『デスゲームに巻き込まれたのですが、』

雨宮 叶月

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ある男の話

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「実は私は、デスゲームに巻き込まれた身なんです」







目の前の男がそう語った。







私は出版社関係の仕事をしている。今回はその仕事の都合上この町に滞在していた。■■県の端である。







「当時の私は学生でした。クラスメイト約30人と、ええと、どうしてそこに行くことになったのかは覚えていないのですが、山近くの宿泊所のようなところに泊まったんです。…デスゲームが始まったのは、その日の夕方のことでした。空が、だんだん黒みを帯びてきた頃です。」







男は怪訝そうに見る私の目など気にせずに話す。名前は篠崎だったか。







「突然照明が消えて、その次の瞬間には外装が変わっていました。そして、前には陰で顔が黒く見える人が、台座に立っていました。すると、声高に叫んだんです。」









『さあ、デスゲームの開幕です!



皆さんには、デスゲームをしていただきます!』







「その声は明るくて、何を言われたのか咄嗟には理解できませんでした。しかし素早く、追いかける側と逃げる側に分けられました。私は逃げる側です。追いかける側は本物の銃を、逃げる側は隠れる時間を与えられました。条件、ルールは4つです。」









『1つ、追いかける側は逃げる側に向かって銃で殺す。逆も許可する。



 2つ、生き残った人はここから出すことができる。



 3つ、逃げる側は出口から外へ出ること。出口から外へ出たらその者は生き残っ



 た、と判断する。



 4つ、逃げる側が2人以上出口から外に出たら、追いかける側の負けである。』







「宿泊所、といっても部屋はそんなに多くなかったのですが、6階くらいまであったと思います。階段を通って、私はまず見えにくいクローゼットの中に隠れました。逃げる側はまず出口を探す。そして追いかける側はそちらを追うと思ったからです。案の定、追いかける側は基本中に入ってくることはありませんでした。」







男はこぶしを握り締める。







「外からは銃声が鳴り響いていました。…責めるわけではありませんが、みんな生き残りたかったのでしょうね。誰もいないことを確認して窓から外をのぞきました。あの時の光景は、今でも鮮明に覚えています。



…血。かつて、クラスメイトだった人たち。…血。最初はためらっているように撃っていた人も、だんだん慣れてきたように、連続で撃ち始めました。その人たちに未練なんかはちっともありませんでしたが、その時は哀しいという呆然とした感情が込み上げてきて、ああ、これは現実なんだ、とやっと実感したようでした。」







その瞳は真剣で、私は静かに聞くことしかできなかった。









「やがて追いかける側が中に入ってきました。私の近くには女子2人と男子1人いたのですが、出口を探しに行こうと必死な顔で誘われました。私に多少は人望があったのかも知れませんし、不安だから選んだだけかもしれませんが。隙をついて4人で外へ走りました。私はすぐに生垣のそばに隠れて様子を伺いました。3人は気づいていないようでしたが。やがて、少し走った先に門のようなものがありました。飛び越えたり、登っていけるような高さではありません。3人は安堵したように走る速度を緩めました。私はまた植物の陰に隠れました。なんだか妙だと思ったからです。こんな簡単な場所に、出口があるはずがない。」







男はゆっくりと深呼吸をした。







「…それで?」







「それで。女子の1人が、門に手をかけたんです。押しました。……開きません。今度は引きました。……また開きませんでした。3人は顔色を変えて力でなんとか開けようとしていましたが、結局開くことはありませんでした。私は危機感を感じて、そこがギリギリ見える別の場所に移動しました。やがて門を動かそうとする音を聞きつけたのか、追いかける側が走ってきました。そこで泣き叫ぶ3人の声と顔は忘れられません。」









『なんでっ!?なんで開かないのよ!嫌だ、死にたくない!』





『出口はここじゃなかったってこと…?』





『助けて、助けてっ!お願いだ、見逃してくれ!あ、、、』









「……言うまでもなく、3人は銃で撃たれました。人形のように倒れる姿。もう変わり果ててしまったクラスメイト。…それはまさに、『デスゲーム』でした。」







男は、ふふっ、と優しく、そして苦しそうに笑う。







「私は一生懸命走りました。6階まで階段で登り、窓から一面を見渡しました。…山しかない。出口なんて、どこにもないじゃないか。私は絶望しました。これは、私たちを全滅させるのが目的ではないか、とも思いました。」







男の話し方がだんだん機械的になる。







「するとそこに、銃を持った敵が現れたんです。走って、階段の手すりを持って飛び降りました。次は5階の階段の手すりを飛び越し、その次は4階の階段。今思うと、どうしてそんなことを思いついたのか分かりません。当時は運動神経が良かったからかもしれませんね。そうこうして2階の廊下に着地して、隠れる場所がないか部屋を探し回りました。…ある部屋で、銃を見つけたんです。恐る恐る弾が入っているか確認しました。思ったよりもずっしりと重かったのを覚えています。」







「……銃か」







「はい。……でも、私は臆病でした。窓から敵に向かって銃を構えたのですが、手が震えてできない。撃ちたくない、と本能が叫んでいるようで。…胸が、詰まるようで、苦しくて。撃てませんでした。人間の情というのは、本当に厄介だ。」







その男は続ける。だんだん険しい顔になっていく。







「…もう空はとっくに黒く染まっていて、夜のはずなのに明るかったんです。ふと見上げると、月が出ていて。こんな状況でもうっすらと雲がかかった月が自分たちを照らしているのだと思うと、何か込み上げてくる感情があって。……ちょうどその時気づいたんです。」









『…出口が見えないなら、見つければいい』









「ちょうどその時敵も私を見つけて、私は走り出しました。他の逃げる側の人が殺してくれたのか、最初よりも人は少なくなっていて。でも、逃げる側の生徒はどこにも見当たらなくて。走る途中に何度も血まみれの死体を見かけました。飛んでくる銃弾を必死に避けて、角を曲がったんです。…そこには幸い、人はいなくて、草が伸びているのが見えました。そして、前方には山。とっさに本能で、私は、いや、……俺は、草をかきわけて再び走り出しました。」







「………」







どこからかカタ、と音がする。





「後方からはどこに行った、などの怒鳴り声や、当たり散らすように銃声が聞こえてきて、涙でにじむ視界の中、足を動かし続けました。月の光が柔らかく差し込んでいて、道を照らしてくれていました。山ではたくさん転んで、血を服で拭って、草陰で息をひそめて休みました。……草が伸びていた柵は飛び越えることができそうでしたし、敵にとっては盲点だったと思います。」







俺は息をついた。続きが気になってしょうがない。







「追いかける側に、頭のいい男子がいたんです。俺のほうが頭脳が勝っていたとはいえ、しばらくして俺が逃げた先に見当がついたのでしょう。すごく遠く、かすかに、…銃声が聞こえたんです。休んでいた俺は即座に立ち上がり、銃を草の中に隠しました。そして走りました。上り坂は本当に辛くて、どこまでも終わる気配がなかった。それでも、諦めませんでした。…最後まで」







「…最後まで?」







「はい。どれくらいたったか分からないまま何とか下り坂に差し掛かりました。1日何も飲み食いしなかったというのに、それは全然気になりませんでしたね。下り坂は比較的楽で、でもどこかが苦しくて。……そして、終盤に差し掛かりました。1日経ったか経っていないかは覚えていません。」







男の視線が私から若干ずれている。





この男は一体どこを見ているんだ?









「俺は思わず立ち止りました。そこには、変わらない風景。しかし、何かが違う。まるで、今まで自分がいた場所は孤立していたようでした。……光の障壁、それとも結界というのでしょうか。空気がやわらかく歪んでいました。手を伸ばせば、簡単にすり抜け、壊すことができるような。時間が止まった気がしました。でも。……今度は、鮮明に聞こえたんです。」









「………何が?」







なんとなく予想はついたが、体に力が入る。









「……追いかける側の声と、銃声が。」







私は思わず息をはっと飲む。







「俺は木の影に隠れました。月は雲に隠れていて、そのせいなのかは分かりませんが、辺りは暗闇に包まれていました。夜明け前が一番暗い、とも言いますよね。俺はその隙を見逃しませんでした。走って駆け抜けて、その時弾が頬をかすめましたが、俺の瞳は希望で満ち溢れていました。そして、光の結界に近づくと、走りながらゆっくりと手を伸ばしました。…手が光の結界をすり抜けていくのを確認した瞬間、体も光の結界を通り抜けました。」







「…良かった。」







「結界を抜けると、確かに空気が違いました。振り返ると、銃弾はこちらに届かず、彼らもまた、そこから出られないようでした。……あいつは、すごい奴ですよ。暗闇で、俺に銃弾を当てようとしたのも彼です。篠崎というのですが。」









「………え?」









「……………あぁ!そうですね、俺はここでは篠崎と名乗っていました。偽名ですよ。彼、篠崎の名前を借りたんです。本当の名前を出して、生活が脅おびやかされることは避けたかったので。



だからこそ、俺は思っていました。……俺は出口から出ることができた。つまりデスゲームから解放された、と。でも…」







「……でも?」















「でも、……………。」









「えっ………」





終わって、いない?









「デスゲームが開催されたのは、すぐ隣の◆◆県です。……そして、俺が逃げてきた、という結界の先は、この町なんです。」







「……どうして、この町から出なかったんだ?」





声が震えた。







「……出なかったんじゃない。。」







「…どういうことだ」







「この町から出ようとして、また結界があるのに気づきました。俺は今回、すり抜けることができなかった。」







男は続ける。







「…!その度に、また新しい奴を仕掛けてくる。……でも、もういいんです。疲れたんですよ。だから、貴方に託すことにします。」







「…どういうことだ?」





俺は意図が掴めなかった。









「…俺が出口だと思っていた場所は、完全な出口ではなかったんです。本物は、どこにあるか分からない。もしかしたら、本当の出口なんてないのかもしれない。だからなのか、何度も俺への刺客を送ってきました。デスゲームを主宰しないか、とも言われたことがあります。…たまたまですよ。俺は貴方に目を付けた。…俺たちの想いと、事実を知らせるために。」





「嘘だろ……」







「ふふっ、貴方は気づいていないようですね?。クローゼットの隙間から、俺に向かって銃を向けています。」





首筋が冷たくなる。手が震えるのを必死で抑える。





今まで感じていた違和感は、これか。





「さあ、俺が立ち上がるのと同時に部屋を出てくださいね。」





男は視線をずらす。







「……最期は君に殺されるのも良いかもしれませんね、篠崎。まだちょっと、いやだいぶ怖いですが。」







後ろで、カタ、という音がする。





「じゃあ、いきますよ。……想いを」





男は立ち上がった。





その瞬間、私はドアを開けて必死に走る。





後ろでは、銃声が1発聞こえた。







「はぁっ、はぁっ」







私は、走らなければならない。たくさんの人の想いを背負って。





私は眩まばゆいほどの太陽の光に向かって、突っ込んだ。













_____________________________________







男は、撃たれた腹を押さえて肩で息をした。





かすかに見える光に向かって、ゆっくりと手を伸ばす。





「ふふっ。」





ひっそりと笑い、銃を持った男が部屋を飛び出していくのを確認する。







「どうか。」











『どうか。』







「……次は貴方の番ですよ。」







男はゆっくりと目を閉じた。







「……さあ、デスゲームの、開幕です!」


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