31 / 42
第31話 クエルの罠
しおりを挟む
バグナルは早馬で向かって数日後、トルジェ軍とトリソニア軍のにらみ合う国境地帯に到着した。その現場を指揮をしているクエルの陣幕にすぐさま向かうと、中で中央にある椅子に座りながらクエルは部下に指示をだしていた。
誰から見ても目が据わっている、睨まれたなどと勘違いされてしまう目つきが特徴で、黒く長い髪と口の周りには整えられた髭を蓄え、そして全身を黒い甲冑に身を包み、その横には実用的ではない大剣を置いていた。
「クエル!この状況はどうしたことだ!」
「これはバグナル殿……わざわざこんな所までおいで下さるとは」
「貴様は南方の盗賊と怪物の掃討をするはずではなかったのか?」
「そうだったのですが……トリソニアの方がおかしな動きをしていると聞いたもので、その対応をしてましたらこの様な状態に」
悪びれもせず言うクエルにバグナルの内心はかなり腹を立てていたが、今は収拾するのを最優先とし、トリソニア軍の指揮者と交渉する手配した。
「貴様の話はあとで聞く――トリソニア軍を指揮している者は?」
その質問に答えたのは、傍にいた兵士であった。
「はい……アウドムラ・セコム・コア将軍です」
「ではコア将軍に会見の場を設けたい旨を伝える。使者をたてよ」
バグナルは陣幕を出ようとしたがそれをクエルが引き留め、バグナルに問うた。
「こうなった状況で何を話し合うのですか? いっその事トリソニアに」
その言葉の途中でバグナルは剣を抜きクエルに向かって差し向けた。
「ひッ!」
「我が国を侵略国にしたいのか! まして、それを望んでいない国王の意思を無視して、貴様は何を考えておる!」
クエルは向けられた剣にたじろぎヘナヘナと座り込んだ。バグナルは陣幕を出てトリソニア軍のいる方向を見た。
その後、しばらくしてトリソニア軍へ使者として赴いた兵士が戻り、バグナルに報告した。
「会見は明日の正午にトリソニア軍、代表者がこちらまで来られるそうです」
それを聞き、バグナルは少し予想外の事で驚いた。通常ならこの様な交渉や会見は双方の中間地点や自分たちが危険にならない場所で行うが、向こうから出向いて来ると言う事にある種の興味を持った。
「わかった。では会見の準備をするように」
そう兵士に伝え、バグナルはどの様な人物が来るのかを想像しはじめていた。
翌日、綺麗に晴れ渡った空に上がっている太陽はほぼ真上にある。
正午を迎えようとした頃にトルジェ軍の用意した会見の場に待ち人は姿を現した。
トリソニア軍のコア将軍は、たった三人でこの場に現れていた。二人の供を馬で引き連れて来るのみで、敵陣に直接乗り込むには、ほぼ丸腰と言っていい状態であった。その容貌は、騎乗しているりっぱな馬が小さく見えるほどの巨漢であり、白系統の肩鎧が目立つその中は淡い青色のトリソニア軍の軽装が伺えた。顎髭を蓄え齢はそれなりにいっている様にも見えるが眼光鋭く額から右目の上付近までの傷がある。そしてもう一つ印象的なのはこの場にいる兵士たちも感じられるほどの威圧する気の力であった。
コア将軍は少人数での訪問の姿に驚いているトルジェ軍の兵士たちの中を堂々と進んで来ると、三人はバグナルのいる会見の所まで来て馬を降り挨拶をした。
「貴殿がバグナル殿か?」
一軍を率いるのに充分な迫力と威厳を感じさせるコア将軍の低い声が響く。
「そうです……本来なら私の方が出向かなければ行けないところ、わざわざこちらまで来て頂いて有り難く存じます」
バグナルは騎士としての礼で出迎え、会見の席に案内し、両者が席に着いた。
「して、会見の内容は和義との事だが」
「はい、今回のトルジェ軍の動きはトリソニア王国にとって危機に感じたやも知れませんがわが国にその様な他国に侵攻する意思はありません。今回の出兵は国内の盗賊などの討伐の為の行動でした」
バグナルが説明をしている会見の席を隠れて見ている者がいた……クエルである。
クエルは今回の失態での責任を取らされ、会見の席から外されていた。先日のバグナルの叱責にも我慢ならなかったクエルは、この機会にトリソニアの将軍と共に危害を加えようと安易に考えていた。
「弓兵の準備は良いか?」
クエルは部下に確認をした。
「はい」
「よし、では配置につけ……」
(この会見でトリソニアの将軍もろともバグナルも殺してしまえば証拠は無くなる。そうすれば私の処分も消えるのだ)
クエルは密かにバグナルとトリソニアのコア将軍を亡き者にして、自分の都合の良いように画策し、死んでしまえば後は何とでも言い逃れも出来ると考えていたのだ。
バグナルとコア将軍との話し合いは順調に行われていた。
「では今回の件はバグナル殿の部下の不始末といった所か……」
「はい…私が不在の為に勝手な振る舞いをして、トリソニアにこの様な緊張を与える事となった次第であります。真に申し訳ない」
「そうか……どこの国にも跳ねっ返りはおるものだな……あい分かった、事前に頂いたトルジェ国王の親書もある事だし、今回の件は、」
「まだ終わらない」
コア将軍が会見を締めようとすると、将軍に付き添ってきたトリソニアの一人が口を挟み、そのローブ姿の男は続けて魔法を唱えた。
「天かける光と風よ、この場に姿を見せよ」
次の瞬間、四方から矢が飛んできたが、全て会見の場には届かず地面に落ちた。
「なに!」
見ていたクエルが驚くと、ローブ姿の男が続けて魔法を付け加えた。
「大いなる風の囁ささやきで眠りの時を」
矢が飛んできた林の方向からバタバタと人が倒れる音が聞こえた。第二射を促したクエルだが弓兵の反応はない。トリソニアの男の魔法で眠らされていたのであった。
「これもバグナル殿は知らなかった事ですな……つまりは跳ねっ返り者の独断……」
バグナルも立ち上がりクエルの姿を探す。そして見つけたクエルに向かって瞬時に近づいていた。
「何をしているクエル!」
その表情はいつものバグナルのものでは無かった。静かな怒りのこもった目でクエルを見ていた。
「くそ!」
クエルは逃げようとしたが、もちろん逃げられるはずもなく回り込まれた。
「どこへいく」
バグナルは剣を抜きクエルに向けた。クエルが後ずさりしたが、後ろにはコア将軍に付き添っていたローブ姿の男が控えていた。
「お前がロレーヌの村を巻き込んだ者か?」
その男は鋭い眼光でクエルを見た。クエルはこの場を切り抜けようと、その男を盾にしてバグナルに向き合った。
「動くな!動けばこの男がどうなるかわかっているな!」
「クエル、これ以上の罪を重ねるな!」
「道をあけろ!」
「もう一度聞く、ロレーヌの村を巻き込んだのはお前か?」
クエルに捕まっている男が、ローブの被りを取り動じないままもう一度クエルに向かって問いかけた。
「トリソニアの村がどうなろうと知った事か! 私は盗賊団を追い払い、怪物を蹴散らしただけだ!」
(なんだ……クエルには隙が見えるのに、このプレッシャーは)
「バグナル殿、あやつに任せてもらえぬか?」
そう言うとコア将軍は捕まっている男に目を向けた。
その視線に誘われ、バグナルも捕まっている男を改めて見た。無造作に伸ばされた髪と顎の無精ひげは男を貧祖に思わせる雰囲気を出させていた。体格もコア将軍と比較すると真逆で細く頼りない感じに見えた。男は剣を携えている訳でもなく鎧も来ていない。まして軍服の形式の服装ではなく領民の着ている服装だったのに違和感を感じていたが、この状況での表情とは思えない……目から感じる力は迫力があった。
「さっさと道をあけろ!」
「貴様の知恵の無さで関係の無い人々が巻き込まれた……そして……」
クエルは男を掴つかんでいたはずだったが次の瞬間、男はクエルの手から離れていた。クエルが気付いたのは離れた後だった。
「なに! 居ない?」
「ここだ」
「貴様いつの間に!?」
クエルはいつの間にか自分の後方に立っていた男に向かって、剣を向けた。
「お前の犯した罪はトルジェの法に任せるが、その前に私の……巻き込まれた人たちの悔しさを知っておけ!」
「何をわからぬことを! 私は人の上に立つ人間なのだ! その私が多少の人間を犠牲にして何が悪い!」
クエルは笑いながら男の言葉を退け、男に斬りかかるがその剣は空くうをきった。何度斬りかかっても男に避けられ、当たる気配がしない。
「人の上に立つ人間は、支えてくれる人たちを思いやる気持ちを忘れてはならない!」
その言葉を聞いたバグナルは、遠い昔にその言葉を聞いた記憶がよみがえる。それはスエードが言っていた言葉と同じであった為に、バグナルは目の前の男に興味をもった。
「ほざけ!」
クエルは男に斬りかかるが、その剣は相変わらず空くうを斬る事しか出来なかった。
「コア将軍、あの者はトリソニアの」
「何でもない……ただの村人だ」
その答えにバグナルは驚いた。続けてコア将軍は彼のことを話し始めた。
「今回我々が派遣されたトルジェとの国境付近にあるロレーヌの村に彼がいた。そして彼一人でトルジェから流れてくる盗賊や怪物を全て打ち倒しておったのだ」
バグナルはその話を聞いて更に驚いた。
「あの者の名前は……?」
「オルト……そう言っていた……今回の事でロレーヌの村人にも被害が出ていてな――オルトはこの原因が知りたいと、わが軍に同行を申し出てきた。普通ならその様な申し出は受け入れぬが、彼の申し出を断るだけの武勇を持つ者はわが軍にもいなかったといった方が良いかも知れぬな」
「彼からだったのか……あのプレッシャーは」
バグナルがそのことに気付いた時、コア将軍がオルトに向かって声をかけた。
「オルト! もうよいであろう! 決着を」
それに応えたオルトは、素手でクエルの腹部に一発入れ、顔に二発を入れてクエルを気絶させてしまった。クエルを横目にオルトはコア将軍の所まで戻って来ると横にいたバグナルに話を切り出した。
「あのクエルとか言う者の処分はトルジェに任せる……それと、すまぬがこの手紙をヒース王に渡してもらいたい」
懐から出した封書をバグナルに渡すと、オルトはその場を後にした。
「国王に? オルト殿! どちらへ」
「ロレーヌに戻る。村人のことも気になるんでな」
そう言うと馬に跨またがり走り去ってしまった。
「今回の件はバグナル殿に任せするとして我々も引き上げるとしよう……」
「コア将軍! オルト殿はトリソニアの正規軍に入らないのですか?」
「オルトか?……誘いはしたがな素性の知らない者が入ればトリソニア内部で、もめ事になるやも知れんと自ら言ってな……それに元々はトルジェの人間だったらしいぞ」
「将軍、すまぬがオルト殿ともう一度話がしたい! トリソニアに入国させていただきたい!」
その言葉を聞いてコア将軍の表情が一気に明るくなって豪快ごうかいに笑った。
「がっはははは! お主もオルトに興味を持ったようだな……よかろう。途中まで案内いたそう! それとわしの事はアウドムラと呼べ!」
そう言うと馬に跨またがったアウドムラとバグナルはその場を後にした。
誰から見ても目が据わっている、睨まれたなどと勘違いされてしまう目つきが特徴で、黒く長い髪と口の周りには整えられた髭を蓄え、そして全身を黒い甲冑に身を包み、その横には実用的ではない大剣を置いていた。
「クエル!この状況はどうしたことだ!」
「これはバグナル殿……わざわざこんな所までおいで下さるとは」
「貴様は南方の盗賊と怪物の掃討をするはずではなかったのか?」
「そうだったのですが……トリソニアの方がおかしな動きをしていると聞いたもので、その対応をしてましたらこの様な状態に」
悪びれもせず言うクエルにバグナルの内心はかなり腹を立てていたが、今は収拾するのを最優先とし、トリソニア軍の指揮者と交渉する手配した。
「貴様の話はあとで聞く――トリソニア軍を指揮している者は?」
その質問に答えたのは、傍にいた兵士であった。
「はい……アウドムラ・セコム・コア将軍です」
「ではコア将軍に会見の場を設けたい旨を伝える。使者をたてよ」
バグナルは陣幕を出ようとしたがそれをクエルが引き留め、バグナルに問うた。
「こうなった状況で何を話し合うのですか? いっその事トリソニアに」
その言葉の途中でバグナルは剣を抜きクエルに向かって差し向けた。
「ひッ!」
「我が国を侵略国にしたいのか! まして、それを望んでいない国王の意思を無視して、貴様は何を考えておる!」
クエルは向けられた剣にたじろぎヘナヘナと座り込んだ。バグナルは陣幕を出てトリソニア軍のいる方向を見た。
その後、しばらくしてトリソニア軍へ使者として赴いた兵士が戻り、バグナルに報告した。
「会見は明日の正午にトリソニア軍、代表者がこちらまで来られるそうです」
それを聞き、バグナルは少し予想外の事で驚いた。通常ならこの様な交渉や会見は双方の中間地点や自分たちが危険にならない場所で行うが、向こうから出向いて来ると言う事にある種の興味を持った。
「わかった。では会見の準備をするように」
そう兵士に伝え、バグナルはどの様な人物が来るのかを想像しはじめていた。
翌日、綺麗に晴れ渡った空に上がっている太陽はほぼ真上にある。
正午を迎えようとした頃にトルジェ軍の用意した会見の場に待ち人は姿を現した。
トリソニア軍のコア将軍は、たった三人でこの場に現れていた。二人の供を馬で引き連れて来るのみで、敵陣に直接乗り込むには、ほぼ丸腰と言っていい状態であった。その容貌は、騎乗しているりっぱな馬が小さく見えるほどの巨漢であり、白系統の肩鎧が目立つその中は淡い青色のトリソニア軍の軽装が伺えた。顎髭を蓄え齢はそれなりにいっている様にも見えるが眼光鋭く額から右目の上付近までの傷がある。そしてもう一つ印象的なのはこの場にいる兵士たちも感じられるほどの威圧する気の力であった。
コア将軍は少人数での訪問の姿に驚いているトルジェ軍の兵士たちの中を堂々と進んで来ると、三人はバグナルのいる会見の所まで来て馬を降り挨拶をした。
「貴殿がバグナル殿か?」
一軍を率いるのに充分な迫力と威厳を感じさせるコア将軍の低い声が響く。
「そうです……本来なら私の方が出向かなければ行けないところ、わざわざこちらまで来て頂いて有り難く存じます」
バグナルは騎士としての礼で出迎え、会見の席に案内し、両者が席に着いた。
「して、会見の内容は和義との事だが」
「はい、今回のトルジェ軍の動きはトリソニア王国にとって危機に感じたやも知れませんがわが国にその様な他国に侵攻する意思はありません。今回の出兵は国内の盗賊などの討伐の為の行動でした」
バグナルが説明をしている会見の席を隠れて見ている者がいた……クエルである。
クエルは今回の失態での責任を取らされ、会見の席から外されていた。先日のバグナルの叱責にも我慢ならなかったクエルは、この機会にトリソニアの将軍と共に危害を加えようと安易に考えていた。
「弓兵の準備は良いか?」
クエルは部下に確認をした。
「はい」
「よし、では配置につけ……」
(この会見でトリソニアの将軍もろともバグナルも殺してしまえば証拠は無くなる。そうすれば私の処分も消えるのだ)
クエルは密かにバグナルとトリソニアのコア将軍を亡き者にして、自分の都合の良いように画策し、死んでしまえば後は何とでも言い逃れも出来ると考えていたのだ。
バグナルとコア将軍との話し合いは順調に行われていた。
「では今回の件はバグナル殿の部下の不始末といった所か……」
「はい…私が不在の為に勝手な振る舞いをして、トリソニアにこの様な緊張を与える事となった次第であります。真に申し訳ない」
「そうか……どこの国にも跳ねっ返りはおるものだな……あい分かった、事前に頂いたトルジェ国王の親書もある事だし、今回の件は、」
「まだ終わらない」
コア将軍が会見を締めようとすると、将軍に付き添ってきたトリソニアの一人が口を挟み、そのローブ姿の男は続けて魔法を唱えた。
「天かける光と風よ、この場に姿を見せよ」
次の瞬間、四方から矢が飛んできたが、全て会見の場には届かず地面に落ちた。
「なに!」
見ていたクエルが驚くと、ローブ姿の男が続けて魔法を付け加えた。
「大いなる風の囁ささやきで眠りの時を」
矢が飛んできた林の方向からバタバタと人が倒れる音が聞こえた。第二射を促したクエルだが弓兵の反応はない。トリソニアの男の魔法で眠らされていたのであった。
「これもバグナル殿は知らなかった事ですな……つまりは跳ねっ返り者の独断……」
バグナルも立ち上がりクエルの姿を探す。そして見つけたクエルに向かって瞬時に近づいていた。
「何をしているクエル!」
その表情はいつものバグナルのものでは無かった。静かな怒りのこもった目でクエルを見ていた。
「くそ!」
クエルは逃げようとしたが、もちろん逃げられるはずもなく回り込まれた。
「どこへいく」
バグナルは剣を抜きクエルに向けた。クエルが後ずさりしたが、後ろにはコア将軍に付き添っていたローブ姿の男が控えていた。
「お前がロレーヌの村を巻き込んだ者か?」
その男は鋭い眼光でクエルを見た。クエルはこの場を切り抜けようと、その男を盾にしてバグナルに向き合った。
「動くな!動けばこの男がどうなるかわかっているな!」
「クエル、これ以上の罪を重ねるな!」
「道をあけろ!」
「もう一度聞く、ロレーヌの村を巻き込んだのはお前か?」
クエルに捕まっている男が、ローブの被りを取り動じないままもう一度クエルに向かって問いかけた。
「トリソニアの村がどうなろうと知った事か! 私は盗賊団を追い払い、怪物を蹴散らしただけだ!」
(なんだ……クエルには隙が見えるのに、このプレッシャーは)
「バグナル殿、あやつに任せてもらえぬか?」
そう言うとコア将軍は捕まっている男に目を向けた。
その視線に誘われ、バグナルも捕まっている男を改めて見た。無造作に伸ばされた髪と顎の無精ひげは男を貧祖に思わせる雰囲気を出させていた。体格もコア将軍と比較すると真逆で細く頼りない感じに見えた。男は剣を携えている訳でもなく鎧も来ていない。まして軍服の形式の服装ではなく領民の着ている服装だったのに違和感を感じていたが、この状況での表情とは思えない……目から感じる力は迫力があった。
「さっさと道をあけろ!」
「貴様の知恵の無さで関係の無い人々が巻き込まれた……そして……」
クエルは男を掴つかんでいたはずだったが次の瞬間、男はクエルの手から離れていた。クエルが気付いたのは離れた後だった。
「なに! 居ない?」
「ここだ」
「貴様いつの間に!?」
クエルはいつの間にか自分の後方に立っていた男に向かって、剣を向けた。
「お前の犯した罪はトルジェの法に任せるが、その前に私の……巻き込まれた人たちの悔しさを知っておけ!」
「何をわからぬことを! 私は人の上に立つ人間なのだ! その私が多少の人間を犠牲にして何が悪い!」
クエルは笑いながら男の言葉を退け、男に斬りかかるがその剣は空くうをきった。何度斬りかかっても男に避けられ、当たる気配がしない。
「人の上に立つ人間は、支えてくれる人たちを思いやる気持ちを忘れてはならない!」
その言葉を聞いたバグナルは、遠い昔にその言葉を聞いた記憶がよみがえる。それはスエードが言っていた言葉と同じであった為に、バグナルは目の前の男に興味をもった。
「ほざけ!」
クエルは男に斬りかかるが、その剣は相変わらず空くうを斬る事しか出来なかった。
「コア将軍、あの者はトリソニアの」
「何でもない……ただの村人だ」
その答えにバグナルは驚いた。続けてコア将軍は彼のことを話し始めた。
「今回我々が派遣されたトルジェとの国境付近にあるロレーヌの村に彼がいた。そして彼一人でトルジェから流れてくる盗賊や怪物を全て打ち倒しておったのだ」
バグナルはその話を聞いて更に驚いた。
「あの者の名前は……?」
「オルト……そう言っていた……今回の事でロレーヌの村人にも被害が出ていてな――オルトはこの原因が知りたいと、わが軍に同行を申し出てきた。普通ならその様な申し出は受け入れぬが、彼の申し出を断るだけの武勇を持つ者はわが軍にもいなかったといった方が良いかも知れぬな」
「彼からだったのか……あのプレッシャーは」
バグナルがそのことに気付いた時、コア将軍がオルトに向かって声をかけた。
「オルト! もうよいであろう! 決着を」
それに応えたオルトは、素手でクエルの腹部に一発入れ、顔に二発を入れてクエルを気絶させてしまった。クエルを横目にオルトはコア将軍の所まで戻って来ると横にいたバグナルに話を切り出した。
「あのクエルとか言う者の処分はトルジェに任せる……それと、すまぬがこの手紙をヒース王に渡してもらいたい」
懐から出した封書をバグナルに渡すと、オルトはその場を後にした。
「国王に? オルト殿! どちらへ」
「ロレーヌに戻る。村人のことも気になるんでな」
そう言うと馬に跨またがり走り去ってしまった。
「今回の件はバグナル殿に任せするとして我々も引き上げるとしよう……」
「コア将軍! オルト殿はトリソニアの正規軍に入らないのですか?」
「オルトか?……誘いはしたがな素性の知らない者が入ればトリソニア内部で、もめ事になるやも知れんと自ら言ってな……それに元々はトルジェの人間だったらしいぞ」
「将軍、すまぬがオルト殿ともう一度話がしたい! トリソニアに入国させていただきたい!」
その言葉を聞いてコア将軍の表情が一気に明るくなって豪快ごうかいに笑った。
「がっはははは! お主もオルトに興味を持ったようだな……よかろう。途中まで案内いたそう! それとわしの事はアウドムラと呼べ!」
そう言うと馬に跨またがったアウドムラとバグナルはその場を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる