用のある薬、おそらく“エクメネイン”を服用させられている可能性があるという。それ以外にも外堀を埋めるように、帝国内で第四皇女のエリザヴェータがサファルティアとの婚約発表準備を進めているという噂があることなど簡潔に書かれている。
エクメネイン――記憶誘導型の精神操作剤として有名な薬は、シャルスリア王国内では禁止している薬物だ。しかし、ロクドナ帝国では拷問や自白剤、あるいは自身に忠実な奴隷にするために貴族が日常的に使用しているという。
王族として、シャーロットもサファルティアも幼い頃からある程度、毒物に対する耐性は作ってきたが、麻薬にも似たソレは、よほど強力なのだろう。
「エリザヴェータ・ロクドナ、か……」
サファルティアが、初めてロクドナ帝国に外交で行ったときに、お茶会に誘われたと言っていた。
確かに、彼女から求婚状のようなものも一度送られてきたが、ノクアルドが倒れた頃だったこともあり、有耶無耶にしていた。
それが良くなかったとでも言うのだろうか。
ソラリスからの報告通り、サファルティアにエクメネインが投薬されているのであれば、許しがたいことだ。
シャルスリアではエクメネインは取引禁止されているとはいえ、解毒薬が存在しないわけではない。
ただ、とても高価な薬であるため、一般には出回らない。王族の所有する薬物倉庫ならもしかしたら在庫があるかもしれない。
サファルティアの名誉のためにも、ことは秘密裏に運ばなければならない。
「陛下!!」
その声とともに、侍従が勢いよく扉を開いた。
「どうした、騒々しい」
サファルティアの危機を知らせる手紙を、手の中でそっと握りつぶしながら侍従に問う。
「そ、それが……ロクドナ帝国から結婚式の招待状が届いております!」
王族の結婚式、特に国王や皇子の結婚式に近隣諸国の王族を招くことは珍しいことではない。
ロクドナ帝国には皇女以外に適齢期の皇子も数名いる。
ガリシアには既に皇后がいることから、呼ばれることはあり得ない。
呼ばれるとすれば皇子のうちの誰かだろう。タイミングが悪すぎる。
「どの皇子だ」
シャーロットがめんどくさそうに聞けば、侍従は顔を真っ青にして答える。
「第四皇女、エリザヴェータ姫と、サファルティア殿下です!」
シャーロットの手の中で、手紙がぐしゃりと音を立てた。
0
あなたにおすすめの小説
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
病み墜ちした騎士を救う方法
無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。
死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。
死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。
どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……?
※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
猫カフェの溺愛契約〜獣人の甘い約束〜
なの
BL
人見知りの悠月――ゆづきにとって、叔父が営む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」だけが心の居場所だった。
そんな悠月には昔から猫の言葉がわかる――という特殊な能力があった。
しかし経営難で閉店の危機に……
愛する猫たちとの別れが迫る中、運命を変える男が現れた。
猫のような美しい瞳を持つ謎の客・玲音――れお。
彼が差し出したのは「店を救う代わりに、お前と契約したい」という甘い誘惑。
契約のはずが、いつしか年の差を超えた溺愛に包まれて――
甘々すぎる生活に、だんだんと心が溶けていく悠月。
だけど玲音には秘密があった。
満月の夜に現れる獣の姿。猫たちだけが知る彼の正体、そして命をかけた契約の真実
「君を守るためなら、俺は何でもする」
これは愛なのか契約だけなのか……
すべてを賭けた禁断の恋の行方は?
猫たちが見守る小さなカフェで紡がれる、奇跡のハッピーエンド。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる