偽りだらけの花は、王様の執着に気付かない。

葛葉

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第三章

第39話

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 ソラリスとジョシュアがソフィヤとお茶会をした翌日。
 シャルスリア王国の王宮内、国王の執務室でシャーロットは執務に励んでいた。
 サファルティアたちがシャルスリアを旅立って早くもひと月近くが経過している。
(この数年は、部屋に帰れば毎日サフィに会えたんだがな……)
 公務で数日離れることはあっても、月単位で離れることはいつ以来だろうか。
 サファルティアが成人するまでは、勉強や騎士団の訓練で数ヶ月王宮を離れることもあったが、あの時と今とではふたりの事情も、関係も変わっている。
 そのせいだろうか。余計に恋しく感じるのは。
「サフィの声が聞きたい……」
 ロクドナ帝国は厄介な隣国だ。数日おきに来る早馬の知らせは、使節団がロクドナ帝国入りしてから数が減った。
 向こうは向こうで対応に追われているのだろう。
 第三皇女のユーレイアとは友好関係が築けそうだという報告から、ぱたりと連絡が来ていない。
 それが少し心配ではあったが、サファルティアなら大丈夫だろうと安心していた。
(サフィの返答次第だが、すぐに婚儀を挙げられるよう手配はしてきた)
 断られるとは思っていない。
 サファルティアの正体を隠して、側妃“ティルスディア”としてずっと側に置いていたし、互いの気持ちも何度も確かめ合って、合意の下で肌も重ね合っている。
 互いの立場だとか自分の出自に二の足を踏んでいたサファルティアの外堀を埋めてやれば、逃げることなんてできるはずがない。
 正式に囲ってしまえば、もうサファルティアに手を出そうなんて考える輩は出てこないだろう。
 いまだにシャーロットに側室でいいから女を娶れと言う声もあるが、正直サファルティア以外に気持ちが揺れない。そもそも、抱ける気がしない。
 サファルティアへの気持ちを自覚する前であれば、政略結婚も受け入れていたかもしれないが、王子としても人としても成長するサファルティアはどんどん魅力的になっている。
 真っ向から見据えてくる真剣な目も、潤んだ瞳で甘えてくる姿も愛おしくてたまらない。
 サファルティアを想えば、会いたくなる。
 いっそ仕事を放り出して、サファルティアの部屋で昼寝でもしようかと考えていると、コツコツと窓を何かが叩いた。
 石ころが投げられたような固い、だけど規則的な音は合図だ。
 窓の方を見れば、一羽の伝書鳩が窓を突いていた。
 鳩を管理している部署ではなく、国王であるシャーロットに直接鳩を飛ばせる者はそう多くない。
 窓を開けろ、餌を寄こせとばかりに窓を突く鳩の足には緊急を知らせる赤い紐が括り付けられている。
 シャーロットの瞳がスッと鋭さを帯びる。
 窓を開けて、鳩を部屋に迎え入れる。足に括りつけられた紐と手紙を外し、侍従を呼ぶと鳩に餌を与えるように指示を出す。
 それからシャーロットは手紙を開く。

 ――至急。青石ニ異変アリ。

 柔らかな筆跡だが、どこか焦りを感じさせる出だしに、シャーロットは眉を顰める。
 ソラリスからだとすぐにわかった。彼女には、ティルスディアと同等の権限を与えているため、こうして国王であるシャーロットにも直接鳩を飛ばせる。
(青石――サフィの身に何かあったのか?)
 暗号のようになっているのは、鳩が途中で落としたり、帝国側に見つからないようにするためだろう。
 ソラリスからの報告によれば、サファルティアには精神作用のある薬、おそらく“エクメネイン”を服用させられている可能性があるという。それ以外にも外堀を埋めるように、帝国内で第四皇女のエリザヴェータがサファルティアとの婚約発表準備を進めているという噂があることなど簡潔に書かれている。
 エクメネイン――記憶誘導型の精神操作剤として有名な薬は、シャルスリア王国内では禁止している薬物だ。しかし、ロクドナ帝国では拷問や自白剤、あるいは自身に忠実な奴隷にするために貴族が日常的に使用しているという。
 王族として、シャーロットもサファルティアも幼い頃からある程度、毒物に対する耐性は作ってきたが、麻薬にも似たソレは、よほど強力なのだろう。
「エリザヴェータ・ロクドナ、か……」
 サファルティアが、初めてロクドナ帝国に外交で行ったときに、お茶会に誘われたと言っていた。
 確かに、彼女から求婚状のようなものも一度送られてきたが、ノクアルドが倒れた頃だったこともあり、有耶無耶にしていた。
 それが良くなかったとでも言うのだろうか。
 ソラリスからの報告通り、サファルティアにエクメネインが投薬されているのであれば、許しがたいことだ。
 シャルスリアではエクメネインは取引禁止されているとはいえ、解毒薬が存在しないわけではない。
 ただ、とても高価な薬であるため、一般には出回らない。王族の所有する薬物倉庫ならもしかしたら在庫があるかもしれない。
 サファルティアの名誉のためにも、ことは秘密裏に運ばなければならない。
「陛下!!」
 その声とともに、侍従が勢いよく扉を開いた。
「どうした、騒々しい」
 サファルティアの危機を知らせる手紙を、手の中でそっと握りつぶしながら侍従に問う。
「そ、それが……ロクドナ帝国から結婚式の招待状が届いております!」
 王族の結婚式、特に国王や皇子の結婚式に近隣諸国の王族を招くことは珍しいことではない。
 ロクドナ帝国には皇女以外に適齢期の皇子も数名いる。
 ガリシアには既に皇后がいることから、呼ばれることはあり得ない。
 呼ばれるとすれば皇子のうちの誰かだろう。タイミングが悪すぎる。
「どの皇子だ」
 シャーロットがめんどくさそうに聞けば、侍従は顔を真っ青にして答える。
「第四皇女、エリザヴェータ姫と、サファルティア殿下です!」
 シャーロットの手の中で、手紙がぐしゃりと音を立てた。
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