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氷室伊織の場合
第41話 少女Eの想い①
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思えば、あの日から何かが崩れる音がした。
成績が良いのもあり、中学受験をすることになった。県内トップクラスと言っても過言ではない公立中学だった。
半ば強制的に塾に入れられた。小学5年生の2月のことだ。
塾は受験対策をしているとはいえ中学校の内容の先取りを少しだけ終わらせていた。他の人に追いつこうと必死で頑張った。すると半年もかからず一番上のクラス、Sクラスに入ることができた。
11月、何度目かの模試の結果が返ってきた。理系は50点を下回っていたが、県内で16位をとることができて、初めて努力が報われた気がした。
それからも毎日勉強し続けたが、母は私が休んでいるときに限って様子を見に来た。
「どうして勉強しないの?もうすぐ受験なのに。」
「私のときは本も勉強する場所もテレビもなかった。でもいつも100点だったわよ。あなたはまだ悟っていないのよ!」
たまに理不尽な理由で突き飛ばされたり暴言を吐かれることもあった。でも決まって次の日には「ーーちゃんはできるって分かってるよ。」と優しく抱きしめてくれたし、学校での失敗や勉強で挫けそうになった時も「絶対合格する」という強い意志を持っていた。母は決して謝らなかったが、それでも私は諦めなかった。過去問はどの年も合格点を大幅に上回り、Sクラスの中でも上のほうにいた。偏差値も70を超えたことが何度もあった。特に作文は、ずば抜けて良かった。
しかし、母の態度は日に日にひどくなっていった。
身体的な暴力よりも精神的のほうがきつかった。涙を流さない日はなかった。声を殺さずに泣いていた。ふと小さい頃もこんなことがあったなと思った。
受験当日、だいぶ手応えはあった。
合否発表の日、学校のタブレットで結果を見た。
結果は、不合格だった。
何度も自分の番号を探した。
帰宅すると、母が真顔で「おかえり」と言った。私は実感した。ああ、私は本当に駄目だったんだ、と。今まで耐えてきたのは何だったのだろうかと考えると涙が止まらなくて、それを見た母はその日は何もしなかった。
次の日学校に行くと、合格者が騒いでいた。私を無視し、アイドルに夢中だったあの子と、先生の顔に雑巾を投げたり自慢ばかりしていた男子が私の第一志望に合格していた。それに、いじめをしていた子が偏差値の高い私立高校に受かっていた。信じられなかった。
私は風邪をひいても一日も休まず学校に行っていたから卒業まで休むことはなかった。
私は前を向こうとしていた。これからも頑張って勉強すれば、もっと良い高校に行けば大丈夫だと頑張ろうとしていた。
卒業式当日、教室に戻るとほぼ全員が涙を流し、中学校に行きたくない、と言っていた。男子が「お前らなんで泣いてんの?」と涙を堪えながら言っていたが私の顔を見て黙ってしまった。
私は学校で泣いたことは一度もなく、さらに早く中学校に行って勉強がしたかった。
春休み中、私は中学校の勉強の先取りをした。
そのおかげか、授業で分からないことはなく、特に数学はみんなの前で解き方を説明したりして「頭が良いかもしれない人」という認識が広まっていた。
____________________________________
じめじめとした梅雨が通り過ぎ、塾に行かずも中間テストの点が90点以上だったことから母にはたまに罵倒されるもだいぶ穏やかな生活を送っていた。
「9月に、英語暗唱大会というものがあります。英語が上達するので、皆さんぜひ参加してみてください。」
6月のある英語の時間に、先生がそう言っていた。最初は参加しないと思っていたが、私は選ばれなくても経験にはなるかと思った。
結果的に私は出場権利をつかむことができた。
それから夏休みに入り、一週間に何回か練習をした。私は4回目ですべて暗記し、発音も完璧だと言われた。
ほっとした。
そして9月、英語暗唱大会本番。その日もだいぶ手応えがあった。1位まではいかなくともトップ3には入れると思った。
入賞者発表、私の名前は呼ばれなかった。何かの間違いだと耳を疑った。それからはずっと放心状態で、母に罵られてもぼうっとしていた。映像を見返してみると瞬きが異常に多かった。先生方には緊張しないと言っていたが、ストレスでそうなっていた自分が情けなく、また成功しない自分に腹が立った。
その時の「死にたい」と思ったときの気持ちは人生でいちばん強かったと感じる。私は考えた。私の生きる価値は?意味は?
私が生きていたって誰も嬉しくない。死んだとして母は泣いてくれるだろうがそれは「私」を失ったことではなく「娘」を失ったことへの悲しみだろう。父も母に殴られ罵られる私に見て見ぬふりをして、話すことは必要最低限になっていた。
トロフィーをもらい満面の笑みで家族のもとに向かっていった入賞者たちを思い出して、「誰かの幸せは、誰かの犠牲だ」と感じた。
___________________________________
私は生徒会になりたかった。
中学受験の時、児童会に入っていた人は全員合格した。私も目指していたが、人望がなかった。だからこそ児童会に入っていた女子が「私の欠点は、人望がないところ」と言っていたことに腹が立った。
それに、生徒会オリエンテーションの時、前に立って説明する生徒会の人たちを見て、ああ、私もこういう人になりたい、という強い憧れを持った。
高校受験の時に役に立つと思った。
しかし、私がなりたかったのは生徒会「執行部」だった。
ある日、数学担当であり学年副担任の先生に話しかけられた。
「生徒会副会長に立候補しないか」と。
もちろん私は丁重にお断りした。なれるのは1人。やりたい人は多いだろう。
しかし先生は諦めてくれなかった。そこまで言われて断るのは失礼だと思い、考える時間が欲しい、と言ってその話は切り上げた。
そして、私は立候補することになった。思わぬ形ではあったが頑張ろうと思っていた。
クラスを回って、演説をした。私だけが英語を最後に使った。「かっこいい」と言ってくれた人もいて、嬉しかった。
そして、生徒会役員選挙当日。自信を持って私は立った。
最初のほうに言う順番を間違えたりはしたが、自分でも良かったと納得できる時間だった。
後日、放送で当選者の名前が読み上げられた。
生徒会長、副会長2年生、そして、、、
選ばれたのは吹奏楽部の女子だった。小学校の頃から人望があり、あたたかい家族がいて、私は変わろうとしても変われなかった現実に自分を殴りたかった。私は何が足りなかった?
悲しむ間もなく、生徒会の面接に向けて、準備をしていたところだった。
私は運が悪かった。高熱を出してしまったのだ。
生憎《あいにく》少し後は中間テスト。
なんとか熱を37度まで下げて学校に行って、ぼうっとしながらもテストを受けた。咳が止まらなくて、周りの人に申し訳なかった。
その次の日、中間テスト最終日。通学路は坂なのだが、のどの調子が悪すぎて、少し通路を変えたのにもかかわらず自転車通学で20分のところが40分かかってしまった。
そして私は咳が止まらないまま生徒会室に向かった。
成績が良いのもあり、中学受験をすることになった。県内トップクラスと言っても過言ではない公立中学だった。
半ば強制的に塾に入れられた。小学5年生の2月のことだ。
塾は受験対策をしているとはいえ中学校の内容の先取りを少しだけ終わらせていた。他の人に追いつこうと必死で頑張った。すると半年もかからず一番上のクラス、Sクラスに入ることができた。
11月、何度目かの模試の結果が返ってきた。理系は50点を下回っていたが、県内で16位をとることができて、初めて努力が報われた気がした。
それからも毎日勉強し続けたが、母は私が休んでいるときに限って様子を見に来た。
「どうして勉強しないの?もうすぐ受験なのに。」
「私のときは本も勉強する場所もテレビもなかった。でもいつも100点だったわよ。あなたはまだ悟っていないのよ!」
たまに理不尽な理由で突き飛ばされたり暴言を吐かれることもあった。でも決まって次の日には「ーーちゃんはできるって分かってるよ。」と優しく抱きしめてくれたし、学校での失敗や勉強で挫けそうになった時も「絶対合格する」という強い意志を持っていた。母は決して謝らなかったが、それでも私は諦めなかった。過去問はどの年も合格点を大幅に上回り、Sクラスの中でも上のほうにいた。偏差値も70を超えたことが何度もあった。特に作文は、ずば抜けて良かった。
しかし、母の態度は日に日にひどくなっていった。
身体的な暴力よりも精神的のほうがきつかった。涙を流さない日はなかった。声を殺さずに泣いていた。ふと小さい頃もこんなことがあったなと思った。
受験当日、だいぶ手応えはあった。
合否発表の日、学校のタブレットで結果を見た。
結果は、不合格だった。
何度も自分の番号を探した。
帰宅すると、母が真顔で「おかえり」と言った。私は実感した。ああ、私は本当に駄目だったんだ、と。今まで耐えてきたのは何だったのだろうかと考えると涙が止まらなくて、それを見た母はその日は何もしなかった。
次の日学校に行くと、合格者が騒いでいた。私を無視し、アイドルに夢中だったあの子と、先生の顔に雑巾を投げたり自慢ばかりしていた男子が私の第一志望に合格していた。それに、いじめをしていた子が偏差値の高い私立高校に受かっていた。信じられなかった。
私は風邪をひいても一日も休まず学校に行っていたから卒業まで休むことはなかった。
私は前を向こうとしていた。これからも頑張って勉強すれば、もっと良い高校に行けば大丈夫だと頑張ろうとしていた。
卒業式当日、教室に戻るとほぼ全員が涙を流し、中学校に行きたくない、と言っていた。男子が「お前らなんで泣いてんの?」と涙を堪えながら言っていたが私の顔を見て黙ってしまった。
私は学校で泣いたことは一度もなく、さらに早く中学校に行って勉強がしたかった。
春休み中、私は中学校の勉強の先取りをした。
そのおかげか、授業で分からないことはなく、特に数学はみんなの前で解き方を説明したりして「頭が良いかもしれない人」という認識が広まっていた。
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じめじめとした梅雨が通り過ぎ、塾に行かずも中間テストの点が90点以上だったことから母にはたまに罵倒されるもだいぶ穏やかな生活を送っていた。
「9月に、英語暗唱大会というものがあります。英語が上達するので、皆さんぜひ参加してみてください。」
6月のある英語の時間に、先生がそう言っていた。最初は参加しないと思っていたが、私は選ばれなくても経験にはなるかと思った。
結果的に私は出場権利をつかむことができた。
それから夏休みに入り、一週間に何回か練習をした。私は4回目ですべて暗記し、発音も完璧だと言われた。
ほっとした。
そして9月、英語暗唱大会本番。その日もだいぶ手応えがあった。1位まではいかなくともトップ3には入れると思った。
入賞者発表、私の名前は呼ばれなかった。何かの間違いだと耳を疑った。それからはずっと放心状態で、母に罵られてもぼうっとしていた。映像を見返してみると瞬きが異常に多かった。先生方には緊張しないと言っていたが、ストレスでそうなっていた自分が情けなく、また成功しない自分に腹が立った。
その時の「死にたい」と思ったときの気持ちは人生でいちばん強かったと感じる。私は考えた。私の生きる価値は?意味は?
私が生きていたって誰も嬉しくない。死んだとして母は泣いてくれるだろうがそれは「私」を失ったことではなく「娘」を失ったことへの悲しみだろう。父も母に殴られ罵られる私に見て見ぬふりをして、話すことは必要最低限になっていた。
トロフィーをもらい満面の笑みで家族のもとに向かっていった入賞者たちを思い出して、「誰かの幸せは、誰かの犠牲だ」と感じた。
___________________________________
私は生徒会になりたかった。
中学受験の時、児童会に入っていた人は全員合格した。私も目指していたが、人望がなかった。だからこそ児童会に入っていた女子が「私の欠点は、人望がないところ」と言っていたことに腹が立った。
それに、生徒会オリエンテーションの時、前に立って説明する生徒会の人たちを見て、ああ、私もこういう人になりたい、という強い憧れを持った。
高校受験の時に役に立つと思った。
しかし、私がなりたかったのは生徒会「執行部」だった。
ある日、数学担当であり学年副担任の先生に話しかけられた。
「生徒会副会長に立候補しないか」と。
もちろん私は丁重にお断りした。なれるのは1人。やりたい人は多いだろう。
しかし先生は諦めてくれなかった。そこまで言われて断るのは失礼だと思い、考える時間が欲しい、と言ってその話は切り上げた。
そして、私は立候補することになった。思わぬ形ではあったが頑張ろうと思っていた。
クラスを回って、演説をした。私だけが英語を最後に使った。「かっこいい」と言ってくれた人もいて、嬉しかった。
そして、生徒会役員選挙当日。自信を持って私は立った。
最初のほうに言う順番を間違えたりはしたが、自分でも良かったと納得できる時間だった。
後日、放送で当選者の名前が読み上げられた。
生徒会長、副会長2年生、そして、、、
選ばれたのは吹奏楽部の女子だった。小学校の頃から人望があり、あたたかい家族がいて、私は変わろうとしても変われなかった現実に自分を殴りたかった。私は何が足りなかった?
悲しむ間もなく、生徒会の面接に向けて、準備をしていたところだった。
私は運が悪かった。高熱を出してしまったのだ。
生憎《あいにく》少し後は中間テスト。
なんとか熱を37度まで下げて学校に行って、ぼうっとしながらもテストを受けた。咳が止まらなくて、周りの人に申し訳なかった。
その次の日、中間テスト最終日。通学路は坂なのだが、のどの調子が悪すぎて、少し通路を変えたのにもかかわらず自転車通学で20分のところが40分かかってしまった。
そして私は咳が止まらないまま生徒会室に向かった。
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